【浩介視点】
高校を卒業して4日目。
元2年10組のスキーツアーに参加した。参加人数は、男子13人・女子11人。
夜中に出発したバスは、明け方に目的地に着き、ひとまずは旅館の大広間に通された。ここで仮眠を取ってもいい、とのことだけれども、他のツアー客含め誰も寝る様子はないので、おれ達も集まって今後の確認をすることになった。
「部屋割り、適当に分けたから、鍵の責任者決めて」
「スクール申し込む奴、申込書書いて」
「レンタルの奴も、先にこれ書いて」
あいかわらずの迷いなさで、皆を仕切っている長谷川委員長。いつでも冷静で淡々としていてかっこいい。
「桜井、同じ部屋、よろしくー」
「あ。よろしくね」
斉藤に肩を叩かれホッとする。
本当は慶と同じ部屋になりたかったけど、それは委員長に却下されてしまい(おれ達二人と同じ部屋になった奴がかわいそうだから、と言われた……)、あまり話したことのない人と同室は嫌だなあと思っていたら、そこは委員長も考慮してくれたのか、2年の時同じグループで、バスケ部でも一緒だった斉藤と同室にしてくれていた。3人部屋で、もう一人は委員長だ。委員長とは本の趣味が合うこともあって、わりと話をするので有り難い。
斉藤がいつもの能天気な感じで言ってきた。
「オレ、スキーやるの初めてなんだよー。桜井は?」
「んと……4回目、かな」
「おお。じゃ、結構滑れる?」
「ううん。ボーゲンでしか滑れないし、最後に行ったの中2の時だから、あんま自信ない……」
そんな話をしているところに、溝部も加わってきた。
「滑れない奴、わりといるんだな。半分以上、初日のスクール入るって。初心者コースと初級コースに分かれるみたいだけど」
「あ、そうなんだ」
確かにプロに教えてもらった方が、習得が早そうだ。
「溝部は?」
「オレは滑れる。20回以上は行ってるからな」
「おー。スゲー。どこのスキー場行った?」
「んー……、苗場、蔵王、万座……」
指折り数えていた溝部が、ふいっとおれを見上げた。
「桜井は? どこ行ったことある?」
「あ……ええと、ダヴォスの……」
言いかけると、溝部がポンと手を打った。
「ダボスって、菅平だっけ?」
「え? ううん。スイスの……」
「は?」
「え?」
きょとんとした感じに、おれを見返した溝部と斉藤。
……え、何? おれ、何か変なこと言った?
「スイスって……外国のスイス?」
「あ、うん。父の友人が別荘を貸してくれるから、それで3回……」
「へええええ……」
「へええええ……」
うわ~と口に手を当てている二人。
「やっぱすげえな、桜井のうちって」
「かーねもちー」
「そんなことは……」
………………。
もしかして、これって普通じゃないのか……?
(………しまった)
おれはこういうところが本当にダメだ。人と感覚がズレているらしく、自分では気がつかないうちに、呆れさせてしまったり、不快な思いをさせてしまったりする。最近はだいぶマシになったと思ったのに……
「スイスでスキーって、そんな話聞いたことねえ」
「しかもそれ3回って」
「…………」
溝部と斉藤が話している声が遠くなっていく。ブラウン管の中に閉じ込められたようになる。
(…………慶)
心臓のあたりを押さえて、息を吸い込もうとするけれど、空気が入ってこない。
苦しい……どうしよう……
大きく息を吸って、吸って、吸って……、と、その時。
「浩介?」
「………っ」
ふっと急に空気が入ってきた。いつの間に、慶がおれの隣に寄り添うように座ってくれている。
「………慶」
途端に呼吸が楽になる。ふううっと大きく息を吐く。
「どうした?」
「ううん。何でもない……」
座り直して更に慶にくっつくようにすると、慶が眉を寄せた。
「何だ? 溝部に変なことでも言われたのか?」
「何だよそれっ」
即座に溝部が反応して、抗議の声を上げた。
「どのくらい滑れるかって話してただけだよっ。な?」
「う……うん」
「で、桜井がスイスで滑ったことあるっていうから、羨ましいって話!」
「え?! そうなのか?! 前にスキー行ったことあるって、スイスだったのか! すげ~~」
「ホントすげーよなー」
慶も溝部もニコニコしてる。
(…………いいのかな)
これは大丈夫ってことかな……?
「なあ、渋谷はどうせ滑れるんだろ? どっちが早いか競争しようぜ?」
「おーのぞむところだ!」
二人はそのまま楽しそうに話しはじめた。
「桜井、もしかして寒い? もうちょいストーブの近くいく?」
「え……あ」
斉藤が、慶にくっついてるおれに聞いてくれた。いつもと同じ優しくて明るい斉藤。
「うん……大丈夫。ありがとう」
慶から体温が流れてくる。斉藤が、溝部が、こんなおれのことを受け入れてくれていることが嬉しい。
大学生になったら、また新たな人間関係を作らなくてはならないということは、恐怖でしかないのだけれども……、こうして温かい人達といると、もしかしたら、おれでも上手くやっていけるかもしれない、と勘違いしそうになる。………勘違いが本当になればいい。
***
その日は、スクールに入った人たちとは一日中別行動で、おれは慶と溝部とその他数人と行動を共にしたんだけど………
「あーもう、渋谷君カッコよすぎる!!」
「ホントに何でもできちゃうんだね!!」
女子がキャアキャア騒いでいてうるさい。
でも、しょうがない。慶は本当にかっこいいから。
慶と溝部でコブの斜面を滑る競争をした際も、力ずくでガッガッガッと下りてくる溝部に対して、慶は滑らかで軽やかで涼し気で……
「渋谷のせいでオレのカッコよさ半減してねえ?」
「う……」
溝部に聞かれ、うん、と肯きそうになり、何とか飲みこんだ。
確かに、慶がいなければ、溝部が一番滑れるから一番かっこよかったかもしれないのに……。溝部残念。
その後も、上級コースと中級コースで時々別々になったりしつつも、ほぼ慶と一緒に滑ることができた。二人乗りのリフトではコッソリ手を繋いだりして……
旅館に帰ってからは、大広間でみんなで盛り上がりながら夕食をとって、その後は温泉に、のぼせてしまうほど、のんびり入って……
ああ……。幸せな一日だった。
その夜のこと……
「………?」
ふっと人の話し声で目が覚めた。
布団に入りながら、同じ部屋の斉藤と長谷川委員長と話していたのだけれども、いつの間におれだけ眠ってしまっていたらしい。
「………いや、桜井も結構滑れるって溝部が言ってたよ」
「そうか。それなら大丈夫だな」
………。
どうやら、おれは眠っていると思われているようだ。まあ、あえて起きたって言うこともないか、と思って再び目を閉じたのだけれども……
「で、委員長って、川本と付き合ってんの?」
「は?!」
「!!」
斉藤のビックリ発言と委員長の叫び声に、思わずバチッと目を開けてしまった。
「な、な、何言って……っ」
「………」
いつも淡々としている委員長が、めちゃくちゃ動揺してる………
「いやあ、委員長さ、ちょっと滑れるくせに、初級じゃなくて、初心者向けのスクールに入ったじゃん? 何でなんだろうなあ?と思って、今日一日観察してたんだよね」
「え」
「そしたら、川本を助けまくってたから、もしかして付き合ってんのかな?と思って」
「………あー……いや」
ボソボソ、と委員長が言う。
「川本がオレなんかと付き合うわけないだろ……」
「え、違うんだ? って、あれ? そういう言い方するってことは、好きは好きってこと?」
「…………」
委員長、無言……
わ………。好き………なんだ………
知らなかった………
(オレなんかとって………)
いつも自信たっぷりな委員長がそんなこと言うなんて意外……。
川本さんは、クラスの派手グループの一員だ。グループの中では一番控えめの、大人っぽい美人。委員長は、クラス委員長としては目立っているけれど、男子の中で一番真面目で地味なグループに属している。確かに二人のタイプは全然違うけど……。
「今日の川本の様子見る限り、脈ある感じだったよ? 告白してみればいいじゃん」
「簡単に言うな」
「簡単だよ。もし、うまくいかなくても、もう会わなくなるんだから、ダメ元で言ってみればいいだけの話」
あっけらかんと斉藤が言う。
「それに、これから川本は短大生になって、委員長は浪人生になるわけじゃん? ここで言っておかないと、すぐ他の男に持って行かれちゃうよ?」
「それは………」
「まあ、いいならいいんだけど」
後悔しても知らないよ~~
斉藤はそう言うと、「おやすみ~~」と布団をかぶってしまったようだった。
「……………」
委員長、どうするんだろう……。
他人事なのにドキドキしてしまって、それからはなかなか寝付けなかった。
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お読みくださりありがとうございました!
長くなってしまったため、前後編にすることにしました。
補足その1
高2の時は、慶・浩介・溝部・斉藤・山崎、の5人で仲良しグループでした。でも残念ながら、山崎はスキー参加していません。
補足その2
浩介は小学校中学校時代、学校生活うまくいっていませんでした。なので、同年代の人と話した経験が少なく、それに、家でテレビ見せてもらえないこともあって、少々世間ズレしており、この時期、それがコンプレックスだったりしてます。
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どれだけ次を書く励みとなったことか……心から感謝申し上げますっ。
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