人生の目的は音楽だ!toraのブログ

クラシック・コンサートを聴いた感想、映画を観た感想、お薦め本等について毎日、その翌日朝に書き綴っています。

東京シティ・フィル ⇒ 新シーズンの全プログラム確定 / 清少納言「枕草子」を読む ~ 「くちをしきもの 岸田政権の財源なき国家予算拡大政策」とか。今から1000年前に書かれた随想 いとをかし

2023年04月08日 07時00分23秒 | 日記

8日(土)。東京シティ・フィルから2023/2024シーズンで調整中となっていたプログラムが確定したという通知が届きました 下記のお知らせの通り、7月7日の第362回定期演奏会は、プロコフィエフ「ヴァイオリン協奏曲第2番」を周防亮介が演奏することが決定 また、2024年1月13日の第366回定期演奏会のプログラムが①シューマン(ラヴェル編)「謝肉祭」より、②同「ピアノ協奏曲 イ短調」、③ラヴェル:バレエ「ダフニスとクロエ」第1・第2組曲と決定(指揮は沖澤のどか)しました   両公演ともとても良いプログラムだと思います

 

     

 

封書には会員特典の「東京シティ・フィルのロゴ入り付箋」と6月8日(木)の第361回定期演奏会リハーサルの招待券が同封されていました 藤岡幸夫の指揮で吉松隆「交響曲第3番」他のリハーサルが公開される予定です この週は6回コンサートを聴く予定ですが、8日は奇跡的に空いているので見学しようと思います

 

     

 

シティ・フィルといえば、 MINAMI(吉田南)がブラームス「ヴァイオリン協奏曲」を演奏する15日の「ティアラこうとう定期演奏会」が楽しみです

 

     

 

ということで、わが家に来てから今日で3007日目を迎え、立花孝志氏が7日、国会内で会見し、政治家女子48党の党首への復帰を表明し、代表兼党首の大津綾香氏は除名したと発表した  というニュースを見て感想を述べるモコタロです

 

     

     ガーシーの次は 大津綾香を利用して捨て 党首に復帰した立花を 誰が信じるのか?

 

         

 

昨日、夕食に「お肉やわっやわ鶏のガリチー煮」と「エノキダケと人参とウインナのスープ」を作りました 「鶏の~」は娘がショートメッセージで写真とともに送ってきたレシピで作りました ガリチーはガーリック+チーズの略です 自分がリクエストした料理だけあって、娘は食べながら「旨い」「美味しい」を連発していました 牛乳をベースに鶏の肉汁やシメジ、ホウレンソウ、玉ねぎの味がミックスされたタレを残しておいて、昼食にスパゲッティを作ると言っています

 

     

 

         

 

清少納言・角川書店編「ビギナーズ・クラシックス 日本の古典『枕草子』」(角川ソフィア文庫)を読み終わりました

「枕草子」を読むのは大学浪人時代以来なので、ン十年ぶりです 高校時代は「現代国語」や「古文」が好きで、「枕草子」や「方丈記」などの主要な文章は暗記に務めたものです

本書は「枕草子」の主要な随想とともに筆者の清少納言についても解説を加えています

清少納言が活躍したのは今から1千年以上も前の平安時代のことです 清少納言は本名ではありません。彼女が宮仕えした時の女房名です。清少納言は歌人・清原元輔の末娘で、一条天皇の中宮・定子(ていし)の女房です。女房とは定子の身の回りのお世話をする女性のことです 966年頃の生まれで、16歳ころ、橘則光と結婚、翌年則長を産みました

その頃は一条天皇の時代で、天皇元服(990年)と同時に、内大臣・藤原道隆の娘・定子が入内します。この時、天皇11歳、定子15歳で、同年定子は中宮となります。993年に道隆は関白となり、この年の初冬に清少納言は定子の後宮に宮仕えを始めました この時 清少納言28歳、定子18歳でした。その後、1000年2月に定子は皇后となり、第2子を出産しますが、25歳で死去します これに伴って清少納言は宮仕えを辞しました。「枕草子」はこの間の宮廷での出来事を随想の形で書き残したものです

清少納言は和歌も詠みますが、父親の清原元輔は歌人・学者として名高い人で、勅撰集「後撰集」の編纂や「万葉集」の訓読にかかわったといいます 清少納言は娘として恥ずかしくない歌を詠まなければならないという重圧を常に感じていたと思われますが、父親から受け継がれた文才が「枕草子」を書く上で大いに役立ったと思われます

 

     

 

本書は、古文に取っつきやすいように、有名な章段を中心に取り上げ、最初に「現代語訳(総振り仮名付き)」で紹介し、次に「原文(総振り仮名:歴史的仮名遣い)」に触れ、最後に時代背景などのコメントを付しています

「枕草子」と言えば第1段の「春は曙」で始まる有名な随想を思い浮かべます

春は、曙。やうやう白くなりゆく、山際すこし明かりて、紫立ちたる雲の細くたなびきたる。

夏は、夜。月のころはさらなり、闇もなほ、蛍の多く飛び違ひたる。また、ただ一つ二つなど、ほのかにうち光りて行くも、をかし。雨など降るも、をかし。

秋は、夕暮れ。夕日のさして、山の端いと近うなりたるに、烏(からす)の、寝所へ行くとて、三つ四つ二つなど、飛び急ぐさへ、あはれなり。まいて、雁(かり)などの連ねたるが、いと小さく見ゆるは、いとをかし。日入り果てて、風の音、虫の音(ね)など、はた、言ふべきにあらず。

冬は、早朝(つとめて)。雪の降りたるは、言ふべきにもあらず、霜のいと白きも、またさらでも、いと寒きに、火など急ぎおこして、炭持て渡るも、いとづきづきし。昼になりて、ぬるくゆるびもていけば、炭櫃・火桶の火も白き灰がちになりて、わろし。

どうでしょう、この歯切れの良い文章は 色彩感に溢れ 文章にリズムがあります 名文中の名文だと思います

この段で思い出すのは、浪人の時の「古文」の模擬試験の問題です それは上記の文章で下線を引いた「山際」と「山の端」の違いを説明せよ、というものです 正解は「山際(やまぎわ)」が「山の稜線に接した空」を意味し、「山の端(やまのは)」は「山の稜線」を意味します

模擬試験では当時の言葉の読解力が試されました 「をかし」は「良い」「風情がある」「興味深い」などの意味がありますが、現代と意味が異なる言葉に次のようなものがあります

「すさまじきもの」・・・・「期待が裏切られ、熱意が冷めて、しらけた気持ち」⇒「すさまじきもの トランプの自己主張」とか。

「にくきもの」・・・・・・「癪に障るもの」⇒「にくきもの プーチンの独りよがり」とか。

「あてなるもの」・・・・・「上品なもの」⇒「あてなるもの モコタロの毛づくろい」とか。

「にげなきもの」:・・・・「似合わないもの」⇒「にげなきもの 北朝鮮の強気の態度」とか。

「ありがたきもの」・・・・「めったにないもの」⇒「ありがたきもの トランプの反省の言葉」とか。

「ねたきもの」・・・・・・「むしゃくしゃするもの」⇒「ねたきもの ロシア国民のプーチン支持率80%越え」とか。

「かたはらいたきもの」・・「はらはらして困るもの」⇒「かたはらいたきもの 北朝鮮のミサイル発射実験」とか。

「あさましきもの」・・・・「呆然としてしまうもの」⇒「あさましきもの モコタロの餌皿ちゃぶ台返し」とか。

「くちをしきもの」・・・・「残念でがっかりするもの」⇒「くちをしきもの 岸田政権の財源なき国家予算拡大政策」とか。

「はしたなきもの」・・・・「体裁が悪いもの」⇒「はしたなきもの トランプの検察批判」とか。

こうして挙げていくとキリがないのでこの辺で止めておきます

巻末の「解説」が面白い 清少納言と同時代を生きた才女、紫式部が「紫式部日記」の中で清少納言を次のように評していると紹介しています

「清少納言こそ、得意顔に偉そうにしている人です。あれほど利口ぶって、女のくせに漢字を書き散らしていますが、よく見ると生半可な所がたくさんあるのです こう、人より抜きん出ようとする人は、必ず見劣りし、先々いやな感じになるもの・・・。いつも風流ぶっている人は、ひどくつまらない時もしみじみあわれに浸り、おもしろがっていますけれど、そんな風だと、自然と良くない軽薄な感じになるに決まっています そういう軽薄な人の行く末なんて、どうして良いことがありましょう」(以上、現代語訳)

解説の執筆者は「紫式部は、定子を苦しめた道長の娘・彰子に仕え、長編『源氏物語』を書いた 慎重で控えめな紫式部の目には、才気煥発を絵に描いたような清少納言が、鼻持ちならない軽薄な人間に映ったらしい」と解説しています 逆に清少納言は紫式部をどう評価していたのでしょうか? 気になります

さて、「枕草子」第245段には次のように書かれています

「ただ過ぎに過ぐるもの 帆かけたる舟。人の歳(よはひ)。春、夏、秋、冬」

「芸術は長く、人生は短し」・・・これは3月28日に亡くなられた坂本龍一さんが好きだった言葉だそうです 人間の死亡率は100%    一度きりの人生です。お互い後悔のないように生きたいものです

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