民主主義社会においては、適切な報道をするマスメディアが必要不可欠である。
何故なら主権者たる国民に、政府の活動を報告し、選挙における投票活動に役立つ情報を提供できるからだ。にもかかわらず、マスコミがまともに仕事をしていない国、それが日本だ。
特に大新聞やTV局において、マスメディアの役割をさぼっているとしか言いようがない報道姿勢が目立つ。その一例が埼玉県八潮市の道路陥没事故である。
老朽化した下水道管からの汚水の漏水により地下に空洞が出来たが故の陥没事故のようだ。これは八潮市に限らないが、都市部は高度成長の時期に人口が急増して、電気、ガスそして上下水道施設などの公共財の敷設が急がれたため、多少の無理が生じた。
それでもある程度の品櫃は確保されていたはずだが、やはり半世紀も経つと地下に埋設した配管などの交換等メンテナンスが必要となった。それは現場の人間には分かっていたことであった。しかし、それに待ったをかけたのが霞が関のエリート官僚様である。
彼らはこのメンテナンス費用が巨額であることを分かっていた。この公共財の補修にかかる支出を全国均一に行うことが国家予算の効率的な運用を妨げると考えた。そこで導入されたのが当時アメリカで行われていた公共事業の民営化である。
アメリカでは財政赤字を減らすため、本来政府が行うべき事業を民間に払い下げる法案が可決された。表向きは政府がやるよりも民間がやる方が効率的な運営が出来るので、政府も国民も双方にメリットがあるとのことである。一例を挙げれば刑務所の運営である。いずれ記事にしたいと思うが、功罪半ばの民営化だと思う。
またこれはグローバリズムの一環として海外にも普及した。その悪しき一例が中米の某国における水道事業の民営化である。これにより政府は財政支出を大幅に減らしたが、国民は水道料金の急激な値上げに苦しみ暴動が起きる始末であった。
そんな惨状をどう思ったかは知らないが、霞が関のエリート官僚様は水道事業の民営化法案を提示し、それは国会を素通りした。ただし完全な民営化ではなく、地方自治体に水道事業を担当させたうえでの民営化である。ちなみに国土交通省の言い分では、これは政府と国民の双方にとってメリットがあるとのことである。
その結果だが、大阪では某補修事業が採算が合わないとして入札が不成立になった。当たり前である。利益にならない事業を民間業者が受ける訳ないし、大阪府は仕方なく水道料金を上げたうえで予算を確保して、改めて入札を再開させたそうだ。
今、日本は高齢化と若年層の減少という従来にない社会構造の変化に襲われている。働き手、すなわち納税者が減る以上、税収は自然と減っていく方向性にある。企業は採算の合わない事業はやらないから、採算がとれる都市部での活動が中心となる。結果、地方はますます寂れる。
そして霞が関のエリート官僚様の思惑とおり地方自治体に水道事業を任せて国家の財政支出を減らした以上、その負担は地方自治体にのしかかる。地味ではあるが確実に水道料金は値上げしていくが、それでも全然足りず、結果老朽化した水道施設のメンテナンスは遅れ遅れとなる。
その結果が埼玉県八潮市の道路陥没事故である。おそらくトラックの運転手の生死は絶望的だろう。政治家が黙り込むのは分かるが、マスコミ様も知っていたはずですよね。今回の事故の根幹原因がなにかを。
で、知ってて書かない、報じない。それが日本のマスコミ様ですよ。