(1)バッタと道連れ死の鉄道(Death Railway)
映画「戦場にかける橋」を覚えている人はもう少ないだろうが、近く公開される映画「レイルウェイ 運命の旅路」もここ、旧泰緬鉄道が舞台だ。第2次世界大戦中に日本軍はタイとミャンマーを結ぶ軍需物資輸送路として15か月余という驚くべき速さで鉄道を開通したが、その際約3万人の連合軍捕虜兵士の約半数、約10万人のアジア強制労働者のほぼ全てがジャングルの疫病、医薬品不足や拷問等で果てた。よってこの鉄道は「死の鉄道」とも呼ばれ、Death Railwayと書いたTシャツも売られている。現在カンチャナブリ-ナムトック間がタイ国営で運行され、タイ人は乗車無料、外国人は一回一律100バーツだ。鉄道沿線は風光明媚ゆえ海外からバックパッカーが訪れ始めた。汽車は70年前同様、窓から風を入れ、ポーと汽笛一声、「ガッタン・ゴットン・ガッタン」と激しく揺れながら進む。クワイ川鉄橋や窓から手が触れそうに近い岩壁、等が呼びもの。単線ゆえ列車のすれ違い場所で無限に待ち、始発も当然遅れる。筆者の乗車2回とも2時間半遅れだったが、行きにバッタ君が飛び込み終点まで同席、別れる時に「死の鉄道で死んじゃ駄目よ」と外に放した。クワイ川鉄橋は歩いて対岸まで2往復したが、下は淡緑色のクワイ川、対岸近くの枕木が古く、過酷な体験を強いられた往時の捕虜の呻き声が聞こえた気がした。(彩の渦輪)写真キャプション1.2.泰緬鉄道 3.トゥクトゥクで活動 4.捕虜たちはこの状態でも強制労働させられた (JEATH Museum)。
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