イエローフローライトを探して

何度も言うけど、
本当にブログなんかはじめるつもりじゃなかった。

技術点、芸術点

2007-02-17 16:54:34 | スポーツ

モーリス・グリーンかリンフォード・クリスティか、という上川隆也さんのマッハ疾走で、終盤いやがうえにも盛り上がった『わるいやつら』第5章。

ひょっとして上川さん、闇夜の山麓を彷徨してるうちに『梟の城』の忍者役を思い出して、キャラ混じっちゃったんじゃないかと思う勢いでした。

このあいだ『Qさま!』だったっけか、カール・ルイスがさまぁ~ずやアンタッチャブル相手に鬼ごっこやってましたが、かつての黄金スプリンターもさすがに身体ゆるんできてるし、2007年のいま現在“深夜・山林の中・スーツに革靴・ラビット米倉涼子”条件でガチのヨーイドンなら、上川さんがカールくんに1馬身1/2ぐらいで圧勝かもしれません。

まぁこれは、第5章の中ではフルコースの後のデザート、と言うか、酒飲んだあと小腹がすいてのラーメンみたいなもの。問題の山林に向かう車中での会話:

戸谷「どうしてそんなに俺に執着する?もう敵なんだろう?嫌いになったんじゃなかったのか」

豊美“好き”も、“嫌い”も、同じことなのよ。私にとっては」

…ここにこのドラマの中枢が集約されていたと言ってもいいでしょう。

この場面に先立つ、下見沢の事務所での会話:

下見沢「その男(=豊美が名を伏せて打ち明けている戸谷)が、手を下さなくても(=彼女が知っている殺人行為を法的告発しなくても)破滅するとしたら?黙って見てればいいんじゃない」

豊美「そうかしら?私はそうは思わない、なぜなら?彼が医者だからよ。それに…いっそ自分の手で、って、女なら(=伏せているが豊美自身)そう思うんじゃないかしら

下見沢「君から見て、その男はそんなに価値がある男なのかな」

豊美「…たぶん、そうなんじゃないかしら。クチで説明するのはむずかしいわ」

全作を通じて、社会派性や人間の暗部を衝く問題性には富んでいるものの、色気はどっちかと言えば不足気味な松本清張さんの作品を、よくぞここまで奥深い恋愛心理劇に仕立て直したものです。

「そうは思わない、なぜなら?」「説明するのはむずかしいわ。」の時の米倉さんの、会話の相手にというより自分に言い聞かせるような語尾の上げ→下げがとてもよかった。思いあふれて整理し切れないままの会話だと、逆にあんなふうにくっきりはっきり様子ぶった口調になってしまうことって、あるものです。

彼女が下見沢にどう伝えたか、放送内ではナレーションのみで伏せられていましたが、第一の殺人を、最初に提案したのは豊美の方であって、戸谷が強いて彼女が服従したわけではないのです。彼女には、ここがいちばんこたえているはず。理性やアタマで処理するのが不可能な事どもを、どうにか、何とかして言語データ化しようと必死な葛藤がひしひしと伝わってきました。

隆子&その両親と会食する予定のホテルに押しかけてきて戸谷を途方に暮れさせ、「仕方がない、すぐ戻ってくるから、ここで大人しくしててくれ」と説き付けられて、“どうしよっかなウフ♪”みたいなサイコ微笑も最高。戸谷凍結。この後の車中の展開からすると、この時点で彼女、ボイスレコーダーをバッグにしのばせ、“追いつめて、とことん困らせて、絶対、物証の尻尾出させてやる”の覚悟だったことになります。

破滅させるにしても、他の女の手では嫌。“好き”も“嫌い”も同じこと、という恋愛感情の極北を、大仰な泣きや狂乱芝居に頼らずに表現し抜く米倉さんの演技を絶賛する声がなぜもっと上がらないのか、月河は不思議で仕方がありません。

かつてのフィギュアスケート・銀メダリストの伊藤みどりさんが現役引退して間もなく、ある国際大会での実況ゲストとして、「どんな(フィギュアの)大会に出ても、技術点(=ジャンプの高さや回転数、難度の高いワザを幾つ成功させたかなど)に比べて、芸術点(=全体の芸術的な美しさやまとまり、音楽性、流麗さなど)が低めに抑えられてしまう選手がいて、私もそういうタイプだったので、技術点で稼ごうと必死でワザの練習をした」という意味の述懐をされていたことがあります。

このコメントを聞いていたときは「それはだね、つまり、フィギュアスケートってのは容姿であらかた勝敗つく種目であるからして…」と勝手に脳内で応答したりしていたものですが、それはともかく、女優さんにも技術点型と芸術点型がいて、淡々と日常的な挙措を披露しているだけなのに「リアルだ」「胸を打つ」と映画賞などで絶賛されるタイプと、かなり難度高い役にチャレンジして成果も出していても、注目や評価がそこに行きにくいタイプとがあるような気がします。米倉さんはいま、後者の“逆・技術点型”代表選手なのかもしれません。月河は彼女のようなタイプ、断然応援しますけど。

戸谷の言動も依然、矛盾と謎の嵐。第5章では、一度は口封じのため、ほぼ拘禁同然に入院させた豊美を、チセの示唆通りいよいよ例の手で殺っちゃうか?と思いきや、いつの間にか、隠していた服もどこからか返して退院許しちゃいました。彼女はもう口外しない、という確信はいまだ戸谷にもないはずで、あるいは、万策尽きた果てには彼女の手で滅びたいと彼も願っているのか?

破滅の前に、もう一度あの“黄金の脚”を拝める機会はあるでしょうか。逃げてくれ戸谷。

コメント (2)
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