ぬえの能楽通信blog

能楽師ぬえが能の情報を発信するブログです。開設16周年を迎えさせて頂きました!今後ともよろしくお願い申し上げます~

『大会』…終わりました~(その3)

2011-05-22 01:51:55 | 能楽
帝釈天登場の予感にあわてて経巻を巻くと、一畳台から飛び降りて「イロエ」になります。ここが本当に怖いところで、一畳台の上に据えられた椅子の作物から、ほとんど視界が利かない状態でジャンプするのは実に恐怖…どこかに足を引っかけてぶざまに転倒するのではないか、とか、装束の端を引っかけて作物を引き倒すのではないか、とか、脳裏を様々な不吉な予感が渦巻くところですね~。そこまでいかなくても着地するのに失敗して転ぶとか…考え出せばキリがありません~。で、結局「ままよ!」と思ってジャンプするのですが、まあ、ここで転んだ人は見たことがありません。

そのうえ『大会』では、そのジャンプで もしも、面がズレてしまったら、という危険性があります。こうなったら…もう、どうしようもありません。これは怖い。もう、何も見えなくなってしまう…これでは舞台から落ちてしまうのは必至です。ぬえは面がズレないよう、対策はとしてありましたが、それでもジャンプの衝撃にその仕掛けが耐えられるかはわかりませんから、やはり怖いです。

イロエで静かに空を見上げながら右へ廻り、足を止めて幕の方を見込むと囃子が急調になって「早笛」となります。この間にシテは笛座まで行って物着となるわけです。前述の通り、1分あるかないかの大変な物着なのですが、今回はここも後見のものすごい手際の良さが光りました。

ここで演奏される「早笛」は文字通り急調な囃子で、シテの登場にもツレの登場にも使われます。ところがそういう囃子はシテの登場とツレのそれとは区別して演奏することになっています。具体的には太鼓の手組がシテの早笛とツレのそれとはちょっと違う、というような事もあるのですが、それは些末な変化で、現実的にはお客さまにはその違いまでは伝わらないでしょう。ところがもっと大きな違いもありますのです。それは「早笛」を構成する小段の数の違いで、シテの登場には「二段」と言って三部構成の早笛を演奏し、ツレの場合にはシテよりも略して「一段」と言う二部構成の早笛を演奏するのです。

これは厳格な決まりでして、シテの物着に少しでも時間が欲しいからツレの早笛を二段にして演奏してほしい、という意向は通用しません。そこで今回は、二部構成の早笛のうち、登場前のプロローグのような役割に当たる「一段目」をあまり速く演奏せず、ツレの登場の小段になってから速めるよう、お囃子方にお願いをしておきました。これは承諾され、その通りに演奏されたのですが、いや~後見の手際の良かったこと。なんと全体で1分の早笛の中で、プロローグの一段目が終わる前に物着は完了していました。楽屋の中での着付けが相当に手間取ってしまったので、それが無事に済んだところで焦りが消えてしまったのでしょうか。

こうして早笛の中でツレ・帝釈天が走り出て来ます。シテはそれを聞きながら立ち上がりますが、物着の間に屏風としてお客さまに着替えることを見せないようにしていた装束=無地熨斗目を頭から掛けていて、まだお客さまには天狗に変わったシテの姿は見せません。シテは無言で脇座の方まで出て(無地熨斗目で姿を隠しながら)、そこに下居します。

そうして地謡が「数千の魔術をあさまになせば」の文句を謡う頃にシテは立ち上がり、パッと無地熨斗目を脱ぎ捨てて天狗の姿を初めて見せます。

…と、ここで今回驚いた大きなアクシデントが起こりました。脱ぎ捨てたはずの無地熨斗目が、なんとシテの頭に引っかかって顔じゅうを覆ってしまうことに… 絶体絶命~ (;>_<;)