<おでいげ>においでおいで

たのしくおしゃべり。そう、おしゃべりは楽しいよ。

二の腕の白さがエッチでまぶしくて

2014年07月01日 10時27分05秒 | Weblog
いい詩を書きたい。それを読んだ絵美さんがおもわずにっこりしてくれるような詩を書きたい。
絵美さんがにっこりしてくれたら、それでその詩はそこでいい詩になる。



絵美さんは雀のように飛んで歩く
ちょんちょんちょんと歩く
それで肩に掛かっている髪が
ちょんちょんちょんと揺れる
それを見ているだけで
ほのぼのとした気分になっている人間がひとりいる

この人間のひとりの処へ
絵美さんの雀が歩いて来た
ちょんちょんちょんとやって来た
雀にはノースリーブの二の腕があって
二の腕の白さがエッチでまぶしくて
人間のひとりはおもわず目を伏せてしまった



絵美さんは、非実在だから、この人間のイマジネーションの作品である。
イマジネーションだからほのぼのとしていられるのである。
これが実在であれば、絵美さんは、この人間のところへ雀になってちょんちょんと歩いてなんか来てくれない。



この人間は夕方よくサイクリングをしてひとりでいるさみしさを慰めている。
おとつい、サイクリングのゴール地点で、絵美さんらしい人に会った。小さな犬を連れていた。ほっそりしていた。
どうしたことかその絵美さんがちょこんと頭を下げて挨拶をしてきた。今までに会ったことはないはずである。
この人間は軽く挨拶を返して、照れたようにして急いで立ち去った。

そこでまた昨日同じ時間くらいの夕方に、サイクリングに出発した。絵美さんはやっぱり非実在だった。
鳥居の横を流れる小川の淵に赤いノカンゾウの花が咲いているきりだった。
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三郎を元気づけようとしているお遣い

2014年07月01日 08時09分12秒 | Weblog
里芋の葉っぱの露の玉に朝の日が射して来て、まるで太陽がそこに収縮して光っているようにしてきらきらきらきら耀いているので、三郎はまた変な気を起こしてしまった。「わたしだよ、わたしだよ」と太陽が三郎に囁きかけてきているように思ったのである。三郎は、もう黙ってやり過ごしてしまうことができなくなってきた。それで、「僕のところへ来てくれたんだね、ありがとう」と挨拶をした。太陽が、三郎を元気づけようとして、遠いところを一目散に飛び越えて来たと判断したのである。こうなれば三郎は元気になるしかなかった。悩んでいたのである。くよくよしていたのである。自分がさして重大な任務を帯びていないような気がして小さくなっていたのである。しかし、こうやってわざわざ太陽が三郎を目掛けてやって来てくれたとなれば話は別である。何もしてはいないけれども、何か重大な任務を遂行しているような錯覚を覚えてしまったのである。三郎は里芋の葉っぱの露の玉を長いこと眺めていた。そして立ち上がった。



「お遣い」

わたしは王である
それだから
太陽国からお遣いが来る
手渡されたお便りにこう書いてある
オゲンキデスカ
アナタガ ゲンキデナケレバ
ワタシモ ゲンキガ デマセン

王のわたしは便りを返書する
ゲンキデイマス
アナタガ ゲンキデ カガヤイテイル アイダ ハ
ワタシモ ゲンキデ イラレマス

里芋の葉っぱの露の玉が
朝日を浴びて
きらきら耀いて
この日の使者の役目を果たした
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