旅のプラズマ

これまで歩いてきた各地の、思い出深き街、懐かしき人々、心に残る言葉を書き綴る。その地の酒と食と人情に触れながら…。

酒造界の新しい息吹 … 秋田の若手蔵元による「NEXT FIVE」

2012-01-30 10:25:32 | 

 

 前回、大震災被災地の東北3蔵の槌音高い復興の息吹を書いたが、同じく東北の日本海側の秋田でも新しい動きがある。五城目町の「福禄寿酒造(代表銘柄「一白水成」)、三郷町の栗林酒造店(同「春霞」)、秋田市の秋田醸造(同「ゆきの美人」)八峰町八森の山本合名(同「白瀑」)、秋田市の新政酒造(同「新政」)の若手蔵元5人が、「NEXT FIVE」という共同製造グループを立ち上げた。
 
その趣意書には「NEXT 5とは?」として次のように書かれている。
 「おいしい日本酒を造り、広めるために、秋田の若手蔵元が立ち上げたグル-プです。蔵元自身が杜氏あるいは技術者として実際に酒造りをしているのが特徴です。フレッシュでフルーティな味わいの『新世代の日本酒』を醸しています」

 秋田は人に知られた米どころ、しかも「秋田酒こまち」など多くの酒米も開発され、また、白神山地系や鳥海山系など豊かで豊富な水に恵まれている。昔から酒どころとして名を馳せたゆえんである。それだけの名酒を生み続け、国の認定酵母である「協会6号酵母」は,メンバーの一社である新政酒造の酵母である。

 とかく閉鎖的で、孤立経営が守られてきた酒造界で、お互いに研究し合い、特色を出し合い、切磋琢磨して「新しい日本酒」を創り出そうという気概に、まさに新しい息吹を感じる。先日発売したEMOTION2011」を飲んだが、豊潤な米の味を出しながら趣意書にある「フレッシュでフルーティな味」を併せ持つ立派な酒であった。

 齢こそ若いがこの5人は、渡邊康衛は福禄寿16代、栗林直章は春霞7代、小林忠彦はゆきの美人3代、山本友文は白瀑6代、佐藤祐輔は新政8代、と十分な歴史を背負っている。

 はたしてこの若手が、「古嚢に新酒を盛る」ことができるだろうか

      


酒造界の新しい息吹 … 大震災による全壊から立ち上がる蔵

2012-01-28 13:32:58 | 

 

 昨年3月11日の東日本大震災は、東北の酒造界にも多大な被害を残した。多くの蔵が津波にのまれ流出し、また倒壊や浸水で、手塩にかけて育てた酒を失った。中でも蔵から倉庫に至るまで全建物を失った蔵は、再起不能ではないかと思われたが、その中のいくつかが、地元や全国支援者の支援に励まされて再建に取り組み、この冬から仕込みを始めている。
 
 陸前高田市の酔仙酒造は、酒蔵はじめ倉庫、事務所などすべての建物を流され、従業員7人が犠牲になった。しかし、同業者や地元の人々の励まし、協力の中で、その悲しみを越えて立ち上がった。同業者岩手銘醸株式会社の協力を得て、一関市にある醸造施設を借りて、早くも昨年10月看板商品「雪っこ」の仕込みを始めた。岩手県大槌町で代表銘柄「浜娘」を造ってきた赤武酒造も、内陸の盛岡市に蔵を移転して酒造りを再開した。
 一方、宮古市の菱屋酒造店(代表銘柄「千両男山」)は、津波で全壊した宮古湾近くのその地に蔵を再建、8月に着工して11月には完成して12月から仕込みを始めた。(フルネット社「Jizake Topics」137号) 何ともたくましい話である。

 これら再建の裏には、多くのメディアなどが伝えているように、地元の人々の熱烈な要望があり、全国の多くの人々の支援があり、また同業者の惜しみない協力があったのだ。いくつかの例外はあったが、従来の酒造界はとかく閉鎖的で、同業者も含めて共同協力関係の薄い社会であったように思えた。近時様々な場面で開放的、共同研究的動きがみられ、喜ばしい現象と思っていたが、この震災は、不幸ではあったが、一挙にそのような雰囲気を作り出していこうとしているのではないか?
 菱屋酒造店の辻村勝俊杜氏は酒造再開に当たり 「お客さんが喜んでくれる酒をもう1回造ってみせるよ」と言っていると報じられているし(前掲「Jizake Topics」)、酔仙酒造の金野靖彦社長は 「多くの方に応援してもらってここまできました。心を込めてお酒を仕込んでいます」言っている。(2011.10.14毎日新聞)
 この酒だけは飲みたいと思っているし、酒造界の新しい動きに期待している。


顕著になった「絶対的貧困化」現象④…生きていたマルクス

2012-01-25 14:23:31 | 政治経済

 

 既に4年以上前になるが、2007年11月24日、このブログに「マルクスは遠くなりにけり」という稿を投じた。その年の9月24日にロンドンを訪れ、大英博物館を訪ねたときの感慨を綴ったものだ。
 カール・マルクスは1849年ドイツからロンドンに移り住み、以降30年間大英博物館に通い詰めて、その豊富な資料を駆使しながら『資本論』を書き続けた。彼は雨の日も風の日も、9時の開館と同時に博物館図書室の「G―7」という席に着き、閉館の午後5時まで資料を調べつくし、メモった資料を自宅に持ち帰り深夜まで分析して文章にまとめ上げる毎日であったといわれている。あるとき早朝に訪れた入館者の一人が「G―7」の席へ座ろうとすると、あわてて飛んできた図書館員が、「そこはマルクス博士の席です。博士はもうすぐ参りますのでその席は空けておいてください」と告げたという話は有名である。
 私は初めてロンドンを訪ねるにあたって、ぜひとも大英博物館に行って、マルクスの「G―7」席だけは見たいと計画していたのであった。ところが時を同じくして中国の「兵馬俑展」がその図書室で行われており、見ることができなかった。いくら兵馬俑といえども、その合間に席だけでも見ることはできないかと館員に問うたが、「すべて兵馬俑に覆われダメだ」と一蹴された。実はその後、マルクスの住居跡で現在はレストランとなっている「クオ・ヴァディス」を訪ね、ドイツの友人宅(フランクフルト)に帰ったのち、マルクスの生地トリアーも訪れる計画があったが、この兵馬俑に出ばなをくじかれ、すべての計画を流したのであった。
 そのいきさつを書いたのが前掲「マルクスは遠くなりにけり」であったが、その背景に、ソ連崩壊後「資本主義の永遠の勝利」などが叫ばれ、『資本論』などマルクスの著書も書店から消えていく様相があったことも確かであった。ところがドッコイ! 前世紀末から21世紀にかけて資本主義の根幹を揺るがす事件が相次ぎ、前3回で示したように、先進資本主義国にマルクスが指摘してきた様な深刻な事態が進展しつつある。資本主義の中枢にいる人たちまで、「今の現状の本質を知りたいならマルクスを読め」とまで言い出した。
 マルクスは生きていたのだ。大英博物館は、中国に兵馬俑展を許可してもよかったが、「G―7の席はマルクス博士の席だから、そこだけには兵馬俑を飾らないように」と言うべきだったのではないか。


顕著になった「絶対的貧困化」現象③

2012-01-24 21:05:09 | 政治経済

 

 国公労連(日本国家公務員労働組合連合会)などは大企業の内部留保のほんの一部を使えば、大幅賃上げも大幅雇用増も可能だと指摘する。例えば、「それぞれの企業が内部留保のわずか1%を活用するだけで、主要136社中82社で1000人以上の雇用(年収300万円、1年間)が可能」、また「主要117社で内部留保の3%未満の取崩しで、正規従業員に月1万円以上の賃上げが可能」など。
 毎年取崩しても1%なら100年、3%でも30年大丈夫だし、その間も積み上げていくのであろうから、先行きより当面の経済浮揚を考えるのが指導層の役割ではないのか?
 中小企業は大半が赤字で、賃上げなど無理に見える。しかしここでも大幅賃上げを実施し、その分を価格に転嫁する。価格が上っても事前の賃上げで購買力をつけておけば必ず物は売れる。もちろん一社だけでやればその会社は潰れるので、全企業でやらねばならない。さすれば、大幅賃上げと相応の価格上昇を全体で平等に負担する。
 価格を上げれば、それでなくても円高で輸出が困難なのに一層売れなくなるという議論があろう。しかしこれも、現下の世界不況克服のために世界全体(とりあえず先進資本主義国)で取組む課題だ。各国大企業は膨大な内部留保の一部を取崩し、中小企業は賃上げ分を価格に転嫁する。すべての国がやれば、わが国の物だけが高くなることはない。
 それがやれる条件はあるか? 近時のニュースを見ると、貧困と格差を訴えているのは日本の労働者だけではない。ニューヨークのウォール街で、ロンドンのシティで、何万、何十万という労働者や市民が集会をやりデモを行っている。日本の労働者は、まさにこの欧米労働者と結び合うべきだろう。まさに「万国の労働者、団結せよ!」でる。
 そしてこのスローガンこそ、カールマ・ルクスが150年も前に『共産党宣言』の結びに掲げた言葉である。マルクスは、今に生きているのである。


顕著になった「絶対的貧困化」現象②

2012-01-23 21:09:02 | 政治経済

 

 この10年間で大企業は90兆円の内部留保を積み上げ、反面民間企業労働者の平均賃金は50万円低下した……。これはちょっと大企業さんひどすぎるんじゃないの、と言いたくなる。企業に儲けるなとは言わない。しかし労働者の取り分をこれほどまでに減らして儲けを積み上げるとは強欲が過ぎるんじゃないですか?
 俺たちはどんどん豊かになる、しかしお前たちはどんどん貧乏になっていきなさい…と言ったんでは世の中は治まるまい。第一、民間労働者がどんどん貧乏になったんでは、資本家の皆さんがいくら物を作っても買う人がいなくなるだろう。どんどん給料が減っていって誰が物を買うんですか? 不況が続くのは当然で、大企業自ら首を絞めているようなものではないか。それも分からくなったほど大企業は欲に目がくらんできたのだろうか?

 戦後の経済復興期から高度成長時代は、企業も儲かったが労働者の平均給与も上がった。企業の儲けが先行したので労働者は不満をぶっつけ毎年春闘を闘った。それに対する資本とそのイデオローグ(いわゆる御用学者たち)は、「労働者よ。君たちは相対的には貧困感があるかもしれないが、絶対的に貧しくなっているわけではない。マルクスの言う絶対的貧困化論は間違っている。そのようなイデオロギーにとらわれず、一生懸命働いて少しでも(つまり資本家層とまではいかなくとも)相応の賃金を獲得して生活の向上を図りなさい」ということであった。
 この思想攻撃に懐柔され、総中流化した生活に満足し、組合の強化を怠っていたところ、アッという間にものを言う組合はなくなり、それにつれて不正規労働者の進出などを許して来ていたらたら、アッという間に絶対的貧困化の道を進むことになった…。
 しかし、前述したように、これでは世の中は治まるまい。(つづく)


顕著になった「絶対的貧困化」現象

2012-01-22 22:37:48 | 政治経済

 

 全労連と労働運動総合研究所の調べによると、過去10年間で大企業の内部留保は90兆円増加したが、民間企業労働者の平均賃金は同期間で約50万円減少しているという。つまり2000年の大企業内部留保は172兆円であったが2010年は266兆円と94兆円増、反面民間企業労働者の平均賃金は2000年の461万円から2010年には412万円と49万円減少している。内部留保の数字は『国民春闘白書』により、労働者の平均賃金は国税庁の『民間給与実態統計調査』によるようであるので、確かな数字なのだろう。
 二つの数字は、一方が大企業というくくりであり、方や民間企業労働者というくくりであるので直接は対応しない。しかし、近時多くの民間企業、特に中小企業が苦しみ、儲けは一部大企業に吸い上げられているという状況が問題視されておるので、上記の現象は中小企業を底辺とする総民間企業労働者の給与が削られ、それが一部大企業の儲け――内部留保として蓄積されたと読み取れる。

 カール・マルクスは『資本論』で資本主義社会の本質を分析し、資本のあくなき利益追求の結果は、資本の側に膨大な富の蓄積を生む反面、労働者側は相対的にも絶対的にも貧困化していくと説いた。一方の富の蓄積は、片方に貧困を蓄積する……。史上空前の利益の蓄積の反面、年収2百万以下の世帯が千万を超える…、働いても食べていけないワーキングプア―などという階層が現出する…
 資本主義はその進展の中で、絶対的貧困化層を生み出してきているのであろうか…(つづく)


東京の初雪

2012-01-20 16:33:15 | 時局雑感

 

 世界も日本も大変な状況にあり、特に日本は、年頭より政局がらみで「消費増税と社会保障の一体改革」、「議員定数削減や公務員給与削減」、はたまた「TPP問題」や「普天間基地問題」など、かつてない大きな問題が表沙汰で取り上げられている。本来なら国民はここに集中して熟慮もし議論もして国政に参画すべきであろう。
 ところが、さっぱり政治が面白くない。与党も統一を欠いてすっきりしないし、野党も政局がらみだけで言葉尻をとらえたりする「枝葉末節ケチつけ政治」で、国民は真剣に参加する気にはならない。政治経済に関心深い私としては、これだけの材料があれば毎日「政治経済カテゴリー」の投稿を続けるはずであるが、どうも書く気がしない。だから、雪の寒いのと天気のことばかり書いている。つまり自然現象の方がまだ面白いのである。

 秋田の寒さを体験して、秋田の人の「春を待つ気持ちはいかばかりか?」などと同情していたら、ついに東京にも雪が降った。わが杉並区高井戸では地面を白くするまでもない、ほんのお義理程度の雪であるが。ただ、朝めざめると降っていたし、ずっと降り続けて、しばらくやんでいるが今晩はまた降るというので、明日の朝は積もっているのかもしれない。
 秋田に対して義理を果たすにはこの程度では問題にならないが、薄っすらでも銀世界の様相ぐらい示す必要はあるのだろう。室内から眺めるだけでは申し訳ないと、片道50メートルのコンビニに新聞購入に出かけたが、東京の雪でも雪は雪、立派に寒さを感じました。
 こうして、ようやく季節は動いていくのだろう。

    
  わが庭の片隅も、わずかに白く…  


寒い冬…、待ち遠しい春

2012-01-19 18:29:35 | 時局雑感

 

 寒い日が続いている。前回書いたように秋田を訪ねてその寒さに驚いたが、今日、訪ねた会社のMさんから届いたメールに、次のように書かれてあった。
 「今年の秋田は雪が深く、除雪が大変です。寒い日が続き今朝はマイナス10度を超えました。春の来るのが待ち遠しいです」

 訪問した際、工場の門から玄関までの道の両脇に高く積み上げられた雪を見て、「除雪が大変でしょう」と尋ねたら、、「毎朝4時から社員が交替でやっている」という答えであった。私の想像をはるかに超える大変な作業であることに驚いた。
 その現場を見てきただけに、Mさんのメールを実感を持って読んだ。さぞ、春が待ち遠しいことだろう…、そしてそれは、例年にない寒さに震えてはいるが東京人の春の待ち遠しさとは質を異にするだろう、と思った。
  
 明後日21日は24節気の大寒。一年で一番寒い季節であるかもしれないが、「小寒(1月6日)の氷、大寒に溶ける」という言葉を聞いたこともあるし、次の節気は立春でそれは2月の4日。もう春は近いのだ……

 
春の到来を告げに庭に飛来したメジロ(昨年2月の写真)


雪の秋田に震える … 最高気温マイナス2度の世界

2012-01-15 18:21:24 | 時局雑感

 

 久しぶりに秋田を訪れた。真冬の秋田を訪ねるのは何年ぶりだ。特に今年は例年にない大雪らしく、事前の報道を得て構えて行ったのであるが、それでもなお雪国の厳しさを思い知った。
 空港から秋田駅に向かうリムジンバスからの眺めで、雪の深さを知り、八郎潟に向かう列車の窓外に広がる景観は、これまで見てきた田園風景と質を異にしていた。広大な水田は、春は水が張られ、夏は青々とした稲田となり、秋は黄金色の稲穂が打ち続いていたが、一面に深い雪に覆われて白い風景がどこまでも続き、その上を低い暗雲が覆っていた。八郎潟駅から眺める森山は荒涼として、すべてが停止して動きを感じさせない。雪国の厳しさを見せつけられたように感じた。

 
      八郎潟駅から森山を望む


 その夜は小倉温泉に泊り、ゆっくり湯船につかって暖かい布団で眠ったが、驚いたことを二つ。
 一つは、夜中にトイレに起きて小用を済ませたが、なぜか垂らす小便の水音がしない。気が付いてみれば便器の中の水が凍っていたのだ。薄氷はやがて溶けて小便の音がし始めたが、これは今まで体験しなかったことだ。
 もう一点は、翌朝目覚めて部屋のカーテンを引くと、“巨大つらら”が眼前に現れたことだ。。ただ、つららを通してみる雪景色は、これも初めて見る美しい光景であったが…。

           


小沢一郎に政治家の資格があるか?

2012-01-12 19:25:39 | 政治経済

 

 小沢一郎の裁判が続いている。土地購入資金4億円の資金の解明と、政治資金収支報告書などに関与したかどうかなどが焦点のようだ。もしそうだとすれば、実につまらない裁判だ。一般国民の正常な感覚からすれば、4億円ともなればすべて熟知しており、その金を軽率に人に任せたりしないはずだ。収支報告書ともなれば、政治家としては当然それに目を通し、安易に人(それがたとえ信頼すべき秘書としても)に任せきいりなどしないはずだ。
 ところが、その極めて常識的なことが国を挙げての裁判で争われている。小沢ごとき政治家からすれば、このような事件は真相がわからないように最善(?)の注意を働かせて隠蔽しているはずだ。情けない検察権力や裁判所の力では、その解明は不可能で、おそらく小沢は無罪となるであろう。
 ただ、この裁判は非常に貴重なことを明らかにしてくれた。それは、小沢ごとき人物となれば、「4億円程度の金は常に自分の家に置いており、それを秘書なる人物に任せて大したチェックもしない」ということだ。10円安くても隣り駅のスーパーまで買い物に出かける一般庶民の感覚とはおよそずれている。このような人物に政治を任せてはいけないだろう。
 また、4億円を使って購入した土地契約書の点検もしない、毎年の政治収支報告書の点検もしない政治家だ。これも一般庶民の感覚から外れておる。自分の政治資金収支報告書に目も通さない政治家に、政治を預けることはできないだろう。「自分の仕事は天下国家を論ずることだ」と言っているようだが、庶民の感覚からこれほどずれている人間に天下国家を論じてもらっては困る。
 今回の裁判で最も明らかになったことは、有罪か無罪かということより、小沢一郎という男に政治にかかわる資格はない、ということではないか。

 


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