「そう。今月もきちゃったのね」
姑が同情するように言った。
「すみません……」
視線を合わさないように、手元の紅茶をじっと見つめる。ばれないようにしなくては。
「まあ、謝らないで。リズムは狂っていないのね? 基礎体温つけているんでしょう?」
「それは大丈夫です」
「まだ新婚なんだから。焦らないでね」
姑は優しい人だ。実母よりもよほど私の心配をしてくれる。ほんわりとした雰囲気が優吾さんに似ている。優吾さんの愛情深さは母親譲りなのだろう。優吾さんがとても大切にしている人。私も大切にしたいと思う。この人の期待に答えたい。そう思うからこそ、この人には絶対言えない。今まで一度も中での射精に成功したことがない、なんて。
自室に戻ろうと階段をのぼりかけると、後ろから声をかけられた。
「お義姉さん、またお説教くらってたの?」
「お説教なんかじゃないわ」
振り向かずのぼり続けると、後ろからついてくる音がした。
「コーヒー飲みたいな」
「下で飲んだら?」
「お義姉さんのコーヒーが飲みたいんだよ」
結婚後、優吾さんの両親が用意した二世帯住宅に住むことになった。一階に義両親と薫、二階に私達夫婦の部屋がある。玄関は同じで、キッチン・バス・トイレは別々になっているが、朝食以外は一階で食べるように言われているので、義両親や薫と顔を合わせることは多い。でも、義両親は二階に上がってくることはないし、一階の家事全般は家政婦さんがやっているので私が手伝う必要はほとんどなく、一般的な同居嫁よりずいぶん楽をさせてもらっていると思う。
「一杯飲んだら出ていってよ」
薫は結婚式後、私に触れることは一度もなかった。二人きりであっても、あれらの出来事を話題にしたことすら一度もない。でも一応警戒はしていた。このまま何もなかったことにしたい。優吾さんに知られたくない。
「なんだよ。冷たいなあ」
口をとがらせる薫。二十四歳にしては幼い表情。優吾さんが十四歳年下の弟のことを今でも小さな子供のように扱うのは、時折見せるこの幼い表情のせいかもしれない。
結婚してすぐの頃、「お兄さんとずいぶん歳が離れてるのね」と薫に言ったところ、
「だってオレ、父さんの愛人の子だもん。兄さんから聞いてない?」
と、ケロリと言われた。
薫の説明によると、薫が七歳までは薫と薫の母が住む別宅に義父が通っていたのだが、母が恋人を作って家を出てしまい、薫も本宅で一緒に住むようになったそうだ。そう言われて、薫が家族の誰にも似ていないことに合点がいった。母親似なのだろう。義父はお殿様的な貫禄がある人なので、妾の一人や二人いても不思議はない感じはする。義母もそれを理解した上で尽くしているように見える。そんな両親だからこそ、優吾さんは余計に母親を大切にしているのだろう。
「兄さんはオレの親代わりだったんだよ」
優吾さんは突然一緒に住むことになった腹違いの弟をとても可愛がり、親が出席すべき学校行事はほとんど優吾さんが出ていたそうだ。薫が西条家所有の駅ビルの一角でネイルサロンを開くことになり、その立地の良さと、薫のモデル時代(やはりこれだけの容姿なだけあってモデルをしていたことがあるそうだ)のコネによる宣伝効果もあって、店がすぐに軌道にのると、優吾さんは「お前も一人前になったことだし、俺もそろそろ結婚しようかな」と安心したように笑ったそうだ。
薫がコーヒーをすすりながらつぶやくように言った。
「兄さんもさ、『排卵日に!』だの『この体位で!』なんて言われたら、やる気もなくなるんじゃないの?」
「そんなこと言ってないわよ!」
言い返してから、はたと気がつく。
「なんで薫君がそんなこと知ってるのよ? ……まさか優吾さんが?」
「兄さんがそんなこと話すわけないでしょ。前に兄さんが難しい顔して本読んでたからさ、そーっと近づいてのぞいてみたら」
薫がリビングの優吾さんの本棚から探し出したのは、カバーのかかった一冊の本。題名は『産み分けガイド』。……お義母さんは優吾さんにまでこの本を渡してたの? 驚いた。
「男の子希望の場合、濃厚なSEXをして女性を感じさせなければならない。……お義姉さん、ちゃんと感じてる?」
「…………」
正直なところ、いざ優吾さんとSEXしようとすると体が硬くなってしまう。たぶん、彼が途中で萎えてしまうのは、私が痛そうにしているせいなんだろう。
「次いつするの?」
「そんなこと教えるわけないでしょ」
「まあ、だいたい分かるからいいんだけど。今度の時、ちょっと協力してあげるよ」
ニヤニヤしている薫。嫌な予感がする。
「何よ。協力って」
「内緒。じゃ。コーヒーごちそうさま」
鼻歌交じりに部屋を出ていった薫の背中を茫然と見送る。本当に嫌な予感がする。でも……久しぶりにじわりと濡れてしまった。
姑が同情するように言った。
「すみません……」
視線を合わさないように、手元の紅茶をじっと見つめる。ばれないようにしなくては。
「まあ、謝らないで。リズムは狂っていないのね? 基礎体温つけているんでしょう?」
「それは大丈夫です」
「まだ新婚なんだから。焦らないでね」
姑は優しい人だ。実母よりもよほど私の心配をしてくれる。ほんわりとした雰囲気が優吾さんに似ている。優吾さんの愛情深さは母親譲りなのだろう。優吾さんがとても大切にしている人。私も大切にしたいと思う。この人の期待に答えたい。そう思うからこそ、この人には絶対言えない。今まで一度も中での射精に成功したことがない、なんて。
自室に戻ろうと階段をのぼりかけると、後ろから声をかけられた。
「お義姉さん、またお説教くらってたの?」
「お説教なんかじゃないわ」
振り向かずのぼり続けると、後ろからついてくる音がした。
「コーヒー飲みたいな」
「下で飲んだら?」
「お義姉さんのコーヒーが飲みたいんだよ」
結婚後、優吾さんの両親が用意した二世帯住宅に住むことになった。一階に義両親と薫、二階に私達夫婦の部屋がある。玄関は同じで、キッチン・バス・トイレは別々になっているが、朝食以外は一階で食べるように言われているので、義両親や薫と顔を合わせることは多い。でも、義両親は二階に上がってくることはないし、一階の家事全般は家政婦さんがやっているので私が手伝う必要はほとんどなく、一般的な同居嫁よりずいぶん楽をさせてもらっていると思う。
「一杯飲んだら出ていってよ」
薫は結婚式後、私に触れることは一度もなかった。二人きりであっても、あれらの出来事を話題にしたことすら一度もない。でも一応警戒はしていた。このまま何もなかったことにしたい。優吾さんに知られたくない。
「なんだよ。冷たいなあ」
口をとがらせる薫。二十四歳にしては幼い表情。優吾さんが十四歳年下の弟のことを今でも小さな子供のように扱うのは、時折見せるこの幼い表情のせいかもしれない。
結婚してすぐの頃、「お兄さんとずいぶん歳が離れてるのね」と薫に言ったところ、
「だってオレ、父さんの愛人の子だもん。兄さんから聞いてない?」
と、ケロリと言われた。
薫の説明によると、薫が七歳までは薫と薫の母が住む別宅に義父が通っていたのだが、母が恋人を作って家を出てしまい、薫も本宅で一緒に住むようになったそうだ。そう言われて、薫が家族の誰にも似ていないことに合点がいった。母親似なのだろう。義父はお殿様的な貫禄がある人なので、妾の一人や二人いても不思議はない感じはする。義母もそれを理解した上で尽くしているように見える。そんな両親だからこそ、優吾さんは余計に母親を大切にしているのだろう。
「兄さんはオレの親代わりだったんだよ」
優吾さんは突然一緒に住むことになった腹違いの弟をとても可愛がり、親が出席すべき学校行事はほとんど優吾さんが出ていたそうだ。薫が西条家所有の駅ビルの一角でネイルサロンを開くことになり、その立地の良さと、薫のモデル時代(やはりこれだけの容姿なだけあってモデルをしていたことがあるそうだ)のコネによる宣伝効果もあって、店がすぐに軌道にのると、優吾さんは「お前も一人前になったことだし、俺もそろそろ結婚しようかな」と安心したように笑ったそうだ。
薫がコーヒーをすすりながらつぶやくように言った。
「兄さんもさ、『排卵日に!』だの『この体位で!』なんて言われたら、やる気もなくなるんじゃないの?」
「そんなこと言ってないわよ!」
言い返してから、はたと気がつく。
「なんで薫君がそんなこと知ってるのよ? ……まさか優吾さんが?」
「兄さんがそんなこと話すわけないでしょ。前に兄さんが難しい顔して本読んでたからさ、そーっと近づいてのぞいてみたら」
薫がリビングの優吾さんの本棚から探し出したのは、カバーのかかった一冊の本。題名は『産み分けガイド』。……お義母さんは優吾さんにまでこの本を渡してたの? 驚いた。
「男の子希望の場合、濃厚なSEXをして女性を感じさせなければならない。……お義姉さん、ちゃんと感じてる?」
「…………」
正直なところ、いざ優吾さんとSEXしようとすると体が硬くなってしまう。たぶん、彼が途中で萎えてしまうのは、私が痛そうにしているせいなんだろう。
「次いつするの?」
「そんなこと教えるわけないでしょ」
「まあ、だいたい分かるからいいんだけど。今度の時、ちょっと協力してあげるよ」
ニヤニヤしている薫。嫌な予感がする。
「何よ。協力って」
「内緒。じゃ。コーヒーごちそうさま」
鼻歌交じりに部屋を出ていった薫の背中を茫然と見送る。本当に嫌な予感がする。でも……久しぶりにじわりと濡れてしまった。