三番目の弟が、ふるさと臼杵の実家を守ってくれている。彼は小中学校の先生をやりながら絵を描き続けてきた。先生の方は校長まで勤め上げて定年退職したが、絵の方は定年がないので、未だ大いに描き続けているらしい。
その余裕の所為か、このたび県美展の「美術協会賞」を受賞した知らせがあった。これまでも県展などでは何度か入賞していたが、今回の賞はかねてより欲しかった賞のようで、大変な喜びを伝えてきた。
その言によれば、「大江健三郎先生を臼杵にお招きして講演会を成功させた“満塁ホームラン”とまでは行かなくても、ソロホーマーには値する」ということだ。彼は「憲法9条の会うすき」を主宰しており、今夏、大江先生を臼杵に招き講演会を開き「大成功!」と喜んでいたのであるが、それに準ずる喜びのようだ。
画題は「くもりガラス――ある朝――」で、「わが家の猫“イツク”と子どもが出会ったある朝の一瞬を、くもりガラス越しに描いたもの」らしい。画家(えかき)などという者は、ずいぶん気取ったテーマを臆面もなく描くものだ、とも思ったが、選者からは高く評価されたようで、「斬新さがある」、「豊かな発想で、若い人の作品に思えた」(彼は68歳)、「あたたかみを感じた」などと評された新聞記事などを送ってきた。結構なことである。
彼は、絵においてはプロと言えるのであろう。これまでに何回も個展を開きそれなりに売れてきたし、昨年は地元紙大分合同新聞の文学紹介欄に、週一回だが半年にわたり挿絵を描いてきたりした。私の酒などは、本を3冊出版したり、ときどき講演に呼ばれたりはするが、どう見ても趣味の領域を出ていない。
昨夜お祝いの電話をかけて話していると、突如、「兄貴、ちょっと尿意を催してきたので、受話器をおかずにそのまま待っててくれ」と言って電話を離れた。けしからん奴だ! と思いながら私はそのまま待った。普通なら「架けなおすから、一度切って待っててくれ」と言うところだろう。長距離電話でもあるし。
これはプロの領域にいる芸術家の風格なのか、それともニセ芸術家の横着なのか?
ただ私は、その1~2分の間、受話器を通して聞こえてくる「厠(かわや)に向かい遠ざかる廊下の足音」に故郷の響きを聞き、彼の放尿している姿を思うことで懐かしい旧家の佇(たたず)まいを偲ぶことが出来たのであるが・・・。
あの1~2分は、プロたる彼が創出した芸術であったのだろうか?