【哲成視点】
『村上享吾』のことを知ったのは、中学2年生の3月の球技大会の時だった。
オレの入ったバスケのチームは早々に負けたので、外のバレーボールの応援にいった。幼なじみで親友の松浦暁生がバレーボールに出ると言っていたからだ。
案の定、背も高くて運動神経の良い暁生のいるチームは勝ち残っていて、オレが着いた時は、同じ二年生のチームと試合している最中だった。13対2で暁生のチームが勝っていたので、
(こりゃ、勝負ついたな)
なんて余裕に思っていたのに、相手チームのやたらとサーブを打つのが上手い奴にサーブの順番が回ってきてから、形勢が逆転した。
そいつの打つボールは、コートの線ギリギリに入ってくるし、打ち返しても、重いらしく弾かれたりするし……で、あっという間にそいつ一人で10点入れやがった。
「村上すげー!!」
「村上君かっこいー!!」
(……村上?)
そいつのクラスの連中の歓声で、そいつがオレと同じ苗字だということを知った。同じ苗字なのに、オレとは真逆で、そいつは背も高いし、スポーツも得意のようだ。そういえば、バスケ部で見たことある気がする。同じ学年だったのか。でも、あんなやつこの学年にいたっけ?
「このまま勝ったら、村上、胴上げなー!」
「頑張れー!」
更に歓声が大きくなった、その時だった。
(………え?)
ふっと、村上の表情が曇った。そして……次に打った村上のサーブは、大きく左にズレて、アウトになってしまって……
「あ~~~」
落胆の声が青空の下で響き渡った。
サーブ権が暁生のチームに移り、結局、それからすぐに暁生のチームが勝った。
負けたのに、無表情の村上………
(なんだ………あいつ)
あれ、絶対にわざとだ。わざと外しやがった。意味分かんねえ。なんで外す必要がある? あのままあいつが打ち続けてれば勝てたかもしれないのに。勝ち進むのが面倒くさくなった、とか?
(……ムカつく)
せっかく出来ることをやらないって、それは、オレの中で一番許されないことだ。
『いつでも明るく。なんでも一生懸命』
それが、母の口癖だった。オレが小学5年生の時に亡くなった母。最後まで『一生懸命』病気と闘い続けた母。その言葉を守ることがオレの使命だ。
(村上……)
同じ「村上」のくせに、あんな中途半端しやがって。同じ苗字なだけに余計ムカつく。
それから、ちょっと情報を集めてみたところ、村上は『享吾』という名前で、2年生のはじめに転入してきた、ということが分かった。
「背も高くて、顔もわりと良いのに、とにかく影が薄い」
と、言っていたのは、村上享吾と同じクラスで同じバスケ部の荻野夏希だ。
「でも、社会科見学の壁新聞作りの時、村上君がまとめ役だったんだけど、すごい的確な指示だしてくれて、助かったんだよねえ」
うーん、と唸った荻野。
「だから、実はやれば出来る人なんじゃないかなあ、とは思う。でも、普段はどこにいるのか分かんないくらい、影薄い」
「……ふーん」
やっぱり、中途半端な野郎ってことだな……
ああ、やっぱり、なんか、ムカつく。
それから数日後。終業式後の学活で、三年生でのクラスの名簿が配られた。
(暁生は1組。オレ……いない)
暁生とは結局三年間一度も同じクラスになれなかった。12クラスもあるからしょうがないけど……
なんてガッカリしながら、名簿を辿っていったところ、
(あ)
11組で見つけた『村上』 しかも、2つ並んでる! あの村上享吾と同じクラスだ!
(やった……!)
村上享吾。みてろよ。あんな中途半端、オレの前では許さねえ。
---
お読みくださりありがとうございました!
なんかどうも「違う」感が拭えなく、久しぶりに全書きかえして、ようやく何とか納得……
私が高校時代にノートに書いた時は、享吾の一人称のみの物語だったので、哲成サイドをまだ掴めていなくて……
そういえば、「風のゆくえには」本編、慶と浩介の物語をこのブログで書きはじめた時も、高校時代にノートに書いていた時には慶の一人称のみだったので、浩介視点が書きにくくてしょうがなかったのでした。でも今はむしろ浩介視点のほうが書きやすいくらいなので、哲成視点もそのうちスラスラ書けるようになると信じて……
いつもながら、何の事件もおこらない普通のお話。
読んでくださった方、ランキングにクリックしてくださった方、本当に本当にありがとうございます!!
よろしければ、今後ともこの「友達の友達の友達の話」ノリにお付き合いくださいますよう、何卒何卒よろしくお願いいたします。
にほんブログ村
BLランキング
↑↑
ランキングに参加しています。よろしければクリックお願いいたします。
してくださった方、ありがとうございました!
「風のゆくえには」シリーズ目次 → こちら
「2つの円の位置関係」目次 →こちら