何十年も久しぶりに訪ねた綱町三井倶楽部は、今年の6月中旬頃、多くの、濃く、豊かな緑に囲まれていた(6月12日のブログ投稿)。そして早くも12月も過ぎて、盛りに燃えた銀杏の美しい黄色が輝いていた。深緑と真黄が、迎賓館の白亜がマッチしていた。
日本庭園に目を転じると、森の木々もまだ紅色を保っていた。
何十年も久しぶりに訪ねた綱町三井倶楽部は、今年の6月中旬頃、多くの、濃く、豊かな緑に囲まれていた(6月12日のブログ投稿)。そして早くも12月も過ぎて、盛りに燃えた銀杏の美しい黄色が輝いていた。深緑と真黄が、迎賓館の白亜がマッチしていた。
日本庭園に目を転じると、森の木々もまだ紅色を保っていた。
単語と文章について、かなり差があることを書いてきたが、その文章の中について分析すると、その理解について、3点の差が分ってきた。
第一点は「言葉に聞く力」。その一番弱点こそが課題であるが。第二点は、「言葉(文章)を書く力」がかなり理解力を持ち、第三点では「文章を読む力」として、相応な力を持っていると判断されている。
3点につき採点すると、「①聞く力30点+②書く力70点+③読む力80点=180点÷3=60点」となり、総合点では合格(60点)となった。
もっとも致命的なことは、「聞く力」が失われており、何度も大声で聴いて、やっと理解することが多い。中には、ドラマなど聞き取れないなど、場合によっては「聞く力」など10点も取れず、総合的な合格点など有もしな。
言葉のリハビリを学ぶ中で、私が、まず最初に単語、漢字、ひらがた、カタカナを学んできた。単語については、先ず目で読める、聞ける、書けることが出来た。ほとんど90%ぐらいできた。
単語に比して、文章については悩んだ。ひとこと単語で言われると、ほとんど分からず、長く喋られるとさっぱり分からない。特にテレビの解説者やドラマを演じているとほとんど理解ができない。私の文章力は、約50%と言われている。私の膨大な文章、つまり出版物や記録書の多くは「消失」している。
もちろん、その「消失」と「リハビリ」の闘いこそが命であるが……
脳梗塞の中心部を病んだものは失語症、つまり言葉の消失を苦しんできましたが、私の現れかたは全く違っていました。
私の対人的な相手に対する言葉を、相手はよく理解してくれた。反対に、私に対する相手の言葉(対人的言葉も、テレビ上の解説者やドラマ主演者などの言葉)は、ほとんど全部、私にとって理解できなかった。
私の言葉は、相手に約90~95%理解されたが、相手の言葉は、私にとって約90~95%理解できなかった。最も難しい問題の一つです。
広島のSさんから、殻つき生カキやむき身カキなど、たっぷりと送ってくれた。美味しい! 栄養大満足! 言葉など不要…特に失語症の人間だが。
殻つき生カキ(6日)
カキのクリームパスタ(6日)
カキのソテー(7日)…二日に食べました
去る7月1日に「発熱コロナ+脳梗塞」を病み、中でも脳梗塞の「失語症」(言葉の消失)に長く苦しむことになった。幸いにも、2ヶ月の入院(久我山病院と浴風会病院に各月)と3ヶ月外来(久我山)に及ぶ「言葉・体育のリハビリと治療」により厳しい指導を受けて、「言葉の改善、意思疎通の向上」を学んできた。
残念ながら言葉の一端を今までも失っているが、辛うじて言葉を結び合わせて、ようやくブログを書いたのであるが……。(ゴメンナサイ。書いたまま)
久しぶりに綱町三井倶楽部を訪れた。昔は三井銀行OB会がここで開かれていたので、毎年訪れていたがそれも絶えて久しく、その後何度か訪ねたが、今回の訪問は何十年ぶりとなる。
この建物は、1913(大正2)年に三井家の迎賓館として造られた。設計者は著名な英国人ジョサイア・コンドル。彼は日本を愛し、鹿鳴館やニコライ聖堂などを手掛けてきたが、この三井家迎賓館は、彼晩年の作で集大成ともいえる傑作。
現在の港区三田2丁目に、総面積約一万坪を擁し、うち建坪約4千坪に迎賓館とそれに対応する西洋庭園が築かれ、続く南斜面約6千坪に日本庭園が造られた。
建物は英国人らしくヴィクトリアンスタイルを基調にするが、随所にビザンチン様式やゴチック様式が施され、繊細にして豪華な内面に仕上げられている。廊下に掛けられた古い西洋画は、幾多の画商が「値付け不能」と極限の評価を下したとされており、また窓際に何気なく飾られたマイセンの装飾品などに、三井家の資力を垣間見る。
日本庭園は、周囲の高層ビルをも隠す高く豊かな緑に覆われ、池を巡る小道は敷石や太鼓橋につながれ、また随所に、きれいに剪定された跡が残され、行き届いた管理の跡が示されている。
このような豊かな空間と静寂が、都心のど真ん中に残されていること自体が驚異であり、それらを、大震災や第二次大戦を通じ110年にわたって維持してきた三井資本に、敬意を表するばかりである
昨日は、台風2号の影響を受けて東京も朝から雨、午後になると風も強まってきたが、予て予約済みの女房の兄弟一家(3家族5人)の昼食会を強行した。女房兄弟も残るは3兄弟だけとなり高齢化、題して「平均年齢90歳の食事会」と相成った。正確には、長兄91歳、次兄89歳、私が88歳、長兄夫人87歳、女房83歳で歳で、平均すると88歳であるが、まあ、丸めて90歳としても大差あるまい。
ファミレス「さと」に着くと個室に案内されたが、飲食物の申し込みは全て机上に備え付けられたパソコンでやれと言う。誰も操作できないのでウェイトレスを呼んでやってもらう。かなり時間をかけて申し込みを終了したが、しばらくして運び込まれた五つのお膳の、どれが自分の頼んだ品かが分らない。それぞれ「これが俺のだろう」ということで落ち着いたが、正確かどうかは定かでない。これもまあ、平均年齢と同じで、大方の所でいいのだろう。みんな満足に食事を終えた。
話し合った主なことは、自分たちの身を見守ってもらうことを子供たちにどう頼むか、ひいては財産をどう引き継ぐかまど、かなり切実な問題…。
まあしかし、「大変楽しかった」ということで会は終わった。
いやあ~、めでたし、メデタシ……
このところ腰痛に悩まされ、体調はパッとしない。併せて雨の季節の到来で天候もパッとしない。加えて北朝鮮の弾道ミサイル実験(失敗に終わった模様)で、薄暗い空からは何が落ちてくるかわかりはしない。
反面、テレビを流れる五月のスポーツ界は、私にとっては心地よいものが多かった。
大相撲夏場所では、ひいき筋の若手王鵬が、11勝を挙げて来場所以降の上位戦進出に夢をつなぎ、待ち望んだ照ノ富士が14勝1敗で8度目の優勝を刻んだ。
わが広島カープは、戦力の薄さを補いながら辛うじて貯金を残し3位を守り、鯉の季節の面目を保った。昨日から苦手の交流戦に入り(昨年最下位)、早速オリックスに負けて、6月以降の転落が危ぶまれるが…。
海の向こうでは、サムライ・ジャパンの面々が活躍中。大谷、吉田、ムートバー、それに鈴木誠也も6号ホーマーと気を吐いている。大谷に、「3割30ホ-マー30盗塁」と、「15勝以上、防御率2割台、サイヤング賞」の2刀流を期待するのは、甘いのだろうか?
とてつもなく明るいニュースを期待するこのころである。
次男の潤は、昔からバーベキューが好きだった。友人との二子玉川バーベキューなどに、よく誘われたものだ。
わが家の使い勝手の悪い三階屋上ベランダ(北向き)でも、彼の取り組みでたびたび“屋上バーベキュー”を催した。そしてついに、潤は家を新築する際に、念願の、バーベキューに理想的な屋上を構えたのだ。永福町の住宅地は高い建物もなく、三階屋上南向きのベランダは、明るく広々として展望も良い。テントやバーベキューセットも本格的だ。
一昨日(5月4日)、今年も楽しい“屋上バーベキュー”に招待された。大型連休にどこにも出かけない年寄りにとっては、最高のプレゼントだった。