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BL小説・風のゆくえには~自慢の彼氏(後編)

2018年02月20日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~ 短編読切

【慶視点】



 うちの両親、気がついたら浩介のことを「コウちゃん」と呼ぶようになっていた。

 何で?と聞いたら、

「桜井さんのお宅は、カミングアウトっていうの? してないんでしょ? だから、慶の彼が『桜井さんのところの浩介くん』だって知られたらマズイかな、と思って」

と、言われた。

 浩介の実家とうちの実家は最寄り駅が隣だ。だから、母のフラダンス教室のメンバーや、父の絵画教室の仲間の中に、浩介のうちの最寄り駅の人もいるそうで、今のところ桜井家の知り合いの人はいないけれど、今後どう繋がるか分からないから用心のため、だそうだ。

「本当に知られないようにするなら、誰にも言わない、誰にも会わせないってすればいいんだけど、それも何か違うと思ってねえ」

 そういうわけで、ウッカリ「浩介君」と言わないために、普段から「コウちゃん」と呼ぶことにしたのだそうだ。


 浩介は「コウちゃん」と呼ばれることに対して、「なんだかくすぐったい」と言っていて、

「おれ、こういうあだ名みたいなので呼ばれるの、生まれて初めて」

と、嬉しそうだ。だから理由は言わないことにした。




 2月11日、日曜日。

 母の通っているフラダンス教室の発表会に、浩介と一緒に行った。こんな真冬にフラダンス?と思ったけれど、この日は良く晴れて日射しも暖かくて、母のお天気女っぷりは健在だと感心してしまった。

 正直、フラダンスなんてよくわからないし興味もない。けれども、母が元気で楽しそうだから、それだけで満足だ。
 乳癌の手術から3年……ひたすら前向きな母は、少しも後ろを見ようとしない。見ているのかもしれないけれど、おれ達にはそんな素振りを一切見せない。そんな母に、フラダンスの明るい光はとてもよく似合っている。


 発表会終了後、ロビーのあちらこちらで出演者と観客とで輪ができはじめた。おれ達も、父、姉夫婦、妹、妹の娘、と一緒に、母が来るのを待っていたのだけれども、

「あれ? お母さん、呼んでない?」

 浩介がロビーの端を指さした。赤とオレンジの花柄のドレスと赤い花の髪飾り、という衣装の一団の中にいる母が、おれ達に向かって手招きをしている。

「え、あそこに行けってのか?」
「あ~、みんなに紹介する的な?」
「げー」

 顔を見合わせたおれと妹の南に、椿姉が「行ってあげましょう?」と笑って言ったので、渋々、みんなでぞろぞろ移動する。と、

「慶君!慶君!久しぶり!」
「あ……どうも」

 一団の中から声をかけられた。近所に住んでる坂井さんだ。この人に誘われて、母はフラダンスをはじめたらしい。

「やだー、あいかわらずイケメンね~」
「わ!息子さんなの?! こちらは娘さん?」
「えーと……」

 7人ほどいる同じ衣装のオバサンたちに言われ、母がニコニコと指さし紹介をはじめる。

「主人、それから、長女の椿とその旦那さん。次女の南とその娘の西子。高校2年生」

 指さされた父、姉、近藤先生、南、西子ちゃんが、「どーも」とか「こんにちは」とか言いながら頭を下げている。そして、

「で、これが、長男の慶と……」

 言いかけて、母が、おれの後ろの方に向かって叫んだ。

「コウちゃん!何してんの!もっとこっち来て!」
「あれ?」

 いつのまに、輪から離れていた浩介。何やってんだ?あいつ。

「早く!」

 母に急かされ、慌てたようにやってきた浩介がおれの隣についたところで、

「この子が慶の彼氏のコウちゃん」

 母が、あっさりと紹介した。途端に、周りのオバサンたちがわあっと盛り上がった。

「噂のコウちゃん!」
「原稿ありがとうね~助かったわ~」
「次もよろしくね!」
「え……あ……」

 オバサン集団に囲まれて、呆然としている浩介。そりゃ呆然とするだろう。四方八方から勝手に話かけてくるオバサン達の迫力には誰も敵わない。

「浩兄、かわいそうに」
「餌食だ餌食」
「生贄?」

 くくく、と小さな声で、南と西子ちゃんが笑いあっている。
 おれもつられて笑いそうになったけれど、いかんいかん、と頬を叩く。助けてやらなくては。

「南、カメラ持ってきてるよな?」
「え」

 返事を聞く前に、「皆さーん!」と手を叩いて、注目をこちらに向けさせる。

「写真撮りましょう写真! 並んでくださーい!」

 途端に、きゃあっと華やぐオバサンたち。

「やだーお化粧直したーい」
「美人に撮ってね!」
「こう、ほら、下から光を当てないと」

 まるで女子高生のようにキャアキャア言い合っているオバサン集団の中から浩介を救出し、写真撮影は南に押しつけて、一歩二歩、と後ずさる。

 少し離れたところで、高みの見物をしていた父のそばにいくと、

「やあ、大変だったね」

 父がニコニコと浩介に言ってきた。

「でも、うちの母さん、コウちゃんのことみんなに紹介したくてしょうがなかったみたいだから、これで満足したんじゃないかな」
「え………」
「なにそれっ」

 きょとんとしている浩介に代わって、父に文句を言ってやる。

「お父さん、こうなること分かってたんなら止めてよっ」
「いやあ、母さんの気持ちも分からんでもないからさ」

 くくく、と父が笑っている。

「親っていうのは、子供を自慢したいもんだからなあ」
「は?」
「自慢の息子の自慢の彼氏も自慢したかったってわけだよ」

 なんだそりゃ。意味分かんねえ。

 でも……

「ああ、いい顔で笑ってるなあ……」

 しみじみ、と言った感じでつぶやいた父の視線の先……。みんなに囲まれて笑っている母は、とても、とても楽しそうで……

「この絵の題名は……」

 父が、母達を指で四角く囲いながらポツリと言った。

「『幸せな乙女たち』ってところかな」
「………。ふーん」

 否定は、しない。何十年前の乙女たちは、みんな幸せそうに微笑んでいた。




【浩介視点】


「親っていうのは、子供を自慢したいもんだからなあ」

 慶のお父さんが、いつもの飄々とした感じで言った。

「自慢の息子の自慢の彼氏も自慢したかったってわけだよ」

 ……………。

 自慢の息子の自慢の彼氏。


(自慢の………彼氏?)


 さっき、慶のお母さんが、家族を紹介する、という雰囲気になったので、おれは輪から離れて待っていたら、

「コウちゃん!何してんの!もっとこっち来て!」

 お母さんがおれのことを呼んでくれた。逆らえない強さで。こういうところ、慶と慶のお母さんは良く似ている。

 そして、「この子が慶の彼氏のコウちゃん」と、おれを紹介してくれた。


(おれで………いいのかな)


 ドキドキする。



 その後、みんなで実家に戻って夕飯を食べたのだけれども、お母さんはずっとテンション高めで上機嫌だった。

「あ!そういえば、山崎君のところ、お子さん生まれるんですってねえ」
「……なんで知ってんの?」

 慶が眉を寄せると、

「こないだそこの公園で、山崎さんたちに偶然会ったのよー」
「あ、そうなんだ……」

 山崎の実家は、慶の実家と最寄り駅が同じだ。おれ達の高校時代、何かの行事の帰り道で一緒になったとかで、お母さんは山崎の母親と知り合いになったらしい。
 実家は駅の反対側だけれども、山崎の弟の家が近所なので、おれと慶も何回か甥っ子を連れた山崎達と公園で会ったことがある。

「山崎さんの奥さんってすごい美人だったよね? 結婚式の写真みたけど」

 南ちゃんが興味津々といった感じにお母さんに聞いた。

「本物も美人だった?」
「うん。綺麗な子だったわよ。ねえ?お父さん」
「そうだな」

 お父さんもうんうん肯いている。

「あれだけの美人、自慢のお嫁さんだろうな」
「そうねー。……でも!」

 お母さんはパチン!と手を叩くと、ニコニコで言ってきた。

「うちのお嫁さんも自慢のお嫁さんだからね!」
「え」

 お母さんとバッチリ目があって、ちょっと笑ってしまう。

「背が高くてかっこよくて、優しくて、お料理も上手で、うちの息子にはもったいないくらい!」
「あはは」

 南ちゃんが軽く笑って、慶を叩くと、慶はいたって真面目な顔で言った。

「浩介は『嫁』じゃない」
「あ、それこだわる?」

 南ちゃんの揶揄うような言い方にも動じず、慶はムッとしたまま、

「なんかその『嫁』って言い方、違和感あって嫌いなんだよ」
「…………」

 慶はいつもそう言ってくれる。おれはいいっていってるのに………

 じっと慶を見つめていたら、慶は引き続き真面目な顔をして、宣言してくれた。

「こいつは、おれの自慢の彼氏だ」


**


(同じ『自慢』なのに……)

 慶や、慶のご両親に「自慢」と言われても少しも嫌な気持ちにならない。それどころか、すごく、嬉しい。
 それなのに、母に対してはどうしても拒否反応が出てしまう。

『親っていうのは、子供を自慢したいもんだからなあ』

 慶のお父さんの言葉によると、母が子供自慢をすることはおかしなことではない、のだ。
 でも、その「自慢」が、母の理想の子供に対するものだったから、苦しくなってしまっていた。

 慶や慶のご両親は、おれそのものを受け止めてくれて、そのおれを「自慢」してくれている。そこが母と違う。

(……違う?)

 はた、とそのことに疑問を覚える。

(違う、だろうか? 今も、違うだろうか?)

 確かに昔は理想像を押しつけてきたけれど……今の母はどうだろう。この一年くらいは、そういうこともあまり無かったように思う。

(……おれが過剰反応しすぎてるんだろうな)

 自嘲してしまう。でも、どうしても、昔のことを思い出してしまって、心が追いつかない。

(でも……)

 このままじゃダメだ。少しでもいいから、前に進まないと……

(『おれの自慢の彼氏』)

 慶の自慢の彼氏でいるために、おれは前に進む。


**

 翌日の振替休日。
 慶は朝から研修会にでかけていったので、久しぶりに一人で、実家を訪れた。

「バレンタインのプレゼント取りに来て」

と、少し前から言われていたのだ。


 でも、家に着くなり、「ブラウニーとティラミスどっちがいい?」と、聞かれた。作ってくれるらしい。母は昔から料理上手なのだ。

 ブラウニーとティラミス……どちらも捨てがたい。慶はどちらも好きだ。

「両方って言ってもいいですか? 僕も手伝います」

 そう申し出ると、

「あらそう?」

 母はパアッと表情を明るくして手を叩いて……

「ああ、息子とお菓子作りするなんてねえ。本当は孫と一緒に作りたかったわあ」

「…………」

 …………。

 …………。

 …………。

 回れ右して帰りたくなったのを、なんとか踏みとどまる。

 自慢の彼氏。自慢の彼氏……。

 おれは慶の自慢の彼氏になるんだ。


「じゃあ、チョコ砕いてくれる?」
「………はい」

 チョコの甘い匂いに包まれながら、おれは呪文のように唱えていた。

 自慢の彼氏。自慢の彼氏、と。





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お読みくださりありがとうございました!
どうしても浩介視点だと暗くなりがちです……
次回からもお時間ありましたらどうぞよろしくお願いいたします。

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何度言っても全然足りないっ本当に本当にありがとうございました!!!

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コメント (5)
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