画面に浮かび上がる文字は、ジョシュアにとって何ら意味を成さなかった。そこに存在する情報は、『彼ら』にとって致命的なスキャンダルとなるはずだったが、ジョシュアの追い求める男らしきものは、持ち出したディスクからは、ついに見つからなかった。
それにしても、とジョシュアは思う。彼らはなぜそれほどまでのリスクを犯して、あのクラブに在籍していたのだろうか。会員のほとんどは、いわゆるエリートであり、上流階級の人間であった。おそらくは幸せな、今までジョシュアが味わったことのない、家庭というものを築いているはずだった。
それなのに、なぜ・・・?ジョシュアには理解できなかった。
不意に彼の胸の内に暴力的な衝動が沸き起こった。ジョシュアは叫び出すのを堪えるために自分の右腕を強く噛んだ。鉄の錆びた味がした。このまま噛み千切ってしまいたいという負の誘惑を、ギリギリと歯を食いしばることでどうにか断ち切った。
マードックから情報を引き出すことは予想以上に骨が折れる難事だった。ただ単に命を奪うだけであれば、それほど手間取らなかったに違いない。だがそれは目的ではなかった。
自明であったかもしれないが、それでもジョシュアにとってマードックが死んでしまったことは成り行きに過ぎなかった。
マードックは頑迷に抵抗した。もしかしたら死んでも口を割らないんじゃないかとジョシュアは途中本気で思ったほどだった。
テーブルに釘付けされていない、残されたほうの腕をやたらに振り回し、だがジョシュアが一瞬の隙を突いて八本目のナイフをその右目に突き立てると、マードックの体から急速に戦意が消え失せた。
それまでの反動からか、彼は急にペラペラとしゃべりだした。
聞くこと、聞かないこと、勝手に口にしだしたマードックだったが、灰色のオーバーコートの男ことだけは、知らないの一点張りだった。そんなわけがない、とジョシュアは思った。庇っているだけなのだと。クラブの元締めであるマードックが会員のことを知らないはずはない。
本当のことを言ってください、そう冷淡に言うと、ジョシュアはさらに三本のナイフをマードックの腕や腿、そして背中に突き刺した。それでもマードックは発言を翻そうとはしなかった。
クラブとは別に、飛び込みの客を扱うこともあるというのが彼の言い分だった。男とはバーで飲んでいたときにたまたま彼の隣に座っただけの間柄だという。名前も、住所も知らないとマードックは言った。
そんなふざけた話はない、とジョシュアは激昂した。それでは何のための会員制のクラブなのか、まったくわからないではないか。
万が一マードックが嘘をついている場合のために、ジョシュアはクラブの会員名簿が載っているディスクを持っていくことにした。マードックは抗議の声を上げたが、ジョシュアは黙らせるために彼の右肩にナイフを一本、そしてパスワードを聞き出すために左肩にもう一本生やした。
パスワードが合っているかマードックの部屋に置いてあるパソコンでチェックした後、ジョシュアはそのまま立ち去ろうとした。もうそれ以上情報を引き出せそうもないと判断したからだった。
だがマードックはそのことにも抗議した。このままだと自分は出血多量で死んでしまうと。救急車を呼べとも言った。
ジョシュアはその物言いが気に食わなかった。出来ればその舌を切り取ってやりたかったが、残念ながらナイフは先ほど左肩に突き刺したのが最後の一本だったのでそれは出来なかった。わざわざマードックの体からナイフを引き抜く気にもなれなかった。
「あなたが生きるか、死ぬかは神の御心にお任せするとしましょう」
そういい残し、ジョシュアはマードックのマンションを後にした。
マードックから灰色のオーバーコートの男の居所を聞き出すことが出来たなら、ジョシュアはそのまま男の元へ向かうつもりだった。だがそれも男の正体すらわからなかったのでは叶うはずもない。
公園の水飲み場でせいぜい血の匂いを洗い流した後、ジョシュアは結局救護院に戻ることにした。他に行く宛てもなかった。
夕方戻ったジョシュアを何も知らないシスター・レイチェルが笑顔で出迎えた。
「勉強、よく出来た?」
ジョシュアは休みの日は近くの市立図書館に行くことにしていた。この日もそうなのだと彼女は思っているようだった。
ジョシュアは黙って頷いた。言葉が何も出てこなかった。出掛けるときはもう二度と戻ってこないつもりだったから、その日の朝はいつも以上にシスターたちの手伝いをした。
しかし彼は戻ってきた。
ジョシュアを慕う子供たちが、彼が帰るのを待ちわびていたように駆け寄ってくる。ジョシュアは子供たちの手を振りほどきたい衝動に駆られた。
「シスター、子供たちの面倒を見ていただけますか?」
普段とは違う少年の様子に、シスター・レイチェルは心配そうに彼の顔を覗き込んだ。
「大丈夫、ジョシュア?顔の色がひどく悪いわ」
「いえ、大丈夫です、シスター。少し休めばよくなります」
そう言ってジョシュアは自分にあてがわれた部屋に引きこもった。ベッドに横になり、天井を見上げた。後悔の念はなかった。高揚感もない。ただやるべき事をやったという思いと、泥のように体を覆う疲労感だけがそこにはあった。
その夜ジョシュアは目を閉じても眠ることは出来なかった。
翌朝ニュースで、マードックが死んだことをジョシュアは知った。けれどそれによって特に感慨も動揺もなかった。自分がやったという現実感もなかった。ただ運がない男だったな、という感想を少年はいだいただけだった。
それからの一週間、ジョシュアは夕食が終わってからの自由時間を救護院の事務室で過ごした。事務室には旧型ではあるがパソコンが置いてあり、マードックの部屋から持ち帰ったディスクの中身を確認することが出来た。だが結局彼の欲する情報はそこにはなかった。
一週間目の夜、同じように事務室に向かおうとするジョシュアをタウンゼント神父が呼び止めた。彼に客が来ているという。珍しいことだった。だが来客が誰なのか、ジョシュアには心当たりがあった。むしろ彼に言わせれば遅いくらいだった。
そしてジョシュアは客が待つという応接室に向かった。
*『空のない街』第五話 に続く
それにしても、とジョシュアは思う。彼らはなぜそれほどまでのリスクを犯して、あのクラブに在籍していたのだろうか。会員のほとんどは、いわゆるエリートであり、上流階級の人間であった。おそらくは幸せな、今までジョシュアが味わったことのない、家庭というものを築いているはずだった。
それなのに、なぜ・・・?ジョシュアには理解できなかった。
不意に彼の胸の内に暴力的な衝動が沸き起こった。ジョシュアは叫び出すのを堪えるために自分の右腕を強く噛んだ。鉄の錆びた味がした。このまま噛み千切ってしまいたいという負の誘惑を、ギリギリと歯を食いしばることでどうにか断ち切った。
マードックから情報を引き出すことは予想以上に骨が折れる難事だった。ただ単に命を奪うだけであれば、それほど手間取らなかったに違いない。だがそれは目的ではなかった。
自明であったかもしれないが、それでもジョシュアにとってマードックが死んでしまったことは成り行きに過ぎなかった。
マードックは頑迷に抵抗した。もしかしたら死んでも口を割らないんじゃないかとジョシュアは途中本気で思ったほどだった。
テーブルに釘付けされていない、残されたほうの腕をやたらに振り回し、だがジョシュアが一瞬の隙を突いて八本目のナイフをその右目に突き立てると、マードックの体から急速に戦意が消え失せた。
それまでの反動からか、彼は急にペラペラとしゃべりだした。
聞くこと、聞かないこと、勝手に口にしだしたマードックだったが、灰色のオーバーコートの男ことだけは、知らないの一点張りだった。そんなわけがない、とジョシュアは思った。庇っているだけなのだと。クラブの元締めであるマードックが会員のことを知らないはずはない。
本当のことを言ってください、そう冷淡に言うと、ジョシュアはさらに三本のナイフをマードックの腕や腿、そして背中に突き刺した。それでもマードックは発言を翻そうとはしなかった。
クラブとは別に、飛び込みの客を扱うこともあるというのが彼の言い分だった。男とはバーで飲んでいたときにたまたま彼の隣に座っただけの間柄だという。名前も、住所も知らないとマードックは言った。
そんなふざけた話はない、とジョシュアは激昂した。それでは何のための会員制のクラブなのか、まったくわからないではないか。
万が一マードックが嘘をついている場合のために、ジョシュアはクラブの会員名簿が載っているディスクを持っていくことにした。マードックは抗議の声を上げたが、ジョシュアは黙らせるために彼の右肩にナイフを一本、そしてパスワードを聞き出すために左肩にもう一本生やした。
パスワードが合っているかマードックの部屋に置いてあるパソコンでチェックした後、ジョシュアはそのまま立ち去ろうとした。もうそれ以上情報を引き出せそうもないと判断したからだった。
だがマードックはそのことにも抗議した。このままだと自分は出血多量で死んでしまうと。救急車を呼べとも言った。
ジョシュアはその物言いが気に食わなかった。出来ればその舌を切り取ってやりたかったが、残念ながらナイフは先ほど左肩に突き刺したのが最後の一本だったのでそれは出来なかった。わざわざマードックの体からナイフを引き抜く気にもなれなかった。
「あなたが生きるか、死ぬかは神の御心にお任せするとしましょう」
そういい残し、ジョシュアはマードックのマンションを後にした。
マードックから灰色のオーバーコートの男の居所を聞き出すことが出来たなら、ジョシュアはそのまま男の元へ向かうつもりだった。だがそれも男の正体すらわからなかったのでは叶うはずもない。
公園の水飲み場でせいぜい血の匂いを洗い流した後、ジョシュアは結局救護院に戻ることにした。他に行く宛てもなかった。
夕方戻ったジョシュアを何も知らないシスター・レイチェルが笑顔で出迎えた。
「勉強、よく出来た?」
ジョシュアは休みの日は近くの市立図書館に行くことにしていた。この日もそうなのだと彼女は思っているようだった。
ジョシュアは黙って頷いた。言葉が何も出てこなかった。出掛けるときはもう二度と戻ってこないつもりだったから、その日の朝はいつも以上にシスターたちの手伝いをした。
しかし彼は戻ってきた。
ジョシュアを慕う子供たちが、彼が帰るのを待ちわびていたように駆け寄ってくる。ジョシュアは子供たちの手を振りほどきたい衝動に駆られた。
「シスター、子供たちの面倒を見ていただけますか?」
普段とは違う少年の様子に、シスター・レイチェルは心配そうに彼の顔を覗き込んだ。
「大丈夫、ジョシュア?顔の色がひどく悪いわ」
「いえ、大丈夫です、シスター。少し休めばよくなります」
そう言ってジョシュアは自分にあてがわれた部屋に引きこもった。ベッドに横になり、天井を見上げた。後悔の念はなかった。高揚感もない。ただやるべき事をやったという思いと、泥のように体を覆う疲労感だけがそこにはあった。
その夜ジョシュアは目を閉じても眠ることは出来なかった。
翌朝ニュースで、マードックが死んだことをジョシュアは知った。けれどそれによって特に感慨も動揺もなかった。自分がやったという現実感もなかった。ただ運がない男だったな、という感想を少年はいだいただけだった。
それからの一週間、ジョシュアは夕食が終わってからの自由時間を救護院の事務室で過ごした。事務室には旧型ではあるがパソコンが置いてあり、マードックの部屋から持ち帰ったディスクの中身を確認することが出来た。だが結局彼の欲する情報はそこにはなかった。
一週間目の夜、同じように事務室に向かおうとするジョシュアをタウンゼント神父が呼び止めた。彼に客が来ているという。珍しいことだった。だが来客が誰なのか、ジョシュアには心当たりがあった。むしろ彼に言わせれば遅いくらいだった。
そしてジョシュアは客が待つという応接室に向かった。
*『空のない街』第五話 に続く