2000年
秋季、春季大会ともベスト4。大会屈指の右腕松谷を擁し、優勝を狙う。松谷はストレート、変化球とも切れが良くなり、新しくフォークボールもマスターし、さらに安定度が増した。
140㌔台の速球を持ち、2年生だった昨年の夏から、興南のエースを務める。以来、大会関係者からは2年越しで「№1の本格派投手」と呼ばれている。181㌢、77㌔、右投げ。大阪市出身で沖縄とは特にゆかりはなかったが、中学時代にOBの紹介で同校を知った。他の近畿の高校からも誘われたが「沖縄のレベルは高いと知っていた。自分でやってみて、どんなレベルか確かめたかった」という気持ちで沖縄に。速球にもさらに磨きをかけ、スライダー、フォークと球種も増やし「№1」の評価を不動のものにした。しかし「特にその意識はない」と気負わない。一方、その戦歴は優勝には恵まれず、準優勝や4強に甘んじてきた。今春も準決勝で沖縄水産・友利と10奪三振を奪い合う投手戦を演じたが、0対1で破れた。「内容では負けていなかった。悔しい」と振り返る。高校生活最後の夏を迎えた。昨年の経験もある。満を持して「どうしても優勝して甲子園に行く」と闘志を燃やす。
松谷秀幸にとっては今までの人生の中で一番長い一日だったに違いない。ヤクルトから3位指名の連絡が入ると、最初は緊張した実情だったが、次第に笑顔が広がった。182㌢、78㌔、右投げ、右打ちの本格派。140㌔台のストレートを武器にカーブ、スライダーなど切れの良い変化球を持ち、夏の大会からフォークボールもマスターして安定感を増したことが高く評価された。松谷は「指名してくれただけで、うれしい」と喜びを表した。意中の球団はなく、中学二年のころからプロ野球を夢見ていた。中学を卒業後、甲子園を目指すため大阪から単身で沖縄へ。高校での目標達成はならなかったが、もう一つの夢をかなえた。ドラフト前にはヤクルト、巨人など5球団から指名したいとの連絡があったという。「高い評価で指名してくれて驚きでいっぱい」と複雑な心境も見せた。この日の興南高校では宮城悦夫校長、松谷、母親の恵美子さんが待機。球団から連絡が入ると安ど感が漂った。美恵子さんは「心配の方が大きい。気の弱いところがあるので、もっとずぶとくなってほしい」と気遣った。松谷はプロ入りに前向きな姿勢を見せ、「球界を代表する選手と早く対戦したい。三年後には一軍でプレーしたい」と意欲満々だった。
プロ野球のドラフト会議でヤクルトに3位指名された興南高の松谷秀幸投手(18)=182㌢、78㌔、右投げ右打ち=が二十日、那覇市内のホテルで仮契約を結んだ。契約金六千万円、年棒四百四十万円。背番号は未定。本契約は十二月二十日、ヤクルト本社で行われる。会見には松谷投手と母親の美恵子さん、ヤクルトの片岡宏雄取締役、酒井圭一スカウトが同席。松谷は少し緊張ぎみながらも「ほっとした気持ちです。一流の選手になれるよう、体づくりから頑張りたい」と抱負を述べた。目標は三年後の一軍入り。片岡取締役は「真っすぐの速さが魅力」と松谷を高く評価している。右本格派の松谷だが、目標は同じヤクルトの左腕・石井一久投手「真っすぐで三振を取れるピッチャーになりたい」と決意を表した。松谷は来年一月、東京の合宿所で行われる新人合同自主トレに参加する予定。ヤクルトは今年から浦添市で春季キャンプを張っており、引き続き来春も予定している。松谷は「沖縄のファンにも、見てもらいたい」と話していた。