
霧が降りてきた。まるで煙のように薄い。それが時に南から、あるいは北から行き交い、やがてこの谷を少しづつ乳白色の一色に変えていくようだ。囲いの中にいた牛の姿も、もう見ることができない。そういえば、今朝は鳥の声もしない。
昨日の雨はひどかった。牛たちは望みもしないシャワーを終日浴び続け、さすがにどうすることもできないまま悄然としていた。あの牛たちの大半は人間ならばまだ子供、いや幼児である。
入牧してから早くも半月が経つ。そろそろもっと広い隣の第2牧区に移すことを考えなければならないが、そうなればそうなったで、牛たちには高電圧の電気牧柵の洗礼が待っている。
小降りになった雨の中、第1牧区にいる和牛の様子も見にいった。ところが塩くれ場から御所平を回り、さらに引き返して雷電様に行ってみても牛の姿がない。
残るはこの牧区で一番低い場所にある「舞台」とか「ドン底」などと呼ぶ牛たちの好む放牧地で、川が流れ、森もあれば湿地帯もある。
ただ、かなり急な斜面を下っていくことになるから、雨に濡れた草地は頼りの軽トラでも上り返すことができるか不安だった。できなければ、歩いて帰るしかない。
牛たちはいた。ただし4頭だけで、追い上げ坂に残留した1群だった。1頭はこちらに気付き下りてきたが他には無視され、この雨も人間の仕業と誤解して腹を立てているような態度に、見えた。
案の定、帰りはタイヤが滑って上り切れず、車を反転させ、1速よりも登攀力のある後進によってかろうじて難を逃れることができた。
再び御所平に戻り、牛の集団脱柵を案じつつ、そこにもある森だか林の中を
丹念に見て回った。そしてモミの大木の下で成す術もなく、呆然自失した哀れな牛たちをようやく発見した。
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本日はこの辺で。明日は沈黙します。
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