八月、娘が主宰するオペラ創作集団「ミャゴラトーリ」が、「親子で見る初めてのオペラ」というテーマで、ドニゼッティの『愛の妙薬』を公演した。イタリア語で演じられるオペラを、子供はもちろん初めて見る親たちにも分かってもらうために、アリアやメロディ部分は美しさを損なわないためイタリア語とするが、会話の部分や物語のつなぎを日本語として工夫した。各公演で親子40組を無料招待した公演は、子供を含めた聴衆に理解されて成功したと思われる。
この物語は……、純朴な青年ネモリーノが村の娘アディーナに思いを寄せる。一向に心を開かないアディーナノに悶々とするネモリーノの前に、いかさま薬売りが現れ「この薬を飲めば、お前の思う人がお前を好きになる」とただのワインを売り込む。ありったけの金をはたきそのワインを飲み、まだ心を開かないアディーナのために、彼はついに軍隊に入りその入隊金をつぎ込んでまで飲み続ける。それを聞いたアディーナは、ネモリーノの純朴さにひかれて心を開き、彼の胸に飛び込む…というもの。
公演ではニセ薬売りが、「これぞ、私の薬が効いたのだ」とふれこみ、舞台から客席に降りて最前列に並ぶ子供たちに薬と称してアメ玉を配る。子供たちは怪しみながらもそのアメを大事に持ち帰ったようだ。
娘はピアノ教室もやっており、当然ながらその生徒たちも多数この公演を見に来てくれた。公演が終わった数日後、その生徒の一人(小学校2年生の少女)がレッスンに来て、部屋に入るや否や娘につぶやいたという。
「先生…あの薬売りのアメ…食べたけど効かなかった…」
この話を聞いて私は、子供って何て可愛いんだろうって思った。後のアンケートで分かったことだが、子供たちはほとんど物語の内容を理解していた。「あの薬屋は悪い人だ」とか、「ネモリーノはいい人だから、きっといい人が見つかると思った」などの感想が書かれてあり、子供たちは物語の全貌を見抜いていた。ネモリーノの飲むワインがニセモノであることはみんな知っていた。アディーナが最後に心を開くのは、ワインの所為ではなくてネモリーノの誠実さによるものだということも理解した。それがイタリア語で語られたにも関わらず…。
しかし、「ひょっとしたら、この薬は効くのではないか?」とも思ったのだ。二人の結ばれるシーンはそれほど美しく、すばらしい音楽に彩られていたから。
少女は、何を願ってあのアメ玉を食べたのだろうか?……