<おでいげ>においでおいで

たのしくおしゃべり。そう、おしゃべりは楽しいよ。

短編小説「金柑」

2014年07月21日 12時51分36秒 | Weblog
庭先の金柑の花の花数が日増しに増えていく。10mくらい先に金柑の大木がある。高さは目算で4~5mというところか。花は堅めで米粒あるいは豆粒大。それが重なり合っている。純白。枝先の緑の葉に隠れたようにして覗いて咲いて、日を受けてきらきら光っている。風が吹いてくると柑橘類独特の甘酸っぱい匂いが流れ込んでくる。

三郎は座椅子に座ったままの姿勢で暫くうとうととしていた。何時だ。柱に掛けてある時計では2時だ。じっとしているのに、身体が汗ばんでいた。
「あんたの声はいい声だね」女の人が近づいて来てそう言った。
「あんたが好きだと言ってるんじゃないよ。間違わないでほしいが、あたしはあんたの声にはうっとりしたよ」
三郎はどう返事をしていいか分からず黙っていた。女は鼻筋が通っていて色が白い。40に届くか届かないかくらいだ。割烹着を羽織っているから、ここはどこぞの料亭で、この部屋はその離れなのかもしれない。三郎は四国の足摺岬まで行こうとしていた。たしかにそうだった。そうすると三郎は途中で何かがあってここに立ち寄ったということになる。少しずつ思い出してはきたのだが、はっきりとしなかった。
女は三郎にあんたと呼び、自分のことはあたしと言った。時代がちょっとばかし古いのかもしれない。髪を高く結っている。そこに櫛が刺さっていた。
「あたしはあんたとこうして暮らすようになって、それでね、元気が戻って来て嬉しいのさ」女が箒の手を休めてそう言った。縁先だろう、風鈴が鳴った。箒で畳を掃いているようだから、やっぱり現代ではなさそうだ。部屋は片付けがきちんとしていて小綺麗だった。
三郎は、自分は一度死んだのかもしれないと思った。死ぬのは一度きりなんだろうが、三郎は生きている。生きているからには死んだことにはならない。日本霊異記にあるように、しばらく死んでいてその後で生き返ったのかもしれない。黄泉の国に来ているとも考えられなくもないが、明るい窓の光と明るい女の表情からすると、それには該当すまい。
「あたしはここの女将にあんたのことを頼まれたんだから、ここで世話をしてやっているんだが、世話するのはちっとも辛くはない。辛くはないさ。だから毎日ここへやって来ている」
女は近くに来て座った。座った女のふくよかな尻を白い足袋が律儀に支えていた。きちんと和服を着こなしていれば暑くないのかと三郎は思った。じりじり夏蝉が鳴いている。窓は透明ガラスで庭先が見通せた。金柑の木の東の小径には等間隔に置き石が連なって、そこへ百日紅が影を落としていた。影はゆらりゆらりした。女が三郎の肩に手を置いた。白粉が匂った。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

天の階段は2階までで後が切れている

2014年07月21日 11時45分07秒 | Weblog
美しい人、絵美さんが勤務しているのはこのビルの3階。



三郎は3階までの天の階段を一階からゆっくり上がる。



あれこれあれこれを想定する。



その中に、「あなたを待っていましたよ」の絵美さんの顔がある。彼はにっこりする。



「わたしに何かご用?」というにべもない蔑視が次に回ってくる。彼はぞっとする。



そこがいつも2階から3階へ行くところだ。立ち止まる。



「おれなんか待たれていないや」彼はこれを結論にして引き返す。



そして惨めになる。だらしなさ、不甲斐なさの自責が腰を伸ばすようにして彼を追い立てる。



天の階段は2階までで後は続いていない。そこへ行き着けば美しい人絵美さんが待っていてくれているという幻想を追っている三郎。



今のところ、そうは問屋が卸さないようだ。天女幻想。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

三郎の今日の話し相手をしているのは夏空

2014年07月21日 11時32分54秒 | Weblog
三郎はよく独り言を言っている。可笑しい。



独り言のくせに、まるでそこに人が居てふたりで会話をしているように、遣り取りをする。



すると会話が成立する。



会話は進展する。



どうしてだろう? 三郎はそう思う。



そしてそこにほんとうに人が居るような錯覚を覚える。



いや、錯覚なんかじゃなくて、誰かが三郎の話し相手をしに来てくれているはずだと確信するまでに突き進む。



きみをひとりにしちゃおかないよ、って声までが聞こえてくる。



三郎はそれであたたまって、とろとろに蕩け出す。



三郎は実に単純な男である。



三郎の話し相手をしているのは、今日は夏空である。からりと晴れて澄み渡った大空である。



南風が窓からひゅういと吹いて来て、「おれも加えてくれよ」を言い出している。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

死は生き物のベスト・アンサー

2014年07月21日 11時19分49秒 | Weblog
もうすぐ死んでいくんであります。さようならをするんであります。



地球誕生以来、そう言って死んでいった人がこれまでに数十百千万億兆人もいた。ふしぎだね。



うん。ふしぎだね。



人間だけじゃないよ、しかも。



でも、死なないようにはならないね。



うん、たぶん、死ぬってことが生き物のベスト・アンサーなんだろうね。



たぶんね。



それがあるから、生きている時を生き生きして生きられるのかもしれないね。



いのちのクライマックスができるんだね、これで。



数十億年、これで万事が滞りなくうまく運んだんだ。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

エッチな人を蔑まないほどのエッチでいる

2014年07月21日 10時57分54秒 | Weblog
ちょっとエッチであった方がいい。



どうして?



でないと、温かみがない。



エッチだと温かみがある?



うん。



死なないで生きているっていう温度。



ほのあたたかい温度。赤い血液が流れているって温度。



赤い血が流れてあたたかみがあると、エッチになる?



うん。エッチになる。



エッチな人を蔑まないほどの、エッチになれる。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

燃焼のあなたの手に触れる

2014年07月21日 10時04分10秒 | Weblog
滅せぬもののあるべきか。



死んでいかないものなどあるだろうか。



ない。



よって、汝はこれをどうするか?



奢(おご)りのときを奢る。



謳歌するときは短い。短ければなおさらに謳歌する。



滅せぬときの今の日を燃焼する。



いのちの燃焼は36度5分に設定してある。熱すぎず冷たすぎず。



燃焼のあなたの手に触れる。あなたはわたしの燃焼に触れる。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

美しいわたしを見て! 乙女たちが声を嗄らす。

2014年07月21日 09時36分11秒 | Weblog
いま、我が家の庭の鹿の子百合が真っ盛り。群生している。

魅せられた揚羽蝶が次々に立ち止まる。みんなキスをして行く。

わたしは美しい。美しいわたしを見て、見て、見て。花の乙女たちが声をからして叫んでいる。

山里は静かだ。通りかかる人もいない。夏蝉が鳴いているきり。

一番多く咲いている鹿の子百合はピンク。晴れがましい。黄鹿子はほっそりして細身。紅鹿子は健康そのもの。

みな花弁をそっくり裏に反して、円くなって、はち切れる。

乙女たちの花のいのちは短い。喜色満面は今週いっぱいだろう。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

狼狽(うろた)えるのは止める

2014年07月21日 09時19分02秒 | Weblog
できないことはできない。



従って、できることをする。これでいい。



人を羨んで、人のしていることを猿真似しようとするのは止める。それはその人だからできていることで、猿真似しても、真似て満足には至らない。



わたしができることをする。これでいい。



できがよくなくても。



それで、狼狽(うろた)えるのは止める。



我が道を行く。



挑戦意欲欠如を責められても、それはそれで致し方ない。



評価を求めようとするから、腰がふらついてしまうのだ。



三郎は三郎。一郎でも二郎でも四郎でもない。独自色が尊いのだ。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする