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BL小説・風のゆくえには~旅立ち9-3

2018年01月26日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~ 旅立ち

***


 クリスマスイブ前日。付き合って一周年記念の夜。

 二人でプラプラと、車が行き交う大きな道路の歩道を歩く。手を繋ぎたいけれど、人通りは少ないとはいえ、さすがにそれは無理で……。でも、車の騒音で声が聞こえにくいことを理由に、くっついて歩く。幸せな時間。

「あ、スケートリンク!」

 大きな建物が見えてきたところで、慶が叫んだ。

「懐かしい! 小学生の時、ミニバスの連中と時々来てたんだよ」
「へえ……。おれ、スケートってやったことない……」

 このスケート場の建物、電車の中から見るよりも大きく感じる。おれはこうして、実際には見ていないものや触れていないものがたくさんあるんだろうな……

「じゃ、受験終わったら来ようぜ?」
「でもおれ、やったことないから……」
「教えてやる教えてやる」
「でも………」

 目に浮かぶ。全然滑れないおれに付きっきりの慶の姿……。本当は滑れる人と一緒に来た方が楽しめるのにって……

「すぐ滑れるようになるぞ」
「……おれ、運動神経悪いから無理だよ」

 そう小さく言ったところ、慶はニッと笑った。

「それはそれでいい」
「え」

 そして、さっとおれの正面に回りこんできて、

「こんな感じにさ」
「………っ」

 いきなりおれの手を掴んだ。ドキッとなる。

「慶……?」

 慶はいたずらそうに目を輝かせて、右手でおれの左手を、左手でおれの右手を掴んだまま、ゆっくり歩き出した。後ろ歩きなのに全然ぶれないのがさすが…… 

 慶がニコニコしたまま言う。

「転ばないようにこうやって手、繋いでてやるからな? スケートって手繋いでても、誰も変だって思わないからな~。公然と手繋げるぞ?」
「慶………」

 慶の笑顔……優しい瞳。胸が苦しい……

「慶は………おれと手、繋ぎたいって思ってくれてるの?」
「そりゃあ………」

 きゅっと繋いだ手に力がこもる。

「繋いで歩いてる奴ら、羨ましいっていつも思ってる」
「………」
「さっき、ラブホテル入っていったカップルもいいよなーって思った。男と女ってだけで誰にも気にされないもんな」
「………。おれ達って入っちゃダメなの?」

 手を握り返しながら言うと、慶は鼻に皺を寄せた。

「そりゃダメだろ。受付で呼び止められたりするんじゃね?」
「そっか……」

 車の騒音の中に、電車の音も混じる。まわりの人達から、おれ達はどう見られてるんだろう……

「なんか色々めんどくせえよな」
「うん………」

 慶は……おれといるとできないことばかりだ。
 ラブホテルにも入れない。普通には手も繋げない。プールで競争もできない。スケートも滑れない。

「慶……本当にいいの?」
「? 何が?」

 首をかしげた慶に真剣に問う。

「本当に、おれでいいの?」
「だから何が」
「何がって………」

 立ち止まって下を向く。この手の温もりは、おれなんかにはもったいない。あなたの輝きはおれには眩しすぎて……

「おれなんかが恋人じゃ、できないことたくさんあるでしょ? おれ、慶が嫌なんじゃないかっていつも……、え」

 ぎゅっと手を強く握られ、言葉をとめた。

「お前………」

 慶の切迫した声。

「嫌なのか?」
「え」

 見上げると、不安げな瞳がそこにあった。

「お前、おれと付き合ってること、嫌になった?」
「………えっ」

 そんなこと………っ

「おれ達、普通のカップルみたいなことできないもんな? 友達にも隠さないといけないし……」
「それは……」
「そういうの、嫌になったっていうのなら……」
「…………」
「…………」
「…………」

 慶……

 何を言うんだろう。

 嫌になんかもちろんなってないけど、もし、おれがここで「嫌」って言ったら……

 別れる、とか言うの?

 そう言われたら、おれは……


「浩介」
「………うん」


 慶はものすごく真剣な瞳でこちらを見返して……真剣に、言った。


「それは、我慢してくれ」


 …………。

 …………。

 …………。


「慶………」

 ふっと、体の力が抜けて、笑い出してしまう。

 我慢してくれって……。慶……

「お前っ何笑ってんだよっおれは真剣に……っ」
「だって………」

 怒りだした慶をぎゅううっと抱きしめる。
 
「おれ、我慢なんかしないよ。今までだって、みんなの前でも慶のこと大好きって言ってるし、抱きしめてるしっ」
「でも」
「ラブホテルは行けないけど、受験終わったら、旅行行くんだもんね? だからいいよねっ」
「…………。だな」
  
 ぽんぽんぽん、と背中を叩いてくれる慶。愛しい慶。

「慶は、我慢してるの?」
「まあ………、でも、おれはお前が一緒にいてくれるだけで満足だからなあ」
「慶………」

 大好きな慶。
 我慢してくれ、だって。一緒にいるだけで満足、だって。
 別れる、なんて選択肢、全然用意していない、揺るぎない、慶の気持ちが嬉しい。

「慶」
「ん」

 コツンとおでこを合わせてから再び歩きだす。

「そこ、駅だな。バスじゃなくて電車にするか」
「うん」

 歩道橋の階段をのぼりながら、「あ、そうだ」と慶が言った。

「卒業した後に、元2年10組でスキー行こうって話が出てるって溝部が言ってたぞ。指定校推薦組が色々調べてくれてるってさ。お前行ける?」
「行きたい!」

 それは嬉しい。去年のクラス、本当に楽しかった。何より慶が一緒にいてくれて……

「お前、スキーはしたことあんのか?」
「3回だけだから、あんまり自信ないけど一応……」
「そっかそっか。おれは毎年、京都のばあちゃんちに行くと、親戚みんなで行くことになるんだよ。今年はいけないけど」

 慶は、トントントンッと階段を軽やかに上っていくと、

「じゃ、卒業したら、元2年10組でスキー。それから……」
「!」

 振り向きざま、ちゅっとキスをくれた。

「二人で旅行、な?」
「………うん」

 慶と旅行。慶と旅行。
 それはただの旅行じゃなくて、ずっとずっと夢みていた慶と一つになる日がくるってことで……

「慶……」

 ああ、早く……早く、慶をこの手に抱きたい。



 その日の夜は、慶との旅行のあれこれを妄想して、3回も抜いてしまった。

(………まずいなあ)

 こんなことしている時間なんかないのに。でも、夜勉強しているとウズウズして集中できなくなって……。でも、これはさすがにストレス発散の限度を超えている気がする。


 冬休みに入り、慶と会えなくなって、余計にその現象はひどくなっていった。自分でも呆れる……。

 年末、どうしても慶に会いたくて、「運動不足解消のためのランニング」と称して家を出て、慶のうちに遊びに行った。
 ちょうど慶の家族はみんな出かけていて、慶だけだったので、部屋に上がらせてもらったんだけど……

「浩介っ」
「わわっ」

 部屋に入るなり、慶にニコニコで抱きつかれて……理性が吹っ飛んだ。

「……慶」

 その白い頬に触れ、キスをする。舌を割り入れて、絡めとり、貪るように唇を合わせる。……止まらない。

「こ……、ちょ、まて」
「待てない」

 ベッドに押し倒し、首元に顔を埋める。慶の首筋に唇をあてると、「あ」と小さく慶が声を漏らした。その途端、下半身に半端ない量の血液が流れていく。肌に直接触れたくて、強引にズボンからシャツを引っ張りだして、慶のほどよく筋肉のついたお腹に手をすべらせる。吸いつくみたいな滑らかな肌……

「慶……慶」
「浩介………」

 ぎゅううっと背中に回された手に力が入れられてから……

「ごめん」

 グッと力強く押し返された。

「もうすぐ、親帰ってくるから、これ以上は……」
「あ……ごめん」

 しまった。会うの久しぶりな上に、毎晩の妄想のせいで、いつもより歯止めがきかなくなってた。

 慶、呆れたかな……と心配して見返したんだけど、慶は頬に手を当てながらブツブツと、

「ああ、まずい。ニヤニヤがおさまんねえ。これ絶対、南にツッコまれる」
「え……」

 ニヤニヤって……

「慶……」
「お前、こういうの、反則。嬉し過ぎんだろっ」
「え………」

 嬉し過ぎ? 嬉し過ぎ? 嬉しいんだ?!

 そんなの嬉しすぎる!!

「慶~~っ」
「わ!ばか!だからやめろって!」

 そのあとは、あまり激しくないキスと、あまり刺激的過ぎないぎゅーっをたくさんたくさんして……それから帰途についた。

 慶………慶。おれの恋人、おれの親友。大好き。


 でも、そんな浮かれた気分は、正月に叩き壊された。

 正月、例年同様、母方の親戚がうちにきて………

 おれは受験生ということを理由に、挨拶だけして部屋に籠っていたけれど、親戚が帰ったあとの母の様子から、また色々と言われたということは想像に難くなかった。
 優秀な甥・姪達の自慢話をあれこれ聞かされ、不出来な息子のことを根掘り葉掘り聞かれたであろう母は、いつもよりもさらにピリピリしていて、

「浩介、大丈夫なのよね? 第一希望以外の大学なんて、絶対許さないわよ?」

 食事中にも吐き出される母の呪文に、追い詰められていく。

(ああ、慶に会いたい……)

 慶に会いたい。会って、抱きしめて、キスをして、それから、それから……

「!」

 はっとする。父の冷たい瞳………
 見えない壁が迫ってくるようだ………

 このままじゃダメだ。ダメだ。浮かれてる場合じゃない。


 でも………

「浩介! はよーっす」
「………慶」

 新学期、バスの中で会った慶は、記憶の中の慶よりもさらにキラキラ、キラキラしていて………

(キスしたい)

 抱きしめたい。その綺麗な瞳をおれの欲望で埋めて、それから、それから………

 でも、そんな時間ないのに。そんな時間は一切ないのに………



「来週から、学校休みます」

 1月下旬にそう決断を下したのは、誰に言われたからでもない。おれ自身が決めたことだ。2月からは3年生は自由登校になるので、欠席も10日ほどしかつかないし、今まで皆勤なので、出席率には全く問題ない、と担任の迫田先生も言ってくれた。

「受験が終わったら、会おうね」

 偶然、おれの第一志望と慶の第一志望の学校の試験日は同じだったので、その日の夜に会う約束をした。

 受験が終わるまでは、慶の温もりも、慶の瞳も、慶への欲望も、全部全部閉じ込めて、忘れるんだ。

 この受験だけは、絶対に絶対に失敗できないんだから。




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お読みくださりありがとうございました!
恋愛と受験の両立……難しいのは分かるけど、浩介さん、極端すぎます💦

ちなみに……付き合った記念日、1周年が、前回と今回。
2周年が、読切『R18・3つの約束』
3周年が、長編『自由への道』5-45-5
10周年が、長編『嘘の嘘の、嘘』20
11周年が、長編『閉じた翼』8
15周年が、長編『翼を広げて』後日談6
23周年が、読切『R18・聖夜に啼く』
25周年が、読切『インフルの日々』

ってなってました。結構あった。人に歴史あり、というか…
あ、それから、この時は「ラブホテルに行けない」と言っている二人ですが、この約4か月後にいくことになります♥(→読切『R18・受攻試行』

次回は火曜日に更新の予定です。よろしければどうぞお願いいたします。

クリックしてくださった方、読みにきてくださった方、本当にありがとうございます!
おかげさまでもうすぐ最終回。見届けていただけますと幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。



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コメント (4)
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