大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

まりあ戦記・023『親父一人の企て・2』

2020-10-28 07:19:09 | ボクの妹

戦記・023
『親父一人の企て・2』    



 深い海の中を落ちていく感じだ。

 海であるわけはなんだが、コクピットの外は密度の高い液体という感触なのだ。
 ウズメは高度な水密構造になっていて、関節や接合部から水が入ることはない。たとえ入って来たとしても、コアであるコクピットが浸水することはあり得ない。もし深さ千キロの海があったとして、そこにウズメが潜ったとしても、その水圧に耐えられるように造られている。千キロと言うのもコンピューターの設定限度であり、実際は、それ以上である。
 だが、ウズメのあちこちが水圧に耐えかねてギシギシきしむ音がする。今にも圧潰しそうで、とっくに死んでいる俺が言うのもなんだけど、生きた心地がしない。

 ブラフね。

 まりあは平然としている。こいつの腹の座り方はハンパじゃない。
 こういうところを見込んで、親父は、まりあをウズメのパイロットに選んだんだろうか。
 まりあのコネクトスーツはウズメと同期していて、ウズメを自分の身体のように動かせるし、デカブツのウズメが感じたことは皮膚感覚としてまりあが感じられる仕組みになっている。
 そのコネクトスーツを通して感じる水圧を、まりあはブラフと読み取ったのだ。

 抜ける!

 とたんに水圧が消えて、鈍色の無重力空間に放り出される。
 奇妙な感じだ……空間そのものが狼狽えてくたびれている。
 例えて言うと、ビッグバンによって生まれた宇宙が広がるだけ広がって、膨張の頂点に達し、今まさに収縮して滅んでしまう寸前のような戦きだ。

 まりあは皮膚感覚のままウズメを旋回させた。

 このあたり……!

 まりあがトリガーをひくと、ウズメの胸元からギガパルスが発射される。
 パルスの軌道は虹色に輝き、輝きの彼方で星屑が舞い散った。

 ザワーー!

 何かが動く気配がした。

 ザワ ザワワーーー!

 気配が動くにつれて、まりあは身じろぎし、それに合わせてウズメが動く。

 そこだ!

 まりあの指が動き、胸元の他、ウズメのあちこちからギガパルスが発射される。
 なんだか、ウズメは虹色の光を放ちながら舞い踊っているように見える。

 そこ! そこ! そこ!

 ウズメの攻撃は的確で、ギガパルスの到達点では、花火大会のクライマックスのように光に満ちた。

 来る!

 閃いた時には、ウズメは組み敷かれていた。
 生き残りのヨミが半実体化して組みついてきたのだ。
 ウズメの反応も早かったので、バックをとられることはなかったが、身動きがとれない。
 やがて、ヨミの体からは十本以上の触手が現れウズメの体を締めあげ始めた。
 コクピットの中では、まりあがウズメと同じ姿勢で喘いでいる。受け身になるとシンクロしていることが裏目に出る。
 まりあの顔に冷たい汗が流れる。

 まりあ、あの技だ!

 仏さんの身でありながら、俺は叫んだ!

 通じたのか、まりあはヨミを巴投げにした。小学校のころ俺が初めて負けた時のまりあの技だ。
 巴投げそのものは不発だが、一瞬ヨミの締め付けが弛んだ。
 ウズメは胸元と股間からテラパルスを発射し、ヨミを粉砕した。

 勝った…………

 勝利を確信して、まりあは気を失ってしまった。
 

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まりあ戦記・022『親父一人の企て・1』

2020-10-27 06:05:23 | ボクの妹

・022
『親父一人の企て・1』    


 

 

 軍の保養施設なので、食事は部屋までは運んではくれない。

 一階の食堂で食べなければならない。
「あーーー食った食った!」
 のけ反るようにお腹を突きだすと、ポンとお腹を叩くまりあ。
「もっとゆっくり食べなさいよ」
 食事よりもお酒がメインの大尉が文句を言う。
「いやあ、マリアにマッサージしてもらったら快調で、速い!安い!美味い!になってしまう!」
「なんだか牛丼屋ね、せっかくの剣菱が横っちょに入ってしまう」
「こんな調子で食べていたら、マッサージで落ちた4%が、すぐに戻ってきてしまうわよ」
「わりーわりー、一足先に部屋に戻ってるね~、マリア、みなみさんのお相手よっろしく~」
 まりあは、ひらひら手を振ると食堂を出て行った。

 カッポーン…………コーン…………

 誰かが入っているんだろう、地下の浴場に続く階段からいい音が聞こえてくる。
「よし、もうひと風呂入ってこようか」
 ここにきて、まだ一人で温泉に浸かっていないことを思い出して、階下の浴場に向かった。
「このお風呂は初めてだな~」
 露天風呂にばかり入っていたので、地下の浴場は初めてだ。

 カラカラっと女湯の引き戸を開けたところで意識がおぼろになった。

 え…………?

 気づくとお湯の中に居た。それも全身がお湯の中に浸かっている。
 首を上に向けると、自分の髪がユラユラとお湯の中で揺らめいているのが見える。

――お湯の中なのに息が出来る?――

 手を伸ばすと壁に当たった。触ってみるとガラスのような感触がする。しかし、壁は仄かな緑色に光って、その先は見えない。

――心地いんだけど、ここは? これってなに?――

 手探りで、そこが人一人をゆったり入れる卵型の容器であることが知れる。
 閉所恐怖症ならパニックになるかなあ……そんなことを思ったりしたが、まりあには心地いい。
 再び目がトロンとしてきて、まりあは胎児のように、ゆるく丸まった。

――気持ちよさそうにしているところで悪いが、目を覚ましてくれるか――

 頭の中の声に起こされて目を開けると、容器の壁が素通しになって、ラボのような機器に取り巻かれていることが分かる。
 視線を感じて前を向くと、透明になった容器の向こうに、父である舵司令の顔が見えた。

――あ――

 ゆるく開いた股間のあたりに司令の顔があるので、まりあは慌てて足を閉じた。

――いまカプセルの底が開く。開いた先は小さなキャビンだ。キャビンにはコネクトスーツが掛けてある、それを着ると床がせり上がってきてシートになる。シートはそのままウズメのコクピットに運んでくれる。とりあえず、そこまでやってみてくれ――

 親父が手を動かすと、説明通りのことが起こり、まりあはコクピットに収まった。

――まりあの適応レベルを引き上げて運用システムを変更した。今までは五人でオペレートしていたが、このシステムならば、わたし一人でやれる――
「みなみ大尉とか、他の人は居ないわけ?」
――わたし一人だ。このシステムを構築するために、メンバーには休暇を出した。そして、まりあたちが、この保養施設に来るように誘導したんだ。ここは、ベースの最前線基地の一つだ――
「……今から迎撃?」
――迎撃じゃない、攻撃、それも奇襲攻撃だ。ヨミが成熟する前に撃滅する――
「えと、お父さん」
――なんだ?――
「……なんでもない」
――予備知識は与えない。ある程度分かってはいるが全てではない、予想外のことが起こると対応を誤るからな、出くわした状況に素直に反応しろ、その方が道が開ける。では、秒読みに入る……30秒前、29、28……――

 親父の企てに不安が湧いたが、深呼吸一つして未知の接敵に備えるまりあであった……。
 

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まりあ戦記・021『4%の脂肪が落ちるまで』

2020-10-26 06:29:11 | ボクの妹

・021
『4%の脂肪が落ちるまで』    



 

 箱根には、ヨミの爪痕がない。

 東京を中心に、関東地方のほとんどが完膚なきまでに叩きのめされたのとは対照的だ。

 いや~~極楽極楽~~~(#^.^#)

 三度目の温泉に浸かったまりあたちは、もう蕩けそうだった。
「やっぱ、三人一緒に浸かるのがいいよね~~~グビグビグビ……プハー!」
 浮かべたたらい酒に喉を鳴らして、みなみ大尉はご満悦だ。
「お酒がいっしょなのが一番うれしいんでしょ~?」
「いやいや、そうだけどね~ お酒が美味しいのも、こうやって三人水入らずで寛げているからじゃ~ん」
「でも、お湯の中だっていっても、女が立膝っていうのは、どうかと思うわ」
「マリアのくせして、細かいこと言うんじゃないわよ~」
「今は晋三です」
「男の晋三が、女湯に入ってるわけないでしょ」
 さっきまで、マリアは男湯に入っていたが、一人ではつまらないので女の体に戻って入っている。髪の長さは晋三のままなので、ボーイッシュな女の子にしか見えない。
「せめてタオルで前を隠そうよ」
「あ、ごめんごめん」
 お体裁だけ、タオルを前に持ってくるが、タオルは直ぐにほぐれてしまい、水面にホワホワと浮いてくる。
「あーーー、ダメだって眠っちゃ!」
 みなみ大尉は、大の字になって浮かんでしまう。器用に顔だけは沈めずに溺れる心配はないようだ。
「みっともないわよ、写真撮っちゃうわよ」
 マリアは、目に内蔵されているカメラで大尉の醜態を記録し始めた。

 大尉は年季の入った酔っぱらいで、マリアとまりあの世話にもならないでロビーに戻った。

「お、卓球やろうぜ! 卓球ぅ!」

 卓球台を見つけると、嫌がる二人を相手に三十分、酔っぱらいとは思えない気合いと身のこなしで、二人をやっつけた。

「ねえ、みなみさん。あたしたちも上手くなりたいからさ、そこに座って悪いとこチェックしてくれないかなあ」
「そー、コーチコーチ!」
 まりあは、フロントでもらったメモ帳とボールペンを渡した。
「おーし、チェックしたうえでビシバシ鍛えてあげるからね!」
 これは二人の作戦だ。みなみ大尉はツーセット目には舟をこいで眠ってしまった。

「もー、もっかい温泉に入ろう!」

 やっと大尉を寝かしつけた二人は四回目の露天風呂に浸かった。
「ねえ、マリアなら卓球なんてお茶の子さいさいでしょうに?」
「今はリラックスモードだから、遊びに関しては普通の人間レベルなの。それにさ、あたしが勝ったら、みなみさん熱くなっちゃって、コーチやらせたぐらいじゃ寝てくれなかったわよ」
「なるほど、深慮遠謀なんだ」
「でもさ、なんで、みなみさん、突然休暇になったんだろ」
「あたしにも分からない。ベースのCPUにリンクしても、司令の決定としか出てこない。ま、司令には、なにか思惑があるんでしょ、あたしたちペーペーは休暇を楽しんでりゃいいと思うわよ」
「そっかーー」
「ね、ちょっとマッサージとかしてあげようか?」
「え、なんで?」
「まりあ、4%ほど脂肪が付きすぎ。ま、平和が続いてるせいなんだろけど、影武者としては、ブタになったまりあをコピーするなんて真っ平だからさ……」
「……なに、その目」
「覚悟!」
「ギャーー!」

 まりあの手が伸びてきて、4%の脂肪が落ちるまでマッサージ地獄に堕ちるまりあであった。
 

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まりあ戦記・020『突然の休暇』

2020-10-25 06:18:24 | ボクの妹

・020
『突然の休暇』    



 ここのところヨミの攻撃が無い。

 首都駅に着くなりヨミの攻撃に晒され、命からがらたどり着いたベースでは、いきなりウズメに乗せられ、命がけの戦闘をさせられた。
 もう、なんでもかかってこい!
 まりあは覚悟を決めていたが、こんなに平穏な日々が続くと、いっそこのまま穏やかに生きていければと思ってしまう。

 せめてお兄ちゃん(俺)の法事が済むまではこのままで……。

 そう願うのは、まりあの愛情……と言ってやりたいが、十六歳の少女らしい怯えからだろう。
「休暇は休暇、楽しまなくっちゃ!」
 みなみ大尉は、五分で準備した荷物を景気よく車のトランクにぶち込んだ。
「さ、行くよ!」
「うわーーーー!」
 まりあがドアを閉めきる前に車は急発進した。
「家の外で朝ごはんを食べるなんて新鮮だ!」
 まりあの横で男の子のナリをしたマリアが興奮している。

 徹夜で仕事をしていたみなみ大尉に突然休暇の許可が下りたのは、ほんの十分まえだ。

 頭の片隅で「なんで!?」という疑問が無いわけではなかったっが、詮索したら仕事が増えそうな気がしたので、瞬間で頭を切り替えた。
 箱根にある軍の保養施設の空きを確認し、二秒で予約を入れると、八分でマンションに帰り、まりあとマリアを急き立てて車に乗せたのである。
 まりあは戸惑ったが、マリアの反応は早かった。
「まりあ&マリアじゃまずいわよね」
 マリアはまりあの影武者だ。いっしょに出かけるのははばかられる。
「エイ!」
 小さく掛け声をかけると、髪の毛が縮んで肌の色が変わった。
「え、そんな技があったの?」
「あたしも初めて知った」
 自分でも驚いたマリアの声は、一オクターブ低い少年の声だった。

「マリア……じゃまずいわよね」

 高速に入ったところで、まりあが呟いた。男のナリでマリアはまずい。
「じゃ、マリオって呼んで」
「それじゃ任天堂のゲームだ」
「よし、晋太郎だ!」
「ウプ!」
 まりあが吹き出しかける。晋太郎は親父の名前だ。
「えと、泊まりになるのよね、みなみさん?」
「学校なら、明日の朝一番で連絡入れる。軍務は最優先事項になってるから、ドントマインよ」
「え、これって仕事なの?」
「休暇も大事な任務よ。しっかりホグシておかなきゃ、いざって時に力を発揮できないでしょ! ガハハハ!」

 高笑いしながら宣言するみなみ大尉の圧に呑み込まれていくマリアであった。 

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まりあ戦記・019『カルデラの外』

2020-10-24 06:31:40 | ボクの妹

・019
『カルデラの外』    



 首都(新東京)はベースの北側にある。

 ベースは最前線基地だが、隣接する首都には、あまり緊迫感が無い。
 ベースがカルデラの中に収まっていて、カルデラの縁が衝立のようにベースの姿を隠しているし、ヨミとの戦闘が縁を超えて首都に及ぶこともめったにない。だから、首都の住人は意外に呑気に暮らしている。

 そうそう、専光寺を探さなきゃ。

 いつの間にか散歩気分になっていたまりあはスマホのナビを見直した。
「あっちゃー、通り過ぎてるじゃん」
 音声を切っていたので、散歩気分のまりあは見落としてしまった。
「仕方ない……!」
 まりあは駆け足になった。約束の時間に遅れそうなのだ。
 音声を切っていたのは恥ずかしからだけど、制服姿で走るのはもっと恥ずかしい。
 女子高生が体育の時間や部活以外で走ることはめったにない。街ゆく人々は、そんなマリアを振り返る。中にはスマホを構えて写真だか動画だか撮っている人も居る。ちゃんと防御はしているけど、短いスカートが翻るところなどを撮られてはかなわない。

 ここだ!

 たどり着いた時は、髪もばさばさになり、寒さしのぎに着こんでいたヒートテックが肌に貼り付いて気持ちの悪いことこの上なかった。
「ちょっとタンマ……」
 通りに背を向け、リボンを緩めると、ハンカチで胸から腋の下まで拭きまくる。通学カバンからペットボトルを取り出し、半分ほど『おーい お茶』を飲んで人心地つく。
「よし!」
 汗を拭き終って、身づくろいをして、やっとインタホンのボタンを押した。

「コホン、ごめんください、アポをとっておりました安倍でございます……」

 よそ行きの声を出して損をしたと思った。
「アハハ、悪いけど笑っちゃうわ」
 座敷に通され待つこと三分。現れたのは作務衣こそ着ているが、クラスメートの釈迦堂観音(しゃかどうかのん)だったではないか!
「だって、電話した時は男の人だったもん」
「檀家回りで出てるのよ。いちおうわたし、この寺の副住職だし。だいたいさ表札見て気づかない? 釈迦堂なんてめったにない苗字だわよ」
「そんなの、お寺の看板しか確認しないわよ」
「それにさあ、このあたりのお寺って二軒しかないのよ(まりあも言っていた)、かなり高い確率で、わたしんちだとは思わなかったの?」
「むーーーー」
「ふくれたまりあもなかなかね。アハハ、怒らないの、誉めてんだから」
「じゃあ、これからは檀家ですのでよろしくお願いします」
「こちらこそ、これも御縁です、よろしくお願い申します」
 互いに頭を下げあい、やっと本題に入る。

「じゃ、来々週の日曜ということで、お兄様の三回忌を務めさせていただきます」

「よろしくお願いいたします」

「過去帳はお持ちかしら?」

「うん、これ」

 俺はまりあの胸ポケットから出されて、ちょっと肌寒い。

「あれ……『舵』になってる」

「あ、それが本当なんだけど、学校じゃお母さんの『安倍』で通してるから」

「あ、そうなんだ」

 あっさり受け止めると、まりあの親友は、こだわることもなく用件のことに話題を変えた。

 用件と言っても、俺の三回忌の日取りを決めるだけだから簡単なものである。ドライに割り切れば電話で事足りるのだけれど、ズッコケながらも足を運んだのはまりあの気性だ。

 そのあとは、まりあが御挨拶に持参した海老煎餅を齧りながらのガールズトークになった。

「お饅頭でないところが、さすがね!」
「お寺にお饅頭ってピッタリだけど、持て余しちゃうでしょ」
「大きな声じゃ言えないけど、ご近所やら老人ホームとかに回しちゃうのよね」
「でしょうね……でも、落ち着くわね、カノンのお寺」
「広いし緑が多いものね……手入れたいへんなんだけどね、ヨミ以前は街中(まちなか)の鉄筋のお寺だったのよ。庭なんて、今の十分の一も無かったって」
「そうなんだ……」
「カルデラがあるから、ヨミとの闘いなんて他人事みたいに感じるのよね。グーグルアースなんかで見たら、地獄と隣り合わせみたいなものなんだけど……」

 話題が湿っぽくなりそうな気がして、二人は小気味よく海老煎餅を齧った。

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まりあ戦記・018『草葉の陰から感謝したのだった』

2020-10-23 06:14:13 | ボクの妹

・018
『草葉の陰から感謝したのだった』    



 

 みなみ大尉は、ここのところ帰ってこない。

 ハロウィンの日におこなった演習の結果が思わしくなかったので、泊まり込みでウズメの調整にあたっているのだ。
 その間の生活はアンドロイドのマリアが仕切っている。

――やっぱ、マリアが居てくれて正解ね――

 思ってはいるが、本人を目の前にして言えるほど素直ではないまりあではある。
 素直ではないが、全てをマリアに任せて胡座をかけるほど人でなしでもない。
「まりあって、お風呂掃除の名人だよね……」
 洗濯物を畳みながら、少し大きめの声でマリアが呟く。マリアもまりあの影武者らしく、素直に人のことは誉めないが、思わず呟いたぐらいの感じで言っておけばオリジナルは喜ぶことを承知している。
「はい、タオルのストック」
 畳み終わったタオルをまりあに示した。
「ありがと、もらうわ」
 ちょうどバスタブの掃除を終え、濡れた手足を拭きながら、まりあは返事をする。
「あれ……青いタオルなかったっけ?」
「青? 青いのってあったっけ?」
「えと、ちょっと色あせてるんだけど」
「あ、ひょっとして水色の?」
「あ、うん」
「古ぼけてるから、雑巾にでもしようと思って……」
「ダメよ、雑巾になんかしちゃあ!」
「え、そなの?」

 青いのは、俺が使っていたタオル……厳密には使おうと出しておいたタオル。
 出したその日に死んじまったから、一度も使っていない。それをまりあは使っていたのだ。
 口に出しては言わないけど、俺のことを少しは思っていてくれているようなのだ。

「どのくらい使えば、こんなふうにくたびれるんだろうね」
 雑巾になり損ねたタオルを、マリアはしみじみと見る。
「そりゃあ、もう二年もたてば……あ、お兄ちゃん、三回忌になるんだ」

 まりあが思い出し、その表情を見て、マリアの目が優しくなった。

「浄土真宗のお寺は二軒あるけど……」
 パソコンの画面をスクロールしながらマリアが呟く。
「えと、近い方のお寺」
「じゃ、専光寺の方だ」
 マリアは、直ぐに地図をプリントアウトし始めた。
「御挨拶に、なにか持っていったほうがいいかなあ……」
「なんなら、あたしが行ってこようか。まりあ、この二日ほどは時間とれないでしょ?」
「いい、あたしが自分で行く」

 俺は、マリアの気配りに草葉の陰から感謝したのだった。

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まりあ戦記・017『ヨミ出現公式』

2020-10-22 06:10:50 | ボクの妹

・017
『ヨミ出現公式』     


 

 風が吹けば桶屋が儲かる……という言い回しがある。

 風が吹く⇒砂ぼこりがたつ⇒砂ぼこりが目に入って視力を失う人が増える⇒門付(かどづけ)をする盲人が増える⇒門付が使う三味線が良く売れる⇒三味線に使う猫の皮が足りなくなる⇒乱獲されて猫の数が減る⇒天敵である猫が減ると鼠が増える⇒鼠に齧られて桶がダメになる⇒桶の需要が高まり桶屋が儲かる。

 一見するとなんの関係もなさそうなものが次から次へと影響が及んで、とんでもない結果になる。という意味である。

 これにヒントを得たのか偶然か、ヨミが出現して人類に壊滅的な打撃を与え続けることの原因は太陽風にある……と学校では教える。
 
「う~……憶えられない!」

 妙子が音をあげ、友子も机に突っ伏してしまい、観音(かのん)は涼しい顔をしている。
 ちなみに、妙子は佐藤妙子、友子は鈴木友子、観音は釈迦堂観音の三人で、まりあが転校してきて仲良くなった友だちである。
 先週、渋谷2のハローウィンで一層仲が良くなったので、まりあも三人のことを名前で呼ぶようになったのだ。
「小学校の頃はさ、もっと簡単だったじゃん」
 妙子が、サラサラとノートに書いた。

 太陽風の異常⇒地球磁場の異常⇒地磁気の異常⇒ヨミの出現

「これだけだったんだよ」
「抜けてるわよ」
 友子が『四次元空間の歪』を『ヨミの出現』の前に付け加えた。
「あ、そうだった」
 妙子たちは放課後の教室に残って『ヨミ出現公式』を覚える勉強をしている。
 小中学校では、たった五段階の公式なのだが、高校になると48段階にもなる。これを暗記しないと二学期の社会の単位が取れない。
 円周率を3・14の下二桁ではなくて下108桁まで覚えろと言う以上に難しくナンセンスでもある。
「カノンはさ、どうしてサラッと憶えられたのさ?」
 妙子がシャーペンをクルクル回しながらプータレる。
「お経を覚える要領よ」
「ああ」
「カノンちお寺だもんね」
「そゆこと……まりあ遅いね」

「ごめん、遅くなって」

 ぴったりのタイミングでマリアが戻って来た。

「あら、手ぶら?」
「わたしの前で雪見大福売り切れちゃった」
「「「あーーーー」」」
 三人のため息が揃う。
「みんな考えることはいっしょなんだね」
 第二首都高では『暗記ものには雪見大福』というローカルな伝説があり、テスト前などには食堂は仕入れの量を増やすのだが、今年は追いつかなかったようだ。
「一つファクトが増えるだけで、こんなに違うんだね」
 友子が呆れるには理由がある。ヨミの出現公式は半年に一つぐらいの割でファクトが増えるのだ。研究が進んでいるというのが理由だが、覚える高校生はたまらない。
「ね、もう帰ろうよ。テストなら直前までカンペ置いといて、エイヤって分かるところまで書けばいいわよ。他の生徒だって同じか、それ以下。全員を落第にするわけにもいかないだろうしさ、平均点取れればいいじゃん」
「お、開き直り!?」
「それよりも、雪見大福クリーミースイートポテト食べにいこっ!」
「え、それってなに!?」
「新製品、先月の末に発売されたの。学校の食堂じゃ、まだ売ってないんだよ、ほら、これ」

 マリアはスマホの画面をみんなに見せた。

「「「おーー、食べたい!!」」」

 瞬間に決まって、四人は昇降口を目指して駆けだした。

 『ヨミ出現公式』は、どこかへ吹っ飛んでしまった。

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まりあ戦記・016『マリアの企み』

2020-10-21 06:52:09 | ボクの妹

 ・016
『マリアの企み』   


 

 

 着地と同時にまりあはトリガーを引いた。

 49体目のヨミを撃破したままの構えなので、光子ライフルは威嚇にしかならないと、みんなは思った。
 コンソールの前のみなみ大尉は、それでいいと思った。
 ヒットアンドランを繰り返していれば必ず勝機は訪れる。

 ところが、まりあの放った光子弾はヨミのコアのど真ん中を打ち抜き、一発でヨミを無力化したのだ。

 背後に気配を感じ、ライフルをぶん回しながらウズメを旋回させトリガーを引く。
 引いた時には気配は、今の今まで向いていた後ろの正面に移動、ソニックソードがウズメの脚を薙ぎ払う。
 足場にしている斜面の杉林がバラバラの幹や枝に切り刻まれ羽毛のように舞い散る。
 旋回し終えたウズメは、精一杯ライフルを伸ばして射撃し50体目のヨミを撃破する。
 しかし、ウズメの右足は膝から下が粉砕され、立ち上がって姿勢を制御するのに三秒のタイムロスをしてしまった。

「51体目にトドメを刺された、ウズメの敗北だ」

 司令である親父が宣告して、ニ十分に及んだ戦いが終わった。
「でも50体までは倒しました。今までヨミが複数で攻撃してきたことはありません、勝利と判定して差し支えないと思います」
「大尉、ヨミは我々の想像を超えた変異体なんだよ。この程度の飽和攻撃に耐えられないようでは話にならない」
「……分かりました、搭乗員をリバースしたらプログラムの解析とチェックの用意。桜井君お願いね」
「了解しました」
 サブオペレーターの桜井中尉にあとを頼むと、みなみ大尉はシートを立った。司令の姿はすでにない。

 今日の訓練は、ダミーのヨミを数体ずつ増やして六回、最後は対応限界を超えた51体ものヨミを相手に行われた。
 VR空間に作られたダミーとは言え、今までに現れたヨミをもとにプログラムされている、みなみ大尉ではないが、まりあはよくやっている。

 力が入らない……。

 リバースされた時に放心状態だったまりあが口をきいたのは四十分後だった。
「もう家に帰って寝る?」
「うん……もう限界を三つばかり超えて突き当たって落ちてしまったみたい」
「じゃ、コネクトスーツ脱いでジャージに着替えようか。なんなら先にお風呂? 一緒に入ってあげよっか、溺れるといけないから」
「とりあえず脱がせて……」
 背中のジッパーを向けると、まりあはそのまま泥のように眠ってしまった。

「ケケケ、あたしの呪いが効いてきたようじゃないかい」

 家に帰ると、血色のいいマリアが魔女のように言う。
「なによ、その格好は?」
 まりあは一瞥するだけで言い返す力も無かったが、みなみ大尉が見とがめた。

 マリアは魔女のようではなく魔女そのものの格好をしているのだ。

「やだなあ、今日はハロウィンでしょ! 観音(かのん)たちと渋谷2にくり出すの! じゃね!」
 まりあが訓練中なので、学校にはマリアが代わりに行っているのだ。
「待て! そういう美味しいところは譲れないわよ!」
 マリアを引き止めると、急いでマリアのコスを剥ぎ取るまりあであった。
「えらくあっさりと譲ったのね」
「もともとまりあに行かせるつもりだったし、アルバムの時みたいにバトルする元気もないようだから、ま、作戦」
「よくできたアンドロイドだ。こんど、わたしの作ってもらおうかな~」
「コスなら、まだあるわよ、ね、あたしたちも行こうよ! 年に一回のお祭りなんだからさ!」

 みなみ大尉が作ってほしかったのは自分の影武者だったが、あえて訂正せずにハロウィンにくり出すことにしたのだった。

 

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まりあ戦記・015『まりあマリア』

2020-10-20 06:19:57 | ボクの妹

 ・015
『まりあマリア』  


 

 マリアはまりあにそっくりだ。

 まりあのアシスタント兼ガード兼影武者として特務師団から派遣されてきたのだから、そっくりで当たり前なんだが。
 元々はアクト地雷の汎用品だけれども、CPUが一昔前のスパコン並の性能……じゃ分かりにくいよな。
 かつてゲーム機の王者と言われたプレステに例えると、初代プレステとプレステ5くらいの差がある。
 学習能力や表現能力がケタ違いに優れている。

 常にまりあを観察していて、思考や行動パターンを修正していく。

「やっぱ、写真というのはアナログがいいよね~」

 アルバムやら未整理の写真が山盛り入った段ボールを引っ越し荷物の真ん中に、まりあとマリアが悦にいっている。
 まりあが帰宅した直後は「捨てろ!」「捨てない!」と双子のケンカのようになっていたが、まりあの心と性癖を学習したマリアが修正を計り、まりあ以上の情熱で引っ越し荷物の発掘に熱中し始めた。
「印画紙に焼き付けた写真て、いい具合に劣化していくんだよね……」
「色がさめたり、セピア色になったり、とても懐かしい……」
 壮大なカルタ会のように写真を並べてはひとしきり思い出に耽り、ため息ついては並び替え、いろいろ差し替えては目を潤ませている。
「これ、ケンカしたあくる日だ」
「ああ、ホッペの絆創膏ね!」
「この難しい顔は、ケンちゃんにコクられたあとだ」
「こっちは、芳樹くん。ニヤケてるし!」
「相手によって態度も反応もゼンゼンちがうんだよねー!」
「おたふく風邪のなりかけ~!」
「ぶちゃむくれ~!」
「そのとき買ってもらったのが……ジャーン、このリボンのワンピだ!」
 衣装ケースから懐かしいものを取り出す。
「そーそー、それがリボン時代の始まりだ!」
「小六の春まで続いたんだ。前の席になった吉井さんが大人びててさ」
「そーそー、ブラウスの背中に浮かんだブラ線見た時はショックだった!」
「家に帰ってすぐに初ブラ買いにいったんだよね!」
「お父さんに着いて行ってもらって!」
「お父さん、真っ赤な顔で、お店に入れなかったんだよ」
「お兄ちゃんは鼻血出しちゃうしね」
「男って、おっかしいよねー!」
「「アハハハ」」

「ちょっと、早く片づけちゃいなさいよ! そいでお風呂入んな!」

 風呂上がりのみなみさんがガシガシ髪を拭きながら注意する。

「マリア、いっしょに入ろ」
「あたしお風呂当番だから、あとにする」
「じゃ、おっさきー!」
 鼻歌を奏でながらまりあは風呂に向かった。
「マリア、あんたアシさんでもあるんだから、この溢れかえった荷物なんとかしなさいよね!」
「わかってまーす」
 調子のいい返事をすると、言葉とは裏腹に段ボールの中身をぶちまけ始めた。
「ちょ、マリア!」
 もうみなみさんの言葉には反応せずに、敷き詰めた思い出アイテムの上でゴロゴロし始めた。
「あ、あのなー」
「ゴロニャーン」
「あんたは猫か!」

 あくる日、まりあは、みなみさんが手配してくれたロッカールームに荷物のほとんどを運び込んでしまった。

 夕べ、風呂からあがると、マリアがマタタビに酔った猫のように目をトロンとさせヨダレを垂らしながら引っ越し荷物に溺れているのを見て気持ちが変わってしまったのだ。

 どうやら、マリアの作戦勝ちのようだった。

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まりあ戦記・014『引っ越し荷物が届いた』

2020-10-19 06:02:47 | ボクの妹

・014
『引っ越し荷物が届いた』     



 

 俺が死んでからのまりあはずっと一人暮らしだった。

 十四歳の女子中学生が、いきなり一人になり、十七の歳まで暮らしてきたんだから、妹ながら大したものだと思う。

 でも、やっぱり無理をしているところがある。

 無理は歪になって現れる。

 予期しないアクシデントが起こると、持ち前の瞬発力でねじ伏せてしまうのがまりあの行動パターンというか性癖なんだ。
 例えば、クラスでイジメられている子がいたとする。
 見て見ぬふりをするのが普通なんだけど、まりあは出しゃばってしまう。

 授業中に回ってきたメモを見て顔色を変えた男子がいた。
「ちょっと、見せなさいよ!」とふんだくってしまう。
 手紙の内容は、その男子に対する当てつけや脅迫で、マリアは読んだ瞬間にブチギレた。
「ウザったいことすんじゃねーよ!」
 切れたまりあというのはド迫力で、イジメ犯どもは分かりやすくビビってしまう。
「テメーかああああああ!!」
 まりあはイジメ犯どものところにダイブしてボコボコにしてしまった。

 こういことが三回も続くと、良くも悪くも、まりあはクラスどころか学校から浮いた存在になってしまう。

 まりあの周囲からはイジメとか授業妨害は無くなったが、まりあ本人は孤立してしまった。
 だれもまりあに逆らったりしないが、心許せる友達もいなくなってしまった。

 もういいや、仕切り直しだ!

 まりあは親父の誘いに乗り、対ヨミ戦闘用ロボットに搭乗するために特務師団のベースにやってきたのだ。
 今度こそいい子にしていよう!

 で、新しい第二首都高でもやってしまった。自分にちょっかいを出してきた男子三人をフルボッコしてしまったのだ。

――もう、これっきりにしよう……。

 心に誓って家に帰ると、アンドロイドのマリアが汗だくになって立ち働いている。
「なに忙しそうにしてんの?」
「忙しいの! まりあはどうして始末しとかないのかなー」
 大きな段ボールを三つも抱えて、マリアはエレベーターの方へ急いでいった。
「なんなのよー!?」
 家に入って驚いた。廊下と言わずリビングと言わず自分の部屋と言わず、段ボールの引っ越し荷物で溢れかえっている。
「あ、荷物きたんだー!」
 着替えるのもそこそこに、まりあは引っ越し荷物をほどいていった。
「ちょっと、なにしてんのよー!?」
「え、荷物片づけてんだけど……」
「それは片づけているとは言わないの! 散らかしてんじゃないのよ!」
「なによ!……てか、微妙に無いものがあったりするんだけど……」
 基本的にまりあはサバサバした性格なんだけど、物を捨てられないという悪癖がある。
 なんとかしろよなーと仏壇にも入れてもらえず、ベッドの小物入れにイレッパにされた俺は思うんだけど、散らかりまくった荷物を見て気が付いた。

 まりあのガラクタは、俺たちがリアルな家族であったころのアイテムばかりだった……。 

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まりあ戦記・013『すごいジト目で』

2020-10-18 05:37:04 | ボクの妹

・013
『すごいジト目で』    


 

 まともに当たって外してしまいました(^_^;)

 この説明に、瀬戸内先生は「え?」という顔をした。
「だから、あたしの裏拳がまともに当たって、矢治君の顎を外してしまいました」
「あ、あーー、なーるほど…………え!?」
 瀬戸内先生は他人事みたいに気の抜けた返事をしてからビックリした。

 階段下の盗撮三人組をやっつけてしまった直後に瀬戸内先生がやってきたのだ。

 異常を感知し、教師の使命感でやってきたのではない。化学準備室でお昼をした直後に、たまたま出くわしただけである。
 たいていのことは見て見ぬふりをする瀬戸内先生だが、あの立ち廻りを目撃してしまっては、そうもいかない。
 事務室の人たちも出てきているので、どうしても教師らしく振る舞わざるを得ないのだ。
「えと、病院とか行かなきゃだめかな?」
 めんどうは御免だが、怪我をしているのなら放ってはおけない。いちおうアリバイ的に聞いてみる。
「あ、こんなの一発で治ります」
 そう言うと、まりあは矢治の顎を掴んだ。

 ウギッ! グチャ!

 くぐもった悲鳴と顎の骨が正しく収まる音がした。
「はい、もう大丈夫です。でしょ?」
「あ、うん、ぜんぜん大丈夫……」
 矢治は目に涙を浮かべながらの泣き笑いで応えた。
「あ、そう。喜田君も矢治君もオーケーね」
「「ハ、ハイ」」
「じゃ、みんな仲良くね。あ、もう大丈夫ですから!」
 事務室の人たちも強引に納得させると、瀬戸内先生は、そそくさと行ってしまった。

「ちょっと、スマホ出しなさいよ」

「あ、うん」
 迫力負けした矢治は、素直にスマホを出した。
「……なんだ、あたしのだけなんだ」
「あ、あの、悪気はないんだ。安倍さんて可愛いってかコケティッシュてか、その、魅力的だから、ちょっと悪ノリしちゃって」
「常習だったら、このまま生活指導室に引っ張っていくところ。あたしの写メだけでも立派に犯罪なんだけど……行っとく?」
 男三人はブンブンと首を横に振りまくった。
「あたしのパンツって、ここにアミダラ女王のプリントがあるの」
 マリアは自分のお尻を指さした。瞬間視線を向ける三人だが、すぐに逸らした。
「アミダラ女王が写っていたらブチ殺す!……とこだけどね、ほんのチラッとだから、消去するだけで許してあげ……ごめん、他のデータも全部消しちゃった(^_^;)」
「あ、ああーーーー!」
「なんか文句ある?」
「い、いえ、ありまっせーーーん!」
「じゃ、先生も、ああおっしゃったことだし、これからは仲良くしようね」
「え、あ……」
「いやなの?」
 まりあは、すごいジト目で三人を睨んだ。

「「「よ、喜んで!」」」

 ドヤ顔で腕を組んではいるが、内心は「しまった!」のまりあであった。
 

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まりあ戦記・012『半日ももたなかった』

2020-10-17 08:09:57 | ボクの妹

・012
『半日ももたなかった』    


 

 今日からまりあは学校に行く。

 行くにあたってまりあは気を使った。

 苗字を『舵』から『安倍』に変えたのだ。

 舵という苗字は珍しい部類に入る。カジと発音する苗字は『梶』や『加地』『加治』ならたまに見るが『舵』というのはめったにない。首都で『舵』を名乗るのは旅団司令の『舵司令』だけで、舵を名乗れば司令の娘であることが丸わかりだ。司令の娘であると知れれば、なにかと親父に迷惑をかけるかもしれないと、十六歳にしては出来過ぎた、そしてまりあらしい配慮からだ。

 だから、まりあは親父に伺いを立てた「お母さんの旧姓で行きたいんだけど」ってね。親父の答えは「勝手にしろ」だった。作戦会議の合間のわずかな面会、ぶっきらぼうってか『こんなことぐらいで呼び出すな』的な顔をしていた。言葉に出さずとも――気を使わせたな――的な表情をしてやればいいと俺は思ったんだけどな。いかんせん、過去帳の中だ、まりあの心臓がトクンと鳴ったのを憐れに感じてやるしかなかった。

 目立たず、大人しくやって行こう。自分のためにも親父のためにも心に誓うまりあだ。

 正しくは『新東京西高校』と字面で見ると西だか東だか分からない名前、新東京が首都と呼ばれることにならって第二首都高と、なんだか高速道路のように呼ばれている。
「みんなベースで働いている家の子たちだから、仲良くやれるわ」
 担任の瀬戸内美晴先生が言うので「はい」と応えたまりあだが、そんな簡単にはいかないだろうと思った。
 学校やクラスに順応するのは大人たちが思っている何十倍も大変なことなんだ、まして学期途中の転校生にとってはなおさらだ。苗字を安倍にして正解だと思った。

「はじめまして、今日から、このクラスの一員になります。よろしくお願いします」

 そこまで挨拶したら、教室のあちこちから笑い声がした。
 あ……と思ったら、瀬戸内先生が黒板に名前を書いていた。

 安倍まりあ

 いきなり書くと笑われるか感心されるかだ。中高生と言うのは遠慮が無いから、たいてい笑われる。
 だから自分で言ってから、自分で黒板に書くつもりだった。配慮のない担任だと思った。
「えと、なんだかキリストのお母さんみたいな名前だけど、クリスチャンではありません」

 じゃなんだよ かわいいじゃん キャバクラにありそう つくり笑顔よ 意外にスレてたり 援助交際とか やってんのかー

 好奇心の裏がえしなんだろうけど、遠慮のない呟きは神経に触る。
「席は、あそこ、後ろから二番目ね」
 瀬戸内先生が指差した窓側から二列目の席に向かう。手前の両側の席にニヤケた男子が座っている。

 まりあは用心した。

 ひょっとしたらなにかされるかも……瞬間ニヤケが息をつめたような気がしたが、無事に席に着けた。
「わたし釈迦堂観音(しゃかんどかのん)、よろしく」
 後ろのお下げが小さく挨拶してくれたことが嬉しかった。

「あいつら自他ともに認めるヤジキタだから相手にしないでね。文字通り矢治公男と喜田伸晃だから」

 昼休み、意外に女子三人がいっしょに食堂で食べてくれたので、いろいろ話が出来た。
 どうやら釈迦堂さんは、いい友だちになれそうな気がするまりあだ。
「わたしもね、名前の中にお釈迦さまと観音さまがいるから笑われたものよ。もっともうちは文字通りのお寺なんだけどね。釈迦堂って言いにくいから、日ごろは『お堂さん』だけどね」
「あ、可愛い」
「あたしらは鈴木と佐藤だから、良くも悪くも注目なんかされないけどね」
 そう言いながら、鈴木さんと佐藤さんはコロコロと笑った。
「瀬戸ちゃんは悪い人じゃないけど、鈍感だから」
「そうなんだ」
「当分は、わたしたちに聞いてもらえばいいからね」
「お堂さんは頼りになりわよ~」
 三人とはいい友だちになれそうだ。

「事務所に提出する書類があるから」

 そう言って「着いていこうか」という三人と別れて一階の事務室を目指した。

――お、やっぱ白だったんだ!
――ほどよくプニプニじゃんよ!
――どれどれ!?

 階段の下からの下卑た会話にカチンと来た。この声は、あのヤジキタとその仲間だ。

 放っておいてもいいんだけれど、まりあは階段の手摺から顔を覗かせてしまった。

――こいつらーーー!!

 思った時には階段を駆け下りていた。

「隠し撮りしてたなーー!」
「「「あ、安倍まりあっ!?」」」


 次の瞬間、スマホを持っていた矢治ごと蹴り倒し、返す左足で喜田にローキック! 茫然自失のもう一人に裏拳をかました。

 この学校ではおとなしくと誓ったまりあは半日ももたなかった。

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まりあ戦記・011『アシスタント兼ガード兼影武者』

2020-10-16 07:42:51 | ボクの妹

・011
『アシスタント兼ガード兼影武者』  



 

 どこから見ても同一人物だ。

 間近に見ると瞳の光彩まで同じだ。
「てことは、指紋も……?」
 みなみ大尉は二人の手を取って比べてみた。
「あら、指紋は違うのね」
「あ、右手と左手ですよ」
「あ、そか」
 改めて右手同士で比べてみる。
「う~~~同じだ!」

 二人のマリアはコンビニ袋を持っていることを除けば同一人物だ。

「あたし、アシスタント兼ガード兼影武者のVR10201(ブイアールヒトマルフタマルヒト)です」
 コンビニ袋が言った。
「アシスタント兼ガード兼影武者?」
「VR10201?」
「はい!」
 元気に答えるコンビニ袋。
「ひょっとして……アンドロイド?」
「所属区分はアクト地雷です」

 ヒエーーーーーー!!

 マリアも大尉もリビングの端までぶっ飛んだ! アクト地雷には先日お世話になったばかりだからだ。
「あ、爆薬は入っていません。この任務のために五段階バージョンアップしています。えと、旅団防護隊から派遣されてきました、お二人のサポートとセキュリティーが任務です。まりあと同じ外形なのは、万一の場合身代わりになるためです。外形的な特徴はウズメに搭乗したときに記録したデータで出来ていますのでそっくりだと思います。ご承知かとは思うのですが、ここで寝食を共にさせていただきます。また、必要に応じてまりあの替え玉になって行動させてもらいます、場合によっては、お二人の了解を得ずにすることもありますのでご承知おきください」
「あの、服とかが二揃えあるのは……そういうこと?」
「はい、影武者ですから」
「ベッドが大きいのは、ひょっとしていっしょに寝たりする?」
「おっしゃる通りです、大尉」
「え~~~そんなあ!」
「そういうことなのでよろしくお願いします。じゃ、せっかくなので共同生活開始のパーティーをやりましょう、コンビニでいろいろ買ってきました!」
 10201は、コンビニ袋から色々取り出し手際よくテーブルに並べた。
「大尉、乾杯の音頭をとってください」
「あ、うん。では、あたしたちと10201との良き共同生活の……」
「そこ、三人と言ってもらえると嬉しいです」
「えーー。三人の出発を祝して……」

「「「かんぱーーい!」」」

 三度ばかり電子レンジのチンが鳴った時、大尉が切り出した。
「えと、10201じゃ長ったらしいから、なんて呼べばいいかなあ?」
「まりあと呼んでください」
「それじゃ、いっしょじゃん」
「マリアです。まりあとはちがうでしょ? まりあとマリア」
「えーー分かんないよ」
「分かるようになりますよ、まりあとマリア」
「ていうか、慣れてくると微妙に声違うように感じる」
「若干変えてます……カンコピしたら『ほら、あたしってまりあでしょ?』」
「アハハ、ほんとだ」
 まりあは、自分ソックリなマリアに違和感が無くなってきたようだ。

 パーティーがお開きになると、三人でジャンケンをして風呂の順番を決める。

「あんたたち、いつまでアイコデショやってるの?」
 マリアとまりあは勝負がつかない。
「「じゃ、いっしょに入ろうか」」
 なかよく声が揃って、二人で浴室に向かった。
「はてさて、どういうことになりますやら……あ、ビールないぞ」
 するとビールのストッカーがモーター音をさせながら大尉の足元までやってきた。
「おー、これは気が利いている!」

『飲み過ぎには気を付けよう!』大尉そっくりな声がした。

 ビックリして向き直ると、大尉ソックリなインタフェイスがテーブルの上でニコニコしていた。
 

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まりあ戦記・010『……そして驚いた』

2020-10-15 07:56:58 | ボクの妹

・010
『……そして驚いた』   



 えーーーーなんで!?

 玄関ドアを開けるなり、みなみ大尉は叫んだ。
「ウップ!」
 大きなマンションであることに素直に喜んでいたマリアは大尉の背中にぶつかりそうになってつんのめった。

「あたしの家って2LDKなのよ! それが、なんで壁ぶち破って4LDKになってんのよ!?」

 確かにリビングは16畳ほどもあり、リビングの天井はど真ん中に梁が走っていて、元々は別の部屋であることが偲ばれる。
 徳川曹長は「手を加えた」と言っていたけど、それが、この壁をぶち抜いたことであるならスゴイことだ。
「でも、きれいに片付いていますね……」
 まりあは実質一人暮らしであったこともあり、整理整頓はきちんとする性格なので感心している。
「あたしの趣味じゃないわよ! あたしは散らかって……機能的になってないと落ち着かないのよ!」
「機能的なんじゃないですか?」
「どこがよ!?」
「えと……キッチンは対面式のアイランドだし、リビングとの動線もスムーズになって……家の中は完璧なバリアフリーですよ!」
「バリアフリーにしなきゃならない? あたし、まだ二十五歳なんよ?」
「リモコンが一つもない……て、もしかしたら?」
 マリアは目ざとくテーブルの上の人形に目をやった。人形は二頭身半ほどで、なんだか大尉に似ている。
「リビング、電気」
 マリアが言うと、人形は顔を上げて『ラジャー』と応え、同時にリビングの照明が点いた。
「窓開けて」
『ラジャー』
 ベランダに向いたサッシが静かに開いた。
「すごい、これって、家じゅうの家電とかを操作するインタフェイスになってる!」
「それがどーして、二等身半のあたしになってるのよ!」
 それから家じゅうのあれこれを点検し「すごい!」と「なんで!?」を連発する二人だった。

 あれ?

 自分の部屋をチェックして、まりあは驚いた。
「あたしのベッド、大きすぎないかなあ?」
「ん……ほんとだ、ダブルベッドじゃん」
「なんでだろう?」
「まりあ、寝相悪いんじゃないの?」
「そっかなあ……え、なんで!?」
 クローゼットを開いて、いっそう驚いた。
「あたしの服、同じものが……みんな二着づつある?」
 俺でも見覚えのある衣類がみんな二人分になっている。
「あたしのは自分の分だけだよ、片づけられすぎてるけど」

 その時、玄関でガチャリと音がして、聞き覚えのある声で「ただいまー」が聞こえた。

「え、今のって?」

 不思議に思った二人はリビングに戻った……そして驚いた。

 リビングにはコンビニの袋をぶら下げた、もう一人のまりあが立っていたのだ。

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まりあ戦記・009『初めて嬉しい気持ちになった』

2020-10-14 06:18:17 | ボクの妹

・009
『初めて嬉しい気持ちになった』    



 病院を連れ出されるとベースでの検査が待っていた。

 舵司令の扱いがゾンザイだったので覚悟はしていたまりあだが、主計課の徳川曹長が根回しと準備をしていてくれたので、軍の装備品としてではなく十七歳の少女として扱ってもらえた。

「異常なし」

 担当の軍医がMRIに似た検査台から起き上がったまりあに告げた。
「「よかった」」
 まりあとみなみ大尉の声が重なった。
「異常が無いことが問題なんだよ」
「え、どういうこと?」
 みなみ大尉の声がいささか尖がっている。
「ウズメのスタビライザーの信頼性は高いんだがね、あの状況で完璧に無事と言うのはあり得ないんだよ。仮に、ここに砲弾があったとする」
 軍医がタッチするとモニターに150ミリ砲弾が現れた。
「この砲弾の炸薬を抜いてリカちゃん人形を入れたとする」
 砲弾の中の炸薬がリカちゃん人形に置き換わった。
「で、発射された砲弾が射程距離一杯の30キロ先のコンクリートに命中したとする」
 砲弾はモニターの中を飛び回り、カウンターの数字が30キロになったところでコンクリートの塊に激突した。
「さて、砲弾の中は、こんな塩梅だ」
 砲弾が拡大されて、中が透けて見えた。
「人形はバラバラになり、着せていた服もぼろ布同然だ……これがコクピットから回収したまりあくんの服の断片。服がこういう状態なのに、まりあくんは気絶していただけだ……」

「「………………」」

「ま、今日の所は研究課題ということにしておこう」

 検査室を抜けると徳川曹長が待っていた。

「大尉、申し訳ありませんが、当分まりあと同居していただきます」
「それはかまわないけど……まりあもいいわね?」
「はい、てか助かります。兄が亡くなってから一人暮らしでしたけど、やっぱ一人は……」
「それはよかった。実はもう、同居に備えて大尉の家、手を加えさせてもらいましたから」
「えーーー本人に無断で!? あたし一応未婚の女性なんだけど!」
「いや、ま、では、そういうことで」
 小さく敬礼すると曹長はそそくさと行ってしまった。

 みなみ大尉の住まいはベースの外のマンションだ。

「わあ、きれいなマンション!(今までのアパートの百倍すてき!)」

 まりあは、車が曲がってマンションが見えてくると、ベースに来て初めて嬉しい気持ちになった。

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