20日(月)。わが家に来てから631日目を迎え、仲間たちと戯れるモコタロです
目の先にあるのは・・・もちろんオヤツです
閑話休題
昨日、サントリーホール「ブルーローズ」で「サントリーホール・チェンバーミュージック・ガーデン」の「室内楽アカデミー ファカルティの名曲選」を聴きました プログラムは①バルトーク「44の二重奏曲」から第37番「前奏曲とカノン」、第35番「ルテ二アのコロメイカ舞曲」、第28番「悲しみ」、第42番「アラビアの歌」、②ドヴォルザーク「三重奏曲ハ長調」、③ベートーヴェン「ピアノ四重奏曲変ホ長調」、④フランク「ピアノ五重奏曲ヘ短調」です
出演は、ヴァイオリン=原田幸一郎、池田菊衛(共に元・東京クァルテットのメンバー)、ヴィオラ=磯村和英(同)、チェロ=毛利伯郎(元・読響首席)、ピアノ=若林顕です
自席はC4列3番、センターブロック左から3つ目です。1曲目のバルトーク「44の二重奏曲」Sz98は1931年に作曲されましたが、バルトークが若いころからハンガリーの農村で行ってきた民謡採集(採譜、録音)のフィールドワークに基づく研究成果が盛り込まれています
白髪の二人のヴァイオリ二スト=原田幸一郎氏、池田菊衛氏がステージに登場します。共にニューヨークを拠点に世界的に活躍した東京クァルテットのメンバーです
第37番「前奏曲とカノン」、第35番「ルテ二アのコロメイカ舞曲」、第28番「悲しみ」、第42番「アラビアの歌」の順に演奏しましたが、いずれも民族舞曲風の曲想で、時に原田氏が足で拍子を取りながら演奏していたのが印象に残りました
2曲目のドヴォルザーク「三重奏曲ハ長調」の演奏のため、ヴィオラの磯村和英氏(旧・東京クァルテット)が加わります。3人揃ったところで池田氏がマイクを持って挨拶しました
「今日は”父の日”ということらしいのですが、われわれだと、”おじいちゃんの日”になりそうです ここにいる二人は相当古くからの付き合いです。ちょっと話してもらいましょう
」
と言って、磯村氏にマイクを渡しました。磯村氏は
「原田君は九州出身なのですが、小学校3年生くらいの時から桐朋の「子どものための音楽教室」に通うため、東京に赴任していたのです その頃、私の家にも泊まったりしていました。その後、共に桐朋学園に行き、その後、ジュリアード音楽院に行くことになりました
」
つまり、この二人は小学校の時からプロとして活躍するまでずっと一緒に行動してきたわけです
ここでこの3人の東京クァルテットにおける在籍状況をご紹介しておきます
原田幸一郎氏=1969年の創設メンバーの一人。12年間 第1ヴァイオリンを担当。
磯村和英氏=1969年の創設メンバーの一人。44年間 ヴィオラを担当。
池田菊衛氏=1974年から39年間 第2ヴァイオリンを担当。(1969年の創設メンバーは名倉淑子)
なお、チェロの1969年の創設メンバーは原田禎夫氏です。
東京クァルテットは2013年6月に演奏活動に終止符を打っています
さて、ドヴォルザークの「三重奏曲ハ長調」は1887年に、2人の友人と彼自身のヴィオラ演奏を想定して作曲したものです 白髪の3人が第1楽章の演奏に入ります。いかにもドヴォルザークらしい親しみやすい曲想の優しい音楽です
第2楽章は”スラブ舞曲”のような曲想です。第3楽章、第4楽章と続きますが、聴き終わって思うのは、やはりドヴォルザークは屈指のメロディーメーカーだな、ということです
次のベートーヴェン「ピアノ四重奏曲変ホ長調作品16」を演奏するため、原田氏が抜け、ピアノの若林顕氏、チェロの毛利伯郎氏の二人が加わります
再び池田氏がマイクを持って解説します
「ハイドンの交響曲に、最初は全員で演奏しているのに、どんどん演奏者が抜けていって、最後はだれもいなくなってしまう曲がありますが、このコンサートはその逆を行きます 最初は二人、次は三人に、そして今度の曲は四人に増えます。チェロの毛利君とピアノの・・・えぇっと???(他のメンバーから『若林君だよ』の声)そうそう、ピアノに若林先生を迎えます
」
往年の東京クァルテットのヴァイオリニスト池田氏から見れば、チェロの大ベテランも「毛利君」だし、中堅ピアニストの若林顕氏に至っては名前さえよく覚えていない、ということなのでしょう すごい世代間ギャップを感じます
さて、ベートーヴェン「ピアノ四重奏曲変ホ長調 作品16」は、「ピアノと菅楽器のための五重奏曲」をベートーヴェン自身がピアノと弦楽三重奏用に編曲したものです ベートーヴェンは当初ピアニストとして活躍していたわけですが、1796年にプラハ、ドレスデン、ライプツィヒ、ベルリンに演奏旅行に出た際に書かれたのが「ピアノと管楽器のための五重奏曲」でした
1784年にモーツアルトが同じ編成によるピアノ五重奏曲を書いており、この曲に触発されて書いたのではないかと言われています
ベートーヴェンが自作をピアノと弦楽三重奏曲に編曲して出版したのは1801年でした
3つの楽章から成りますが、全体として明るく優美な旋律に満ちた曲想です 4人の演奏は、普段「ピアノと管楽器」で聴いている耳にも違和感なく響いてきました
休憩後はフランク「ピアノ五重奏曲ヘ短調」です この曲は1878年~79年に作曲されました。フランクは1822年にベルギーで生まれましたが、少年時代にフランスのパリに移り、パリ音楽院で学び、パリを本拠地として活動を展開しました
われわれが何となくフランクはフランス人だというイメージを持つのはそういう理由です
この曲は3つの楽章から成りますが、この曲はフランク特有の「循環形式」で書かれており、第1楽章に出てきた”循環動機”が全曲を通して出てくることになります ヘ短調という調性もあり、全体的に重く暗めの曲想で、鑑賞するという気分になるには余裕がありません
しかし、演奏は力強くもあり深くもあり、フィナーレは見事でした
大きな拍手を受けて、池田氏が「この曲は良い曲なんですが、ちょっと暗いですよね 最後は楽しく終わりたいと思います。アンコールに、ドヴォルザークの『ピアノ五重奏曲』から第3楽章を演奏します
」と言って5人で演奏し、会場一杯の拍手を受けました
東京クァルテットが上り坂の現役の時に生で聴いてみたかったな、と思いながら帰途につきました