2007年3月25日、震度6強の地震が石川県・門前町を襲った。押しつぶされた家々。日本で最も過疎化と高齢化の進んでいる町が、声をあげて泣いた。映画「私たちの時代」の冒頭シーン。
地震の翌日、門前町は「なごり雪」が降り続く。そのシーンが印象的だった・・・。
新宿武蔵野館で映画を観た帰り、靖国通りに面する喫茶店、珈琲貴族でお茶。
学生時代、ジャズ好きの友人が好きで、よく授業の合間について来た店だ。 名の通りの豪華な喫茶店。昭和後半の時代の話だ。
結局、ぼくらが青春時代を過ごした昭和50年代ってなんだったのだろう。
***1975(昭和50)年、サイゴン陥落、ベトナム戦争終わる。それまでの団塊世代たちの血気盛んな学生運動は一気に下火になった。祭りの後のむなしさ。
そして、村上 龍、庄司薫ら、「しらけ世代」のその後に来たものは、「なごり雪」だった。社会へのメッセージを持つことを捨て、自分たちの私的な世界を歌いあげた四畳半ソング。
***1980(昭和55)年、イラン・イラク戦争、ジョン・レノン凶弾に散る。
団塊世代の陰で目立つことのなかったぼくらの時代。
映画「私たちの時代」に出ていた現代の若者たちに、ぼくらの青春時代も状況は似ていたのかもしれない。
***1983(昭和58)年、青函トンネル貫通、大韓航空機撃墜事件。
「私たちの時代」では、9年連続して石川県の高校女子ソフトボール新人戦を制した石川県立門前高等学校が、過疎対策ということで学校統合により廃校に。
同高校出身で日本女子体育大学時代に女子ソフトボール世界大会優勝メンバーだった室谷監督は、大学卒業と同時に同高校女子ソフトボール部監督に就任してから移動することもなく、定年を迎える。自宅に部員20名と寝食を共にしていた室谷氏は、母校の廃校計画を聞いて「なにか方法があったはず」とつぶやく。「こんないい高校を廃校にするのはもったいない」
・・・経済効率だけで物事を判断するしか能のない、どこかの国の大臣に聞かせてやりたい言葉だ。
いったい、日本はどこへ向かっているのだろう。
これから自分たちは、どこへ向かえばいいのか。何を信じて、進んでいけばいいのか。若者たちの希望は霞がかかっているかように視界不良だ。いつだって時代は、不安を抱いた若者たちの暗中模索の中で形成されていく。
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