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大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

まりあ戦記・008『病室の外が騒がしくなった』

2020-10-13 06:42:38 | ボクの妹

(神々の妄想)・008
『病室の外が騒がしくなった』   



 

 オーイ、起きろよ! 起きろったらマリア!

 ……あれ?

 死んだら聞こえるはずなのに……マリアはコクピットの中で息絶えている。
 だのに、ホトケさんである俺の声が聞こえていない。てか、なんで俺が息苦しいんだ?
 変だなあ……不思議に思っていると、ゴトンと音がしてレスキューハッチが開かれた。

「まりあ!」

 みなみ大尉が首を突っ込んでまりあの状況を確認する。
「仮死状態……男は来ないで! 良美、こっちへ!」
 良美と呼ばれた二曹が女性の衛生兵二人を引き連れて駆けつける。
「あ、これは……」
 コクピットのマリアは裸だった。
「コネクターでない衣服は衝撃に耐えられないんだ……ハッチの周りを毛布で囲んで……ヨッコラセっと!」
 大尉が腋を抱えてコクピットから引き出し、良美曹長が両足を引き出す。部下の衛生兵が毛布でくるんで自走タンカに載せていく。
「あれ、なにか握ってる」
 大尉がそっとまりあの手をほどくが、少し開いただけで、マリアの手はすぐに閉じてしまう。
「……これって過去帳じゃない?」
 まりあは制服がビリビリに破れていく中、過去帳だけはしっかり握っているのだ。息苦しい原因がやっと分かった。

 そうか、兄である俺との絆を大切にしたんだなあ……ホトケさんでありながら、俺はウルっとしてしまった。

「これ握っていたんですか? ぜんぜん覚えてません……というか、あたしヨミと戦ったんですか?」
 病院のベッドで意識が戻ると、ベッド脇のみなみ大尉にトボケたことを言う。
「どこまで覚えてる?」
「ヨミの同期体が間もなく動き出す……お父さんが、そう言ったあたりまで……かな?」
「じゃ、無意識で戦っていたのね……」
「えと……あたし勝ったんですか?」
「みたいね、ヨミに体当たりかけたときはダメかと思った」
「体当たりかけたんですか?」
「たいへんな爆発がおこって……あれでヨミを倒すだけじゃなくて生還してくるんだもんね、まりあの潜在能力って想像以上なのかもしれないわ」
 まりあは、安心したのか残念なのか分からない顔をした。

 その時、病室の外が騒がしくなった。

「司令、困ります司令……」
 看護婦の制止を振り切るというか、ものともせずに親父が入って来た。
「意識が戻ったようだな」
「はい、たった今」
「お父さん」
「司令、これからいろいろ検査がありますから!」
 看護婦の額に青筋がたった。
「まりあは患者である前に特務師団の装備品なんだ。検査は軍がやる」
 そういうと親父はまりあの掛け布団を捲り上げた。

 キャ!

 まりあは裸の胸を隠した。

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まりあ戦記・007『突っ込みます!』

2020-10-11 05:54:33 | ボクの妹

(神々の妄想)
007『突っ込みます!』まりあ    


 

 

 あたしが生まれる三年前にヨミが現れた。

 2033年に突然現れたと一般には言われているけど、お父さんは予見していた。

 東京を中心に地磁気に異常が現れたのは、ヨミの出現の二年前。幕下大学の准教授だったお父さんは「近々とんでもないものが、東京の上空に出現する。それは、とてつみなく禍々しく暴力的な存在で地上に壊滅的な打撃を与えるだろう」と予言した。

 でも、誰も信じなかった。

 地磁気の異常は首都圏全域で見られたが、政府も学者も地磁気の乱れは南海トラフ北端部のプレートにストレスが溜まっているためで、心配すべきは津波を伴う巨大地震だと説明していた。
 しかし、過去の巨大地震に比べると地磁気の乱れが異なっている。お父さんは、そう説明したが三流大学の准教授の言うことなど誰も耳を貸さなかった。ただ東京オリンピックの年にゴジラの最新作を作った荻野目監督が「ゴジラの設定をした時の地磁気の乱れとソックリである」評論した。

 けっきょくは2040年、東京上空に現れた未確認攻撃体によって、東京と、その周辺は壊滅的な被害をこうむった。
 放射能被害こそは無かったが、被害規模は15メガトンの水爆に匹敵した。
 ただ、規模の割に被害者は一万ちょっとと少ない。未確認攻撃体が出現して攻撃が行われるまでには数日のタイムラグがあって、かなりの人たちが避難できたからであった。

 この未確認攻撃体は、三回目の攻撃を終えた後、突然分解して地上に落ちてしまった。

 荻野目監督は「まるで古事記に出てくる黄泉の国の使いのようだ」とツイッターに書きこんだので「ヨミ」というのが未確認攻撃体の名称になってしまった。
 お父さんを笑う者は居なくなった。
「これは前兆に過ぎない、ヨミは再び現れる」と予見し、政府は憲法改正によって軍になったばかりの自衛隊に招へいした。
 お父さんは、放棄された東京周辺に落下したヨミの構成物質を集め、人工ヨミと言っていいウズメを作り上げたのだ。

 ウズメがリフトから射出され高度15000メートルに達するまでの間に、まりあがヨミのライブラリーから読み取ったことが以上の事だ。

 まりあが読み取った情報は100テラバイト分あったが、その内容を理解するにはホトケさんである俺の能力を超えている。
――まりあ、オールウェポンフリーになったわ、なにをチョイスする?――
 ベースのCICからみなみ大尉が呼びかけてきた。ウズメのウェポンは旧東京の三十三か所で格納されている。射出されてから観測される最新情報によって、CICとマリアによって選択される仕組みになっている。
「このヨミには、どのウェポンも通用しないみたい。あと三十秒でヨミは再起動して手が付けられなくなります。だから突っ込みます……」
――ダメ、自爆攻撃は認めない! ウェポンを使って再起動を遅らせて!――
「それだとキリがない。突っ込みます!」

 まりあは頭をコクピットが内蔵されている頭部を両腕で庇うようにするとウズメをヨミに向かって突進させた。

――まりあ! 引き返し……――

 ドッゴーーーーーーーーン!

 みなみ大尉の指令が届ききる前に、再起動寸前のヨミに体当たりした。

 東京湾に巨大な火球が膨れ上がり、数秒後に収縮して消えたあとにはヨミもウズメの姿も消えていた。

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まりあ戦記・006『ウズメ発進!』

2020-10-10 12:41:05 | ボクの妹

(神々の妄想)

006『ウズメ発進!』    

 

 まりあに大事なことをやらせようとしていることは分かっていた。

 だが、こんなとんでもないものに乗せようとしているとは、ホトケさんになった俺でも分からなかった。

 ウズメはとんでもなく巨大なロボットだ。

 ロボットという概念に収まるものではないのかもしれないけど、十六年で人生を終えてしまった俺には、これを的確に表現する言葉が無い。

「思ったよりおっきい……かな……でも……慣れてしまえば……関係ないか……」

 まりあは、ここで何をするのかは分かっていたようだ。親父から打診があったんだろう、おそらく一か月ぐらい前に。じっと考え込むことが増えてたし、先週からは家の中を片付け始めていたしなあ……仏壇に手を合わせる時に、なにか言わねえかと思ったんだけど、けっきょく今朝まではホトケさんの俺にも言いやがらねえ。

 まあ、相談されても応えてやる口も無いんだから、俺の自己満足にしかならないんだろうけどな。

 俺は、生活の場所を親父のとこに移すだけかと思っていた。俺が付いているとは言えホトケさんの身、リアルでは何もしてやれねえしな。仕送りとかはあるにしても、十七歳の女子高生が一人暮らしというのはきびしい、時期的には進路選択が主題の三者懇談も近いし、学校の昼飯以外はボッチ飯てのもこたえるよな。

 そこで、経済的にも精神的にも自立できるまでは親父の庇護を受ける。ま、実の父親が娘の面倒をみるてのは、世間的には当たり前。

 しかし、親父は学者バカというやつで、自分の研究とか学問的使命のためなら家族を犠牲にすることを厭わない。

 だから、親父の庇護を受けるというのは、穏やかに言って親父の手伝いを、はっきり言って親父に支配されるということなんだ。

 軍に関与してからの親父はたいそうな力で、対ヨミ戦に関しては文民でありながら司令なんだとか。

 ことによっては、かなり危ないことをやらされるかも。でも、ここ二年程を凌げれば自立できるし。

 だったら、この二年ほどは、親父とギブアンドテイク!

「自立できたら、もうちょっとましな仏壇買ってあげるからね」

 チーーーーン

 そう言って、鈴(りん)を一発鳴らしてみなみ大尉に返事のメールを打ったんだ。

 なんか、俺の知らない間に、こいつなりに成長してんのかもな。

 

 え? ちょっと震えてねえか?

 

 胸ポケットの中に居るもんだから、震えが直に伝わってくる。

 あ……え……なんちゅうか、オッパイの上なんで、なんかけしからん振動なんだけど(^_^;)。

「ヘッドセットとコントローラーは?」

「乗ると言ったはずだが」

「だから、ブースとかに入ってドローンみたく操縦するんでしょ? ゲームとかじゃ『乗る』って言うし」

 親父は、ズイっとロボットの頭を指さした。

頭の所に乗り込むスペースがある、乗り込んだら身体を固定して静かに座っていなさい。ベースを出るまではこちらでコントロールする。出てからは、いろいろ指示をするが、基本的にはまりあが感じたまま動いてみるんだ」

 え、なにを言ってるんだクソオヤジ!?

 前世紀のロボットアニメじゃねえんだ、直に人間が乗るなんてアナログすぎっだろ!

「リアルに乗り込むって、これがやられたらオペレーターも一巻の終わりじゃない」

「機体とシンクロするには直に乗るのが一番だ。だから、ゲームでも『乗る』という表現をするんじゃないのか?」

――司令、ウズメの発進準備完了しました。パイロットを搭乗させてください――

「分かった、急げ、時間がない」

「ど、どうやって動かすの?」
「イメージするだけでいい、ウズメがシンクロして行動にうつしてくれる。ウズメを信頼して委ねてしまいなさい」

「……わかったわ」

 短い会話を打ち切り、まりあはリフトに乗る。

 もう震えてはいない、ここ一番のクソ度胸なんだろうけど、大丈夫か、まりあ? ホームルーム延びるのが嫌で、義侠心から球技大会の選手に立候補するのとはレベルが違うぞ!

 ほんの三秒ほどでリフトはウズメの頭部に着き、開いた後頭部のハッチからまりあは乗り込んだ。

――座ったら楽にして……そう、リクライニングになるから――

 みなみ大尉の声に変わった。

「シートベルトは?」

――無いわ、自然に緩やかに固定されるから心配しないで――

「はい」

 CICの中では五人のオペレーターが、それぞれのモニターやらコンソールの前に座ってオペレートしている。
「ジェネレーター1番から6番までオールグリーン」
「ウェポンコネクターオールグリーン」
「各部関節オールグリーン」
「シールド展開完了」
「同期率80%、出撃可能値を超えました」

「120%まで待つ」
「危険です!」
 みなみ大尉が声を上げた。

「まりあを守るためだ、シンクロが切れてしまったらウズメはただのデクノボー、しっかりシンクロさせるんだ」
「しかし」
「まりあなら大丈夫だ」
「同期率110%……115%……120%今!」
「固定!」
「固定!……効きません、同期率さらに上昇、130%、140%、150%……」
「危険です、中止しましょう、司令!」
「待て……」
「190%、200%……安定しました」
「よし、いける。ウズメ発進!」

 ズゥーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン

 腹に響く振動がして、ウズメを載せたエレベーターは加速して三つの隔壁を抜け、地上に達するとブースターを点火したウズメを秒速100メートルの速度で紺碧の空に打ち出した!

 バシューーーーーーーーーーーーッ!!!



 時に2053年、まりあ戦記が歴史に刻まれる時がやってきた。

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まりあ戦記・005『初めてのベース』

2020-10-09 07:45:57 | ボクの妹

(神々の妄想)
005『初めてのベース』語り手 晋三  



 陸軍特任旅団のベースは首都の南にある。

 それは二十年前のヨミのファーストアクトで出来た巨大なクレーターの中に潜むように存在している。
 クレーターの直径は三キロほどもあり、所狭しと対空兵器が並んでいる。
 中央にはベースのコアに通じる入り口があり、入り口はカメラの絞りのような構造になっていて、出入りするものの大きさに合わせて変化する。

 直径二十メートルほどに開かれた入り口を、まりあたちを乗せたオスプレイが巣に着地する猛禽類のように下りていく。
 隔壁三つ分降りたところがハンガーだ。

 まりあはスターウォーズの基地のように思えてキョロキョロ。到着早々ヨミに出くわした衝撃はほとんど薄れて、小学生のような好奇心。これは性格というよりは、十七年の人生で無意識に培った力だろう、ちょと痛々しくはある。

「ウッヒョオオオオオ……」

 こういう反射の良さが良くも悪くもまりあの個性だ。どっちかっていうと、生前の俺は、まりあのそういうところが苦手だったが、いまの俺には好ましく思える。過去帳を住み家として二年目、少しはホトケさんらしくなってきたかな。

「さ、ここからはリフトよ。三回乗り換えるから、迷子にならないでね」

 みなみ大尉はテーマパークのベテランスタッフのようにまりあをエスコートしていく。
「大尉、またお腹がすいたんですか?」
 二つ目のリフトに向かう途中、カーネルサンダースの孫みたいな曹長に声をかけられた。
「え、CICに行くとこだけど?」
「アハハ、そっちは士官食堂ですよ。CICはリフトを下りて三番通路を右です」
「わ、分かってるわよ」
 見かけの割には抜けているところがあるようだ。
「この人、主計科の徳川曹長、ベース内での日常生活は彼が面倒見てくれるわ。こちら舵司令の娘さん、いろいろ面倒見てもらうことになるから、まず徳川君のところに連れて来たんじゃない(^_^;)」
 強引な強がりに、徳川曹長もまりあも吹き出しかけた。

「えと、舵まりあです。お世話になります」
「こちらこそよろしく。司令からも話があるだろうけど、ここでは君は少尉待遇だ。一応士官だからベース内の大概のところには行けるよ。当面必要なものは後で届ける。ベースの詳しいことは、その時にレクチャーするよ、みなみ大尉に任せたら日が暮れそうだ」
「ちょっとねえ!」
「はい、回れ右して二つ目を左、二番のリフトに乗って……自分が案内しましょうか?」
「大丈夫、ここへは君に会わせに来たんだからね!」
「それはご丁寧に……じゃ、幸運を祈ります」

 まりあは徳川さんに付いて来てほしかったが、目を三角にしたみなみ大尉には言えなかった。

 曹長の案内が良かったのか、それからは迷うことなくCICに着いた。

「司令、まりあさんを連れてまいりました」
 レーダーやインターフェースを見ていた四人が振り返った。まりあの姿を確認すると三人は任務があるようでCIC内のパネルやモニターをいくつか確認したあとCICを出て行った。残った一人が口を開いた。
「さっそくだが、まりあはウズメに乗ってもらう」
 お父さん……そう言おうとした妹の口が固まってしまった。
「司令、まりあさんは来たばかりですが」
「社会見学に来させたわけじゃない。まりあは即戦力だ」
「し、しかし、エンゲージ(同期)テストもやらずに無謀です」
「待ってはおれない、テストは乗ってからやればいい」

 あいかわらずむちゃくちゃを言う親父だ。

 俺だったらブチギレてる。

「わかったわ、ウズメでもスズメでも乗ってあげるわよ」

 こわ!

 まりあの目が据わってきたぞ。
 

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まりあ戦記・004『ドーン!!』

2020-10-08 13:43:07 | ボクの妹

(神々の妄想)
004『ドーン!!』語り手 晋三  

 

 みなみ大尉は車を路肩に停めると、まりあを引きずるようにして路地に跳び込んだ。

「どこへ行くんですか!?」
「シェルターよ! 万全じゃないけど地上にいるよりはまし!」

 ウィーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 ビルの谷底から見える四角い空を巨大な何かがよぎった。
「みなみさん、あれは!?」
「ヨミよ」
「あれが……」

 まりあの全身に鳥肌が立った。

「さ、急ぐわよ!」

 俺もぶったまげた。二十年前に東京とその周辺を壊滅させたヨミのことは知識としては知っていたが現物を見るのは初めてだ。

 瞬間見えたそれは、巨大なクジラを連想させて、圧倒的ではあったけど、かっこいいと感動してしまった。
 流行りのレトロ表現でいうところの仮想現実、今風に言えばVRに慣れた俺たちは、瞬間圧倒されても、我が身に直接危害が及ばないゲームのラスボスに出会ったようにしか感じない。

 しかし、二つの角を曲がって目に飛び込んできた光景は、凶暴なリアルだった。

「う、なんてこと……」

 それまで敏捷にまりあをリードしてきたみなみ大尉は立ちつくしてしまった。
 まりあは大尉に手を繋がれたまま青ざめてしまい、俺は胸ポケットの中でマリアの止まらない震えを感じていた。
 仮想現実は視覚的にはリアルと区別がつかないが、目の前のリアルには熱と臭いがある。

 そこは、大地に骨格があったとしたら大きく陥没骨折をしたような感じだ。

「シェルターが壊滅している……」

 陥没骨折の亀裂からはホコリとも煙ともつかないものが噴きあがり、それは見る見るうちに炎に取って代わらた。
 数百メートル離れたここには圧を持った熱と臭いとして届いてくる。
「ウッ、この臭い」
 まりあは制服の襟を引き寄せて鼻と口を覆った。
「崩れた鉄筋とコンクリートが焼ける臭い…………人が焼ける臭いも混ざってるわ」
「中の人たちは?」
「過去にこうむったどんなヨミの攻撃からも耐えられるように作られている……」
「あ、あれは?」

 その時、西の方角から大量のミサイルが飛んでくる音がした。

「軍の攻撃が始まったの?」
「ええ、でも時間稼ぎにしかならないでしょうね……」
 やがてミサイル群が飛んで行った彼方に太陽のような光のドームが膨らんだ。

 ドーーーーーーーーーーーーン!!

「伏せて!」

「は、はい!」

 ウグ!

 地面とまりあの胸に挟まれて過去帳の俺も息が詰まりそうになる。

 遅れて衝撃がやってきた。大量のミサイルが同時に命中した衝撃だ。これなら最新作のゴジラであってもやっつけられたと思った。

 もうひとつ遅れてハリケーンのような暴風がありとあらゆる破片やゴミやホコリを巻き起こしながら吹き荒れ、あたりは真夜中のようになった。

 五分……ひょっとして一時間かもしれない時間が過ぎて、ようやく曇り空ぐらいに回復してみなみ大尉は顔を上げた。
「さ、その交差点で救援を待つわよ」
 そして、やがてやってきたオスプレイに救助されて現場を離れる。
 数キロ離れた海上にヨミの上半分が突き出ている。なんだかオデンの出汁の中に一つ残った玉子のように見える。
「球体に近い姿が一番衝撃に強いの。ダメージを受けてはいるけど、ヨミはすぐに復活する……」
 そう言われると、玉子に似たヨミは僅かに鼓動しているようにまりあには見える。
「怖い?」
「えと……オスプレイの振動です」
「頼もしいわ、まりあ」
 大尉はマリア頭をワシャワシャと撫でた。

 ふだんこういう子供にするようなことをされると嫌がるまりあだったが、ベースに着くまで大人しくしていた。
  

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まりあ戦記・003『アクト地雷』

2020-10-07 06:47:52 | ボクの妹

(神々の妄想)
003『アクト地雷』語り手 晋三  




 高安みなみ大尉は親父の片腕だ。

 外見はお茶っぴーなオネエサンだけど、陸軍特任旅団のエリートだ。
 なにごとも明るく前向きに取り組み、この人と組んでいたらきっと上手くいくと思わせるオーラがある。
 一を聞けば十を知るというような聡明さが本性だと感じるのは俺が仏壇の住人だからだろうか。
 特任とは言え現役の陸軍大尉でありながら、ほとんど軍服を着ることも無く、いつも足腰の軽い女子大生のようなナリをしている。
 そんなみなみ大尉は呼吸をするようにお喋りだ……という触れ込み。

 でも、ハンドルを握るみなみ大尉は寡黙だ……。

 まりあが来ることは機密事項にはなるんだろうけど、ちょっと寡黙すぎやしないか?

 え……ちょ……みなみ大尉はまばたきをしてないんじゃないか?

 俺はみなみ大尉の鼓動に注目した。
 安定している……対向車線をはみ出した同型のセダンが衝突ギリギリですれ違っても毛ほどの変化もない。

 こいつはアクト地雷だ!

 気づいた瞬間、俺を胸ポケットに入れたまりあは車外にテレポートした。

 え!?

 まりあは歩道に尻餅をついて、たった今まで乗っていたセダンが走り去っていくのを見送っている。

 ドックゥアーーン!!

 セダンは百メートルほど走ったところで大爆発した。一秒でも遅れたらまりあの命は無かっただろう。
 呆けていると、さっきすれ違ったセダンが戻ってきて、まりあの目の前でドリフトしながら停車した。

「早く乗って!」

 車から飛び出してきたのは本物の高安みなみ大尉。やっぱりさっきのは特殊戦闘用のアクト地雷だ!
 

 そんな事情の分からないまりあは目を丸くして金魚みたいに口をパクパクさせている。

「まだローンも終わってないダンディーが、ダンディーってのはこの車の名前ね。ダンディーが調子悪くって、やっと調子がもどってカットビで来たら、ダンディーと同じのとすれ違うじゃない。運転してるのはあたしソックリだし、助手席にはあなたが乗ってるし、あ、挨拶まだね、陸軍特任大尉の高安みなみ(懐からIDを出した)どう、制服姿のあたしもイケてるでしょ? ハハ、自分で言ってりゃ世話ないか。本当だったら首都のあれこれ案内しながらと思ってたんだけどね、あたしソックリなアクト地雷が現れるようじゃウカウカしてらんないわ。しかし決心してくれてありがとう、舵司令は何にも言わないけど、あなたのことを頼りにしていたのはビンビン伝わってきてたから。あたし以心伝心てのは苦手でさあ、まりあの決心がもう一日遅れてたら司令とケンカしてたところよ。あ、まりあって呼んでいいわよね? あたしのことは『みなみ』でいいから。あ、ごめんね、あたしばっか喋っちゃって。なんか聞きたい事あったら、別になくってもいいんだけどね……」
「あ、いろいろあり過ぎて……えと、みなみ大尉?」
「ハハ、ただのみなみでいいわよ」
「いきなりは、その……」
「あ、そだよね。あたしってば一方的に距離縮めちゃって。じゃ、みなみさんだ」
「みなみさん。あたし、さっきまであの車に乗っていたと思ったら、いきなり歩道にいて、で、乗ってた車が大爆発で……なんか訳わからないんですけど」
「あれはアクト地雷って言って、人型の地雷。一見人間そっくりだけど、AIじゃないからまばたきとか心拍とかが微妙に違うし、プログラムされた言葉しか喋らないし、なんたって基本は地雷だからね。えと、車から歩道に移動したのはまりあの能力でしょうね、ベースに着いたらテストしてみましょ。しかし、いちばん驚いたのは、危機に直面したらとっさの判断で能力が使えることでしょうね。司令も……お父さんもお喜びになると思うわ」
「いろいろ覚悟はしてきたんですけど、えと、あたしは首都でなにをするのかしら?」
「いろいろ!」
「いろいろ?」
「う~ん、あんまし予備知識はね……直接お父さんから聞くことになるわ、そのほうがいい」
「そうなんだ」
「ハハ、その方がワクワクしていいじゃないの」

 ズズーン!! 
そのとき直下型地震のようなショックがきた。

「わ、地震!?」
「ちがうわ、いまのは……クソ! こんなに早く来るなんて反則よ!」

 キーーーーーーーー!!

 ふたたびショックがあって、ダンディーは急停車した。

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まりあ戦記・002『新埼玉から首都へはノンストップ』

2020-10-06 08:12:45 | ボクの妹

(神々の妄想)
002『新埼玉から首都へはノンストップ』  



 俺は、この二年間仏壇の中にいる。

 つまり、二年前に死んじまって仏さんになっちまった。死んでからの名前は釋善実(しゃくぜんじつ)という。
 仏さんなのだからお線香をあげてもらわなきゃならないんだけど、妹のまりあは水しかあげてくれない。
「だって、家がお線香くさくなるんだもん」ということらしい。こないだまでは「火の用心」とか「水は命の根源」とか言ってたがな。

 そのまりあがお線香をたててくれた。

「ナマンダブ、ナマンダブ……じゃ、行こっか」
 そう言うと過去帳の形をした俺を制服の胸ポケットに捻じ込んだ。

 ちょ、ちょ、まりあ…………!

 俺はドギマギした。ガキの頃は別として、妹にこんなに密着したことはない。
 いま、俺は三枚ほどの布きれを隔てて妹の胸に密着している。生きていたころは、ちょっと指が触れただけでも「痴漢!変態!変質者!」と糾弾され、機嫌によっては遠慮なく張り倒された。
 それが胸ポケットの中に収められるとは、やっと兄妹愛に目覚めたか? 俺を単なる過去帳という物体としてしか見ていないか?

 思い出した。

 妹は大事なものをポケットに入れる習慣があった。

 もう何年も妹と行動を共にすることなどなかったので忘れていたんだ。
 しかし、あのまな板のようだった胸が(〃▽〃)こんなに……妹の発育に感無量になっているうちに、お向かいの寺田さんに挨拶したことも、大家さんに荷物のことを頼んだのも、駅まで小走りに走ったことも上の空だった。

 ガタンゴトン ガタンゴトン ガタンゴトン ガタンゴトン ガタンゴトン ガタンゴトン……

 いまは新埼玉行きの電車の中だ。

 車窓から見える風景が荒れていく。

 新埼玉が近くなると、先の大戦のツメ跡が生々しくなる。
 かつて山であったところがクレーターになったり、低地であったところがささくれ立って不毛な丘になったり、かつて街であったところが焼け焦げた地獄のようになっているのは、ホトケになっても胸が痛む。
 圧を感じると思ったら、まりあがポケットの上から胸に手を当てている。

 ギギギギ……

 マリアの奴、歯を食いしばっている。

 そうか、まりあも、この風景には耐えられないんだ。まだ十七歳の女子高生だもんな。
 住み慣れた家を出て、学校も辞めて新しい人生に踏み出す妹に哀れをもよおす。

 辞めた割には制服姿だ。

 それも、いつものようにルーズに着崩すことも無く、ブラウスの第一ボタンまでキッチリ留めてリボンも第一ボタンに重ねるという規定通り。校章だって規定通りの襟元で光っている。実は、この校章、辞めると決めた日に購買部で買ったものだ。まりあのことをよく知っている購買のおばちゃんは怪訝に思った。「記念よ記念(#^―^#)」と痛々しい笑顔を向ける、目をへの字にしたもんだから、両方の目尻から涙が垂れておばちゃんももらい泣き。

 そんな制服姿なんだけど、あいかわらずスカートは膝上20センチというよりは股下10センチと短い。

 まあ、これがまりあの正装(フォーマル)なんだ……よな。


 ああ、腹減ったあ……

 ポツリと呟いた一言は、やっぱたくましいんだろうけど、なんだかカックンだ。
 新埼玉に着くと、乗り継ぎの時間を一睨みしたまりあ。
「よし、余裕だ!」
 ホームの階段を二段飛ばしで降りると、駅構内のファストフードに駆け込んだ。
「特盛一つ! つゆだくで! お茶じゃなくてお水!」
 出てきた牛丼に紅ショウガと七味をドッチャリかけると、100人いたら一番の可愛さをかなぐり捨ててかっ込み始めた。
「ゲフ……お代置いときますね!」
 グラスの水をグビグビ飲み干すと、まりあは首都方面行きのホームに駆けあがっていった。

 首都は、あの大戦のあとに新東京としてつくられたが、あくまで日本の首都は東京であるという日本人の誇りから、あくまで便宜上の仮のものであるという気持ちで、普通名詞の首都と呼ばれている。

 新埼玉から首都へはノンストップである。

 首都は再びの攻撃にさらされるリスクを冒しながら廃都東京の近くに作られている。東京は江戸の昔からの霊力が宿っていることから、その霊力を少しでも受信できるところに作られたのである。
 ただ、その霊力は大戦の元凶であるヨミとの戦いにおいてのみ有効であるので、首都のみが突出していて、それ以外の街は発展していない。

 首都駅の改札を出ると、スッと寄り添ってくる人がいた。

「舵まりあさんね……こちらを見なくてもいいわ、このままロータリーの車に乗って」

 まりあはホッとした。迎えの人間についてはパルスIDのパターンしか教えられていなかったので、きちんと分かるかどうか不安だったのだ。間違いない、この女性は特任旅団の高安みなみ大尉の正規のパルスIDを明瞭に発している。

 二人は、ロータリーの端に停めてあった新型セダンに乗り込んだ。
   

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まりあ戦記(神々の妄想)001『そんな妹は俺より一つ年上だ』

2020-10-04 12:51:06 | ボクの妹

(神々の妄想)
001『そんな妹は俺より一つ年上だ』
       


 妹は俺より一歳年上だ。

 名前は舵まりあ、都立神楽坂高校の二年生。

 兄である俺が言うのもなんだけど、可愛い奴だ。

 そこらへんで女子高生を百人ほど集めたら一番か二番に入るくらいの可愛さだ。
 百人と言うところがミソだ。この程度の可愛さなら学年で二三人、全校生なら五六人は居る。
 渋谷や原宿を歩いていたら掃いて捨てるほど……ではないけど、五分も突っ立っていればお目にかかれる。

 身長:165cm 体重:48㎏ 3サイズ:82/54/81

 なかなかのスタイルだと思うけど、そのルックスと同じくらいの確率で世の中には存在している女の子だ。
 
「お兄ちゃん、いよいよだよ!」

 ち、近い……けど、仕方ないか。

 まりあは、三十センチという至近距離に迫って手を合わせて俺に誓う。兄妹の仲なのにオカシイ……ま、勘弁してやってくれ(;^_^)、あとで理由は言うからな。

 

 えと……まりあの性格を短く言うと、以下のようになる。

 反射が早くて言動がいちいち適格なくせに全体がどこか抜けている。オッチョコチョイでどこか残念な少女、でも、そのオッチョコチョイで残念なところが危うくも可愛い……と思ってしまうのは兄妹だからか……あ、シスコンってわけじゃじゃねえからな(^_^;)

「荷物の始末は大家さんに頼んだ。学校から帰ってきたらいっしょに出るからね……あ、お水忘れてる」
 まりあは短いスカートを翻して台所に行くとジョウロに水を汲んでベランダに。プランターに水をやって戻ってくると、再び三十センチ。
「じゃ、行ってくるね!」
 いつもの挨拶をして通学カバンを抱え、パタパタと玄関へ、瞬間迷ってキョロキョロ。

「よし」

 小さく気合いを入れて揃えたローファーに足を伸ばす、履いたと思ったら「あ!」っと思い出して、また上がってきてガスをチェック、窓とベランダの施錠を確認して、まとめた荷物を指さし確認。

「よし!」

 また気合いを入れ、少し乱暴にローファーを履きなおしてノブに手を掛ける。

「あ!」

 またまた戻ってきて、ズッコケながら台所に入って、一杯の水を汲んで俺の前に置いた。

「よおおし!」

 三度目の正直、ローファーの踵を踏みつぶし、ケンケンしながら外に出る。

 ガチャン!

 玄関の閉まる音。

――あ、おはようございます――
――おはようまりあちゃん――
 お向かいさんとのくぐもった挨拶の声。
――オワ! ご、ごめんなさい――

 はんぱに履いたローファーをきちんとしようとして足をグネってお向かいさんにしがみ付いたようだ。
――だいじょうぶ、まりあちゃん(^_^;)?――
――アハハハ、大丈夫です。あ、ベランダのプランターお願いしますね――

――うん、うちのといっしょに世話しとくからね――

――ありがと、おばさん、じゃ、行ってきます! あいて!――

――気を付けてね!――

――はい、あははは――


 愛想笑いしてビッコの気配が遠のいていった。

 そんな妹は俺より一つ年上だ。さっきも言ったよな。

 え、意味が分からない?

 ええっと……俺は二年前から年を取らない。だから一つ違いの妹にはこの五月に越されてしまった。
 そう、俺は二年前に死んだんだ。俺は、いま仏壇の中に居る。

 仏壇には線香と決まったものだが、火の用心を考えて妹は水にしている。プランターに水をやるついでだ。

 横着なのか合理主義なのか分からん奴だ。

「火の用心だし、水は全ての根源だからね、お線香よりもいいんだよ」

 最初に水にした時に、ちょっとムキになった顔で言った。

 その前日、教室で弁当を食っていると「まりあ、アロマでも始めた?」と友だちに言われた。

 今どきの女子高生は、線香とアロマの区別もつかない。で、その翌朝には水に変えられた。

 確かに火の用心だし、神棚とかには水だしな、と、アロマがどうとかは置いておいて納得してやっている。

 

 死んでからは「釋善実(しゃくぜんじつ)」というのが俺の名前なんだけど、この名前は坊さんぐらいしか呼ばない。
 まりあは「兄ちゃん」と呼ぶ。ときには「晋三」と呼び捨てにされる。

 これは、そんな妹のまりあと、ときどき俺の、長い闘いの物語。

 ドタバタとまりあ戦記が始まろうとしている……。
 

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お姉ちゃんは未来人・6〔松子ふたたび・2〕

2020-06-30 07:54:35 | ボクの妹

ちゃんは未来人・6 

〔松子ふたたび・2〕   

 

 

 やっぱ竹子には効かないんだ。

 

 お風呂あがって部屋に戻ると、お姉ちゃんが背中で言う。

「……どういうことか説明して」

 お姉ちゃんの横に腰を落として密やかに聞く。

 お姉ちゃんがわたしのプリンを食べてしまった時に詰め寄ったのに似ている……いや、プリンは嘘の思い出だ。

 だって、わたしは一人っ子だ。

 目の前のこいつは、未来からやってきたアンドロイドで、わたしの玄孫がアンドロイド保護法を作るのに寄与する。その玄孫がきちんと生まれるようにわたしを保護しに来たのが半年前。握手会の事件で重傷を負った『松子』はアンドロイドであることがバレるのを恐れて、その場で未来に帰ってしまった。

 当然みんなの記憶や記録を抹消したから、わたしは元の一人っ子に戻ってしまった。

 わたし一人の記憶だけは戻せなかったみたいなんだけど。

 

「どうも、竹子の脳みそはスペックが悪くて、インストールやアンインストールが効かないみたいね」

 人を不出来なパソコンのように言う。

「いまさら、なにしに戻ってきたのよ?」

「あーー傷つくなア、そういう言い回し」

「だって、握手会で死んだし」

「いいのよ、わたしの存在はアンインストールしたし。いまから、竹子の脳みそも初期化する」

「ちょ、待って!!」

 馬乗りになってきた松子を必死で止める。

「初期化しないと、竹子の態度だと、みんな不審に思うから。大丈夫、プリンも竹子が無事に食べられたことにしとくから」

「ちょ、ちょ、そういう問題じゃなくて。なんで、戻ってきたのかってことよ! それも一個年上の女子高生で!?」

「あーーーそっちかあ」

「はなしてよね!」

「あ、それ掛詞ね、放してと話して」

「両方よ!」

「どっちを先にしようか?」

「同時にやって!」

「そーお? もうちょっと竹子の胸揉んでいたかったけど」

「もーーいいかげんにし!……」

 そこで声を落としてしまう。お母さんたちに聞こえたらまずい。

「大丈夫よ、この部屋は完全防音にしといたから」

「もーーどけったら、どーけーー!」

「アハハハ、分かった分かった」

 やっとどかせると、松子は胡座をかいて猫背になって上目遣いになった。

「な、なによ」

「竹子、あんたの性格が悪くなってきてね、このままだと玄孫が生まれても『アンドロイド保護法』を言い出さなくなるのよ」

「え?」

「性格の悪さがDNAに影響を与えてね、玄孫の性格まで変になるのよ」

「そ、そんなの本人の責任でしょ!」

「いや、竹子の責任」

「だ、断定すんな!」

「この時代の言葉で言うと『バグ』なのよ。今度はね、その『バグ』を直しに来たのよ、お姉ちゃんは……」

「ちょ、松子、お、お姉ちゃん……う、うぷっ」

 お姉ちゃんは、再び覆いかぶさってきて、わたしにキスしてきた。

 

 こ、今度は百合ゲーかあああ!?

 

 うぷ……え? なんで気持ちいいの? なんで?

 

 

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お姉ちゃんは未来人・5〔松子ふたたび・1〕

2020-06-27 08:44:17 | ボクの妹

ちゃんは未来人・5 

〔松子ふたたび・1〕   

 

 

 

 東大出て教師なんてありえなくない?

 そーだよ、それも法学部だよ、法学部!?

 

 文句を言っているのはマコとヨッコだ。

 社会の佐藤先生の不満をぶちまけている。

 今週に入って、佐藤先生は板書をしなくなった。

 模造紙に板書の内容を書いたやつを黒板に張り付けて「十分で書いて、書けたら説明するから」と言って廊下に出てしまう。

 十分たつと戻ってきて五分ほどで説明して次の模造紙を張って再び廊下へ、これを三回繰り返して授業が終わるのだ。

「黒板くらい書けっつーのよ!」

「マコ、チョークの粉が嫌だとか言ってなかった?」

「あー、教卓の前になった時言ってたよね!?」

「あー、そーゆーハナシじゃなくって!」

 おちょくってはいるけど気持ち的には分かる。佐藤先生のやり方は明らかに手抜きだし、生徒の事をバカにしている。もともと説明も下手な先生だったけど、ルーズになってから一層熱が感じられなくなった。

 あーそーだねえ うんうん 言えてる わかるー 

 適当に相槌打っておくんだけど、まあ、いいじゃんと思ってるんだ、わたしは。

 佐藤先生は東大の法学部を出ている。普通なら財務省とか裁判官とか銀行とかに就職して上級国民になるんだろう。それが、しがない公立高校の教師。それも生徒や同僚の先生から疎まれたりバカにされながらだもんね。

 佐藤先生は職員室でもシカトされてる。先生が授業から戻って席に着くと、それまで近くに座っていた先生たちが居なくなる。偶然かと思ったら毎回そうなんだ。職員室に用事で行った生徒が言ってる。佐藤先生が居ない時は「東大の法学出てるのにねえ……」的な陰口を叩いている。

 だったら注意してあげればと思うんだけどねえ、へんな悪口ばかり言って「イヒヒ」とか「グヘヘ」とか笑っているってやりきれない。笑っている先生たちも国公立のいいとこや慶応・早稲田の出身だったりする。わたし自身、のんびり平和に日々が過ごせればノープロブレム。ノートさえとっていればスマホを見たり居眠りし放題の佐藤先生の時間をラッキーだとさえ思っている。

 松子姉ちゃんが消えて三か月。わたしは堕落している。

 佐藤先生の事はほんの一例。以前は着替えてから食べていた朝食をパジャマのまま食べたりとかね、それを眉を顰めるだけで文句言わないお父さんを軽蔑したりとか矛盾だらけのだらけぶり。

 忘れていた掃除当番をマコが思い出させてくれて、かったるい掃除当番をこなすと、ゴミ捨てジャンケンにも負けてしまう。

 なんかムカつくので、渋谷で一時間近く回遊してから家に帰る。

 

 ……っだいま。

 

 だるい帰宅の挨拶。近ごろは「おかえり」の返事も返ってこない。お母さんも堕落しているっぽい。

 ガチャ!

 閉めたばかりの玄関ドアが開いてビックリ!

「ただいま! あ、おかえり、竹子!」

 松子姉ちゃんが立っている。

 わたしと同じ制服着て、リボンは一個上の三年の学年色で……。

 

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ライトノベルベスト[お姉ちゃんは未来人・4]

2020-06-26 06:24:36 | ボクの妹

ライトノベルベスト
[お姉ちゃんは未来人・4]    



 

 数人前のところで悲鳴があがった!

 悲鳴の原因は直ぐに分かった。若い男がナイフを取り出し暴れまわっているのだ。

 以前他のアイドルグループで、握手の直前にナイフを出した男がアイドルを切りつける事件があったので、握手会のセキュリティーはかなり厳しくなったが、ただ並んでいる段階でのチェックは甘かった。列は蜘蛛の子を散らすようにバラバラになり、切られた数人の子が傷を庇いながら、彼方の方に避難した。

 あたしは、一瞬男と目があってしまった。

――次の目標はおまえだ!――

 あたしは蛇に睨まれた蛙のように動けなくなった。悲鳴さえ上げられない。男は手にしたナイフを腰だめにして、あたしに突進してきた――やられる!――そう思った次の瞬間、体全体に鈍い衝撃を感じた。

 なんと、お姉ちゃんが、あたしを庇って前に飛び出した!

 ナイフは深々と、お姉ちゃんのお腹に突き刺さった。

 スローモーションを見ているようだった。ナイフが刺さったままお姉ちゃんは仰向けに倒れ、ナイフを失った犯人は、あっさりとガードマンの人たちに取り押さえられた。

「お姉ちゃん!」

――あたしの言うことを落ち着いて聞いて――

 お姉ちゃんの言葉は、直接心に聞こえてきた。
――あたしは未来からやってきたの。竹子を守るために――
「あたしを……」
――竹子の玄孫が、アンドロイド愛護法を作るの。それまで、ただの道具でしかなかったアンドロイドに人間に準ずる人権を認める法律よ。22世紀の『奴隷解放令』と言われるものよ。ところが、それを阻止しようという組織があって、それぞれの時代に刺客を放った――
「それが、今の男?」
――刺客と言っても、ランダムに未来から想念が送られてコントロールされているだけ。未来からやってきた者なら、あたしには分かる。想念だけだから、あいつがナイフを出すまで分からなかった……他の時代でも犯人は捕まったみたい――
「他の時代も……?」
――アンドロイド愛護法を作る人物は、四代前までのDNAで決定される。遡ると42人になるわ。でも、その人物の性格を決定的に影響を与えるDNAを持っているのは5人だけ。その5人に、あたしのようなガードが付いているの――
「お姉ちゃん、死んじゃやだ!」
――アンドロイドは、死なないわ。でも……役割を終えたから、ここで消える。病院で検査されたら人間じゃない……ことがバレてしまうからね……――
 
 お姉ちゃんの反応が無くなってきた。

「お姉ちゃん!」

――いま、あたしに関する情報を消しまくってるの……ここにいる全員分も……消さなくっちゃね――

 握ったお姉ちゃんの手が、急にはかなくなって……そして、消えてしまった。

「君も、どこか怪我したのかい?」
 ガードマンのオジサンが声を掛けてくれた。
「あ……怖くって、動けないだけです」
「そう。でも気持ち悪くなったら声かけてね。救急車もすぐに来るから」
「はい、ありがとう……」

 けっきょく、あたしはショック状態ということで病院に運ばれた。ショックの原因は事件じゃない。みんなの記憶からお姉ちゃんは消えてしまったけど、あたしはインストールもできないかわりに、記憶も消えない。半年間だったけど、アンドロイドだったけど、松子お姉ちゃんは、しっかり、あたしの中でお姉ちゃんになっていた。

 このお姉ちゃんへの思いが、玄孫のDNAに影響を与えたのかもしれない。

 

※ 数年前に長編を書くためのプロットとして書いた短編の載録でした。

  明日から長編として再開いたします。ご愛読いただければ幸いです。応援ありがとうございます。

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ライトノベルベスト[お姉ちゃんは未来人・3]

2020-06-25 06:17:39 | ボクの妹

ライトノベルベスト
[おちゃんは未人・3]       



 松子が覆いかぶさってきた……!

 松子は、あたしのおでこに手をかざして、こう言った。
「やっぱ、ダウンロードはされてるけど、インストールされてない……どうも特殊な体質のようね」
「で……あんた、なんなのよ!?」
「シー、世間で、あたしのこと松子だと思ってないのは、あんただけだから、騒いだら、おかしいのは竹子になっちゃうわよ」

 あたしは、それまでの状況からその通りだと思って、ビビりながら頷いた。

「あたしは、150年ほど未来からやってきたの。事情は、あたしの記憶もブロックされているからよく分からない。でも必要があってのことよ。けして悪いことをするためじゃないから、安心して。そして協力するの」
「記憶が無いのに、どうして悪いことじゃないって、言いきれるのよ?」
「さあ……でも、本人が言うんだから、そうじゃない?」

 それが、半年前の始業式。

 それから松子はお姉ちゃんとして、ごく自然に家にも世間でも通用してしまった。

 じっさい悪いことは何もなかった。ただ普通の蟹江家としての半年が過ぎた。
「松子、こんなのが来てたよ」
 夕食が終わった後、お母さんが、お姉ちゃんに封筒を渡した。封筒の下のロゴがAKR48になっていることを目ざとく発見。ちょっと胸がときめく。
「やったあ、AKRのライブのペアチケットが当たった!」
「え、ペアチケット!?」
 家族全員の視線が集まった。うちは家族全員がAKRのファンだ。
「お姉ちゃん、彼とかといっしょに行くんでしょ?」
 妬みと願望を隠し切れない声で、あたしは尋ねた。
「来週の金曜の夜……」
 お姉ちゃんは、壁のカレンダーを見に行った。我が家は、でかいカレンダーにそれぞれの予定を書いておく習わしがある。お母さんが食事の段取りなどに狂いが出ないようにと、子どものころからの習慣。
「あ……これは竹子で決まりだ。来週の金曜、お母さんたち結婚記念日でお出かけだよ」
「あ、そうだった。ホテルのフレンチ予約してあるんだった」

 というわけで、お姉ちゃんと武道館に行くことになった。

 二人とも学校が終わると真っ直ぐ家に帰って、私服に着替え、駅前のマックで燃料補給して、開場時間ピッタリに間に合った。マコとヨッコが偶然いっしょだったのにはびっくり。会場に入ってから、さらにビックリ。あたしたちの席は、真ん中の前から三列目。マコとヨッコは、ずっと後ろ。ちょっと優越感。
 オシメンの萌絵や、ヤエちゃんなんかが至近距離で見られて大興奮! 楽しい時間はあっという間に過ぎて行った。卒業した大石クララが特別ゲストで出てきたときなんか、もう失神しそう。クララの横には週刊誌のネタ通りの男性ボーカリストが付いていて評判だった交際を発表。会場は興奮のルツボ。
「おめでとう!」
 汗みずくで駆け寄る萌絵ちゃんの汗が飛んできて、お姉ちゃんのハンカチに付いた。
「ラッキー!」
 とお姉ちゃんは喜んだ。

 そのあとは、お決まりの握手会。オシメンの萌絵ちゃんかヤエちゃんかで悩んだけど、結局ヤエちゃんにした。なんでかっていうと、ヤエちゃんには卒業の噂がたっていて、ひょっとしたら……と思った。今日クララさんが来たのなんて、その伏線みたいに思えたから。

 でも、これが悲劇の選択だった……。

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ライトノベルベスト[お姉ちゃんは未来人・2]

2020-06-24 06:36:05 | ボクの妹

ライトノベルベスト
[おちゃんは来人・2]    



 

 お姉ちゃんがうちにやってきたのは半年前の始業式。

 一学期最初の日で、たまたま持ち上がりでクラスが一緒になったヨッコと「前のクラスで一緒なの、あんただけね!」と互いに喜んだのは束の間。
 始業式で、演劇部の顧問の吉田先生が転勤になったことを知ると、同じ演劇部のマコと泣きの涙。二人はクラブでは仲が良くなかったけど、演劇部は吉田先生でもっていた。おまけに新三年生の部員はゼロ。演劇部は二人の双肩にかかってきたので、その心細さは良く分かる。で、以前のいきさつかなぐり捨てて互いにクラス一番の友だちになった。

 で、ホームルーム終わると、することも無いので、さっさと帰ってきた。

「I,m home!」

 元気良さげには玄関を開けた。新学年の学校は、あまり面白くなさそうだったけど、顔に出して文句言うほど浅はかでもない。たった半日の印象だし、学校は学校、家は家。あたし、そういう空気は切り替える方。
「ああ、腹減った!」
 と、パンのバスケットを物色。
「お姉ちゃん帰ってきたら、お昼にしてあげるから下卑たこと言わないの」
 お母さんの言葉に「あれ?」っと思った。

 あたしは一人っ子で、姉妹なんかいない……親類のイトコの顔を思い浮かべる。でもイトコの中で女の子はあたしが一番の年長だ。お姉ちゃんと呼ぶような存在はいない。近所にも気安く昼ご飯を食べにくるようなオネエチャンもいない。すると……。

「ただいま!」

 元気でしっかりした声が聞こえた。親しみの有りすぎる声だ。
「お帰り、ちょうどいいタイミングね、三人でお昼にしよう。松子、着替えたらパスタ作んの手伝って。さ、竹子も着替えといで」
「う、うん……」
 そう言って二階に上がって、びっくりした。部屋のドアを開けると6畳の部屋が12畳ほどに広くなり、あたしが全然知らない「お姉ちゃん」が着替え終わって下に降りるところだった。
「竹子、早くしな。パスタはスピードが命なんだから」
「う、うん……」
 有無を言わせぬ上から松子。ごく自然な姉としての親しみとしっかり者のお姉ちゃんの威厳があった。

「いったい、どーなってんの?」

 不思議に思ったけど、階下の明るく自然な母子の会話に流されて、あたしは「妹」を演じていた。これはテレビのドッキリかなんかで、みんなで、よってたかって、あたしのことを担いでいるんだろう……最初はそう確信した。
 夕方になってお父さんが帰ってきて、ふつ-に松子を娘として相手をしているのを見て、あたしの確信は揺らいできた。
 お父さんは、お芝居なんかできない。良くも悪くも嘘の言えないオッサンだ。それが、自然に学校の話とか、昔ばなしなんかして盛り上がってる。

 これは悪夢だ。なんかの間違いだ!

 破綻は日付が変わるころになってやってきた。

 いつもだったら、新学年の始業式の夜なんて、宿題も何にもないから、テレビ観たり、コミック読んだり、チャットをしたり。でも、この長いドッキリに、あたしはくたびれて、お風呂入るとさっさとベッドに潜った。
「そうだ!」
 あたしは、思いついてヨッコにメールを打った。
――遅くにごめん。変なこと聞くけど、あたしって一人っ子だったよね?――
――なに言ってんの、松子姉さんいるじゃんか。それよりクラブがさ――
――ごめん、それ明日聞くね――
 他にも五人の友達とイトコにメールを打った。みんな松子のことを知っている。おかしいのは、あたしだけだ……。

 もう頭がスクランブルエッグ! こういうときは直接当たるに限る。

 鼻歌まじりに風呂からあがってきた「お姉ちゃん」に聞いてみた。
「ねえ、あなた誰なのよ……!?」

 鼻歌が止まり、松子姉は、無機質な顔で振り返った。

「インストールエラー……かな」

 松子が、あたしの上に覆いかぶさってきた……!

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ライトノベルベスト・[お姉ちゃんは未来人・1]

2020-06-23 06:14:26 | ボクの妹

ライトノベルベスト
[おちゃんは来人・1]    


 

 

 文化祭も五回目になると飽きる。

 と言って、あたしは落第を重ねた高校五年生というわけではない。
 中学から数えて五回目。面白かったのは中一の時と高一の時。初めてだったから新鮮だった。厳密に言うと高一の時は昼で飽きた。中学校は、学年で合唱とお芝居だけ。そのどっちか。どっちも学芸会のレベルでつまらない。
 高校は、もっといろいろ面白いことがあるんだろう! と期待した。

 クラブとかの出し物や模擬店は新鮮で、それなりのレベルはあるんだけど、軽音にしろダンス部にしろ、身内だけで盛り上がって、あたしら外野はなんだか馴染めない。ネットで面白い文化祭を観すぎたせいかもしれないけどね。
 クラスの取り組みは、占いとうどん屋さんのセット。うどんは100円でミニカップ一個。原価はカップ込みで25円のボッタクリ。占いはタロットと手相の二つで、どっちも100円。担当は、この春に廃部になった演劇部のマコとヨッコ。一週間のアンチョコで、ハウツー本を読んだだけのインチキ。だいたいテストに実験台にされたとき、こんなことを言う。

「う~ん、あなたは珍しい!」
「どんなふうに?」
「生命線がない!」
「え……?」
「本当は、生まれてすぐに亡くなる運命……」
「違うよ、生まれてこない運勢」
「だったっけ……あら、ほんとだ(^_^;)」
「で、どーなのよ?」
「なにか、特別な使命を帯びてこの世に生まれた。その兆候は十六歳で開花する」
「あの……あたし、まだ何にも開花してないんだけど」
「え、そう?」
「芸能プロにスカウトされたとか、宝くじにあたったとか?」
「あたし、もう十七歳なんだけど……」

 ま、こんな調子。

 言っとくけど、あたしには生命線はあった……うっすらだけど。それが去年の冬ぐらいから消えてきた。ちょっと気になったので、ウェブで調べた。すると、二つのことが分かった。

①:生命線が無い、または薄い者はいる。だが他の線により補完されていて、特に問題は無い。
②:手相は、年齢や体調によって変化する。

 で、マコとヨッコが使っているハウツー本は全然違うことが書いてある。ようはいい加減ということだ。僅かに褒められるのは、元演劇部らしく小道具としての本には凝っていて、わざわざ神田の古本屋まで行って買ってきた、古色蒼然とした本だったこと。しかし、奥付の発行年を見ると昭和21年発行の雑誌の付録になっていた。終戦直後の何を出しても売れる時代の粗悪品。先生は「カストリものだな」と言っていた。ちなみにカストリとは三合(三号にかけてる)で潰れる粗悪な酒という意味。

 ま、適当に当番の時間をお勤めして、あとはテキトーに時間を潰して、終礼が終わったらさっさと帰った。まあどこにでもいる少ししらけ気味の高校二年生。あ、名前は蟹江竹子……ちょっと古風。亡くなったひい祖母ちゃんが竹のようにスクスクと育つようにと付けてくれた。愛称はタケとかタケちゃん。ま、普通。

「I,m home!」

 ちょっと気取って玄関を開ける。
「ああ、腹減った!」
 言いながらパンかごから、クロワッサンを出してぱくつく。
「もう、行儀の悪い!」
 お母さんがいつものように小言。
「はーい」と返事して、食べてから手を洗う。クロワッサンの油やパンくずが手について気持ち悪いから。

「ただいまー!」

 お姉ちゃんが元気に帰ってきた。「お帰り」と、あたしの時とは違う優しい声でお母さん。お姉ちゃんは優等の高校三年生だ。もう一時間もすればお父さんが帰ってきて、ごく普通の親子の夕食になる。

 普通でないのは、お姉ちゃんは未来人で、本来はうちの子ではないこと。そして、そのことは、あたししか知らないことなんだよ。

 びっくりした? 

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秋野七草 その七『ナナとナナセのそれから』

2019-10-26 06:12:38 | ボクの妹
秋野七草 その七
『ナナとナナセのそれから』       

 
 
 そのニュースは、三十分後には動画サイトに載り、夕刊は三面のトップになった。

『休日のOLとサラリーマン、半グレを撃沈!』『アベック、機転で子供たちを救う!』などの見出しが踊った。

「ナナとナナセさんて、同一人物だったんだ!?」

 山路は事件直後の現場で大感激。ナナが正体がばれてシドロモドロになっているところに、パトカーが到着。ナナは、演習の報告をするように、テキパキと説明。コンビニの防犯カメラや、通りがかりの通行人がスマホで撮った動画もあり、二時間余りで現場検証は終わった。

 帰ってからは、マスコミの取材攻勢。最後に自衛隊の広報がやってきて、ナナはいちいち丁寧に説明をした。
 
「山路君、驚いたでしょ……」
「うん、最初はね……」

 事件から一週間後、山路に済まないと思ったナナに頼まれ、山路にメガネとカツラで変装させて、我が家に呼んだ。

「最初は、酔った勢いで、ナナセって双子がいることにしちゃって、明くる朝、完全に山路君が誤解してるもんで、調子に乗って、ナナとナナセを使い分けてたの……ごめんなさい」
「いいよ。僕も面白かったし。そもそも誤解したのは僕なんだから。あの事件で思ったんだけど、ナナちゃん、ほんとは自衛隊に残りたかったんじゃないのかい?」
「うん、自衛隊こそ究極の男女平等社会だと思ったから……でも、女ってほとんど後方勤務。戦車なんか絶対乗せてくれないもんね。レンジャーはムリクリ言ってやらせてもらったけどね。昇任試験勧められたけど、先の見えてることやっててもね。レンジャーやって配属は会計科だもんね。で、除隊後は信金勤務。で、クサっているわけよ」
「ナナちゃんなら、半沢直樹にだってなれるさ」
 そう言いながら、山路はナナのグラスを満たした。
「こんなに飲んじゃったら、また大トラのナナになっちゃうわよ。もうナナセにはならないから」
 そう言いながら、二口ほどでグラスを空にした。
「まあ、ここで潰れたって自分の家だもんな」
「またまた、あたしのグチは、こんなもんじゃ済まないわよ」

 ナナは、家事をやらせても、自衛隊のレンジャーをやらせても、金融業務でも人並み外れた力を持っていた。ただ世間の方が追いつかず、ナナはどこへ行っても、その力を十分に発揮できはしなかった。
「僕は、ナナちゃんのことは、よーく分かっている。いっしょにいろいろ競争したもんな。お兄さんだって分かってくれている。人生は長いんだ、じっくり自分の道を進んでいけばいいさ!」
「そう……そんなことを言ってくれるのは、山路だけだよ。ありがとね!」
 ナナは、握手しようとしてそのまま前のめりにテーブルに突っ伏し、つぶれてしまった。

 そうやって、ナナと山路の付き合いが始まった。

 いっしょに山に行ったり泳ぎに行ったり。二人の面白いところは、いつのまにか仲間を増やしていくところだった。三月もすると仲間が20人ほどになり、自衛隊の体験入隊までやり、自ら阿佐ヶ谷の駐屯地の障害走路の新記録をいっぺんで書き換えた。歴代一位がナナで二位が山路。民間人が新記録を書き換えたというので、広報やマスコミがとりあげ、一時テレビのワイドショ-などにも出まくり、アイドルユニットが、ナナをテーマに新曲を作った。ヒットチャートでAKBと並び、ナナは、山路とともに歌謡番組にゲストで呼ばれ、飛び入りでいっしょに歌って踊った。
「ナナさん凄い。よかったらうちのユニットに入ってやりませんか!?」
 リーダーが、半分本気で言った。ナナはテレビの画面でも栄えた。
「ハハ、嬉しいけど、あたし平均年齢ぐっと上げそうだから。でも、よかったら、そこのゲスト席でオスマシしてる山路、ヨイショしてやってくれる。あいつ、明後日からチョモランマに行くんだ!」
 ナナは、あっと言う間に、山路の壮行会にしてしまった。

 そして、山路が死んだ……。

 チョモランマで、滑落しかけた仲間を助け、自分は墜ちてしまった。
「リポピタンDのCMのようにはいかないんだ……」
 ナナの言葉はそれだけだった。

 一晩、動物のように部屋に籠って泣いた。

 オレは深夜に酒を勧めた。だがナナは飲まなかった。
「この悲しみと不条理を、お酒なんかで誤魔化したくない。山路とは、そんなヤワな関係じゃない。正面から受け止めるんだ……」
 それだけ言うと、また泣き続けた。

 明くる日にはケロッとし、職場にも行き、マスコミの取材にも気丈に答えていた。

 山路の葬儀の日は、あいつらしいピーカンだった。ナナは、涙一つ見せないで山路を見送った。

 そして、三日後南西諸島で、C国と武力衝突がおこり、半日で局地戦になった。阿佐ヶ谷の連隊にも動員が係り、ナナは予備自衛官として召集され、強く志願して、石垣島の前線基地まで飛んだ。
 さすがに、実戦には出してもらえなかったが、最前線の後方勤務という予備自衛官としては限界の任務についた。

 この局地戦争は、五日間で、日本の勝利で終わりかけた。アメリカが介入の意思を示すとC国は手が出せなくなり、誰もが、これで終わったと思った。

 敵は、第三国の船を拿捕同然に借り上げ、上陸舟艇と特殊部隊を積み込み、折からの悪天候を利用し、石垣島に接近すると、上陸を開始した。

 不意を突かれて石垣の部隊は混乱した。

 海岸の監視部隊は「敵上陸、オクレ!」の一言を残して、連絡が途絶えた。ナナは意見具申をした。携帯できる武器だけを持って、背後の林に部隊全員が隠れた。
 結果、敵はおびただしい遺棄死体と負傷兵を残し、本船にたどりついた残存部隊も、翌朝には、自衛艦により拿捕された。

 日本側にも、若干の犠牲者が出た。林を怪しいと睨んだ敵の小隊の迂回攻撃を受けた。ナナは味方を守りながら戦死した。

 詳述はしない。

 ナナと山路は似た者同士だ。

 

 秋野七草  完 
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