カンチャン狂騒曲

日々の事をあれこれと、大山鳴動してネズミ1匹がコンセプト。趣味さまざまなどを際限なく・・。

ナメクジとの棲み分け協定

2016-01-31 09:59:59 | 日記
 外が明るくなってきたし、久し振りに里山の日の出でも写そうかと2階のベランダに出て驚いた。

 太陽の出てくる場所がもうとっくに移動していて、東隣の家の軒先に遮られて見えない位置になっていた。

 冬至を過ぎて1ヶ月以上になって、確実に日照時間は長くなり日の出の位置も変わって当然だった。

 玄関に非難して花を咲かせている季節の鉢ももう少ししたら外に出すことになる。

 

 週間天気予報ではまだ冷え込む日がありそうなのであと暫く様子を見ることにしている。
 
 玄関が狭くなるという問題のほかに、新たな問題も発生した。

 「玄関の床の上にナメクジがいたけど、どこから来たのだろう」と配偶者が言う。

 久々に天気が良いので、花の鉢を外に出して思いっきり水やりをした後元に戻すつもりで一鉢ごと移動していたら、一番大きな鉢に植えているキリタンサスの鉢の受け皿に小さなナメクジが5~6匹まとまってじっとしているのを発見した。

 一応外でふるい落として受け皿は綺麗にしたが、鉢の本体の方には予備軍がいる可能性はある。

 かといって、寒さに弱い植物を外に出すわけにもいかず、また元の玄関に戻すことになる。

 願わくば、氷点下などにならない見込みがつくまでの間、ナメクジには温和しく鉢の中に留まっていてほしい。

 生き物の世界には変わり種が必ずいて、未知の世界へ冒険の旅に飛び出す奴はいるものだが、我が家の玄関では止めて頂ければ有り難い。

 せめて後10日くらい待ってくれれば、その後の生活には努めて関与しないことを保障する。

 
にほんブログ村

 
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

猫の命日

2016-01-30 14:13:21 | 日記
 今日は猫の「シロ君」の5回目の命日である。

 霊園にお参りに行ってきた。

 
 (霊園)
 
 (若き日のシロ)
 
 (晩年のシロ)

 とても寒い日の早朝に我等家族に見守られながら、静かに18年10ヶ月の生涯の幕を閉じた。

 まさしく幕を閉じたという表現がピッタリで、頭を上げて撫でられながら微かに口をあけ3度ほど吐息をついた後静かに息を引きとった。

 その時のありさまは今でも鮮明に甦ってくる。

 猫を主人公にした物語を書いていたのだが、猫の死で中断させてしまった。

 2年くらい経ってから、猫が死んだということを前提とした物語に大幅変更して書き始めたが、猫が死んでいく場面をあっさり描こうと努めているのに、湧き上がる感情に負けてしまって困る。

 中断する前は、楽しいエピソードで綴られていたわけで、それらを切って捨てれば単なる猫との哀しい別れの物語になってしまうし、リアルな事実と物語性のバランスが難しくて、何度も手直ししているうち5年目を迎えてしまった。

 オマケにこの期間は、自分自身が癌と向かい合ってきた期間と重なるので「死」というものを直接自分に問いかけることにもなってしまい、手前味噌で重くなりがちな文章をいかにさっぱりしたものにするかで未だに手直し中なのである。

 気まぐれで移ろい易いので、ずっと手直し作業は続きそうで完成は猫の何周忌になるのか定かでない。

 「猫の忌をふと思い出す寒い月」

 
にほんブログ村
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

待ち遠しい開幕

2016-01-29 09:48:04 | スポーツ
 朝刊にJ2の試合日程が出てたし、スカパーニューイヤーカップも始まりそうでサッカーの春一番はそこまで来ている。

 「ロアッソ熊本」も昨シーズンは前半で出遅れたものの、後半はなかなかどうして期待を持たせてくれて盛り上がった。

 
 
 
 今シーズンは監督は交代したし選手もかなり入れ替えがあったので、どんなチームになりどんな戦い方を見せてくれるのかとても楽しみである。

 新たな気持ちで「なんさま」チャレンジして欲しいと思う。

 我が家でも配偶者が応援に参戦することになり、今年からは二人となって応援の戦力を強化した。

 もっともゴール裏で飛び跳ねたりする体力はないので、一般のスタンドの方で応援をさせてもらう。

 女子の「益城ルネサンス熊本FC」も、チャレンジリーグへの再挑戦を目指し、2016年シーズン・スローガン「変動・変革そして進化へ」を期すべく九州リーグで頑張ることになっている。

 こっちの方は身近になった分アウエー戦でもなんとか応援にいけそうだ。

 とにかくシーズンを通じて元気に応援できるようウオーキングにでも精を出して、体力・気力を養っておくとする。

 
にほんブログ村
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

う~んとため息読書あれこれ

2016-01-28 09:08:02 | 本と雑誌
 本を借りるときの選択材料は、ちょっと変わった題名・出来れば短編集、さもなくば中編200ページ前後を基準に選ぶ。

 短編や中編はなかなか個性的で凝ったものが多いが、この2冊もご多分に漏れない。

 
 「四角い卵」サキ(著)井伊順彦・今村楯夫・辻谷実貴子・奈須麻里子・肥留川尚子・渡辺育子(訳)池田俊彦(挿絵)
 2015・10風濤社(刊)

 12の短編が収録されているが、エドワード7世時代のイギリス上流社会を、毒のある風刺を効かせて描いた作品。

 クルーズに一人の悪女を登場させて皆の反感を一身に負わせ、全体の安穏を図る「ミセス・ペンサビーは特例」、原因不明の病によって、生死不明の状態に置かれている主人公が地獄の手前で客人として扱われる「地獄の議会」が特に面白い。

 それに挿絵が強烈に変わっていてちょっと恐ろしいくらい。

 紙質は全ページ厚手の灰色で目は疲れなかった。

 
 「チャイルド・オブ・ゴッド」コーマック・マッカーシー(著)黒原敏行(訳)3013・7早川書房(刊)

 暴力的な性向をもった主人公が、家族も家も失い山中で社会と繋がりの少ない生活を送るうちに凄惨を極める犯罪に手を染めていく。

 凄惨さを端的にズバッと表現する文体だが、読者にとってはそれが救いであって、かろうじて自分を神の目線にまで引き上げてくれ続けるのである。

 人間の怖さをここまで描くかとため息の一冊。

 
にほんブログ村
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

冷食の宅配

2016-01-27 09:25:58 | 日記
 諸般の事情により配偶者が長期にわたって留守をした場合の私の食生活が問題だという話が出た。

 結婚する以前は料理の腕はこっちが上だと思っていたのだがなにしろン十年前のきねづかになってしまった。

 同じ事を毎日2時間以上10年もやると、その道の博士号がとれるそうで、配偶者は主婦博士なのだ。

 そこで、そんな日のために食卓便なるものを注文して試食してみることになった。

 
 (日替わり冷食)

 取り敢えず1週間試食してみようということで、二人で1パックずつ食べることになった。

 まあなんと申しましょうか、とにかく薄味で私的には多少の手直しが必要だなと感じた。

 しかし薄味は手直しが出来るだけましで、濃過ぎよりかは良かろうということになった。

 これに単品の冷食をあと1品加えたら、私の食事バランスの補正ぐらいにはなるだろうという話である。

 今でも毎朝みそ汁を作っているのは私だが、何分にもみそ汁だけなので他のメニューにトライしないかと誘導されるが、ついでに時々は昼・夕もやってみないかなどと言い出しかねないので警戒している。

  特に、男に限ったことでもあるまいが、どうせ一人だからと面倒くさくなって省略・手抜き・偏食は誰でもがやりがちなことなのだ。

 先の話なのだがとにかく気が早くて私に対する慣らし運転をもう始めようとしているのである。

 私の食事を心配する前に、自分の体力・気力を養うべく運動をすることを配偶者には特に要望したいのだが、この誘導にはさっぱり乗ってこない。

 にほんブログ村
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

キーボードの謎

2016-01-26 10:09:12 | 日記
一年前にキーボードの文字が消えていくと書いているが、あれからもずっと定期的に黒色の油性ペンで補修し続けている。

 単純に使用頻度の違いによる損耗だと考えるとあれから一年、他の文字だって消え始めていいはずなのにそれがない。

 相変わらず同じ文字が消えていく。

 普通のマジックでは拙いのだろうと、屋外の園芸用のプラスチック札に名前を書くペンを使用してみたが結果は同じ。

 今も同じように同じ文字を修正しながら使い続けている。 

キーボードの文字が消えていく
 パソコンのキーボードは、ほぼ毎日触っている。 キーにはアルファベット等が表記されているが、その文字が薄れたり剥げたりしかかっている。 マジックでなぞればいいと思いついて、なぞ...


 比較的使う頻度が高いと思われるT・R・G・H・Y・U・J・Lなどが健在というのが分からない。

 ただ中指と薬指で押さえる位置にあるキーが消えるのが早いような気がするので、指の角度や打つ強さが関係しているのだろう。

 ちょっと遠い位置のキーは指の腹で叩くし、近間で真下だと直接爪などが当たっているのかも知れない。

 まあ、どうでもいいことだが、その都度爪切りを思い出すのだから妙な癖がついたものだ。

 「まあいいか一番好きなまみむめも」

 
にほんブログ村
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

雪景色で騒いでみる

2016-01-25 09:29:52 | 日記
 今朝は氷点下6度だったとかで、とにかく寒かった。

 朝飯担当の私としては、寒い朝は立ち上がりの一発にかなりの気合いを込める。

 部屋を暖めながら、マエケン体操で筋肉をほぐす。

 そとは何年ぶりか定かではないが、一面の雪景色である。

 
 (庭の雪)
 まだまだ降り続きそうな感じなのだが、油断すると写す前に溶けてしまうこともあるので途中経過でも撮っておく。

 
 (金柑の葉に乗っかった雪)
 金柑は思いきって剪定してしまったので、葉っぱもまばらであるが、そのまばらな葉っぱに丁寧に雪が乗っていた。

 この後で更に積もったらまた写してやろうと窓から覗くと吹き始めた風に飛ばされてしまっていた。

 大雪で困り果てている地域にとっては馬鹿みたいな話ではあるが、滅多に降らない雪に、どこどこが交通止めになったとか新聞配達のオジサンがバイクで転んだとかいうローカルのニュースについ悪のりして一緒に騒いだりしてみる。

 「信号機赤黄青に積もる白」

 

にほんブログ村
 
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

芸術家としての武蔵

2016-01-24 09:47:19 | おでかけ
 島田美術館は熊本市の西方金峰山系の麓にある。

 武蔵に関するものが数多く常設展示されている。

 
 (島田美術館入り口)
 
 (門の脇で出迎えてくれた黒猫)

 配偶者の目的は着物展で、全国の一品ものが沢山展示してある別棟がお目当て。

 私は人が着ている状態の着物は多少は我慢して見るが、並べられたものはどうも苦手である。

 一人で常設展示されているものを見た。

 

 武蔵関連の資料の常設展示の他、今年の申年に因んだのか鳥獣画のうち猿の絵が多く展示されていた。

 宮本武蔵は晩年の5年間、300石の客分待遇で細川忠利に使えていて、この間「兵法三十五箇条」や「五輪の書」を著したり、書画などの創作をしている。

 生涯六十余度の勝負をして負けたことがなかったという武蔵も凄いが、晩年を熊本で過ごす間の創作品も凄い。

 特に「枯木鳴鵙図」や「芦雁図」は余分なものを削り取った作風で、枯れていながら躍動的という武蔵そのものを見るようで、むしろ晩年の武蔵の方が本当の自分を生きていたのではないかと思った。

 多分武蔵も幸せだったのだろう、死後は城下町の外れで参勤交代に向かう主君を見守りたいという希望に従って、豊後街道沿いに葬られており、今も武蔵塚を訪れる人は絶えない。

 「闇よりも目的を持つ黒が好き」

 
にほんブログ村
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

峠の茶屋を訪ねて

2016-01-23 09:31:12 | おでかけ
 配偶者が行こうと言う島田美術館に行く前に、腹が減っては戦は出来ぬなどと言いながら峠の茶屋に向かった。

 茶屋跡の下に現代版茶屋があって「だご汁」を食べさせてくれる。

 だご汁は当地のC級かE級グルメで、一般的には「団子汁」などと称するが、熊本では「だご汁」が正統。

 昔は各家庭で作っていて、味噌ベースあり醤油ベースあり、小麦粉は千切ったり伸ばしたり、うどん状だったりきしめん状だったり、種々様々。

 この店では、だご汁+タケノコご飯+3~4品の小物が付いて900円弱とお手頃価格で暖まってしまった。

 ちなみに、「お~い」と呼んで小説の如く返事がないかと思ったら、すかさず「いらっしゃいませ何名様ですか?」と言われた。

 
 
 (峠の茶屋の資料館:看板は当時のものとか・・・)

 いやな俗世間を脱して一時の旅に出て非人情の世界に遊ぼうとする画工の物語が、当地を舞台にしたといわれる「草枕」である。

 夏目漱石生誕150年、熊本第五高等学校教授として赴任120年を記念して熊本では各種のイベントが催されている。

 

 都新宿区とは夏目漱石・小泉八雲など同時期に相前後して活躍していた土地ということや、新宿区での「漱石山房記念館」の建設などを通じて今も交流が続いている。

 熊本に由来する作品としては、「草枕」「三四郎」「二百十日」などがあるが、これらは地方紙「熊本日々新聞」で連載され、現在は「吾輩は猫である」が連載中である。

 子供の頃に読み、大人になってもう一度読み、そして連載中の新聞をまた読んでしまう。

 政治は直接人々の生活に影響を与えるが、小説もまた長い間に亘って人の心に影響を与え続ける。

 日常も非日常もバランスが大事なのだろうと思う。

 「だご汁を啜りながらこう考えた。自分一人では生きられず、情けの深入りはお互いの迷惑、意固地は自分まで束縛する。とかく人の世は生き辛い。そんな浮世でも逃げるわけにはいかん。そう悟るまでの道程が人生ってもんだ・・と。」

 な~んて、考えもせずに「だご汁」をすすったが、久し振りで旨かった。

 さてと・・「漱石の猫に浮世を諭される」

 ってとこで、ごちそうさん!

 
にほんブログ村
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

美術館と峠の茶屋

2016-01-22 09:48:47 | おでかけ
 寒~い朝だったが太陽が昇り始め締め切った室内に陽光が射し込み始めるとポカポカしてきた。

 人の気分はこんなにも天候に左右されるものかと思い知らされる。

 
 (陽光)

 早朝は-1度くらいまで下がっていたらしいが、日中の最高気温は10度まで上がりそうだという。

 昨夕配偶者が、明日「島田美術館」に行こうという。

 何でも昔からの着物がずらりと展示されるのだそうである。

 県立や市立の美術館は市内に有るが、郊外のこの美術館は個性があって独特の地位を確立している。 

 寒いし、美術館は金峰山の麓で更に冷え込むのではとちょっと躊躇したが、こちらの無理も聴いて貰うこともあるし、ここは一応と言うか渋々と言うかOKは出しておいた。

 ところが朝から燦々と陽光が射し込むと話は別で、陽気に誘われて美術館も悪くないかと思えてくるから不思議だ。

 ちょっと登って峠の茶屋の、団子汁でも食べてみようかとふと思う。

 そう言えば、漱石の「草枕」よろしく「おい」と声を掛けて店に入ってくるお客も時々いるそうだ。

 「おい」と声を掛けたが返事がない。というのが第2章の冒頭だから返事は期待してはいけないのだろう。

 もし店が開いていたら多分「いらっしゃ~い」なんて言うなきっと。

 なんて事を考え始めたら私的今日のお出かけの目的は、峠の茶屋になってしまった。

 
にほんブログ村
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする