1963年
七月中旬の暑さ、夕立ちのようなにわか雨。三時間半におよぶ乱戦にケリをつけたのが森永だった。七回満塁で同点タイムリー、十四回には決勝二塁打。富山球場から宿舎へ向かうバスの中ではればれした顔でしゃべった。「勝利に直接結びつくヒットなんてことし初めてだよ。それにまとめて三本出たこともなかったんじゃないかな。なにか、こう、スーッとした気分だな」だれかれとつかまえてはこの言葉をくり返す。昨年首位打者をとりながら、ことしは宮崎日南キャンプで右足首をねんざ。それがたたって開幕後、ずっとふるわなかっただけに、うれしくてたまらないらしい。「同点打はシュート、最後のはインコースのスライダーだったかな。あまりよく覚えていないよ」いつもはボソボソ声。あまり表情のない森永がめずらしく顔をクシャクシャにした。それでも王、長島の名が出たときだけは別だった。あの二人はたしかにすごいと目をむく。「とくに長島はヒットの打ち方が実にうまい。打つポイントが少し前になったほかは去年とあまり変わっているとも思えないが、意欲という点では問題にならないんじゃないかな」と感心してみせ「だからオレは首位打者をあきらめたんだよ」とさりげなくつけ加えた。しかし、打てないときの森永にはとてもこわい人がひとりいる。広島の自宅で、いつもテレビにかじりついているという長男の昌司ちゃん(三つ)だ。「まだ幼稚園にかよいだしたばかりなんだけど、カエルの子はカエル。よく野球のことを知っててね。家に帰ると9番、どうした!とやられちゃうんですよ。女房は笑うしこっちはうしろ暗いところがあるから大きなこともいえないし・・・」不調をうしろ暗いとは妙な表現だが、やさしいパパらしい一面をまる出しにして、ほこりとヒゲでどう黒くよごれた顔から白い歯をこぼした。「じゃ、こんどは大きな顔で帰れるんじゃない」そばできき耳をたてていた興津から声がかかると「まだあすがあるんだからあまりその気にはならんよ」と用心深い。「とにかく一週間の雨休みで足がすっかりよくなったのが収穫だった。このきっかけを大切にしてまた徐々に馬力をかけていければと思っている。昌司には近いうちにホームランでも打ってみせて、あんまりハッパをかけんでくれとたのんでおくことにしますよ」決勝のヒットのつぎはホームランだそうだ。
七月中旬の暑さ、夕立ちのようなにわか雨。三時間半におよぶ乱戦にケリをつけたのが森永だった。七回満塁で同点タイムリー、十四回には決勝二塁打。富山球場から宿舎へ向かうバスの中ではればれした顔でしゃべった。「勝利に直接結びつくヒットなんてことし初めてだよ。それにまとめて三本出たこともなかったんじゃないかな。なにか、こう、スーッとした気分だな」だれかれとつかまえてはこの言葉をくり返す。昨年首位打者をとりながら、ことしは宮崎日南キャンプで右足首をねんざ。それがたたって開幕後、ずっとふるわなかっただけに、うれしくてたまらないらしい。「同点打はシュート、最後のはインコースのスライダーだったかな。あまりよく覚えていないよ」いつもはボソボソ声。あまり表情のない森永がめずらしく顔をクシャクシャにした。それでも王、長島の名が出たときだけは別だった。あの二人はたしかにすごいと目をむく。「とくに長島はヒットの打ち方が実にうまい。打つポイントが少し前になったほかは去年とあまり変わっているとも思えないが、意欲という点では問題にならないんじゃないかな」と感心してみせ「だからオレは首位打者をあきらめたんだよ」とさりげなくつけ加えた。しかし、打てないときの森永にはとてもこわい人がひとりいる。広島の自宅で、いつもテレビにかじりついているという長男の昌司ちゃん(三つ)だ。「まだ幼稚園にかよいだしたばかりなんだけど、カエルの子はカエル。よく野球のことを知っててね。家に帰ると9番、どうした!とやられちゃうんですよ。女房は笑うしこっちはうしろ暗いところがあるから大きなこともいえないし・・・」不調をうしろ暗いとは妙な表現だが、やさしいパパらしい一面をまる出しにして、ほこりとヒゲでどう黒くよごれた顔から白い歯をこぼした。「じゃ、こんどは大きな顔で帰れるんじゃない」そばできき耳をたてていた興津から声がかかると「まだあすがあるんだからあまりその気にはならんよ」と用心深い。「とにかく一週間の雨休みで足がすっかりよくなったのが収穫だった。このきっかけを大切にしてまた徐々に馬力をかけていければと思っている。昌司には近いうちにホームランでも打ってみせて、あんまりハッパをかけんでくれとたのんでおくことにしますよ」決勝のヒットのつぎはホームランだそうだ。