房総からの帰り、途中大多喜を過ぎるあたりの新緑の見事さにうっとりとしながらドライブをしてきました。
写真を撮りたかったけど、なにせ両手はハンドルとギアに取られていますので、カメラがもてない。仕方なしに運転は手に任せて、目は新緑を愛でながら帰ってきました。
途中、木更津金田の料金所の手前でえらい混雑に巻き込まれてしまいました。
確か要人の来日があるとかどこかでみたことがあるな~と思いながらやっと海ほたるへ。
まさかこの飛行機が要人の乗った飛行機ではないですよね。

でも気持は、渋滞よりも、目の前に広がる夕焼けが気になって仕方ありませんでした。

今までも素晴らしい夕焼けを見ながら、車を止められる海ほたるについたときにはもうピークが終わってしまっているということが何度もありましたのでね。
今日はなんとか間に合いました。
今日はまだ雨が残り、昼からは来客がということで、家でのんびりとしておりましたら、もう一組来客がありました。
それがこちら、番で来たようですけど、写真に撮れたのはこの子だけでした。
何度か訪ねてくれました。用があるのかなと、こちらが窓を開けて顔を出すと、恥かしがって隠れてしまいます。田舎の子供たちはすれてないのです。
何度かアップしている釣師海岸。雨の後だけに現れるという幻の滝もアップしていますよね。
これは昨日の様子。まだ雨が降っていました。
途中の道も水が流れ、滑りやすい、結構危ない状態でした。
ほんとうはもう少し滝そばに行きたかったのですけど、とにかく波が凄く、崖と波打ち際の間が殆どないのですね。諦めました。
それにもう少しスローのシャッターを切りたかったのですけど、ISOを200に設定しても1/20以下では切れませんでした。ちなみにこのときの絞りはf22。
先日から篩って、晒した灰。もういいかげん水を替えて晒すのも飽きてきましたよ。
水気を切ってあげましょう。灰の水揚げ、、、よろしいんじゃありません?
トップの写真でお分かりかな?
巨大な茶色の外郎が出来上がりました。美味しそう。
これはあと、れいの100均の草刈でこねこねして、もうちょいと水分を飛ばしてあげて、お寝んねさせましょう。
ゆりかご、銘 「飼葉桶」も用意できました。

最初の車洗いのポリバケツには第二段の灰が今、篩いにかけられて移されようとしております。これは去年の「灰を篩う」でご披露した、まだ初ういしい、生灰。でも手元のを篩ったらだいぶ少なくなりました。
仕方がないので、火鉢の灰をこちらに入れることにしました。尉も底も殆ど取らないで使いっきりの火鉢ですから、これでも篩ってしまうと足りなくなるかな。
上の火鉢と、去年の灰なら、どうせ生灰同士だから、仲間割れはしないでしょうけど。
下にある火鉢も使いましょうか。
でもあちらは少し使いまわされているのです。酸いも甘いも充分に判る、おしとやかに育ったもの、これに混ぜるにはちょっともったいない。
でも火鉢の灰、、、
初うい過ぎるっていうのでしょうかね~
篩ってあげたら、喜んで舞い上がってしまって、、、、
灰神楽の三太郎になってしまいました。
ゴホゴホ。。。
最初に水に晒してから篩えばよかったけど、後の祭り。お神楽はもう終りました。
ずいぶんと久しぶりにゴイサギに出会いました。
真昼間でしたけど、ちょっと薄暗い林の中の木の枝に止まって池の水面をじっと見ていました。
ゴイサギは英語のnight heronが表すように本来は夜行性ですけど、結構昼も動いています。
以前、岬で撮ったものも昼の時間帯でした。
以前にも書きましたけど、ゴイサギの名前は
醍醐天皇が一羽の鷺を見つけ、鷺を捕獲するよう命じたのですけど、なかなか捕まらなかった。一人が「勅命なるぞ」と叫ぶと、鷺は羽根をたたんで畏まったというのです。天皇はこの鷺を「従五位」に叙したのだそうです。
天皇へ拝謁できるのは五位から。どこかの猫も五位を貰ったのがおりましたっけ?
ゴイサギの若鳥をホシゴイと呼びますが、これも幼鳥のゴイサギは茶色に白の斑点があり、星の五位の意味ですね。
二輪草の 一輪すこし おくれけり
岡林英子
東京の植物園ではニリンソウが咲いたというと結構大騒ぎでカメラマンがずらっとカメラを並べるようなことがあるのですけど、ところかわれば、、、
いすみ市岬町、、、こちらではありふれた雑草です。
岬に生まれた子達は脚光を浴びるチャンスがなくて可哀相。
家の近くで群落を見つけました。
注意してみたら、あちらにも、こちらにも、、
でも、ちょっと半日陰のような場所、特に今日などの春の雨の日、ニリンソウの真っ白な花は緑に映えてとても綺麗。

(でもすぐ傍には木苺の花、こちらにも同じセリフを伝えましょう。ボクちゃん多情多恨だからして、、、)
ところで、これはカジイチゴ?

図鑑などでみると二輪が一緒に咲いているの写真が多いですけど、群落を見ていると、二輪ともに咲いているのはむしろ少数派。一輪は遅れて咲いているのがおおいですね。でも寄り添って咲いているのはとても可愛い、、、
こちらは完全な付録;
オドリコソウ
いつもヒメオドリコソウやホトケノザをアップしていますけど、ご本家をアップしていなかったですよね。
華やかなっていうより、むしろしっとりとしてなんだか伊豆の踊り子ではない、岬の踊り子のような、、、どうみても浅草の踊り子ではないですよね。

岡林英子
東京の植物園ではニリンソウが咲いたというと結構大騒ぎでカメラマンがずらっとカメラを並べるようなことがあるのですけど、ところかわれば、、、
いすみ市岬町、、、こちらではありふれた雑草です。
岬に生まれた子達は脚光を浴びるチャンスがなくて可哀相。
家の近くで群落を見つけました。
注意してみたら、あちらにも、こちらにも、、
でも、ちょっと半日陰のような場所、特に今日などの春の雨の日、ニリンソウの真っ白な花は緑に映えてとても綺麗。

(でもすぐ傍には木苺の花、こちらにも同じセリフを伝えましょう。ボクちゃん多情多恨だからして、、、)
ところで、これはカジイチゴ?

図鑑などでみると二輪が一緒に咲いているの写真が多いですけど、群落を見ていると、二輪ともに咲いているのはむしろ少数派。一輪は遅れて咲いているのがおおいですね。でも寄り添って咲いているのはとても可愛い、、、
こちらは完全な付録;
オドリコソウ
いつもヒメオドリコソウやホトケノザをアップしていますけど、ご本家をアップしていなかったですよね。
華やかなっていうより、むしろしっとりとしてなんだか伊豆の踊り子ではない、岬の踊り子のような、、、どうみても浅草の踊り子ではないですよね。

故郷やどちらを見ても山笑う
子規
本来はもうちょっと早い時期の季語なのでしょうか。
でも、何気ない山の風景がとても生気に溢れ、軽やか。
今日は雨の日でしたけど、それでも山は笑ってくれました。
山笑うは
春山淡治而如笑
郭熙
(春山は淡治にして笑うが如く)
から来た言葉ですが、ほんとうに新芽から花の時期の山の華やかな移り変わりをいい得て妙という感じがしますね。
子規
本来はもうちょっと早い時期の季語なのでしょうか。
でも、何気ない山の風景がとても生気に溢れ、軽やか。
今日は雨の日でしたけど、それでも山は笑ってくれました。
山笑うは
春山淡治而如笑
郭熙
(春山は淡治にして笑うが如く)
から来た言葉ですが、ほんとうに新芽から花の時期の山の華やかな移り変わりをいい得て妙という感じがしますね。