ふっ と想うこと

山・雪・風・人、徒然なるままに--

スキー発祥の地へ

2021-02-28 19:43:16 | スキー
新潟県妙高へスキーへ。

駒ヶ岳SAで長野県ご当地パンの”牛乳パン“
素朴な味で、我が家のお気に入り。

姨捨SAからの善光寺平はどんよりとした雲の下
天気予報によると午前中は悪いものの昼からは良くなる予報。
高速道路は信濃町までチェーン規制とのことなので妙高は天気良いかな?

ところが信濃町すぎてもこんな感じ、全く変わりません、というよりは雪は寧ろ多い。
新潟県の人達はこんな雪は夏タイヤで走れ、というのかな?
NEXCOのミスですね。
スキー場でも天気悪く、20年ぶりにストックをリフトから落とす(勿論回収しました)、テレマークのワイヤーが伸びておかしな事に。





ということで昼前に上越高田へ

地元の高校の先生から以前教えてもらったラー麺屋さん。以前、おうかがいして美味しかったので今回も
美味でした!
高田に来たので、スキー発祥の地へ。
途中、えちごトキめき鉄道の電車を見ながら



金谷山スキー場
レルヒ少佐。
1911年に軍事訓練のために招聘されて日本人へスキー教練へ
当時、南下政策を採っていた帝政ロシアに備えて1902年に八甲田山大量遭難事件、そして日露戦争と。北国ロシアへの対抗策としてスキーを軍事目的に日本へ導入。そのためにレルヒ少佐が。
また、この地には日本海を航行するロシア艦隊の見張りのためのトーチカも妙高に残っています。
レルヒ少佐の像は高田の町を臨むように町を見下ろしています。
“メテレ スキー”
スキーを装着せよ!
これが日本初のスキー。
そして次に
”オテレ スキー“
スキーを外せ!
レルヒ少佐が最初に滑ったのはスキー場の反対側、この像が臨んでいる高田平野への斜面
レルヒ少佐、後に北海道俱知安へ渡り、中佐に昇進しています
せっかくなので金谷山スキー場で




昔ながらのシングルリフト1本
リフト降り場からは米山をはじめとした上越の山々が。
尾根の中級コースの下には上信越自動車道のトンネル



今回も回数券使い切れませんでした
夜は赤倉温泉街の“うどんの歩”さんへ
妙高市営バスを待っていると

開田山脈の上には満月
2月の満月は“スノームーン”というそうです





今日も美味しく、楽しい夜
宿に戻ると

そして宿の窓からは
満月に照らされた妙高山と赤倉観光ホテルの灯り

翌日は朝からピーカン
混む前の朝1番に滑って帰ることに
こんな贅沢はシーズン券のおかげかな




今日はお休みのパトロールの知人と
10本近く滑って10時前に終了
知人と別れて名古屋へ

姨捨SAからは春のようなような陽光のもと善光寺平と奥に信越五岳
安曇野インターで下りて木曽路へ


北アルプスも春のような様子
上松町の越前屋さん

お店の前には福寿草

木曽路での冬の食べ物“すんき蕎麦”
発酵させた漬物を加えた木曽の冬の風物詩
美味しくいただきました。
蕎麦湯を加えると酸味がアクセントに
岐阜県中津川市ではいつものせんべい店
香林糖
油こくないです
揚げ方が独特。
大好きな香林糖

































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