ぬえの能楽通信blog

能楽師ぬえが能の情報を発信するブログです。開設16周年を迎えさせて頂きました!今後ともよろしくお願い申し上げます~

作物と能面の話

2007-08-13 03:11:47 | 能楽
今日は師家に行って、1週間後に迫った「狩野川薪能」での『一角仙人』の作物の「岩屋」を作っておりました。日曜だってのに仕事がな~~い (T.T)

岩屋の作物は、ちょうど『道成寺』の鐘の作物を半分に割ったような形で、さらにそれを二つに分けて、これを舞台で割ることになります。骨組みは竹で、さすがに『道成寺』の鐘のような鉛の重しは内蔵されていないのですが、それだけにこの作物自体を自立させるように竹の骨組みを組み上げるのは結構難しかったりします。そして、その骨組みの上に紺地などの緞子で覆って完成なのですが、この緞子の重みでまた全体の重量バランスが狂ってきて、ますます自立は困難になるという。。(;^_^A だから『殺生石』にしても『一角仙人』にしても、この作物を出すときは中に隠れている役者の登場前に作物が崩壊しないように、後見も細心の注意をしていますし、これを支える後見を別に出したりします。

今日は ぬえ、師家に所蔵されている「岩屋」の骨組みの上に緞子を取り付ける作業をしていたのですが、なんと完了までに6時間も掛かっちゃったい。

3次元の骨組みの上に2次元の布を巻き付け、あちこちを糸で綴じ付けて形を作るのですから、時間は掛かるだろうとは思っていたが、まさかこれほどとは。たとえば『道成寺』が上演されるときは、これはもうシテ一人で鐘の作物を作り上げるとすると完成までに数日を要する作業になってしまうので、このときは同門が先輩も後輩もなく一致団結して、公演の事前に日を取り決めて、寄ってたかって作物を作り上げます。これはまあ、お互い様なので『道成寺』が出る、となると自然に同門から「いつ作物を作る?」って話題にもなります。

ところが『殺生石』や『一角仙人』となると、やはり作物を作る労力はとんでもなく掛かるのに、なんとなくシテの責任において作り上げるのが当たり前、って感じになりますね。どうしてなんだろう? だからシテを勤める人は、やっぱり先輩よりは後輩にお手伝いをお願いするようになり、2~3人で事前に集まって作り上げます。今回はなんとなく ぬえは一人で作り上げるような気分で最初からいまして、後輩も「その日に作るんですか。お手伝いしますよ?」と言ってくれたのですが、まあ、師匠のご用もあるだろうし、それじゃ、ってんで「手が空いてたらお願いするね」という程度の約束をしました。

ところが今日 師家に到着してみると、お装束蔵を後輩数人が忙しそうに行ったり来たりしています。聞けば師匠が、師家に所蔵されている能面のリストを作り直しているのだそう。それもすべての古面を出して、保存状態を確認し、ナンバリングして、そのナンバーを和紙に墨書して面裏に貼り付ける、という本格的な作業で、そのために後輩たちはこの日に集められていたのでした。こりゃ大変な作業なので、だ~れも ぬえが同じ日に作物を作る事なんて忘れちゃってる。(×_×)

それで ぬえは一人で作物に緞子を縫いつける作業を始めた、というわけです。まさか6時間掛かるとは思ってもみなかったし、一人で巨大な作物に緞子を縫いつけるのは至難でした。ピンとまではイマイチ張れていません~~

で、夕方にこれを終えて、ようやく能面の方の作業を少しだけお手伝いしました。ひゃ~~こんなに面があるのか。ぬえがお手伝いを始めてからも作業の終了までに3時間を費やし、ぬえが見た限りでは350面ぐらいはあったようでしたが。。初めて見る面もあり、「へえ。。これは。。」と思うような上作もいくつもありましたね。これほど師家の所蔵面を一堂に見る機会があるのだったら、作物製作は別の日にすればよかった。

思い出すなあ。ぬえがまだ学生の頃、師匠に連れられて某所に展示されている数々の能面を拝見しに行った事を。そこには とんでもなく美しい「父ノ尉」があって、ぬえが見惚れていると、師匠は「あ、それはうちから譲ったものなんだよ」と何気なくおっしゃる。「ええっ!!こんな良い面を手放されたんですか?」「そう。増と取り換えてもらったんだ」「ええっ。。(増ならばたくさんお持ちではないですか。。)どうしてこんな良い「父ノ尉」を手放したんですか。。?」「??そりゃ見解の相違だね。「父ノ尉」なんて滅多に舞台では使えないし、この「父ノ尉」は古いものだから彩色が傷んでいて触るとボロボロ剥落しちゃうし。。もちろんこれに匹敵する良い「増」とは取り換えてもらったよ」。。絶句。どこの世界の話を ぬえ、聞いているんだろう?

あ! しまった。この体験を今日の昼間に思い出していれば。。

今度、機会を見つけて師匠に伺ってみよう。。「あの。。例の「父ノ尉」のお話、覚えていらっしゃいますか? あの「父ノ尉」に匹敵する、交換した「増」ってのは。。どれなんですか?」