ひめちゃんと獅子丸は、堀之内を北に出てお散歩してきました。
ひめちゃん、臨戦態勢です。
何かいたのかな?
あれ、もうダッチアイリスが咲いてる
ひめちゃんちにもあるはずだけど、まだ咲いていないよね。
たぶん、生き延びているはずですけど。
葛塚の桜は、ますます葉桜になってます。
りりしいひめちゃんです。
毛並みもいいし、体調いいみたいです。
アブラナをいっぱい食べている効果かも
我ふるさと・新田(新田郡)の老人達が「お昼山」と呼んでいる山があります。
正式名称はわからないそうです。
とがった二つの峯の間に縦に筋が出て、お昼がわかったそうです。
時計を持たずに畑に行っても、「お昼山に筋が出たからお昼だ」と、帰ったそうです。
地図を眺めたり、写真を見当したりすると、たぶん足尾山地の皇海山(すかいざん)だと思われます
その皇海山の麓に、40年間だけ存在した村「根利山」の企画展(沼田市立歴史資料館)がありました。
お昼山の画像はいっぱいあるはずですけど、いざとなるとなかなか見つかりません
昨日、白井宿に行く途中、国道17号線(白井付近)からのお昼山です。
新田から見るのと、そんなに形は変わりません。
白井宿からのお昼山です。
3月29日、初めて沼田市内の街中に駐車です。
立体駐車場隣の平面駐車場に入りました。
立体駐車場からは、資料館に連絡通路があるのですね。
平面から出て、平面を歩きます。
信号の角に、天王石(てんのうせき)があります。
天正18年、市場開設にあたり、午頭天王(ごずてんのう)を祀った所なのですね。
そのうち、遷座先の須賀神社にもお参りしましょう。
信号右手の建物に、沼田歴史資料館がありました。
同行したおじさんは、資料としてでていたこの本を手に取って見入ってしまいました。
今回の図録ではなく、平成15年に、水資源開発公団栗原川ダム調査所&利根村教育委員会が発行した冊子です。
『利根村誌』によると、群馬県と栃木県の県境をなす皇海山の南西麓の山中に、「根利山」と呼ばれる集落が開かれたのは明治31年(1898)である。近県近郷はもとより、遠く富山や山梨、岩手辺りからも多くの人びとがやって来て、大原生林におおわれた人跡未踏の地に分け入った。もちろんあてもなく山に入ったわけではない。この年、この山中に古河鉱業の「根利林業所」が開設されることになったからである。
足尾銅山に木材の供給地だったのです。
昭和14年(1919)、古河鉱業根利林業所は閉鎖された。理由は明快で、根利山の森林を伐採しつくしたからである。
たくさんの写真が当寺の「根利山」の様子を語ってます。
子供たちも大勢暮らしていたのです。
館内は写真撮影禁止でしたけど、貴重な冊子を手に入れました
あのお昼山の麓に、そんなすごい物語があったのです
そのうちに、皇海山の近くも訪問したいものです