黒柴ひめちゃんの葛塚村だよりⅢ

葛塚城堀之内に住んでます。毎日歩いているひめちゃんとおかあさんの見て歩きです。時には遠くにも出かけます。

白柴タバサちゃんの「赤堀村道路元標」訪問記

2021-02-12 15:24:59 | 群馬県・中毛

ひめちゃんと獅子丸は、堀之内を西に出ようとしました。

あいにく小学生の黄色い帽子の集団に遭遇してしまいました

急遽、脇道に避難して、天神田を歩きます

 

ひめちゃんは、突然道ばたのアブラナに飛び込みます。

ムシャムシャ、真剣に食べてます

獅子丸も以下同文です

アブラナに花芽が上がってきています

 

赤城山も穏やかな朝でした

 

 

 

 

タバサねーちゃんは、元気にどこに向かったのでしょう?

 

野の六地蔵幢から、車で10分足らずで、次の目的地です。

家形埴輪のレプリカが、はめ込まれています。

ここは、この家形埴輪が出土した赤堀です。

(伊勢崎市)赤堀支所にちょっと駐車です。

 

この交差点を向こうから渡りました。

信号の真下に、目指すそれはありました

 

佐波郡赤堀村道路元標(さわぐんあかぼりむらどうろがんぴょう)です

かつては、この道路元標までが赤堀までの距離、赤堀からの距離は道標元標からの距離だったのです。

 

元はこの元標はここから9m北にあったのですね。

ちょうど役場の入り口辺りかな?

町の中心というか、にぎわったところだったのでしょう。

 

伊勢崎、前橋の文字が見えます。

高崎、東京(?)の文字が見えます。

仲良く並んで、新旧の道標元標です。

暖かくいいお天気で、気持ちいいね

 

今、FC2ブログ「黒柴ひめちゃんの葛塚村だより」で「念仏往生伝」を解読中です。

「念仏往生伝」は、鎌倉時代唯一の現存する往生伝で、しかも上野国山上という辺境の地で著された往生伝なのです

その中に、上野国赤堀で念仏往生伝した人の話があります。

はて、彼らは赤堀の何処に住んでいたのか?

たぶん人の集まるにぎやかな所の一角ではなかったか

時代は下がるけれども、その候補として、道標元標の辺りも確認してみました

 

これから、もう一ヶ所、「念仏往生伝」の記憶を求めて、(赤堀市場町)三界萬霊に向かいます

 

 

(追伸)

これだけでは、ちょっと物足りないので、本日、旧大間々町と旧新里村の道路元標も確認してきました

 

お隣・大間々町の道路元標は、大間々博物館(コノドント館)そばの信号脇にあります。

大間々からの距離は、この道標元標からの距離だったのです

 

 

ひめちゃんちのある、新里村の道路元標です。

役場前(新里支所前)に、なんと山上多重の塔のレプリカ隣にありました

ミニミニの神橋もあって、新しいパワースポットの創作かな?

後ろに、昭和13年1月とあります。

新里からの距離は、この道標元標からの距離だったのです。

村民になって久しいですけど、初めてここを訪れました

山上多重の塔のレプリカは、文字も再現されているんですね

コメント
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