5日(水)。昨日の朝日新聞朝刊「オピニオン」ページに反田恭平氏のインタビュー「誰かがいてこその音楽」が掲載されていました 1ページ全面のインタビューは異例の扱いだと思います
反田恭平氏は1994年生まれ、桐朋学園大学、モスクワ音楽院留学を経て、現在はポーランドのショパン国際音楽大学在籍中。19年には自身のCDレーベルを、21年5月には若手演奏家ら17人と日本初の管弦楽団の株式会社「ジャパン・ナショナル・オーケストラ」を設立、同社の代表取締役兼CEOも務めています
昨年開催のショパン国際ピアノコンクールで51年ぶりの日本人最高位タイの2位に入賞しました
インタビューの内容は、これまで各方面で紹介されてきたような、ショパン・コンクールへの出場は将来の夢(音楽の学校をつくる)を実現するための手段であることなどが中心になっていますが、今回初めて語ったと思われるのはクラシック音楽界のマネジメント面への不満です
「演奏家として、実業家として、いまのクラシック音楽界のマネジメント面の問題も感じているのですか?」との問いに、次のように答えています
「感じますね。一例ですが、これだけ環境問題が言われているのに、いまだにコンサートでは大量のチラシが配られていたり 音楽業界にかかわる人たちの生活をどう支えていくか、デジタルでも音楽が配信されるようになった時代の変化にどう対応していくか、といった問題も、もっと真剣に考えなくてはいけないと思っています
」
これは良く分かります 過日、サントリーホールで開催された在京オケのコンサートの時にホール入口近くでもらったチラシを家に持ち帰って、秤で測ったら1キロ以上ありました
100枚に達しようとするチラシも そのほとんどが捨てられる運命にあります
「いい思い出」どころか、「いいかげん重いで」になってしまいます
反田氏の指摘の通り、これは環境問題です
最後に「自分にとって『自分の音楽』とはどんなものなのでしょう?」という問いに反田氏は次のように答えています
「自分の音楽、というか、僕には誰かがいてこその音楽なんです」「僕はほかの誰かのために弾く。できれば、仲間と一緒にその音楽を伝えたい。昔からサッカーをやっていたからか、みんなと一緒に何らかのゴールに向かっていくというのがとっても好きなんです
昨年12月に幼なじみの小林愛実さんとやったような2台ピアノや連弾、室内楽やオーケストラと一緒に演奏するコンチェルトを弾くのが、僕にはとても大事な時間です
共演相手のレスポンスや思考を感じ、それを自分の音楽と重ねて、一つの曲をつくっていく
」「誰かと触れ合っていると音楽は温かくなります。それが、僕にとっての理想の音楽です
」
反田恭平氏は今年 弱冠28歳。いずれはピアニストから指揮者へ転身を遂げたダニエル・バレンボイムのようなアーティストに成長するのだろうか、と期待が高まります
ということで、わが家に来てから今日で2552日目を迎え、核兵器を保有する米英仏中ロの5か国は3日、核保有国同士の戦争を回避することを「一番の責務だ」とする共同声明を発表した というニュースを見て感想を述べるモコタロです
ねえ僕に注目してよ! という北朝鮮も臨時に仲間に入れてミサイル遊びを止めたら
昨日は山形に戻る前に 息子が昼食に「牛肉と茄子と平茸のトマトソース味スパゲティー」を作ってくれました 味はプロ並みです
1.5人前くらいあったので満腹になってしまいました。とても美味しかったです
夕食は「焼き肉」と「生野菜とアボカドのサラダ」「エノキダケの味噌汁」にしました 息子には差を付けられますね
Netflixでデヴィッド・ウェイン監督による2018年製作アメリカ映画「意表をつくアホらしい作戦」(101分)を観ました
この映画はアメリカのコメディ脚本家・プロデューサーであるダグラス・ケニーの生涯を描いた作品です
1964年、ダグラス・ケニー(ウィル・フォーテ)はハーバード大学へ進学、ヘンリー・ベアード(ドーナル・グリーソン)と意気投合する 2人は大学生により運営されているギャグ雑誌「ハーバード・ランプーン」に文章を投稿するようになる
1969年、2人は「指輪物語」のパロディ本「Bored of the Rings」を発表する
ケニーの提案で2人は就職はせず、新しい雑誌「ナショナル・ランプーン」を創刊する
ケニーがコメディを執筆し、会社の運営はヘンリーが担当することになる。マッティ・シモンズ(マット・ウォルシュ)から出資を取り付け、2人は有能なライターを雇い、本格的に雑誌の編集・運営に取り組み始める
当初、雑誌の売れ行きは伸び悩んだが、掲載した風刺記事がフォルクスワーゲンやディズニーのような大企業を怒らせるに至り、逆に知名度と売り上げが伸びるようになる
ケニーの作品はコメディの世界にも影響を及ぼし、風刺やパロディが広く受け入れられるよになった
その後、燃え尽き症候群になったケリーが9か月間行方をくらます事件があったが、「ナショナル・ランプーン」の売れ行きは堅調だった
雑誌の創刊から5年後、2人はシモンズからそれぞれ350万ドルの報酬を受け取ることになる
その後、ケリーはラジオに進出し、大成功を収めるが、コカイン中毒に陥り命を縮める
アメリカの映画評論家の大方の見解は「ダグラス・ケニーの創造性の源泉を把握するのに苦戦している感はあるが、『意表をつくアホらしい作戦』は今日まで影響を及ぼすコメディの流れがどのように生まれたのかを面白く再構成している」というもののようです
コメディ映画だけにギャグ満載なのですが、残念ながら日本語字幕では本当の面白さが伝わらないのが悲しいところです 日本語に近いダジャレに”翻訳”しているのですが、ストレートには笑えない感じがします
しかし、風刺やパロディといったアメリカの”笑い”のルーツとでも言うべきダグラス・ケニーがどういう人物だったかが良く判る映画でした
2人はハーバード大学卒なので、就職には困らなかったはずですが、あえて笑いのフロンティアの道を選びました 日本の”お笑い”の世界でも高学歴化が進んでいるように見えますが、「人を悲しませるのは簡単だが、人を笑わせるのは至難の業だ」と言われます
やはり相当頭のキレが良くないと、その世界で生き残っていくのは難しいのだと思います