人生の目的は音楽だ!toraのブログ

クラシック・コンサートを聴いた感想、映画を観た感想、お薦め本等について毎日、その翌日朝に書き綴っています。

メイエによるモーツアルト「クラリネット協奏曲」~東響第588回定期演奏会

2011年04月16日 22時16分29秒 | 日記
16(土)。午前中、薬が切れたのでクリニックにもらいに行って、午後渋谷に出かけた。文化村「ル・シネマ」で「ナンネル・モーツアルト」を観るつもりが時間を1時間間違えて観られなかった。急きょ方針転換して、近くのシネマライズに行って「ブンミおじさんの森」を観た。去年のカンヌ国際映画祭の最高賞(パルムドール)を受賞したという作品だが、同映画祭の審査委員長=ティム・バートンの言うように「世界の映画が、より西洋的、ハリウッド的になっていく中で、今まで見たこともないファンタジー」なのかもしれない。個人的には、そんな大きな賞を取る作品かいな?と疑問を感じる。

夕方は、サントリーホールで東京交響楽団の第588回定期演奏会を聴いた。プログラムは①シェーンベルク「室内交響曲第1番(オーケストラ版)」②モーツアルト「クラリネット協奏曲イ長調K622」③ラベル「ボレロ」の3曲。指揮は大友直人。最初のシェーンベルクは、夕食後に飲んだ薬のせいか眠気がさし、まったく頭に入ってこなかった。ほとんど脳が寝ていたと言っていい。感想を書きようがない。

休憩後はお待ちかねのモーツアルト「クラリネット協奏曲イ長調K622」である。ソリストは1965年アルザス生まれのポール・メイエ。第1楽章「アレグロ」から安定した演奏で、高音から低音までムリなくさらっと吹いている。よくありがちなオーバー・アクションはない。第2楽章「アダージョ」は白眉だ。この世の音楽とは思えない。浄化され天国にいるような音楽だ。K622といえばモーツアルト最晩年の作品である。K626の「レクイエム」が最後の曲だから。メイエは静かに切々とメロディーを奏でていく。いつかこの楽章を聴いていて、ソプラノが歌っているのではないかと錯覚に陥ったことがある。クラリネットによるこの楽章のメロディーは人間の肉声に近いのではないか。長調の楽章であるが、なんと哀しみを湛えていることか。小林秀雄が書いていたような「人間存在の根底の哀しみ」とでも言ったらいいのだろうか。第3楽章は一転して軽やかなメロディーが奏でられる。モーツアルトは皆が泣いている時にはもう笑っている。

アンコールにあたってメイエが「今回の被災者を悼んで第2楽章を演奏する」と挨拶し、もう1度演奏した。2回目の方が心に沁みた。素晴らしい演奏でモーツアルトの音楽が生で聴ける。これ以上の喜びがあるだろうか?

最後はラベルの「ボレロ」。ご存知のとおり「タン タタタ タン タタタ タンタン~」と小太鼓が刻むリズムで始まる。ボレロのリズムに乗りながら最初にフルートが「スペイン=アラブ風」のメロディーを奏で、このメロディーはクラリネットに引き継がれ~と次々と楽器を変えて受け継がれていく。メインのメロディーを吹いた楽器は伴奏に回る。楽器が次々と重なって増えていくので音量が次第に厚みを増し、テンポも段々速くなっていく。そして最後にクライマックスのどんでん返しが待っている。

今回の「ボレロ」の演奏の特徴は、基調音を刻む小太鼓をあまり前面に出さず、メインの演奏後伴奏に回った楽器のリズムを前面に出すスタイルを取っていたことだ。つまり小太鼓はあまり聞こえない。意図したものかどうかはわからない。

心が沈んでいるときには、最初小さくゆっくりで、徐々に大きく、早くなっていく「ボレロ」のような曲がいいかも知れない。チャイコフスキーの交響曲第5番も同じような性格を持った曲だ。








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