快気分析

何か快適な気分になれるような記事にしたいです。

仕組みとアプローチ -  秀吉と毛利氏との和睦は密約だったと見る理由

2018-06-16 17:54:58 | 明智光秀
 秀吉と毛利氏との和睦は密約だったと筆者が見る理由について記事にして見ました。
 根拠となる理由を単純に列挙して行きたいと思います。

 1.万が一、信長が生きていたら秀吉は処罰、処刑されるのが免れないから。それには万が一、信長が生きていた場合には和睦が無かったようにしなければならない。それには密約が必須。
 2.仮に信長が落命していたとしても、秀吉が主君に無断で勝手に密約を結ぶと言うのは裏切り行為になる為、織田家や織田家内のライバルらから裏切り者のレッテルを貼られてしまう為、それが無いようにする為。
 3.和睦を密約にする事で、本当に競り勝ちたいライバルや織田家など(結局秀吉は織田家の上に立ったのでした)に手の内を知られない為。
 4.柴田勝家などの「織田方内部のライバルなどに競り勝つ為には敵方と勝手な和睦でもしてしまう」、と言うのは反道徳的な裏切り行為になるのでそれを隠す為。
 5.毛利氏と秀吉が既にナアナアのもたれ合い、癒着の状況だったのを隠す為。
 6.少なからぬ割合の将兵や軍事物資をあまり長距離移動させずとも、トコロテン方式で押し出す様に各々短距離を移動させるだけで、さもあたかも信じられないスピードで長距離大移動したのと同じ様に見せられるという戦術を軍事的機密として守る為。

 以上、これだけ材料が揃っていれば秀吉が和睦を密約にしない理由など有りません。
 明智光秀は曲者である秀吉の和睦密約について、その予測が遅かったのかも知れません。

仕組みとアプローチ -  千葉県とその沖で中小地震多発を考える

2018-06-16 17:35:56 | 地震 津波
 ここ数日、千葉県とその沖での中小地震が多発しています。
 今日も有感地震が多かったのですが既に先日、次の様な事がニュースに出ています。

引用開始(一部抜粋)

https://news.goo.ne.jp/article/nhknews/nation/nhknews-10011479611_20180615.html

地震活動活発化 千葉沖「スロースリップ」に注意を

06月15日 17:15NHKニュース&スポーツ

千葉県東方沖の周辺で、今月に入り、地下のプレートの境界がゆっくりとずれ動く「スロースリップ」と呼ばれる現象が発生し、地震活動が活発になっています。スロースリップは少しずつ場所を変えながら続いているとみられ、専門家は、今後の地震活動に引き続き注意するよう呼びかけています。

「スロースリップ」は、陸側と海側のプレートの境界がゆっくりとずれ動く現象で、政府の地震調査委員会によりますと、千葉県東方沖では数年おきに発生して、そのたびに周辺の地震活動が活発になり、平成19年8月には、千葉県で震度5弱の揺れを観測する地震も起きています。

引用終了

 スロースリップでプレート境界間の歪(ストレス)が緩やかに解消されているのかどうかはわかりませんが、仮にそうで有った場合は有り難い事に属するのかも知れません。
 ただ良く考えるとですが、仮にスロースリップだったとしてもそれは全体では無く、部分的なスロースリップな為、スロースリップがスムーズにされているエリアとそうでなくやや固着気味なエリアとの地殻変動の差から、どうやらその境界付近にストレスが生まれて今回の様な地震多発となっているようにも見受けられます。
 強震モニターで見ていても、房総半島の南半分か1/3位が殆ど青マークで揺れていない時間多いのに、それより北側はやや揺れている緑マークになる時間が多いようです。

引用開始(一部抜粋)

https://realtime-earthquake-monitor.appspot.com/

引用終了

 画像は直接御覧下さい。
 大体ですが、緑と青の境界エリアでの震源が今月は多い様に見えます。
 スロースリップが順調に進んでいるエリアは多少プレート境界での大地震リスクは少ないのかも知れませんが、それも定かでは有りません。 
 更にその周囲でスロースリップが順調に進んでいないと思われるエリアが隣接していてそこが津波地震発生などになるリスクは当然考えなくてならないかと思われます。
 隣接するエリアに津波地震発生などになるリスクが有れば、現在スロースリップが順調に進んでいるエリアでも津波リスクが有ると言う事になります。
 海岸エリアに住む方々にとっては、「真夜中などの熟睡中にJアラートなどがほぼ認識できない状況での例えば津波地震が果たして発生し有るのかどうか、と言うのが最も気にしなくてはいけない課題ではないか」と考えていますがこれについて決め手となる解決策は現在の技術では存在しません。
 単純に「備え有れば憂いなし」としか言いようが無いのです。
 毎日の安眠を確保する為にも、少なくと就寝の為のスペースは津波の来ないエリアである高台などに確保すべきだと思いますし、できれば国や自治体もそうした事へのサポートを更に強化するべきだと思います。
 リスクを負いながら海岸線と言うEEZ(排他的経済水域)にもつながるエリアの経済活動を担っているのは海岸線に住む住民や事業者達なのですから。
 

仕組みとアプローチ -  秀吉と毛利氏との和睦は密約、そして状況次第での和睦撤回密約も有った、とする考え方

2018-06-16 01:34:30 | 明智光秀
 今月12日の記事、サブタイトル「秀吉と毛利氏の和睦 そして『中国おお返し』」で書いた通り、秀吉と毛利氏の和睦は当時密約だ正式にしたのは後の事、そして「状況次第での和睦撤回と言う密約」と言うのも存在していた、と個人的には見ています。
 「状況次第での和睦撤回と言う密約」などを結ぶと毛利氏は損になる事が有るのではないか?と言う疑問が有るかと思いますのでそのあたりを書いて見たいと思います。

 まず本能寺の変について「起こりえる場合」はどのようなものかを列挙してみると次の通りです。

A 実際に襲撃はされて信長も信忠も落命した場合
B 実際に襲撃はされて信長は落命したが信忠は生きていた場合
C 実際に襲撃はされて信忠は落命したが信長は生きていた場合
D 実際に襲撃はされたが信長も信忠も生きていた場合
E 信長による自作自演のインチキクーデターであり信長も信忠も生きていた場合

このうちA~Dについては以前に記事にした通り「信長による自作自演のインチキクーデターのはずだったのに本当に襲撃されてしまった」と言う「本能寺の喜劇」のケースも含みます。
起こり得た事象は上記のA~E場合しか有りません。
 「秀吉と毛利氏が必要に応じて和睦を撤回する密約」がどうなのか、をこれらの各々について考えて行きます。

Aの場合。
これは実際にそうなりましたが、和睦は有効で秀吉も毛利氏もこれで得をしました。

Bの場合。
仮に信忠は生きていたとしても一大事なので、明智方に敵意の矛先が向かう為、和睦は容認される可能性が高い。
 仮に最初からの和睦が危険なら秀吉はリスク回避の為、とりあえず和睦はなかった事にして毛利氏は明智方攻めに加わる、或いは信長の嫡男、次男、三男のどれかに付くかなどで織田方を計りにかけて和睦に近い形に持ち込みやすい。

Cの場合。
これは難しい。
仮に信長が生きていたとしても一大事ではあるので、明智方に敵意の矛先が向かうが、和睦は容認されるかは微妙。
 仮に最初からの和睦が危険なら秀吉はリスク回避の為、とりあえず和睦は無かった事にして、毛利氏が信長と交渉する事になり、相当に上手く行けば多少の譲歩で和睦可能か、と言う所でしょうか。
 しかし普通に考えると和睦は本当に無くなる上、ある程度は進軍されるかも知れない。

Dの場合。
 これはCと同様ですが更にCより難しい。
仮に信長、信忠共生きていたとしても一大事ではあるので、明智方に敵意の矛先が向かうが、和睦は容認されるかは更に微妙。
 秀吉はリスク回避でとりあえず和睦は無かった事にして、毛利氏が信長と交渉する事になり、相当に上手く行けば多少の譲歩で僅かな可能性ながら和睦可能か、と言う所でしょうか。
 しかし普通に考えると和睦は本当に無くなる上、予定通りかなり進軍されるかも知れない。

Eの場合。
 これはもう和睦は無かった事にするしかなく、そのまま和睦は本当に無くなる。

 以上、上記の通りなのですが、既に書いた通りそれではある疑問が残るかも知れません。
 それは「秀吉と毛利氏が必要に応じて和睦を撤回する密約」を交わしてしまうと、イザB~Eの場合、「毛利氏は秀吉との和睦を盾にして織田方と本当に和睦に持ち込む事が不可能になってしまうのではないか」と言う点です。
 しかしこの事は良く考えると、「決して毛利氏には不利にはならない」と思うようになりました。
 その仕組みはこうです。

 仮に秀吉と毛利氏との和睦を信長か信忠が知ったとして、果たしてどうするか。
 和睦する気があれば最初から秀吉と毛利氏との和睦が無かったとしても和睦するだろうし、逆に秀吉と毛利氏との和睦が有ったとしても反故にするだろうと言う事。
 それは信長が生きていれば特に言えるでしょう。
 つまり秀吉との和睦など結んだとしても信長は特にですが、或いは信忠であっても和睦など反故にする時はするから、毛利氏にとっては「秀吉と毛利氏が必要に応じて和睦を撤回する密約」は結んでおいても損は無かったはずと言う事。
 それなら秀吉に貸しを作っておいてAのケースに賭けても損は無い。

 以上です。
 このような考えに至ったのは簡単です。
 信長は敵方の助命を条件に開城させた後、皆殺しに近い事を何度かやっています。
 「信長 助命 開城 皆殺し」と検索すると出て来るものだけで岩村城攻め、長島一向一揆攻めの時の長島城・中江城・屋長島城の時などです。
 降伏を受け入れて自分で約束しておきながら城内の者などを皆殺しかそれに近いようにしてしまうのですから、家臣である秀吉が勝手に結んだ和睦協定など、反故にする時は当然簡単にするでしょう。
 なので仮に信長(場合によっては信忠)が生きていれば秀吉と毛利氏との和睦など意味が無いのです。
 秀吉や秀吉方の交渉人、毛利氏や毛利方の交渉人共に事象把握が非常に優れていたと思います。
 私がこの考え方まで行き着くのに数十日以上かかりましたが、当時は本能寺の変が起きてから僅かな日数で和睦(と言う秀吉と毛利氏の密約と見てます)に持ち込んだのはスゴイとしか言い様が有りません。