人生の目的は音楽だ!toraのブログ

クラシック・コンサートを聴いた感想、映画を観た感想、お薦め本等について毎日、その翌日朝に書き綴っています。

今年初めて第9を聴く~東響オペラシティシリーズ第63回定期公演

2011年09月04日 06時49分04秒 | 日記
4日(日).昨日,初台の東京オペラシティー・コンサートホールで東京交響楽団オペラシティシリーズ第63回定期公演を聴いてきました

今期から娘と2人で定期会員になっています.まずは腹ごしらえということで,息子を交えて巣鴨駅アトレの5階「オッティモ・キッチン」でピザとサラダを食べました.ここのピザは本当に美味しいのです.お薦めは「プロシュートルーコラ」と「オッティモ」ですが,どれも”外れ”がありません.息子は家に帰り,娘と初台に向かいました

プログラムは①ブルッフ「バイオリン協奏曲第1番ト短調」②ベートーベン「交響曲第9番ニ短調”合唱付”」です.バイオリン独奏は東響のソロ・コンサートマスター大谷康子.第9のソリストはソプラノ=森麻季,メゾ・ソプラノ=坂本朱,テノール=高橋淳,バリトン=青戸知,コーラス=東響コーラス,指揮=小林研一郎です.

第1曲目のブルッフのバイオリン協奏曲が始まります ソリストの大谷康子が白地に赤のバラを配した鮮やかなドレスで登場します.チューニングをしてハンカチを指揮台に置きました.まだ,指揮台の上に乗っていない小林は戸惑って大谷に何やら声を掛けます.「ハンカチをまたいで指揮台に上がるわけにはいかないよ.譜面台の上に載せてくれないかな」といったことでしょう.大谷はハンカチを取り上げて指揮者の譜面台の端に載せ,いよいよ演奏が始まりました

マックス・ブルッフはドイツに生まれ前半生は早熟の天才として一世を風靡し,後半生は良き教育者として活躍,ブラームスも高く評価していました.この第1番の協奏曲は彼が28歳のときに作られていますが第1楽章と第2楽章が続けて演奏されるなど,作風としては自由度が高い曲です.大谷は演奏するのが嬉しくてたまらないようで,コンマスやオケの方を見てニコニコしながら生き生きと演奏していました これほど自分の感情を表に出して演奏する人も珍しいかもしれません.”東京交響楽団に大谷康子あり”ということを実力で示した演奏でした あちこちから「ブラボー!」の声がかかっていました.

さて,指揮者の譜面台に載せられたハンカチは,小林が指揮をしているさなか,指揮棒で引っ掛けて指揮台に落ちてしまいました 元に戻ったということでしょうか.演奏が終わって観衆の拍手を受けながら,大谷はそれを拾い上げました.

休憩時間に隣席の娘に「ハンカチ,指揮者が落としちゃったよね」と声を掛けると,「どおりでおかしいと思った.譜面台の上にあったのに,あの人指揮台から拾い上げたから」とのたまいます.さては寝ていたな

休憩後のベートーベンの「第9」が始まりました.オペラシティ・コンサートホールは舞台の奥行きが狭いので,コーラス約110名が窮屈そうです.

第9はベートーベンが52歳を迎えた1822年に,ロンドンのフィルハーモニック・ソサエティから新しい交響曲の作曲依頼を受けて作られた曲です.当時26歳のシラーの詩「歓喜に寄す」に基づく声楽が第4楽章で高らかに歌われることから「合唱付」と言われます.

初演は,臨席を予定していた皇帝,皇后が欠席,さらに演奏水準が不満足なものだったが,作品の素晴らしさはそうした欠陥を忘れさせるほど圧倒的だったと伝えられています 当日アルトの独唱を務めたカルリーネ・ウンガーは次のように回想しています.

「演奏が終わった瞬間,すべての人々の目には涙が光っていました.ベートーベンはその拍手に取り囲まれていたにもかかわらず,おそらく何も聴こえなかったのでしょう,聴衆に背を向けたまま,まだ指揮棒を振り続けていました.たまりかねて私がベートーベンを熱狂する聴衆の方に向けると,聴衆はこの大作曲家が実はひとつの音すら聴くことができなかったことに気づいたのです.やがて会場は同情と賞賛の嵐につつまれ,中には大声で泣き出す者も現れました.そして,その歓呼の声は永遠に消え去ることがないように思われました」

小林のタクトが第1楽章のはじめの合図を知らせます.はじめは小さく,そしてだんだん大きく,ベートーベンの音楽が拡大していきます この楽章を通じて指揮者のうなり声が聴こえてきます.小林のトレードマークです.

第2楽章が終わり,ソリストが登壇してオーケストラ後方の中央に待機します.第3楽章のアダージョ・モルト・カンタービレは,いつ聴いても心休まるいい曲です.かなり前,「マリア・ブラウンの結婚」というドイツ映画があり,主人公マリアが戦地から帰ってくるであろう夫を駅のホームで待っているシーンでこの第3楽章が流れていました.つまり,マリアは次に来る第4楽章の「歓喜の歌」(夫との再会)を待っているという意味を現わした音楽です

第4楽章はいよいよ「独唱と合唱」の登場です.バリトンが「ああ友よ,そんな音楽はやめてくれ!」と呼びかけます.その歌い方を聴くと,聴衆に語りかけるような,まるで演歌でも歌っているような不思議な感じを受けました もし,そうであれば,指揮者がそのように歌うようバリトンに指示したのだと思います.いずれにしても,ソリストと合唱による「歓喜の歌」は力強く迫力があります

小林の指揮を観ていていつも思うのは,間の取り方が独特だということです.つまり,他の指揮者よりも”長い間”を取ります.それだけ,緊張感を高めて演奏効果を狙ってのことでしょう.どんな演奏でもこの曲は感動的です.それは素材の力です

終演後,娘に感想を聞くと「この曲を全曲通して聴いたの初めてだった.合唱は知ってたけど,独唱があるのは知らなかった」とのことでした.良かったです.知識が増えて




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