今日は結婚式当日。
優吾さんはドレス姿の私を見て、細い目をさらに細めて微笑んでくれた。
「とっても素敵ですよ」
「優吾さんも……」
言いかけて言葉がとまる。優吾さんのタキシード姿はお世辞にも似合っているとは言い難かった。サイズを間違っているのでは? と疑いたくなるほど、首が苦しそうだ。
「ああ、いいですよ、無理しないで」
苦笑する優吾さん。病院では子供たちに「クマ先生」と呼ばれている。クマのように大きくて太っているのだ。
「優吾さんはやっぱり白衣姿が一番だから」
本心を言うと、優吾さんが嬉しそうに笑った。優しい優しい瞳。この人とだったら幸せな家庭を築けるに違いないと確信できる。
半年ほど前、勤めていた保育園の健康診断に優吾さんがお医者様として来てくれたのがはじめての出会い。その一か月後、お見合いの席で再会した。
地元で一番大きな病院である西条病院の長男である優吾さん。私の父はこの病院と取り引きのある製薬会社に勤めている。父にはこの結婚は出世への糸口となったようだ。結婚が決まった途端、父は私に断りもなく保育園に退職の話をしてしまった。
「玉の輿ってやつだけど、相手がクマ先生じゃあねえ……」
同僚には面と向かって笑われた。何とでも言えばいい。保育園の子供達はこの結婚をとても喜んでくれた。クマ先生は子供達に大人気だ。子供に好かれる人に悪い人はいない。包容力があって、あふれる愛情で周りを包みこんでくれる人。プロポーズされた時には嬉しすぎて夢ではないかと疑ったくらいだ。こんな人と人生を共にできるなんて、私はなんて幸せなんだろう。今が人生で最高の瞬間だ。
「もう皆様お揃いなんですか?」
ここは新婦のための控室で、これから別室で親族の顔合わせをすることになっている。
「あと叔父が来ていないだけです。あ、そうそう、弟が先ほどようやく来ました。すみません。式当日に引き合わせることになってしまって……」
言いかけた途中でノックされた。
「兄さん? 入って大丈夫?」
若い男の声。どこかで聞いたような……。
「いいですか?」
疑問を解決できないまま肯いたのと同時にドアが開き……、
「叔父さん着いたよ。やっぱり荒れてるよ」
ひょいと覗かせたその顔に息を飲む。
「お前、まだ入っていいって言ってないだろ」
「ああ、ごめんごめん。どうも。はじめましてお義姉さん。弟の薫です」
微笑んだその人は……ラベンダーの香りに包まれていた。髪がサラリと揺れている。
綺麗な瞳がふと私の指をみて、
「あれ、お義姉さん、ストーンが取れてるよ」
目ざとく指摘した。でも、見ても取れているのか元々こういうデザインなのか分からない。茫然としている私の横で、
「オレ、似てるのあるからつけてあげるよ」
薫はカバンの中から道具を取り出しはじめた。いつも持ち歩いているのだろうか?
「こいつネイルサロン開いててね、さっきも親戚の女の子達にやってあげてたんですよ」
優吾さんが私の訝しげな表情に気がついたのか説明してくれる。そして、ポンポンと薫の肩をたたき、
「薫、頼むな。すみません。叔父のことが気になるので、先にいってますね」
「りょーかーい」
明るく薫がいう。優吾さんが出ていく。
「さあさあ、お義姉さん、手を出して」
あの日と変わらない細い指に手を包まれる。
気が付いていないのだろうか? そうかもしれない。あの日の私はほぼスッピンだったけれど、今日はプロのメイクのおかげでいつもよりずいぶん垢ぬけている。
そうに違いない。という期待はすぐに破られた。
「一か月ぶり、ですね」
ビクリと引っ込めようとした手を強くつかまれる。
「覚えてないですか? 僕のこと」
優吾さんはドレス姿の私を見て、細い目をさらに細めて微笑んでくれた。
「とっても素敵ですよ」
「優吾さんも……」
言いかけて言葉がとまる。優吾さんのタキシード姿はお世辞にも似合っているとは言い難かった。サイズを間違っているのでは? と疑いたくなるほど、首が苦しそうだ。
「ああ、いいですよ、無理しないで」
苦笑する優吾さん。病院では子供たちに「クマ先生」と呼ばれている。クマのように大きくて太っているのだ。
「優吾さんはやっぱり白衣姿が一番だから」
本心を言うと、優吾さんが嬉しそうに笑った。優しい優しい瞳。この人とだったら幸せな家庭を築けるに違いないと確信できる。
半年ほど前、勤めていた保育園の健康診断に優吾さんがお医者様として来てくれたのがはじめての出会い。その一か月後、お見合いの席で再会した。
地元で一番大きな病院である西条病院の長男である優吾さん。私の父はこの病院と取り引きのある製薬会社に勤めている。父にはこの結婚は出世への糸口となったようだ。結婚が決まった途端、父は私に断りもなく保育園に退職の話をしてしまった。
「玉の輿ってやつだけど、相手がクマ先生じゃあねえ……」
同僚には面と向かって笑われた。何とでも言えばいい。保育園の子供達はこの結婚をとても喜んでくれた。クマ先生は子供達に大人気だ。子供に好かれる人に悪い人はいない。包容力があって、あふれる愛情で周りを包みこんでくれる人。プロポーズされた時には嬉しすぎて夢ではないかと疑ったくらいだ。こんな人と人生を共にできるなんて、私はなんて幸せなんだろう。今が人生で最高の瞬間だ。
「もう皆様お揃いなんですか?」
ここは新婦のための控室で、これから別室で親族の顔合わせをすることになっている。
「あと叔父が来ていないだけです。あ、そうそう、弟が先ほどようやく来ました。すみません。式当日に引き合わせることになってしまって……」
言いかけた途中でノックされた。
「兄さん? 入って大丈夫?」
若い男の声。どこかで聞いたような……。
「いいですか?」
疑問を解決できないまま肯いたのと同時にドアが開き……、
「叔父さん着いたよ。やっぱり荒れてるよ」
ひょいと覗かせたその顔に息を飲む。
「お前、まだ入っていいって言ってないだろ」
「ああ、ごめんごめん。どうも。はじめましてお義姉さん。弟の薫です」
微笑んだその人は……ラベンダーの香りに包まれていた。髪がサラリと揺れている。
綺麗な瞳がふと私の指をみて、
「あれ、お義姉さん、ストーンが取れてるよ」
目ざとく指摘した。でも、見ても取れているのか元々こういうデザインなのか分からない。茫然としている私の横で、
「オレ、似てるのあるからつけてあげるよ」
薫はカバンの中から道具を取り出しはじめた。いつも持ち歩いているのだろうか?
「こいつネイルサロン開いててね、さっきも親戚の女の子達にやってあげてたんですよ」
優吾さんが私の訝しげな表情に気がついたのか説明してくれる。そして、ポンポンと薫の肩をたたき、
「薫、頼むな。すみません。叔父のことが気になるので、先にいってますね」
「りょーかーい」
明るく薫がいう。優吾さんが出ていく。
「さあさあ、お義姉さん、手を出して」
あの日と変わらない細い指に手を包まれる。
気が付いていないのだろうか? そうかもしれない。あの日の私はほぼスッピンだったけれど、今日はプロのメイクのおかげでいつもよりずいぶん垢ぬけている。
そうに違いない。という期待はすぐに破られた。
「一か月ぶり、ですね」
ビクリと引っ込めようとした手を強くつかまれる。
「覚えてないですか? 僕のこと」