白雲去来

蜷川正大の日々是口実

NHKのキャパの特集が圧巻だった。

2013-02-04 11:51:17 | インポート

二月三日(日)晴れ。

今日も良い天気だ。朝から、機関誌「燃えよ祖国」と「大吼」の編集に追われた。珍しく、子供たちも何の用事もないのか、家にいる。上の子供は、趣味でギターを独学で頑張っている。弾いているエレキギターは、社友の松本佳展君がプレゼントをしてくれた。自分で、「初期のエレキギター」とかいう本を買ってきて練習しているが、最近はいくらかコードを弾けるようになってきた。


下の子供は、私があげたパソコンで、音楽を聴いている。私と愚妻は、それぞれ編集の作業。窓から入ってくる日差しは暖かいし、別段食べるものに困る訳でもなく、家族も健康で、恙ない。不如意が続いていて、それなりに大変だが、収入のアテもなく、まあチョウチン・アンコウのように、口を開けて、目の前に獲物(仕事)が来るのを、辛抱強く待っているだけだ。


下の子供は、ケーキ作りが上手である。暇があると、パイやクッキー、クレープなどを作っている。家にパン焼き器があるのを思い出して、先日、石和の帰りに買った「干しブドウ」を使って、ブドウパンを作らせてみた。出来上がったものを皆で食べたが、これが美味しかった。納戸に仕舞ったまま五年も六年もたっていて忘れていた物が、子供のせいで復活した。説明書を見ると「ジャム」も出来るとのことなので、挑戦させてみようと思っている。


現在、みなとみらいにある横浜美術館で、「ロバート・キャパ/ゲルダ・タロー二人の写真家」展が開催されている。実は、「キャパ」と言う名は、架空のもので、恋人のゲルダが、二人の写真を売り出すために考えた名前だそうだ。また、ゲルダ・タローの「タロー」は、岡本太郎に由来していると、岡本の本で読んだことがある。キャパと言えば代表的なのが、スペイン内戦の際に撮った「崩れ落ちる兵士」だろう。しかし、この写真には、前から様々な評価があって、実際は、頭を撃たれたのではなく、演習で足を滑らして転んだ、という説が有力となっている。更に、これを撮ったのは、キャパではなく、ゲルダではないかとも言われている。


九時から、NHKにて、キャパに関する著作のある沢木耕太郎氏の解説による特番があったが、これが圧巻だった。また「週刊新潮」の一月三十一日号のグラビアにおいても、キャパの生誕百年を記念して「二人のロバート・キャパ」の特集を行っている。暇を見つけて横浜美術館に行ってみようと思っている。


夜は、録画しておいた「琵琶湖毎日マラソン」や「八重の桜」など見ながら、酒。肴は、めざしと湯豆腐に玉ねぎサラダとヘルシーなものにした。

Photo※横浜美術館の案内パンフ。

2_2※パンフの中。


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明治は遠くになりにけり。か。

2013-02-04 11:10:36 | インポート

二月二日(土)晴れ。

 

良い天気だ。横浜は二十度まで気温が上がった。この時期の暖かさは、何となく嬉しいものだ。家族が揃って朝食。メニューは朝粥。我が家のお粥は、中華風だ。お米に鳥のももを入れて、お米の八倍から十倍のお水を入れて炊く。炊き上がったら、少し、蒸らすのがコツだ。そうすると、お米が水分を吸って、より柔らかくなる。

 

私が漬けた白菜のおしんこに、頂き物の塩鮭。朝日の中で家族揃って朝食をとる。こんな当たり前のことが、幸せに感じてしまうほど、小市民的な生活に甘んじている。まあ家族が恙なく暮らしているだけで、良しとしなければ。

 

先日、女性の「箸の持ち方が気になる」と書いたが、読了した「孤愁」に、こういう一文がある。「見事ですね、日本女性は。箸の持ち方、使い方、置き方、そして箸を伸ばす時にそれとなくたもとを押さえる仕草、どこか含羞の色を浮かべた眼差し、すべてが優雅です。芸術です。本質的問題は、文明とは程遠いアフリカやアジアの果ての果てに、どうしてこの日本という宝石のような国が存在するのかということです。その自然の佇まい、鮮烈な季節の変化、精緻(せいち・非常に細かい所まで注意が行き届き、よく整っていること)玲瓏(れいろう・美しく澄みきっているいるようす)な芸術、とりわけ日本女性は宝石中の宝石です」。

 

嗚呼、明治は遠くになりにけり・・・。か。夜は、暇なので、愚妻とレンタルしてきた「天地明察」という映画を見た。「おくりびと」で第八十一回アカデミー賞外国語映画賞を受賞した滝田洋二郎監督が、冲方丁原作の時代小説を映画化したもの。江戸時代前期、八百年もの間国内で使用されてきた中国の暦のズレを正し、日本独自の暦作りに専念した実在の人物安井算哲の半生を描いたものだが、これが中々良かった。最近は、こういったほっとする映画が少なくなった。

 


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他山の石。

2013-02-04 09:59:14 | インポート

二月一日(金)晴れ。

 もう二月か・・・。もう春か・・・。もう桜か・・・。などと言っているうちにアッと言う間に月日が過ぎて行く。考えてみれば、いや考えなくとも、もう六十二歳だ。三十代、いや四十代の頃ならば、自分の六十代のことなど、まったく想像もつかなかった。今も、六十過ぎの「爺さん」などという意識は全くない。もちろん「若い」などと思っているのは、本人だけで、周りから見れば十分に「ジジイ」である。歯、目、マ〇に加えて頭まで薄くなり、エレベーターに乗った時など、室内カメラに映った自分の頭を見て愕然とするが、いかんともしがたい。


ニュースでは、オリンピックで金メダルを取った柔道の選手が、大学の柔道の合宿で、泥酔した教え子を暴行したとかで、懲役五年の判決を受けたとか。逮捕された時から、「合意」「無罪」を主張していたらしいが、往生際の悪い奴だ。例え、教え子とのことが「合意」のことであったとしても、未成年者に酒を飲ませて、そういった行為をすること自体、犯罪である。という自覚がこいつにはない。加えて、性行為をしたのは、裁判沙汰になっている女性だけではなく、他の教え子とも複数、不適切な関係を続けていたことが、裁判の過程で明らかになった。


何のためのコーチなのか。自分の趣味のために女子のコーチをしていると思われても仕方がないだろう。このことだけでも、懲役五年は安すぎる。「合意」があろうが無かろうが、そういったことをしてはいけない。という最低の倫理観の無い人間に、人を指導することが許されるのだろうか。講道館に、こいつの銅像を建てて、他山の石とし、将来指導者を目指す者たちの反省材料とした方が、余程稽古に身が入ると思うのだが。


二月に入ったからと言って、別段何が変わる訳でもなく、浪人の身としては、時の過ぎるのに身を任せて、夜になれば、ただ酔うだけだ。


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