ぬえの能楽通信blog

能楽師ぬえが能の情報を発信するブログです。開設16周年を迎えさせて頂きました!今後ともよろしくお願い申し上げます~

能のひとつの到達点…『大会』(その15)

2011-05-13 07:57:10 | 能楽
さてこのイロエの中でシテは静かに舞台を右に廻り、正中あたりでキッと幕の方を見込むと、急に囃子が速め、帝釈天が登場する「早笛」になり、シテは笛座の前に廻り込み、そこで下居して物着になります

物着では二人の主・副後見があらかじめ囃子方の後方に待機していて、この曲ではさらに二人の手伝いの後見が参加します。総勢四人での大がかりな物着です。とはいえ手伝いの二人は無地熨斗目を持って出てシテの背中側に廻り、この装束を屏風にしてシテの姿を隠す役目で、その陰で後見によって物着は行われます。

この物着が本当にやっかいで、後見は大変な役目ですね。稽古の時に時間を計ってみたのですが、1分あるかないか。(O.O;)(o。o;) ぬえの師家の本来の装束付では前述の通り四つの手順だけで終わるのですが、工夫により「釈迦」の面を掛けたり、装束が増えている場合は、もう時間との勝負です。しかも、もしも間に合わないなんて事態になれば、この能そのものが続行不可能になる、という…

ですから、手順が多い場合は屏風役の後見も、空いた手を伸ばして物着を手伝ったりしてくれると大変助かります。お手伝いだけのこのような助手のような役目も「後見」とは呼び慣わしていますが、実際の仕事は屏風役ですから、書生など若い者が勤めることが多いです。…が、『大会』のように時間の制約があって、そのうえに手順が非常にややこしい場合などは、やはり装束着けの知識を持った人が手伝ってくれた方が全体の作業がスムーズになりますね。

それと、今回稽古をしていて気がついたのですが、この曲の物着で大変なのは副後見ですね。…通常後見が装束を着付ける時には、主後見がシテの前を着付け、副後見は後ろ側を着付けます(背中側で鬘を結い着ける場合や面紐を結ぶ時だけは主後見がシテの後ろに廻って着付けますが)。やはりお客さまに向く正面側の姿を整えることが重要で、その責任を主後見が負うのですね。『大会』でももちろん中入など楽屋での装束着けの場面では主後見がシテの前を着付け、そうしてこの物着でもあくまで主後見はシテの前に座って物着をし、副後見はシテの背中側からそれを手伝う、というのは同じです。

ところが『大会』の物着というのは、「物着」とは言いながら、天狗の扮装のうえに、それを覆い隠すように着付けられた釈迦の装束を取り去って、天狗の姿に戻す(?)ことが物着の作業でして、その意味では「物着
」ではなく「物脱ぎ」と言った方が実情に合っているかも。そうして、それら釈迦の装束などを結び止めている紐や帯類の結び目は、ことごとくシテの背中側にあるのです。大会頭巾の2箇所の結び目、釈迦面の面紐の結び目…水衣だけは結び目が前にありますが、今回の ぬえの工夫ではその結び目も後ろにあるという…(゜;)エエッ?

ともあれ、こんなわけで屏風の無地熨斗目の陰の限られたスペースでこれらの結び目を短時間で解いてゆく副後見は大変な役目です。とはいえ、だからと言って主後見がシテの後ろに廻ることはないのです。主後見は物着が終わって副後見らが引いてもシテが立つまで居残って、シテの装束の最終的な修正をする、いわば物着の責任者なので、物着の場面でもあくまでシテの正面からシテの姿の全体を見ながら作業を進めるのですね~

物着が出来上がると、背中側の副後見と屏風役の後見は引き、屏風に使っていた無地熨斗目は主後見の手によってシテにかぶせられます。女性が衣かつぎをするように、シテは無地熨斗目をかづいて物着をした後の姿をまだお客さまに見せないようにするのですね。

早笛は本来は二段の構成になっていて、シテが登場するときもツレなどが登場するときも笛の唱歌(メロディ)には変わりはないのですが、ツレの登場の時は一段で登場するキマリになっています。そのうえ登場のところ、役者が「お幕!」と声を掛けて幕を揚げさせるそのキッカケになっている囃子の手組があるのですが、それが打たれる箇所も、ツレの早笛ではシテの場合よりも1クサリ(1小節)前に打つことになっています。…ツレの早笛の演奏時間はシテの場合よりも あちこちが短いわけで、どこまでもシテの物着には不利ですね~(・_・、)