1963年
試合が終わった。ダッグアウトの一番奥でうつ向いていた大橋はノロノロと立ち上がった。片手にマスクとミットを持ち、プロテクター、レガースをつけたまま。多摩川の昼間の練習でもやけなかった色白の顔が目の回りだけがポッといやに赤かった。「どうだった?」ロッカー・ルームへ向かう途中の質問にも、うつ向いたまま。涙がポロポロこぼれていた。重い足どりー。「ぼくがまずかったんです」とボツリといった。いつもは陽気で、いいたいことをいう大橋が、初出場の結果を自分で落第と採点したのだ。ロッカーの中へ乱暴にレガースとプロテクターを投げ込んだあと、しばらくイスにすわったきり。フロへ行く藤田がそっと近づいて肩をたたいた。「気にすんなよ。オレが悪かったんだから・・・」それでもちょっとうなずいただけ。その間約十分。やっとプロへ行くため県下へ出た。「一生懸命やったつもりなんですが・・・」声がとぎれる。話しだすとまた新しい涙がホオをつたわった。「もうそろそろ出してもらえるとは思っていましたけど・・・。出るときはうれしかったんですが・・・。ボロボロするし、別にあがったとは思わなかったんですが・・・。三原さんに笑われてからなにかおかしくなって・・・・」六回島田(幸)の一ゴロで重松をホームでもつれながら刺したとき、三塁側コーチス・ボックスから三原監督が近よってきたときのことだ。「どうして三原さんが走ってきたのかわからないんです。でもあれからおかしくなりました」三原監督はこの点についてはなにもいわなかったが、得意の心理的な動揺を大橋に与えたようだった。「九回の藤田さんの暴投も、ぼくも押えなくちゃならないんです」もっともこの言葉はスムーズに口をついて出たのではない。とぎれとぎれに話す。その間によごれたタオルで何度も何度も目のふちをふいた。天知俊一氏は「六回重松に三盗されたときあせってポロリとやった。これがショックになったと思う。それにあまり動きすぎる。気をつかっているんだろうが、これがかえって十分プレーができなかった原因だろう。しかしこうせりあっているゲームにはやはり若い大橋は気の毒だ。長島の一打で大きくリードしておればもっといいプレーで初出場をかざれたかもしれない」と好意的。「思いきり泣けよ。ニヤニヤするよりいいぜ」と藤田は妙ななぐさめ方をする。船田、柴田の合宿組は「泣くところが大橋さんのいいところさ。でもキャッチャーってところはむずかしいポジションだからね」と大橋の気を引きたてるように陽気にさわいだ。ひとフロあびたあと「つまった当たりでもいい。こんどは一本ヒットを打つ。そしてもっといいプレーをします。これからですよ」また泣いた。だが試合直後の涙とはまた違ったカラッとしたものだった。
試合が終わった。ダッグアウトの一番奥でうつ向いていた大橋はノロノロと立ち上がった。片手にマスクとミットを持ち、プロテクター、レガースをつけたまま。多摩川の昼間の練習でもやけなかった色白の顔が目の回りだけがポッといやに赤かった。「どうだった?」ロッカー・ルームへ向かう途中の質問にも、うつ向いたまま。涙がポロポロこぼれていた。重い足どりー。「ぼくがまずかったんです」とボツリといった。いつもは陽気で、いいたいことをいう大橋が、初出場の結果を自分で落第と採点したのだ。ロッカーの中へ乱暴にレガースとプロテクターを投げ込んだあと、しばらくイスにすわったきり。フロへ行く藤田がそっと近づいて肩をたたいた。「気にすんなよ。オレが悪かったんだから・・・」それでもちょっとうなずいただけ。その間約十分。やっとプロへ行くため県下へ出た。「一生懸命やったつもりなんですが・・・」声がとぎれる。話しだすとまた新しい涙がホオをつたわった。「もうそろそろ出してもらえるとは思っていましたけど・・・。出るときはうれしかったんですが・・・。ボロボロするし、別にあがったとは思わなかったんですが・・・。三原さんに笑われてからなにかおかしくなって・・・・」六回島田(幸)の一ゴロで重松をホームでもつれながら刺したとき、三塁側コーチス・ボックスから三原監督が近よってきたときのことだ。「どうして三原さんが走ってきたのかわからないんです。でもあれからおかしくなりました」三原監督はこの点についてはなにもいわなかったが、得意の心理的な動揺を大橋に与えたようだった。「九回の藤田さんの暴投も、ぼくも押えなくちゃならないんです」もっともこの言葉はスムーズに口をついて出たのではない。とぎれとぎれに話す。その間によごれたタオルで何度も何度も目のふちをふいた。天知俊一氏は「六回重松に三盗されたときあせってポロリとやった。これがショックになったと思う。それにあまり動きすぎる。気をつかっているんだろうが、これがかえって十分プレーができなかった原因だろう。しかしこうせりあっているゲームにはやはり若い大橋は気の毒だ。長島の一打で大きくリードしておればもっといいプレーで初出場をかざれたかもしれない」と好意的。「思いきり泣けよ。ニヤニヤするよりいいぜ」と藤田は妙ななぐさめ方をする。船田、柴田の合宿組は「泣くところが大橋さんのいいところさ。でもキャッチャーってところはむずかしいポジションだからね」と大橋の気を引きたてるように陽気にさわいだ。ひとフロあびたあと「つまった当たりでもいい。こんどは一本ヒットを打つ。そしてもっといいプレーをします。これからですよ」また泣いた。だが試合直後の涙とはまた違ったカラッとしたものだった。