歯の麻酔治療は無事終了。先生が「ちょっとチクッとしますよ」「軽くしみますよ」「少しヒビキますよ」と工程の前にいちいち丁寧に前触れを言ってくれるのはありがたいのですが、ことごとく“ちょっと”“軽く”“少し”で済まないという、親切なんだかなんなんだか。いや、もちろん、前触れなしでいきなりチクッ!ヒリッ!ズキン!よりずっと助かるんですけどね。
“先生”と言えばいまやコレ、『わるいやつら』。第6章は殺して埋めたはずの豊美の死体が動いた!消えた!あまつさえ、マネキンにすり替わってた!と思ったら全然覚えのない場所で首吊り自殺死体として発見された!しかも突然イキイキし出した伊武雅刀事務長が身元確認しちゃった!と、戸谷にとっては“悪夢とわかっているが、いま目覚めて現実に戻ったら、悪夢より最悪だから、覚めるわけにはいかない”という金縛りのような展開。
街角でよく似た後ろ姿を見つけて後を追い腕を掴むが…の場面がまたもや『美しい罠』を思い出させました。もう、戸谷、自分では気がついてないだろうけど、豊美に本気で惚れてるのと同じ行動になってますよ。
隆子に謝罪しているうちに、気がつくと、え、俺、泣いてる?の場面も、「人殺しまでしたのに彼女に振られそう、かわいそうなボク」という自己陶酔、自己憐憫ともとれるし、迫真の演技しているうちに自分で思った以上に感情入っちゃったともとれる。でも実際は、「豊美にかわいそうなことをした」という潜在意識奥深く埋めていた愛惜が、地雷踏んだように噴出した可能性もあります。彼自身は“俺がそんな気持ちになるはずはない”と思い込んでいるので、あくまで認めたくなく、「なんかわかんないけど涙が出たおかげで隆子さん軟化してくれたウマー」としか思わないのでしょうが。
昼ドラウォッチャーとしては「朝加真由美さんの“先代の愛人”属性キタコレ(←『レッド』『永遠の君へ』)」、さらに『真珠夫人』『愛しき者へ』『偽りの花園』でヒロインの母親もしくは母親的頼もし役を演じた増子倭文江さんの顔も思いがけないところで見られて、結構な贅沢感。
ラスト、「こうして生還した」の種明かし回想映像で、誰からも救助されることなく自力で蘇生、眩しい朝日の溢れる山林を蹌踉と下山する豊美の姿、悲しい場面ではないのに泣けました。自分を絞め殺して埋めて逃げた鬼畜な男なのに、朦朧とする意識に浮かぶのは、“危険な匂いはするけれど、私だけに優しくしてくれた、素敵な先生”のイメージばかり。
夜でも夕暮れでもなく、もて余すぐらいに光満ちた朝の風景なのがよかったですね。光は時として、闇より残酷。知らなくてもいい、見ずに済まされればその方が心安らかでいられる事実までも、否応なく曝け出させてしまう。
豊美にとっては、通りかかった車に乗せてもらい人心地を取り戻すまでのあの彷徨の時間だけが、おぼろげな甘い夢に身を浸せた最後の時間だったかもしれません。来週からは、死んだことにされてるのを強みに、大逆襲を始めなければならない。
欲を言えば、一晩仮死状態で地中から甦ったにしては、豊美、レギンスの下のセクシー網タイツが破れてるぐらいで、ナチュラルメイクのマスカラもあらかた保存されてたし、身奇麗過ぎでしたね。死の恐怖とサバイバルで一夜にして髪真っ白、江戸川乱歩『白髪鬼』ばりになってたら、米倉涼子さんの長身とスタイルで、それはそれでヴィジュアルインパクトあったのにね。こちらは松本清張さんですから、ちょっと物語世界の色合いが違っちゃいますが。
残り2週。豊美の復讐劇ももちろん見たくなくはありません、楽しみではありますが、もともと彼女が戸谷に惹かれ、一度、愛想尽かしたはずが離れられずにいる根底には“彼を救いたい、私だけがそうできる”という思い込み、もしくは、願望がある。しかも、と言うか、そういう女性だからこそと言うべきか、彼女は看護師です。
『Monster』で手負いのルンゲ警部に追いすがられたとき、放置して逃げれば逃げられたのに、Dr.テンマは止血処置を施し救命しました。人命救助を天職と心得ている人間にとって、これは本能に近いものでしょう。食欲や性欲と同じように、淵源をたどれば生きとし生けるものの、種族保存本能に根ざすのかもしれません。
どん詰まりの行き止まり、刀折れ矢尽きて、ぐうの音も出ないまでに追いつめ、「この人にとどめを刺せる(肉体的にとは限らず、社会的にでも)のは私だけ」という状況にさえなれば、彼女はある意味、満足なはず。土壇場で戸谷を刺さずに生かすような気がするのです。あるいは、最後のチャンス、選択肢を与えるとか。
戸谷が改心することはまずないでしょう。したらまた興醒めでもあるし。しかし、何らかの形で、彼が騙し、利用し利用されてきた凡百の女たちとは違う豊美の“特別さ”に気がついてから破滅してもらいたいと思います。第1章でチセが乱入してきて「あの人はあんたには無理だわ、若くて貧乏な女とは長続きしたためしがニャアの。そういうのはただの遊びだでね」とうそぶいていたように、彼にとっては豊美は“本来苦手で付き合うはずのないタイプ”だからこそ、唯一無二の存在でもあるはずです。