<おでいげ>においでおいで

たのしくおしゃべり。そう、おしゃべりは楽しいよ。

そういう気持ちがひょいひょい浮かび上がる

2017年10月03日 11時23分02秒 | Weblog

弟よ。呼び掛けたら、聞こえているかもしれない。どんな領域でも兄より遙かに優秀で誠実だったお前が先に死んでしまった。うすっぺらの兄者が、弟を失って、なおなお薄っぺらに生きている。なんだか済まない。謝らねばならぬ。そういう気持ちがひょいひょい浮かび上がる。弟とは4つ違いだ。水泳の選手でもあった。シェイクスピアの作品を言語のまま読みこなせた。退職後に大学を行き直して僧侶になった。だが、数々の病を抱えていた。入退院を何度も繰り返した。苦しかっただろう。死んでもう3年になる。

双六で喩えれば、死は謂わば「上がり」だ。到達点をクリヤーしたってことだ。もしそうだとすれば、弟の奴、「兄貴、お先に。悪いな。オレもうゴールに着いちゃったよ」なんて照れているかもしれない。そして早々もう次の求道の旅に出発をしてしまったかもしれない。そうやって弟に笑い顔を作らせてみる。そして仏壇の遺影の弟を呼ぶ。名前を呼ぶ。「おい、これから温泉に行くぞ。ついてくるか」と呼び掛けて左手を差し出す。そして肩を組んで出掛ける。

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なんでも面倒がり屋 つまり非努力主義

2017年10月03日 09時42分44秒 | Weblog

おはよう。今日は曇り日。日が射さない。ひんやりとしている。僕? 僕はごろんの丸太をしている。寝転がった丸太棒。いつもの引き籠もり老爺。だらしない。活動からはうんと遠い。でもそろそろ動き出しそうでもある。もう少し。たっぷり雨を含んだ畑は、まだ湿っていて農作業するには不向きかな。高菜の植え替えをしようと思っている。苗はプランターに種を蒔いて育ててある。

朝ご飯は小さめのピザパンを一個トースターで焼いて食べた。味噌汁も作ってあったが、温めるのが面倒で、パスした。代わりに葡萄を数個口に含んだ。なんでも面倒がり屋だ。人の中に入るのも面倒がるので、いつも一人でいる。つまり、努力ということを重んじない。

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愉快の森を成しているかも知れない

2017年10月03日 05時27分50秒 | Weblog

もうすぐ夜が明ける。新しくなるんだと思う。日が新しくなるのと同様に、わたしが新しくなるようで、少しワクワクし出した。全く新しくなるのではあるまいが、1パーセントでもそうなるのであれば、やはり新しくなったという感想を持つのだろうか。だったら、体内の細胞は1パーセントどころではあるまい。その比率に倣えば、もっともっとワクワクワクワクしてもいいのかもしれない。しかし、新しくなるというのは、どういうことか。新しい思想、新しい行動、新しい計画が策定できるということでもある。はっきりはしていないが、その未来が開けて行きそうで、なんだか嬉しい。昨日はほぼ丸一日雨が降っていた。新しい朝は雨音が止んでるようでもある。数日前に蒔いた秋野菜の種が、一度にどっと発芽して、愉快の森を成しているかも知れない。

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