物事なんでも、目的があって始められるはずである。
ところが、最初に目指した目標通りに、ことが進むことは意外に少ないのである。
やっているうちに、だんだんと様子が変わって行ったり、本来の目的以外が主になったり、
惰性になって、「やること自体が目的」に摩り替わったりするのである。
少し前に、「雫石の軽トラック市」に触れて、「何故上手く行くのだろう」というブログをアップした。
「軽トラック市」が上手く行っていると思ったからである。
ところが、このブログに対して地元の「くらふと一期舎」さんからコメントが寄せられた。その一部をご紹介する。
「さて全国的に有名になった雫石軽トラック市ですが、実際に開始当初よりだいぶ来場者も増えてイベントとしてはだいぶ盛り上がっています。それはそれで商店街で営業するものとしてはとてもありがたく嬉しいことなのではありますが・・・・。
商店街を盛り上げるために開始されたはずの軽トラック市ではありますが、開始以来3年を経てみるにいまだ肝心の商店街は盛り上がる気配がありません。空き店舗は毎年のように増え、軽トラ市がおこなわれない日の歩行者はまばら・・・・。町や商工会の取り組みも以前ほど「中心商店街を何とかしよう」という熱意は感じられないような気がしています。
軽トラック市が終了した直後の午後2時ころ(軽トラ市は毎月第一日曜の午前9時から午後1時まで)の先ほどまでとうって変わってガラーンとした商店街を見るにつけ「一体何のための軽トラック市だったのかな」と疑問に思います。」
なかなか、上手く行っているようでも、本来の目的とは少し離れてしまっている、というのである。
三木にも、同じように「金物まつり」という盛大なお祭りがあり、来週10万人以上の人を集めて行われる。
これなど、成功しているイベントのはずだが、
多分当初の目標であった「三木金物産業の振興」にどれでけ貢献しているのか?
或いは、これを利用したほかの目的のほうが大きくなっているのか?
毎年、やることになっている既定の事実なのか?
これは、予算も大きいとは思うが、
三木としてトータル的に間違いなくプラスと言い切れるのか?
モット他の方法が考えられないのか?
などなど、基本的なコンセプトの部分の検討はなされているのであろうか?
「金物まつり」がダメだと言っているのではありません。
本当の目的は何ですか?
というコンセプトの部分は、よく考える必要があると思うのである。
「金物まつり」も、その他いろんなイベントや行事なども、
もう一度コンセプトを見つめ直して、本来の目的は何だったのか。
その成果や今後の方向を見つめ直すことが必要かもしれません。
「くらふと一期舎」さんのご意見は、本質をついていると思うのである。
ところが、最初に目指した目標通りに、ことが進むことは意外に少ないのである。
やっているうちに、だんだんと様子が変わって行ったり、本来の目的以外が主になったり、
惰性になって、「やること自体が目的」に摩り替わったりするのである。
少し前に、「雫石の軽トラック市」に触れて、「何故上手く行くのだろう」というブログをアップした。
「軽トラック市」が上手く行っていると思ったからである。
ところが、このブログに対して地元の「くらふと一期舎」さんからコメントが寄せられた。その一部をご紹介する。
「さて全国的に有名になった雫石軽トラック市ですが、実際に開始当初よりだいぶ来場者も増えてイベントとしてはだいぶ盛り上がっています。それはそれで商店街で営業するものとしてはとてもありがたく嬉しいことなのではありますが・・・・。
商店街を盛り上げるために開始されたはずの軽トラック市ではありますが、開始以来3年を経てみるにいまだ肝心の商店街は盛り上がる気配がありません。空き店舗は毎年のように増え、軽トラ市がおこなわれない日の歩行者はまばら・・・・。町や商工会の取り組みも以前ほど「中心商店街を何とかしよう」という熱意は感じられないような気がしています。
軽トラック市が終了した直後の午後2時ころ(軽トラ市は毎月第一日曜の午前9時から午後1時まで)の先ほどまでとうって変わってガラーンとした商店街を見るにつけ「一体何のための軽トラック市だったのかな」と疑問に思います。」
なかなか、上手く行っているようでも、本来の目的とは少し離れてしまっている、というのである。
三木にも、同じように「金物まつり」という盛大なお祭りがあり、来週10万人以上の人を集めて行われる。
これなど、成功しているイベントのはずだが、
多分当初の目標であった「三木金物産業の振興」にどれでけ貢献しているのか?
或いは、これを利用したほかの目的のほうが大きくなっているのか?
毎年、やることになっている既定の事実なのか?
これは、予算も大きいとは思うが、
三木としてトータル的に間違いなくプラスと言い切れるのか?
モット他の方法が考えられないのか?
などなど、基本的なコンセプトの部分の検討はなされているのであろうか?
「金物まつり」がダメだと言っているのではありません。
本当の目的は何ですか?
というコンセプトの部分は、よく考える必要があると思うのである。
「金物まつり」も、その他いろんなイベントや行事なども、
もう一度コンセプトを見つめ直して、本来の目的は何だったのか。
その成果や今後の方向を見つめ直すことが必要かもしれません。
「くらふと一期舎」さんのご意見は、本質をついていると思うのである。