【慶視点】
最近、浩介の様子がおかしい。
受験生なんだから、いつでも明るくいられるわけはないけれど………それを差し引いても、塞ぎこんでいる時間が増えた。そして、無理して笑おうとする回数も増えた。
それから、妙に、人の志望校や希望学部の話題に敏感になっているように思う。
「篠原はね、英文科志望なんだって」
「英文科? あいつ英語好きなんだ?」
「ううん。全然」
浩介が苦笑して言った。
「英文科には自分好みの女の子が多いんだって。去年からあちこちの大学に潜り込んで調査したって言ってた」
「あいつ、本当にブレナイ男だよな……」
女大好き篠原は、いつも女のことしか考えていない。実は良いところのお坊ちゃんで、おじいさんが経営しているいくつかの会社のどこかにコネ入社できるので就職の心配はなく、とりあえず四年生大学を卒業しさえすればいいそうだ。
「みんな色々だよね。溝部みたいに家業を継がないって人もいれば、篠原みたいに、親のコネをバッチリ使おうとしている人もいて……」
浩介はまた暗い瞳になりながら、言葉をついだ。
「慶や山崎みたいに、将来なりたいものが決まってる人もいれば、長谷川委員長みたいに、色々なことに可能性がありすぎて決められない人もいて………」
「委員長? そうなんだ?」
二年生の時のクラス委員長の長谷川は、何でもできる器用貧乏、というイメージがある。
「うん。だからとりあえず、東大目指すんだって。学部はどこでもいいって」
「なんだそりゃ」
思わず吹き出してしまった。頭が良い奴は考えてることが分からんな……。
でも、浩介は寂しげに目を伏せ、
「そういう選択もあるんだなあって、感心しちゃったよ」
「……………」
……………。
(そういうお前は、どうしたいんだ?)
廊下を歩きながら、喉元まで出かかった言葉を、外に出すかどうか迷ってしまう。
先ほど、浩介が担任の迫田先生に呼び止められていたのだ。進路希望調査書が提出されていないという。
「うちのクラスで出してないのお前だけだからな? 週明けには絶対、親にハンコもらってこいよ?」
いかつい顔の迫田に腕を叩かれ、「すみません」と、作り笑いをしていた浩介………
『父親の事務所を継ぐために弁護士にならないといけないから、法学部を受ける予定』
浩介は二年生の頃からそう言っていた。
そう決心しているのなら、なぜまだ調査書を出していないんだ?
お前、本当は………
「そういえば、慶。休み明けテストどうだった? 今日返ってきたでしょ」
「ああ………」
会話を変えたいような明るい言い方に、ますます違和感を覚えながら、コクリとうなずく。
「おかげで英語、過去最高得点だった。サンキューな」
「わ。良かった。嬉しい」
ニコニコと笑った浩介。いつも見せてくれる笑顔………
「………嬉しい?」
「そりゃ嬉しいよ。慶が……」
「あ!桜井!渋谷!」
浩介の言葉に重なるように、靴箱の前にいた山崎が手をふってきた。珍しくはしゃいだような声だ。
「桜井、ありがとう! おかげで今回の古典、すごく良かったよ」
「わ!ホントに!?やったね!」
「おお。すげえな」
国語が苦手な山崎。夏休み前の数日間、浩介が勉強をみてやっていたのだ。
山崎は、恥ずかしそうに頬をかくと、
「あ、でも、現代文が壊滅的だったから、結果はトントンだったんだけどね」
「あはは。じゃ、次は現代文だね」
浩介、やっぱりすごく嬉しそう。山崎もつられたような笑顔で、
「よろしくお願いします! って、あ、渋谷、桜井の貸し出し、引き続きお願いしたいんだけどいい?」
「………………………ほどほどにな」
わざと不機嫌な顔を作って答えると、山崎は「こわいなあ」と苦笑しながら、行ってしまった。
「貸し出しって?」
キョトン、とした浩介の額をぴっと弾いてやる。
「お前はおれ専用だからな。貸し出しになるだろ」
「あ、そっか」
うふふ、と笑った浩介。
でも………
おれは気がついてしまった。
お前はもう、おれ専用じゃなくて、みんなの「先生」になりたいんじゃないか………?
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お読みくださりありがとうございました!
高校生の悩み………懐かしい。
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