新・悟りを求めて~

自由が故に退屈化し得る現代社会での日々へ、
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「アキレスと亀の競争」について…

2023-02-11 08:38:37 | ~哲学~
「アキレスと亀の競争」について…


俊足のアキレスは、鈍足の亀に追いつく事だけを考え必死?に走った…。
それは正しい事か?

亀の現在地点目指して走ったゼノン。
その地点に到着したら、今度は先にいる亀の地点を目指して走った…、
どんなに鈍足でも走れる亀は、前の地点より必ず前に移動している。
その移動した亀の地点を目指してゼノンは走る。


何が拙いのか?
そもそも…競争の目的は、誰よりも早く「ゴール到着」である。
なのには、ここでのゼノンはゴールを目指さずに、
亀のいる地点を目指して、その地点との一致を目指して走っている。

本来の競争では亀のいる地点は、通過点であって、到着点ではないのに…

本来の教育は、教科書を教えるのではなく、教科書を通して教える。
教科書の知識は、ゴールではなく、ゴールへの通過点である。

ゴールは、教科書の学習を通して、現実世界像を描かせる事。
なので…ゼノン的な俊足秀才がテストで満点を取り続けても、
ゴールである現実世界を目指していないなら、絶対そこにゴールへの到着はない。


絶対矛盾とは、俊足ゼノンは競争で勝利を目指して、
前を行く鈍足カメを追いかけているのに…
それでは、絶対にゴールできない・勝てない。

勝利を求め確信しての行為が、絶対にゴールできない・勝てない行為。
主観的には「勝てる」⇔現実的には「勝てない」…そんな矛盾。


ゼノンは、眼前を亀の地点をゴールへの通過点として考えて走れたら…なら、
「ゼノンの絶対矛盾」的な思考はなかっただろう…

それは、走る「目的意識が異なっている」から…
これ程に、人間は目的意識的な存在であろう。

その目的意識の二重性~
習慣的・無意識的「目的意識」と自覚的・意識的な「目的意識」。

使う意識はあっても、創る意識の欠如。
創る意識はあっても、使う意識の欠如。
「使うと創る」の関係性であろう。


また…亀はゴールを知っていて、ゼノンがゴールを知らない場合?

……つづく……




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