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BL小説・風のゆくえには~旅立ち7-2

2018年01月12日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~ 旅立ち

***


 帰り道、ほんの少しだけ寄り道するのが日課となっているおれ達。

 一昨日の浩介の誕生日には、高校の近くの駄菓子屋に行った。バスケ部の連中が良く使っている駄菓子屋なので、浩介は部活帰りに時々行っていたらしいけど、おれはまだ2回目。おばあちゃんになりかけのおばさんが一人で切り盛りしている小さな店のわりに、品数が多くてバラエティに富んでいるので、いるだけで楽しくなってきた。


「何でも好きな物買ってやる!」

と、言ったら、一回10円のチョコのクジを引いてほしい、と頼まれた。恐ろしくクジ運の悪い浩介は、今まで20回は引いているけれど、末賞の小さなチョコしか当たったことがないそうなのだ(それはそれですごい確率な気がする)。

 対して、昔からやたらクジ運の良いおれ。案の定、2回目で3等を当て、5回目で1等を当ててしまい……

「わー!すごいすごいすごーい!ありがとう!」

と、大喜びされたけれど、

(18歳の誕生日プレゼントがたったの50円でいいのか?! もうちょっと金額かけて当てたかったのにっ)

って、悶々としてしまった。クジ運が良すぎるもの考えものだ……


 だから昨日、「50円じゃ気が済まないから他に何かないのか?」と、聞いたら、

「じゃあ、膝枕して♥」

と、語尾にハートを付けて頼まれた……。それで、帰りに川べりに寄って、渋々(いや、膝枕が嫌なんじゃなくて、上の道を通り過ぎる人に見られるのが嫌なんだ)5分だけ膝枕をすることになった。

「あ~幸せ♥ あ~幸せ♥」

 頭を撫でてやっていたら、浩介はふざけた調子でそんなことを言っていたけれど……

「おれはこうして慶が一緒にいてくれれば、それでいい」

 最後にはポツンと寂し気につぶやいた。

(………海でもそう言ってたな)

 あの時も、そう、寂しそうにいった。

(お前はそれでいいのか?)

 この話、踏み込んでいいのか……迷う。あの時も迷って結局何も言わなかった。こうして昨日も迷っていたけれども……



 今日の帰りは、土曜日で午前授業だったから腹も減っているけれど、おれの家の前の公園でバスケットをすることになった。
 
「ちょっとだけ、バスケの練習付き合ってくれる?」

 少し言いにくそうに、浩介が言ってきたのだ。
 夏休み前に一日だけコーチをした生徒達のことが気にかかるから、明後日、バスケット教室に顔をだしたいそうだ。

「行ってもいい?」
「……おお」

 前回は内緒で行って喧嘩になったので、今回はちゃんと報告してくれたらしい。浩介が初恋の相手の美幸さんに会ってしまうことはものすごく嫌だけど……

「加藤君、みんなとうまくやってると良いんだけど……。松山君も元は良い子だから、彼が率先して加藤君とコミュニケーションとってくれたらって思ってて、それで……」

 子供たちのことを熱心に話している浩介の声に、胸が熱くなってくる。

(お前……やっぱり、先生向いてるよ)

 おれや山崎のテスト結果が良かったことを我が事のように喜んでいた浩介。
 迫田先生に「進路希望調査書が提出されていない」と言われ、作り笑いをしていた浩介。

 お前がどうしたいのか。そんなのお前以上におれが分かってる。

(踏み込んで………いいよな?)

 余計なお世話かもしれないけれど……それでもおれはお前に笑顔でいてほしい。


**


 バスケットゴールが小学生がいて使えなかったのは、おれ的にはラッキーだった。端の方でパス練習をしながら、浩介に問いかける。

「なあ……進路希望調査書、出してないって言ってたよな? なんで?」
「なんでって……あの、わ……」
「忘れるわけないよな? お前が」
「………」

 浩介、無言のまま投げ返してきた。パス練習をしている時は、誤魔化されない。パスに気を取られて自分を取り繕えなくなるからだろう。

「お前……本当に弁護士になりたいのか?」
「…………」
「…………」
「…………」

 1、2、3とボールを往復させてから、浩介は投げるのをやめて、ボールを持ってこちらにやってきた。そして、軽く首を振ると、

「なりたいなりたくない、じゃなくて、ならないといけないんだよ」
「なんで?」
「なんでって……っ」
「…………」
「…………」

 何か言いかけたのにやめてしまった浩介。とんとん、と無言でドリブルをしている。その無表情からは気持ちは読み取れない。でも………、踏み込ませてくれ。

「お前さ」

 ボールを奪い、グイッと胸元に押しつけ、キッパリと言いきってやる。

「本当は、学校の先生になりたいって思ってるだろ」
「!」

 ハッとした顔をした浩介。

「なんで……」
「なんでもくそもねえよ。見てりゃわかる」
「…………」

 じっと正面から見据えてやると、浩介はフッと目線を外して首を振った。

「ホントに……慶には敵わないなあ……」
「…………」

 それは……もちろん、肯定、ということだ。

「おれは、向いてると思うぞ? 先生」
「…………ありがと」

 浩介はボールを受け取り、ゆっくりとまたその場でドリブルをはじめた。その真剣な横顔に、思い切って問うてみる。

「親に、学校の先生になりたいって、言えないのか?」
「………言えない。けど………」

 本当は、言いたい。

 って言葉が、その瞳に浮かんでいるのは、おれの勘違いじゃないだろう。

「……前にお前、『おれの人生はおれのものじゃない』って言ってたけど……」
「…………」
「おれは……お前の人生はお前のものだと思う」
「…………」

 浩介はしばらくの間、無言でドリブルをしていたけれど………

「…………分かんない」

 ボールをつくのをやめて、ボソッと言った。

「分かんない?」
「うん……どうすればいいのか分かんない。今さらなんだけど………」
「今さらってことはないだろ」
「そう………かな」 

 とんっとボールを渡された。

「だから、決められなくて、進路希望調査書も書けなかったの。本当は法学部って書かないとって思ってるんだけど………でも………」
「………………」
「週明け締め切りって言われたのにね」
「………………」

 寂しげに目を伏せた浩介………

 本当は法学部? そんなことはない。浩介の心は学校の先生で決まってる。それなのに、親からの圧力で違う道が選択肢に入っているだけだ。でもその圧力をはねのけることが難しくて………

 どうすれば、浩介は自分の気持ちに正直になる勇気を持てる?

 どうすれば………

 どうすれば………

「あ」

 ふいに、ひらめいた。

『わー!すごいすごいすごーい!ありがとう!』

 一昨日、駄菓子屋ではしゃいでいた浩介。………運任せのクジ引きなら、強制的にその道を選べる、か? ………よし。

「運だ運」
「え?」
「運任せで決めようぜ」
「は?!」

 ビックリ顔の浩介の背中をバシッと叩いてやる。

「決められないんだろ? だったら『天の神様の言う通り』だよ。あ、ちょうど終わったな。行こうぜ?」

 コートから出て行く小学生と入れ替わりで、浩介の腕を掴んでコートに入る。

「じゃあ……ここからシュート打て。で、入ったら学校の先生。入らなかったら弁護士ってことで」
「はああ?!」

 浩介が大声で叫んだので、小学生が驚いて振り返っている。でも構わず話を続ける。

「この位置だったよな。引退試合でお前が3ポイントシュート決めた場所」
「そう……だけど」

 夏休み前の引退試合、浩介はキレイなシュートを決めたのだ。

「じゃ、ここからで」
「えええ?!」

 ちょっと待って、ちょっと待って、と浩介はワタワタしている。

「あれは奇跡的に入っただけで、練習の時だってなかなか……」
「入らないことを心配してるってことは、先生になりたいってことだろ」
「え?!」

 ビックリしたように叫んだけれど、結局そういうことなのだ。弁護士になるつもりがあるなら、入らなくても構わないんだから。

「違うか?」
「それは……っ」

 そんなの無茶苦茶だよ……、と途方に暮れたように言う浩介に無理矢理ボールを渡す。

「まあ、とにかくやってみろ。神様の言う通り、だ」
「…………」

 浩介はジッとボールを見つめていたけれど、観念したように、シュートの構えをした。


(大丈夫………大丈夫)

 入れ………入れ。


 浩介は目をつむり……それから、バチっと目を開けた。

(うわ………)

 今までに見たことがないくらいの真剣な瞳の光にドキッとする。


 大丈夫………大丈夫。

 入る入る入る………


 浩介は大きく息を吐き出すと、

「………っ」

 音にはならない軽い気合い声ともに、お手本通りのきれいなシュートフォームで、ボールを放った。


 入れ………入れっ!


「………………あ」


 一瞬の間のあと、ボールは、きれいな弧を描いて……………、あっさりと網の中に吸い込まれていった。

 本当に、あっさりと。
 入るのが、当然。みたいに。


「入っ……………た」


 ポカーン……………とした浩介。


(やった………! やった!)

という、内心のガッツポーズは押し隠して、再びバシッと背中を叩いてやる。

「よし。入ったな。じゃ、先生だ」
「慶………」

 浩介は呆然としたまま、こちらを振り返った。

「慶………どうして? 入るって分かってたの………?」
「おお」

 本当は内心ドキドキしていたけれど、そんなことは露とも見せず、自信たっぷりにいってやる。

「さっきのパス練習で、お前の腕力が落ちていないことは検証済みだったからな。あとは集中力の問題だったけど……」
「集中力?」
「おお。まあ、気持ちの問題っつーのかな」

 ニッと笑ってやる。

「お前の入ってほしいって気持ちが強かったから入ったってことだよ」
「………え」
「お前、入ってほしいって思ってただろ?」
「あ……………」

 驚いたように目を見開いた浩介の胸に、とん、と手を押し当てる。

「自分の気持ちに正直に、だよ」
「……………」
「浩介」

 まっすぐに、その大好きな瞳を見つめる。



「お前、先生になれ」



 自分の気持ちに正直に。
 お前の人生はお前のもの。
 お前の行きたい道へ進め。


 浩介は、しばらくポカンとしていたけれど……


「慶!」
「わわっ」

 いきなり抱きついてきた。

「慶……慶」
「……………」

 公園だけど、道行く人が見てるけど………でも、いい。今日ばかりは、特別だ。

「慶………ありがとう……」
 
 耳元で聞こえる浩介の声には涙がにじんでいた。


 おれ、本当は先生になりたかった。
 心が決まった。
 親に………話してみる。


 涙と共に、覚悟もにじんでいる。


「頑張れ」
「………………うん」

 背中に回した手に力をこめると、浩介は小さくうなずいた。




------------

お読みくださりありがとうございました!
今回も、私が高校生の時(1992年💦)に書いたエピソードそのまま使用でした。
次回は火曜日に更新の予定です。よろしければどうぞお願いいたします。

クリックしてくださった方、読みにきてくださった方、本当にありがとうございます!
こんな真面目なお話なのに、ご理解いただけて本当に本当に嬉しすぎて震えます。
この「旅立ち」ももうすぐ終わり……彼らの高校卒業まで見届けていただけますと幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。


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BL小説・風のゆくえには~旅立ち7-1

2018年01月10日 06時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~ 旅立ち

【慶視点】


 最近、浩介の様子がおかしい。

 受験生なんだから、いつでも明るくいられるわけはないけれど………それを差し引いても、塞ぎこんでいる時間が増えた。そして、無理して笑おうとする回数も増えた。
 それから、妙に、人の志望校や希望学部の話題に敏感になっているように思う。

「篠原はね、英文科志望なんだって」
「英文科? あいつ英語好きなんだ?」
「ううん。全然」

 浩介が苦笑して言った。

「英文科には自分好みの女の子が多いんだって。去年からあちこちの大学に潜り込んで調査したって言ってた」
「あいつ、本当にブレナイ男だよな……」

 女大好き篠原は、いつも女のことしか考えていない。実は良いところのお坊ちゃんで、おじいさんが経営しているいくつかの会社のどこかにコネ入社できるので就職の心配はなく、とりあえず四年生大学を卒業しさえすればいいそうだ。

「みんな色々だよね。溝部みたいに家業を継がないって人もいれば、篠原みたいに、親のコネをバッチリ使おうとしている人もいて……」

 浩介はまた暗い瞳になりながら、言葉をついだ。

「慶や山崎みたいに、将来なりたいものが決まってる人もいれば、長谷川委員長みたいに、色々なことに可能性がありすぎて決められない人もいて………」
「委員長? そうなんだ?」

 二年生の時のクラス委員長の長谷川は、何でもできる器用貧乏、というイメージがある。

「うん。だからとりあえず、東大目指すんだって。学部はどこでもいいって」
「なんだそりゃ」

 思わず吹き出してしまった。頭が良い奴は考えてることが分からんな……。

 でも、浩介は寂しげに目を伏せ、

「そういう選択もあるんだなあって、感心しちゃったよ」
「……………」

 ……………。

(そういうお前は、どうしたいんだ?)

 廊下を歩きながら、喉元まで出かかった言葉を、外に出すかどうか迷ってしまう。


 先ほど、浩介が担任の迫田先生に呼び止められていたのだ。進路希望調査書が提出されていないという。

「うちのクラスで出してないのお前だけだからな? 週明けには絶対、親にハンコもらってこいよ?」

 いかつい顔の迫田に腕を叩かれ、「すみません」と、作り笑いをしていた浩介………


『父親の事務所を継ぐために弁護士にならないといけないから、法学部を受ける予定』

 浩介は二年生の頃からそう言っていた。
 そう決心しているのなら、なぜまだ調査書を出していないんだ?

 お前、本当は………


「そういえば、慶。休み明けテストどうだった? 今日返ってきたでしょ」
「ああ………」

 会話を変えたいような明るい言い方に、ますます違和感を覚えながら、コクリとうなずく。

「おかげで英語、過去最高得点だった。サンキューな」
「わ。良かった。嬉しい」

 ニコニコと笑った浩介。いつも見せてくれる笑顔………

「………嬉しい?」
「そりゃ嬉しいよ。慶が……」
「あ!桜井!渋谷!」

 浩介の言葉に重なるように、靴箱の前にいた山崎が手をふってきた。珍しくはしゃいだような声だ。

「桜井、ありがとう! おかげで今回の古典、すごく良かったよ」
「わ!ホントに!?やったね!」
「おお。すげえな」

 国語が苦手な山崎。夏休み前の数日間、浩介が勉強をみてやっていたのだ。

 山崎は、恥ずかしそうに頬をかくと、

「あ、でも、現代文が壊滅的だったから、結果はトントンだったんだけどね」
「あはは。じゃ、次は現代文だね」

 浩介、やっぱりすごく嬉しそう。山崎もつられたような笑顔で、

「よろしくお願いします! って、あ、渋谷、桜井の貸し出し、引き続きお願いしたいんだけどいい?」
「………………………ほどほどにな」

 わざと不機嫌な顔を作って答えると、山崎は「こわいなあ」と苦笑しながら、行ってしまった。

「貸し出しって?」

 キョトン、とした浩介の額をぴっと弾いてやる。

「お前はおれ専用だからな。貸し出しになるだろ」
「あ、そっか」

 うふふ、と笑った浩介。

 でも………

 おれは気がついてしまった。

 お前はもう、おれ専用じゃなくて、みんなの「先生」になりたいんじゃないか………?
 


------------

お読みくださりありがとうございました!
高校生の悩み………懐かしい。
次回、金曜の予定です。お時間ありましたらどうぞよろしくお願いいたします。

クリックしてくださった方、読みにきてくださった方、本当にありがとうございます!
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BL小説・風のゆくえには~旅立ち6

2018年01月05日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~ 旅立ち

【浩介視点】


 おれは将来、父親の弁護士事務所を継ぐために、弁護士にならなくてはならない。

 その話をしていた時に、

「それを蹴ってまでやりたいこと、だよ。ないのか?」

 慶に問われて……
 一瞬。ほんの一瞬だけ、頭の中に映像が駆け巡った。

『分かった!』

 そう言って笑った慶の嬉しそうな顔。

『桜井君って教えるの上手だよね』

 高2の時のクラスメート達の声。

『うちの子、桜井コーチのおかげで、みんなの仲間に入れてもらえたって………』

 お母さんの隣でニコニコしていた加藤君……

『お前、先生、向いてるよな』

 慶………


 でも………でも。

 母の鋭い声が、父の冷たい目が、それを覆っていく。

 おれの将来はおれのものではない。

「そんなこと……」

 そんなことを望む権利、おれには認められていないんだ。


***


 夏休みは、あまり慶と遊べなかった。
 予備校の帰りに慶が会いに来てくれて駅でおしゃべりをした、とか、運動不足解消のためのランニング、ということにして、慶のうちの方に行って、ほんの数分だけ会った、とかはあるけれど、遊べたのは2回だけ。一回は夏祭り。一回は海。

 海に行けたのは、溝部が誘ってくれたおかげだった。

 そして、庄司さんのおかげでもあった。

 溝部が誘いの電話をくれた時、ちょうど庄司さんがうちにご飯を食べにきていて、

「気分転換に行ってくればいいよ。いいですよね? 桜井先生」

と、父に言ってくれたので、無事に行くことができたのだ。
 

 おれより15歳年上の庄司さんは、父の事務所で働きはじめてもう10年近くになる。
 学生時代ずっとサッカーをやっていて、今も当時の仲間達と趣味で続けているからか、色黒でがたいが良くて、あまり弁護士らしくない。体育会系ならではの大きな声と、朗らかな人柄で、庄司さんが来ると、うちの雰囲気がすごく明るくなる。


 夏休み最終日の今日も、夕飯を一緒に取りながら、最近解決したという案件の話を面白おかしくしてくれて、母からも笑いがこぼれていた。

「桜井先生、本当にかっこよかったんですよ! 奥さんにもみせてあげたかった!」
「まあそうなの?」
「だから庄司、その話はもういいから」

 ………………。

 父のちょっと困ったような嬉しそうな顔。おれの前では絶対にしない顔。

(庄司さんが息子だったら良かったのに……)

 おれみたいに暗くて内向的な息子じゃなくて、庄司さんみたいに明るくて社交的な人が息子だったら………って、父も絶対にそう思っている。

 庄司さんが来てくれるのは嬉しいけれど、自分と比較して落ち込んでしまう時がある……
 でも、そんなことを知られるわけにはいかない。ニコニコと笑顔を作ってやり過ごす。


 こうして食事も終わりに近づいた頃、

「浩介君は、やっぱり桜井先生と同じ大学志望?」
「あ……はい」

 庄司さんの明るい問いかけにコクリと肯くと、庄司さんは二ッと笑った。

「ってことは、オレの後輩にもなるわけだ。早慶戦、一緒に観に行こうな?」
「………はい」

 受かれば……だけど。という言葉は何とか飲みこんだ。そんなこと言おうものならば、母の怒涛の説教をくらうだけだ。受かるのが当たり前。受からないなんてありえない。そのプレッシャーに押しつぶされそうだ……

 なるべく目立たないようにお腹を押さえながら、胃が痛いのをやりすごそうとしていたところ、続いた庄司さんのセリフに息が止まった。

「先生も良かったですね。子供と一緒に観に行きたいっておっしゃってましたもんね」
「………?!」

 思わず父の方を思いきり振り返ってしまった。

(は?! 一緒に観に行きたい?!)

 何言ってるんだ?! 家庭をまったく顧みないこの父がそんなこと言うわけないじゃないかっ。

「そ………」
「この出来損ないがうちの大学に受かるかどうかわからんがな」
「………………」

 吐き捨てるように言って、すっと立ち上がり、リビングの方へいってしまった父……

「そちらでお飲みになりますか? 先日いただいたお酒が……」

 母がイソイソと父の後をついていき……おれと庄司さんだけダイニングに取り残された。

(出来損ない……) 

 出来損ない……中学の時にも言われた。学校にちゃんと行けるようになった今でも、やっぱり父の中のおれは、ただの出来損ないなんだ………

(出来損ない……)

 父の言葉が頭の中をぐるぐる回っている中、

「桜井先生って照れ屋で可愛いよな」
「…………っ」

 庄司さんの呑気な言葉に、飲んでいたお茶を吹き出しそうになってしまった。可愛いって、どこをどうとったらそんな言葉が出てくるんだっ。

「弁護士の顔してるときの桜井先生は本当にクールでかっこいいんだけど」
「……………」

 それは……知らないけど……

「オレもあんな弁護人になりたいけど………道は遠いなあ」
「え………」

 庄司さん、ふっと遠い目になった。

「オレさあ……弁護士になりたくて、すげえ勉強して………」
「……………」

「でも、なれたらなれたで、自分の実力不足がもどかしかったりして……」
「…………」

 意外だ。いつも明るい庄司さんがそんなこと思ってたなんて……

「30過ぎたオッサンが何言ってんだって思われるかもしれないけど……オレも早く、桜井先生みたいに依頼人の期待にこたえられる弁護士になりたいんだよなあ」
「…………」

 庄司さんは、「なんてなっ」と、照れたような笑みを浮かべると、
 
「浩介君も受験頑張れよ~待ってるからな~」

 ポンポンとおれの肩を叩いて、リビングに行ってしまった。

 ……………。

『弁護士になりたくて、すげえ勉強して………』
 
 庄司さんは弁護士になるべくしてなった人だ。それに比べておれは………おれは。

(おれは、弁護士になりたいと思ったことは一度もない……)

 そんなおれが弁護士を目指すなんて、本当になりたくてなっている人に対して失礼だ。

(それに、それに……おれは……おれは……っ)

 叫び声が喉元まで出かかったけれど……
 リビングから聞こえてきた両親と庄司さんの声に我に返って、ゴクン、と飲み込んだ。

 
***



 翌日。9月1日2学期の始まり。

「教育相談を受けるので、今日、お弁当お願いします」

 そんな嘘を母は疑いもせず信じて、いつもながらの栄養バランスの考えられた完璧なお弁当を作ってくれた。学校で教育相談があるのは嘘ではない。ただし、希望制だ。おれは別に相談したいこともないので希望は出さなかった。母は学校の予定表を読みこんでいて、その日が何時間授業で何時に帰って来るか、ということを熟知しているけれど、おれが教育相談の希望を出したかどうかまでは分からなかったようだ。

「慶のうち、遊びに行ってもいい?」

 教育相談を受けない生徒は午前授業なので、慶に聞いてみると、

「もちろん! あ、英語で分からないところがあるから教えてくれー」
「うん」

 明日は休み明けテストもある。予備校で受けた模試の結果は、まあまあだった。でも母は満足していない。この休み明けテストの結果についてもうるさく言ってくるだろう。胃が痛い。吐き気がする。家にいると頭痛もひどくて勉強どころではなくなる。

(それに比べて……)

 慶の家はなんて居心地がいいんだろう。漂っている空気が清涼だ。癒される。

「お前、昼飯は?」
「あ……お弁当、持ってきた」
「そっかそっか。おれ、焼きそば作るけど、食う?」
「わ! 食べる食べる!」

 慶は時々、自分でご飯を作る。すごいな、と思う。慶は何でもできる。それに比べておれは……

(って、人と比べてばかりだな……)

 自分にないものを羨んで、下を向いて……。おれはそればかりだ。

(やめよう)

 ぶるぶると首を振って、マイナス思考を振り落とす。せっかく慶と一緒にいるのに、そんな気持ちでいたくない。

 台所に立った慶に問いかける。

「何か手伝えること、ある?」
「んー……、じゃ、玉ねぎの皮、剥いてくれ」
「うん」

 人参を切っている慶の横で、玉ねぎの茶色い皮をむく。とん、とん、とん、とまな板に包丁が当たる音だけが響いてくる。

(大人になって一緒に住めるようになったら……)

 こんな風に過ごせるかな……。そうしたらどんなに幸せだろう……


 おれの将来はおれのものではないけれど……慶と一緒に過ごす未来だけは守りたい。

(それだけでいい)

 それだけで、いい。それ以上は何も望まない。望まない。望まない。



 
------------

お読みくださりありがとうございました!
今日から仕事初め!なので、このブログも通常通り?!の安定の暗さの浩介視点でした。
次回は慶くん視点。このウジウジ君の悩みをズバッと解決してもらう予定です。
火曜日に更新の予定です。お時間ありましたらよろしくお願いいたします。

クリックしてくださった方、読みにきてくださった方、本当にありがとうございます!感謝感謝でございます。今後ともお付き合いいただけると大変ありがたいです。どうぞよろしくお願いいたします。


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BL小説・風のゆくえには~旅立ち5おまけ

2018年01月02日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~ 旅立ち


【山崎視点】


「あいつらまたイチャついてる……」

 遊泳区域の一番沖でプカプカ浮かびながら、溝部がボソッと言った。視線の先には、桜井と渋谷。少し離れたところで、二人で一つの浮き輪につかまりながら、なぜか浮き輪の上で手を繋いでいる……

「手、繋ぐ必要あるか?」
「桜井、あんまり泳げないから足つかないところ怖いんだって」

 さっき桜井が言っていたセリフを伝えると、溝部は「はあ?」と呆れたように言った。

「浮き輪あるんだから大丈夫だろっ」
「まあまあ」

 くくくと、斉藤が笑った。

「ただ単に桜井が渋谷とくっついてたいだけだろ。あいつ渋谷のこと大好きだし」
「だからって手繋ぐかー?男同士でさー」

 溝部は眉を寄せて言ってから、「でも…」と言葉を継いだ。 

「でも、渋谷って顔だけはそこらの女子より可愛いから、ああやって顔しか見えないとカップルっぽくみえるよな…」
「あー…だなあ。顔だけはうちの学校で一番なことは確実だもんな渋谷」
「いえてるいえてる」
「背も小っちぇーしな」
「ちょっと二人とも聞こえるって……」

 本人が聞いたら怒りそうなセリフのオンパレードを、さすがに止めようとしたのだけれども、

「でもあいつさ………」

 溝部がふいっと、渋谷の方に目をやり、ガッカリ、というようにつぶやいた。

「脱ぐと完全に男なんだよなあ……」
「あー、だよな。すげえもんな。あの筋肉………」

 斉藤は羨ましいって感じにため息をついている。

「きれいに腹筋割れてるし」
「上腕筋とかモリモリ。固そう」
「足もさ、太股とかすげえ筋肉なんだよな」
「足速えもんなあ」

 ……………。

 溝部は野球部、斉藤はバスケ部なので、やっぱりそういうところに目がいくのだろうか。オレはそんなこと考えたこともなかった。

「あいつ高校では部活やってなかったのに、なんであんななんだ?」
「自分で鍛えてるらしいぞ。あと、よく泳ぎにもいってるって」
「それであそこまでいくかあ?」
「なあ……」

 少し離れたところにいる桜井と渋谷、なんか楽しそうに話してる。溝部の言う通り、首から上だけだと、カップルに見えなくもない。

 ホント仲良いよなあ……と感心していたら、

「あーオレ、来年は絶対彼女とくるんだー」

 いきなり溝部が大きな声で宣言した。

「そしたらさーオレも1個の浮き輪二人でつかんで、波が来る度に『きゃ~祐くんこわ~い』とか言われてしがみつかれたい」
「なんだその妄想。気持ち悪ー」
「なんだとっ」

 斉藤が速攻でツッコミをいれ、溝部が速攻で言い返す。

「どこが気持ち悪いんだよっ」
「気持ち悪いって。その妄想、絶対女子の前でするなよ? ますますモテなくなるから」
「んだとー!!」
「まあまあ」

 また喧嘩をはじめそうな二人の仲裁に入ったけれども、溝部の怒りは収まらない。

「お前、彼女いるからってえらそーなんだよっ。毎度3ヶ月しかもたないくせにっ」
「んなことはない。もうちょっと続いたことあるって」
「もうちょっとって4ヶ月だろっ」
「5ヶ月だよっ」
「どんぐりの背比べ!五十歩百歩!」
「もー……二人とも……」

 小学生並の口喧嘩をしている二人……。

 延々と続いている不毛な言い争いに、付き合ってられないなあ……と思いながら、桜井と渋谷の方に目をやると、二人が浮き輪から離れて、向かい合わせになって両手を繋いでいるのが見えた。……と、

「あ!」

 二人そろって、海中に潜り込んだので思わず声を上げてしまった。

「沈んだ」
「え?」
「は?」

 オレの言葉に、溝部と斉藤も喧嘩をやめて後ろを振り返る。

「あれ? 渋谷と桜井は?」
「なんか今、二人、向いあって手繋いだまま、沈んでった」
「は?」

 たぶん桜井の頭と思われるものが海面に少しだけ出ているけど……

「泳ぎの練習?」
「どっちが長く潜ってられるか競争?」

 三人でそんなことを言いながらじっと見ていたら、バサッと先に桜井が顔を出して、遅れて渋谷が浮かびあがってきた。

「あ、上がってきた」
「なんだ。やっぱり競争か」
「だな」

 もう一回、と桜井がねだる仕草をしているところからして、競争をしていたとみられる。そんな競争、渋谷が勝つに決まっているのに、桜井偉いな……。なんて思っていたら、溝部と斉藤が同時にこちらに向き直った。

「オレらもやろうぜっ」
「おー勝負勝負っ」

 さっきまでの喧嘩はどこへやら、だ。2人仲良く盛り上がっている。と、

「山崎もやるぞっ」
「え? あ、わわっ」

 せーの! と言われて、慌てて一緒に海中に潜った。

(………うわっ)

 ボコボコボコっと水の音がする。海の中は思ったよりも透明で周りがみえる。溝部の必死な顔。斉藤の笑いをこらえたような顔。そして、少し離れたところにいる桜井と渋谷の姿も見えたんだけど……

(?)

 桜井達の姿はオレの方からしかみえないので、溝部と斉藤は見ていない。

(まさか………なあ)

 キラキラした海の中………

 あの二人………キスしてるように見えたんだけど………

(………………ないない)

 見間違い。見間違い。

 受験勉強のしすぎで目がおかしくなっているのかもしれない。

(たまには受験忘れて楽しまないとだな……)

 そんなことを思った夏休みの海の一日だった。


------------

お読みくださりありがとうございました!
山崎君、見間違いじゃないよ♥

と、いうことで………
あけましておめでとうございます!
今年もどうぞよろしくお願いいたします。
正月早々真面目な話もなあ……と思って、「おまけ」に逃げさせていただきましたっ。

今現在、43歳の慶さんと浩介さんは、今日は山下公園氷川丸のお餅つきに行く予定です。
そう!昨年、溝部&鈴木さん&陽太君と一緒に行ったお餅つき。(←「現実的な話をします8」
浩介君、「今年は慶と二人きりで行きたい!」というので、今年は二人きりで^^
ラブラブ横浜デート~山下公園お散歩~中華街食べ歩き~って感じらしい。

次回更新は金曜日の予定です。
今年もどうぞよろしくお願いいたします。

クリックしてくださった方、読みにきてくださった方、本当にありがとうございます!!
おかげさまで今年もはじめることができました。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。


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コメント
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