人生の目的は音楽だ!toraのブログ

クラシック・コンサートを聴いた感想、映画を観た感想、お薦め本等について毎日、その翌日朝に書き綴っています。

METライブビューイング、ヘンデル「ジュリアス・シーザー」を観る

2013年05月21日 07時38分11秒 | 日記

21日(火)。S建設のNさんからお誘いがあり、昨夕S建設と当社の社員有志で、Nさんのお子さん(姉のAさんと弟のKさん。ともに美形)が経営する中目黒のメキシコ料理店BINXに行きました Nさんは今年S建設に入った新人の女性社員Hさんとともに来店です。新人っていいですね

店の名前BINXの由来について姉のAさんは「漫画”ワンピース”に出てくる言葉です。それにINというのは、怪しい言葉に多く含まれていますよね。例えば、コカインとか、ヘロインとか、セッコツインとか(これは言っていない)」と解説してくれました

ワカモレディップ、ケサディア・ドルチェ、ハンバーグ、ブリトーなどをいただきましたが、メキシコ料理はどれもが美味しく、生ビールとワインに合いました Nさんの提唱で、全員がテキーラに挑戦しました。まず、Nさんからテキーラの正しい飲み方のレクチャーがありました まず、左手の甲に塩を乗せ、それを舐めてからショットグラスのテキーラを一息で飲む、その後でレモンをかじる、というものです。50度前後あるそうですから相当きついですね メキシコでも温度は50度まではいかないでしょう

 

          

          

          

          

 

          

 

お店にはダーツがあり、我こそというツワモノが挑戦しました 1回3本の矢を放って8回戦やる戦いに私も挑戦してみました。一時は390点でトップに立ったのですが、最終的にはこの店の姉のAさんが優勝したようです。あやや

 

          

 

  閑話休題   

 

新宿ピカデリーでMETライブビューイング、ヘンデル「ジュリアス・シーザー」を観ました これは今年4月27日に米メトロポリタン歌劇場で上演されたオペラのライブ録画です キャストは、ジュリオ・チェーザレ(英ジュリアス・シーザー)にカウンター・テナーのデイヴィッド・ダニエルズ、クレオパトラにソプラノのナタリー・デセイ、セストにメゾソプラノのアリス・クート、コルネリアにアルトのパトリシア・バードン、アキッラにバリトンのグイド・ロコンソロ、ニレーノにカウンターテナーのラシード・ベン・アブデスラーム他。指揮はバロック・オーケストラ「イングリッシュ・コンソート」芸術監督のハリー・ビケット。オケはメトロポリタン歌劇場管弦楽団、演出はデイヴィッド・マクヴィカ―です 

 

          

 

全3幕の概要は以下の通りです

「舞台は紀元前48年のエジプト。ポンぺオの軍勢を破ったチェーザレ(シーザー)が凱旋すると、ポンぺオの妻コルネリアと息子セストが現われて和睦を申し出る。しかしポンぺオはエジプト王トロメオによって斬首されていた 復讐を誓う母と子。トロメオの姉・クレオパトラは一層の覇権を夢見ており、友人でもあったポンぺオの死を悼むチェーザレに、変装して近づいて魅了する トロメオは、コルネリアを褒美に望む将軍アキッラとともにチェーザレの暗殺を企てる。王は歓待の宴を催すが、チェーザレは彼の企みを見破る

チェーザレはクレオパトラの歌声を耳にして喜びに浸っている トロメオ王は捕えられたコルネリアに言い寄る。この現場を目にしたアキッラは王の言葉が嘘であったことに気づく。やがて、チェーザレのもとに王が裏切ったとの知らせが届く。クレオパトラは正体を明かし、彼を海へ逃がす

トロメオ王はクレオパトラの軍に勝利し、彼女は捕えられる 難を逃れたチェーザレに、瀕死のアキッラは復讐を願う。クレオパトラはチェーザレによって助け出され、セストはついに父の仇・トロメオを討つ。チェーザレはエジプトの王冠をクレオパトラに贈り、大団円となる

いつものように客席の映像を映し出しますが、気軽なTシャツ姿の男性もちらほら ジーンズの世界・アメリカらしい光景です。これがヨーロッパの歌劇場だったら、有り得ないでしょうね

指揮のビケットはチェンバロを弾きながら指揮をします。序曲を聴いてまずびっくりします。まさにバロック・オペラの音になっているのです 本当に現代楽器を使って演奏しているのか という驚きです。MET管弦楽団の柔軟性の高さを証明しています

ビケットは幕間のインタビューで「チェンバロを弾きながらどうやって歌手に指示を出すの?」と訊かれ「歌手の声はオケの音で消されて聞こえないので、歌手の口の動きを読んで判断します」と答えていました。

第1幕でシーザー役のデイヴィッド・ダニエルズ(カウンター・テナー)が出てきて、歌を歌い始めるのですが、髭面男がいきなり女声の声域で歌い出すので面喰います これはトロメオ役、ニレーノ役の歌手も同じカウンター・テナーなので同じです 4人の男性歌手のうち3人がカウンター・テナー、一方、セスト役のメゾソプラノは女性なのにズボン役(男性の登場人物を女性が歌う役柄)なので、これって”オネエの世界” と勘違いしそうです。

このオペラは休憩・インタビューを含めて4時間43分、そのうち本編は3時間50分かかりますが、長丁場の原因は、一つのアリアの中で歌詞を繰り返し歌うことにあります バロック・オペラ特有の現象です。繰り返しを避ければ半分近くに短縮されるかもしれませんが、それはヘンデルに対する謀反になるのでしょう

歌手は、誰もがパファーマンスが高いのですが、何と言ってもクレオパトラ役のナタリー・デセイが最高です ”踊りも踊れるソプラノ”と言われていますが、”歌も歌えるダンサー”と言ってもいいほど、歌いながら踊るのが得意なのです 第3幕終盤で海をバックに歌いながら踊るシーンは、まるでミュージカルです 今回の演出によるこのオペラはナタリー・デセイの魅力満載です

インタビューでルネ・フレミングから「速いパッセージのコロラツゥーラと、ゆったりと歌うアリアと、どっちが歌いやすい?」と訊かれ、デセイは「ゆったり歌う方ね。速いコロラツゥーラは装飾音も入れて歌わなければならないので、もう大変」と答えていました。

マクヴィカ―の演出は着替えが多く、クレオパトラだけで8回も着替えがあります 幕間のインタビューで「着替えの時間はどのくらい?」と訊かれて、METの着付け主任が「このオペラで短くて3分、長くて8分くらいね」と答えていました。デセイも「歌っている時間以外は着替えているようなものよ」と言っていました。

前述の通り、2回の休憩と歌手へのインタビューを含めて4時間43分の長丁場です METライブビューイング「ジュリアス・シーザー」は5月24日(金)まで、新宿ピカデリー、東銀座の東劇ほかで上映中。入場料金は3,500円です

この作品をもって今回の一連のMETライブビューイングの上映は終了し、2013-14シーズンは10月から始まります 次シーズンでは、お馴染みのプッチーニ「ラ・ボエーム」、モーツアルト「コジ・ファン・トゥッテ」以外は、チャイコフスキー「エフゲニー・オネーギン」、ヴェルディ「ファルスタッフ」、マスネ「ウェルテル」、ロッシーニ「ラ・チェネントラ」、ショスタコーヴィチ「鼻」、ドヴォルザーク「ルサルカ」、ボロディン「イーゴリ公」といった、普段上演される機会の少ないオペラが上演されます。来季も楽しみです

 

          

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東響オペラシティシリーズ第73回演奏会を聴く~ベロフの弾くラヴェル「ピアノ協奏曲」

2013年05月20日 07時00分02秒 | 日記

20日(月)。飯野ビルが毎月第3水曜日に同ビル1階エントランスロビーで開いている「ランチタイムコンサート」が5月22日(水)午後12:05から12:50まで開かれます 今回の出演者はピアノの佐野優子さんです

佐野さんは1989年10月、東京板橋生まれ。東京藝術大学入学、ハンガリー・リスト音楽院への留学を経て、現在、東京藝大4年在学中です プログラムは①シューベルト/リスト「アヴェ・マリア」、②リスト「ハンガリー狂詩曲第2番、③ショパン「幻想即興曲」、④ドビュッシー「喜びの島」です お昼休みのひと時、ベーゼンドルファーの音色に耳を傾けてはいかがでしょうか

 

          

 

  閑話休題  

 

昨日午後、初台の東京オペラシティにコンサートを聴きに行くついでに、オペラシティ3階のアートギャラリーで開催中の写真家「梅佳代」展を観ることにしました 梅佳代の写真は、日常の人間の営みを有りのままに写し取ったもので、何年か前に”無敵の男子小学生”を写した写真集を見て、すっかり気に入ってしまいました

ギャラリーは「シャッターチャンス Part1」(2002ー2012)、「女子中学生」(2000-2001)、「能登」(2004-2013)、「じいちゃんさま」(1990-2013)、「男子」(2000-2002)、「シャッターチャンス Part2」(2000-2012)のコーナーから成っています

 

          

 

このうち、専門学校時代に仲良くなった近所の女子中学生たちを学生寮の自室に招いて撮影した初期の作品「女子中学生」は、強烈なインパクトのある作品が揃っています ”傍若無人で無謀な女子中学生たち”と言っておきます それから、同じ時代に路上で仲良くなった小学生たちの”バカで無敵ぶり”を活写した「男子」も思わず笑ってしまう傑作揃いです 

梅佳代の写真を見ていると、「こんなのだったら自分にも写せるんじゃないか」と思ったりするのですが、実際にはそう簡単にはいかないのでしょうね。会場に掲げられた写真の陰には何千、何万枚の写真があるはず いつかどこかで「写真とは、数多く撮った写真の中からこれだ!というショットを選択することである」と聞いたことあります。カメラがデジタルになって一層便利になったはずですね それにしても、いつ観てもいいなあ、梅佳代って

 

          

 

  も一度、閑話休題  

 

昨日午後2時から、東京オペラシティコンサートホールで東京交響楽団のオペラシティシリーズ第73回演奏会を聴きました プログラムは①ドビュッシー「小組曲」、②ラヴェル「ピアノ協奏曲ト長調」、③同「左手のための協奏曲」、④同「ラ・ヴァルス」です。指揮は秋山和慶、②③のピアノ独奏はミシェル・べロフ、コンサート・マスターは大谷康子です

ドビュッシーの「小組曲」は、私のクラシック音楽入門曲の一つです。学生時代のその昔、ラジカセが流行っていた頃、なぜか4曲をFMラジオから同時録音して毎日のように再生して楽しんでいました 4曲と言うのは、①モーツアルト「フルート協奏曲第2番」、②ドビュッシー「小組曲」、③トワ・エ・モア「空よ」、④C.C.R(クリーデンス・クリア・ウォーター・リバイバル)「トラベリング・バンド」です。このうち淘汰されて残ったのがモーツアルトとドビュッシーだったのです。しばしモーツアルトに奔りましたが

小組曲はピアノ連弾用に作曲されましたが、アンリ・ビュッセルによりオーケストラ用に編曲されました第1曲「小舟にて」、第2曲「行列」、第3曲「メヌエット」、第4曲「バレエ」から成ります。第1曲冒頭はオケのバックに支えられてフルートの優雅なメロディーが奏でられますが、甲藤さちの吹くフルートの何と美しいことでしょうか あの時のラジオ録音を思い出しました。曲名通りこじんまりした曲ですが、美しいメロディーに溢れた佳曲です

舞台右袖からピアノがセンターに運ばれ、ミシェル・べロフが秋山和慶とともに登場します かつての美青年も今や貫録のベテラン・ピアニストになりました。その昔、彼の演奏するプロコフィエフのピアノ協奏曲のLPを良く聴いたものです

べロフは椅子の高さを調整して、メガネをかけてピアノに向かいます。ラヴェルの「ピアノ協奏曲ト長調」は、このあと演奏する「左手のための協奏曲」とほぼ同時期に着手されました ラヴェルは1931年のインタビューで興味深いことを言っています

「私見によれば、協奏曲というのは快活にして華麗でなくてはならず、深刻であったり、ドラマティックな効果も必要ありません

ト長調のコンチェルトを聴けば、彼の発言内容がよく分かります べロフは一部独特のアクセントをつけて第1楽章を弾きます。第2楽章はイングリッシュ・ホルンとの掛け合いが実に美しく響きました べロフのピアノは高音が非常にきれいです。第3楽章は超高速テンポで音楽を推進します

会場一杯の拍手 に何度も舞台に呼び戻されます。秋山はソリストを立てて、オケを立たせることはしません

休憩後は同じラヴェルの「左手のための協奏曲」がべロフのソロで演奏されます。この曲は、第1次世界大戦で右手を失ったウィーン生まれのピアニスト、パウル・ヴィトゲンシュタインから委嘱を受けて作曲したものです

冒頭、低弦の重い響きが続き、それがクライマックスに達した時、ピアノが力強く入ってきます しばらく左だけのソロが続きますが、とても片手で演奏しているとは思えない力強さです この曲は切れ目なしに続けられる単一楽章の作品のため、気持ちよく聴いているうちに、あっという間に曲が終わってしまいます

べロフはまた何度も舞台に呼び戻されます。が、アンコールの用意はなかったようです

ピアノが右袖に片付けられて、オケが再度スタンバイします。最後の曲は「ラ・ヴァルス」つまり「ワルツ」です。ラヴェルは日ごろからワルツが好きだったようで、J.シュトラウスを賞賛していたといいます ロシア・バレエ団主宰者のディアギレフからの希望もあり、ウィーンへの憧れを作品にまとめたいと思ってバレエ音楽「ラ・ヴァルス」を完成したと言われています

ラヴェルはスコアに次のような文を添えています。

「雲の割れ目から、ワルツに興じる人々が見える。雲は次第に消え、大きなホールが現われる。旋回する人たちがあふれるばかりである。ホールはさらに明るさを増し、シャンデリアの光も輝きを強くする 時は、1855年頃の宮廷である」

秋山和慶の指揮する東京交響楽団は、ラヴェルの書いた文章を再現するかのように、優雅で、視覚的で、色彩感溢れる演奏を展開、最後は大団円を迎えます

聴いていると思わず踊りたくなります。 いつですか? 今でしょ

 

          

          

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東京フィル「響きの森クラシック・シリーズ」を聴く~文京シビックホール

2013年05月19日 07時00分04秒 | 日記

19日(日)。昨日の日経朝刊の別刷り「日経プラス」の連載「当世ふところ事情」に「映画やコンサート、年いくら使う?」という調査結果が載っていました これは全国の成人既婚男女を対象にインターネットで実施し、有効回答は618人だったとのことです

調査結果によると、「5,000円未満」が最も多く35%、「5,000円以上10,000円未満」を合わせて10,000円未満が51%と過半数を占めています。10,000円以上と20,000円以上が各8%で、残りの33%が何と「映画やコンサートには行かない」とのことです。言い換えれば、映画やコンサートにまったく行かない人を含めて年間10,000円未満しかお金を使わない人が84%にも達するということです。文化にお金を使わない人が余りにも多いことに愕然とします

私の場合はどうなのか、大雑把に計算してみました。クラシック・コンサートには年間約160回行きますが、そのうち60回弱がオーケストラ等の定期コンサートです ①東響サントリーシリーズ、②同オペラシティシリーズ、③同名曲シリーズ、④新日本フィル・トりフォニーシリーズ、⑤同室内楽シリーズ、⑥バッハ・コレギウム・ジャパン、⑦新国立オペラの各年会費が合計で455,000円、それ以外の100回分が単発で購入するコンサートです こちらの方は3,000円程度の室内楽もあれば数万円のオペラもあるので簡単には合計できません これまでに行ったコンサートのチケットはすべて保管してあるので、計算すれば昨年1年間の合計金額は出るのですが、面倒くさいので止めときます

映画は年間60~70本見ますが、通常の映画の@1,000円からオペラ映画の@3,500円まで、これもまちまちです。コンサートに比べれば安いもので合計10万円まではいかないと思います

もっとも私の場合は、コンサートや映画には惜しげない投資する一方で、着る物には無頓着で、ほとんど6年も7年も前から着ているスーツやシャツを今でも身につけています まあ、体型がほとんど変わらないから可能なのだと思いますが ワイシャツはクリーニングには出さず、毎週土曜日に自分でアイロンをかけています。これは経済的なメリットがあるだけでなく、いい運動になるのです

一度しかない人生です。もう少し”生の文化”に接する機会を持った方が心が豊かになると思うのですが、いかがでしょうか

 

  閑話休題  

 

昨日、文京シビックホールで東京フィルの「響きの森クラシック・シリーズ」演奏会を聴きました プログラムは①ムソルグスキー(ラヴェル編曲)「展覧会の絵」、②マスネ「タイスの冥想曲」ほか、③ラヴェル「ボレロ」。指揮は東京シティ・フィルの音楽監督、宮本文昭。②のヴァイオリン独奏は前橋汀子です

 

          

 

このシリーズのコンマスは、いつもは三浦章宏ですが、この日は珍しくソロ・コンサートマスターの荒井英治の登場です ドイツのオケで首席オーボエを長年務めてきた宮本文昭ですが、2012年4月から東京シティ・フィルの音楽監督に就任するなど、本格的な指揮者活動を展開しています

宮本はタクトを持たず、胸のポケットに赤いチーフを覗かせての登場です ”カッコいい”、別の言葉で言うと”キザ”です。別にいいんですけど

1曲目のムソルグスキー「展覧会の絵」は、もともとピアノ独奏曲ですが、ラヴェルがオーケストラ版に編曲して、圧倒的な輝きに満ちた曲に変貌を遂げました ムソルグスキーが1874年に画家で建築家のヴィクトル・ハルトマンの遺作展を見て大きな感銘を受け、絵の印象に基づく音楽を作ろうと決心し、同年6月にピアノ組曲「展覧会の絵」を完成しました その後、指揮者クーセヴィツキーの依頼によって1922年にラヴェルがオーケストラ編曲版を完成し、この曲を世界的な人気曲に押し上げたのです

宮本の指揮は、身体全体を使って音楽を表現する動きの激しい指揮です 一度足の位置を決めたら曲が終わるまで1センチも動かさない都響の小泉和裕とは対極の位置にあります 古くは山田一雄に遡る”踊る指揮者”の系譜を継ぐ何代目かの指揮者と言えるかもしれません 指揮しながらバレエを踊る井上道義といい勝負かも。指揮をしながらメロディーを口ずさむのは小林研一郎の系譜か

”絵と絵の間”はプロムナードで繋ぎますが、宮本は間を置かずすぐに次の曲に移っていました。これは非常によかったと思います 指揮者によっては、たっぷり時間を置いて次の”絵”に移る人もいますが、私は宮本スタイルの方がスッキリしていていいと思います

東京フィルは荒井コンマスのリードで、踊る指揮によく応えていました とくにこの曲は管楽器が大活躍しますが、期待を違わない迫力ある演奏を繰り広げました

宮本は管楽器のソリスト達を立たせて、さらに管楽器、弦楽器、打楽器をセクションごとに立たせて聴衆の拍手を求めていました。これを見て私は”炎のコバケン”の後継者か、と思いました ちょっとしつこいです。何事もほどほどにしないと聴衆は呆れます

休憩後の前半は、昨年演奏活動50周年を迎えたヴァイオリニスト、前橋汀子をソリストに①エルガー「愛の挨拶」、②マスネ「タイスの冥想曲」、③ベートーヴェン「ロマンス第2番」、④サラサーテ「ツィゴイネルワイゼン」が演奏されました

レモン・イエローのロングドレスに身を包まれた前橋汀子が名器グァルネリウス・デル・ジェスを手に颯爽と登場します

最初の2曲は、最初のうちは第1ヴァイオリンが演奏を休止しています。これは楽譜通りなのか、同じヴァイオリン同士でソリストの音を消さないためなのかはっきり分かりません しかし、3曲目以降は最初から第1ヴァイオリンが出てきたので、楽譜通りなのかもしれません

前橋汀子が本当に弾きたかったのは「ツィゴイネルワイゼン」です。思い入れたぷっぷりに弾きます 彼女の演奏を聴いていて、矢代亜紀の演歌を思い出しました こぶしを効かせた歌い回しに近い表現に思われました 3部構成の曲ですが、第1部の終了後、1階席後方で拍手が起きました。これを宮本が振り返らず、手で制して第2部に移りました。フィナーレはソリストとオケが一体となって圧倒的な迫力で締めました

会場一杯の拍手 に気を良くした前橋は、クライスラーの「愛の喜び」を喜びに満ちて演奏しました何回も舞台に呼び戻され、最後に退場する際、舞台袖で会場に一礼して引き揚げました。今の若手のソリストにこれほど礼儀正しい演奏家がいるでしょうか

さて、管楽器を中心にメンバーが追加され、最後はラヴェルの「ボレロ」です。小太鼓が指揮者の真ん前にスタンバイします ラヴェルの言う「スペイン=アラビア風」の2つの主題が169回繰り返される、たったそれだけの曲ですが、主役の楽器を変えて引き継いでいき、クレッシェンドでだんだん大きくなっていきます 終盤には中央の小太鼓のほかに、管楽器群の後ろにスタンバイしたもう1台の小太鼓が大きなリズムを刻み始め、中央の小太鼓を凌駕します 最後は、いきなりのどんでん返しです。これによって、会場は興奮の坩堝と化し、拍手 とブラボーの嵐となります

宮本はセンターの小太鼓奏者を指揮台の前まで引っ張ってきて、聴衆の拍手を求めました 最初から最後まで一貫して演奏しているのはこの男性小太鼓奏者だけですから、ボレロの主役と言ってもいいかもしれません。決して”ドラムすこ”ではありません

この日のコンサートは踊る指揮者・宮本文昭が前面に出た華やかな公演でした。たまにはこういうコンサートもいいものだと思います

       

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「いまなんつった?」「奇跡のリンゴ」「時のみぞ知る」(上・下巻)を買う

2013年05月18日 07時00分22秒 | 日記

18日(土)。昨夕、X部長と共謀してHCビル地下のKで飲みました 2時間ぐらい飲んで、千代田線に乗って上野に向かいました。例によって、うさぎさんチームとトラさんチームの歌合戦 になり、90点未満はその都度1,000円払うという無謀なルールによって、X部長の財布から、数枚の1,000円札に羽が生えて飛んでいきました X部長は自分で決めたルールについて超悔しがっていましたとさ。チャン、チャン

 

  閑話休題  

 

本を4冊買いました 1冊目は宮藤官九郎著「いまなんつった?」(文春文庫)です。宮藤官九郎とは何者なのかまったく知らずに、本のタイトルを見て「こりゃ、おもしろそうだ」と直感で買ってしまった本です 第一、宮藤を”みやふじ”と読んでいたくらいですから。どうやら「2013年4月スタートのNHK連続テレビ小説『あまちゃん』の脚本を担当している人のようです。NHKの連ドラなんてこの20年位観たことがないので、面白いのかどうなのかさっぱり分かりません 「いまなんつった?」

 

          

 

次は石川拓治著「奇跡のリンゴ」(幻冬舎文庫)です これは2006年1月にNHK「プロフェッショナル 仕事の流儀」という番組で、りんご農家・木村秋則さんが無農薬・無肥料により、りっぱなリンゴを実らせる取り組みを取り上げて世の中の話題になり、2008年7月に幻冬舎から刊行された本を単行本化したものです 「不可能を可能にした」木村さんの取り組みを知りたくて買いました

 

          

 

次はジェフリー・アーチャー著「時のみぞ知る」(上巻・下巻。新潮文庫)です。彼の作品は好きで、これまで「百万ドルを取り返せ!」「ケインとアベル」「ゴッホは欺く」「誇りと復讐」など楽しく読んできました 彼の小説は読み始めたら止まらない魅力があります

 

          

          

 

これらの本は、いずれこのブログでご紹介していきます

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道尾秀介の初エッセイ集「プロムナード」を読む~元ネタはどこに?

2013年05月17日 07時00分16秒 | 日記

17日(金)。道尾秀介の初エッセイ集「プロムナード」を読み終わりました 道尾秀介は1975年生まれ。2004年に「背の眼」で第5回ホラーサスペンス大賞特別賞を、07年に「シャドウ」で第7回本格ミステリ大賞を受賞したのをはじめ、2011年には「月と蟹」で第144回直木賞を受賞しています

新聞各紙、週刊誌、月刊誌などに掲載されたエッセイを集約した46篇が収められています 読んでいると、「アメンボの話」などのように、ああ、これはあの小説の元ネタだな、という記述がそこかしこに発見できます

私は道尾という苗字が珍しいと思っていましたが、小説家の都築道夫から名前をとったと書かれていて、やっとその秘密が分かりました

小説に直接つながらないものでも、よくこんなところに眼がいくなあ、と感心させられる記述が少なくありません

また、「小説家はこういうことをやって思考する”技術”を磨いているのか」と感心したのは「人生の4コマ目」というエッセイです。道尾氏はY紙とN紙を定期購読しているそうですが、Y紙に掲載されている4コマ漫画「コボちゃん」の「逆読み」をやって遊んでいる、というのです つまり、上の3コマを手で隠し、最後の4コマ目を最初に読んで、それまでの展開を想像する。どうしてもわからなければ、3コマ目を見る。それでも分からなければ2コマ目を見るというものです 「小説を書く上で役立つのではないかと思い、使ったことのない筋肉を使ってみようというような軽い気持ちではじめたことだった。が、やってみるとこれがけっこう面白い ~しばらくこの遊びはやめられそうにない」と書いています。A紙の「ののちゃん」でやってみようかと思います

道尾氏はいつもiPodで音楽を聴きながらランニングをしているそうですが、どんなジャンルの音楽でも気分の上がり下がりは関係ない、と書いています。常に気分は高揚したままで変わらないそうです その理由は「音楽の中にはリズムやメロディーのほかに”魂”が入っているからなのではないだろうか。何より人間の心を揺さぶるのは、曲が展開するスピードでも音符の動きでもなく、そこに込められた魂なのではないか いい音楽には必ず魂がこもっている。だからリズムやメロディーに関係なく、聴いていて気分が高揚する」と書いています。そして小説を書くのも同じだと言っています

道尾氏は音楽自体に魂が込められているかどうかを言っていますが、とくに生のコンサートでは演奏そのものに魂がこもっているかどうかが大切だと思います。そういう意味で、今までコンサートを聴いていて「魂がこもっているか」と意識して聴いたことはあまりありませんでした かつて経験したコンサートの中では宇宿允人(うすき・まさと)指揮フロイデ・フィルの演奏するベートーヴェンの第3番、第5番のシンフォニーが、まさに魂が込められて迫ってきた音楽でした。残念ながら、彼は一昨年の3.11東日本大震災のほんの数日前に死去しました これからは、その演奏に”魂”がこもっているかどうか、意識して聴いてみようと思います

この本には、著者が17歳の時に描いた「緑色のうさぎの話」という”絵本”が特別収録されています 内容については見てのお楽しみにしておきます

 

          

 

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新日本フィル室内楽シリーズ~J.シュトラウス、マウラー、モーツアルト~編曲の妙を聴く

2013年05月16日 07時00分15秒 | 日記

16日(木)。昨夕、すみだトりフォニーホール(小)で新日本フィル室内楽シリーズ「音楽家たちの饗宴」を聴きました プログラムは①J.シュトラウス「こうもり」序曲ほか、②マウラー「金管五重奏のための12の小品」、③モーツアルト「交響曲第40番ト短調K.550」です 室内楽でこれらの曲を演奏するということは、すなわち編曲による演奏ということです。この日のプログラムは”編曲の妙”と言っても良いかもしれません

例によって開演前には新日本フィルの第2ヴァイオリン奏者・篠原英和さんによる”プレ・トーク”がありました。この日は来月解散する東京クワルテットと、カラヤン率いるベルリン・フィルのコンサート・マスターを長年務めたミシェル・シュヴァルべ氏について、いつものように原稿なしの流暢な解説がありました 東京クワルテットの創立時から現在に至るまでのメンバーの移動やリリースしたレコードの年代が、次から次へとポンポン出てきます どうしてこういうトークが可能なのか、いつもながら口をあんぐり開けて耳を傾けるだけです

シュヴァルべ氏はポーランド生まれのユダヤ人で、両親がナチス・ドイツの犠牲になったことから、ナチ党員だったカラヤンからベルリン・フィルのコンマスに誘われた時、何度も断ったそうです しかし、カラヤンの熱意に負けて最後には引き受けたそうです。初めて聴く話でした。篠原さんのトークには教わることが多々あります

 

          

 

さて、1曲目に演奏されるJ.シュトラウスのオペレッタ「こうもり」は、序曲、”公爵様、あなたのようなお方は”、フィナーレをコントラバスの村松裕子さんがコントラバス用に編曲したものです 演奏は、竹田勉、渡辺玲雄、城満太郎、村松裕子の4人です 普段は縁の下の力持ちで、メロディー楽器でない低音域のコントラバスだけで、メロディー・パートと伴奏パートを分担する訳ですから相当演奏が難しいと思われます 単色の音をいかに幅広く聴かせるかが編曲の腕の見せ所ですが、村松裕子さんの編曲はとても楽しめました 何より演奏者が楽しそうに演奏していたのが一番好感が持てました 村松さんはオーケストラの定期で演奏し、室内楽シリーズで演奏し、その上、編曲もやらなければならない訳ですから、その努力は並大抵ではないと思います。演奏した4人のメンバーはもちろんのこと、村松さんには特大の拍手を送ります

2曲目の「金管五重奏のための12の小品」は、1789年ドイツ生まれのマウラーが書いた曲ですが、その中から7曲を演奏します。トランペット=服部孝也、市川和彦、ホルン=井出詩朗、トロンボーン=箱山芳樹、チューバ=佐藤和彦の面々による演奏です

金管だけのアンサンブルですが、明るい親しみのあるメロディーが続き、素晴らしいハーモニーが聴けました

3曲目のモーツアルト「交響曲第40番ト短調K.550」の演奏は、フルート=渡辺泰、オーボエ=浅間信慶、クラリネット=鈴木高道、ファゴット=坪井隆明、ホルン=金子典樹によって演奏されました 足をくじいたのか、ファゴットの坪井さんは松葉杖をついて登場しました

ホルンを含む木管によるアンサンブルですが、第1楽章冒頭のフルート、次いでオーボエがメロディーを奏でるところは、もう少しソフトに出られたらよかったかな、とも思いました しかし、楽章を追うごとにスムーズに流れるようになりました。全楽章を通して良かったのはファゴットです オーケストラでの演奏で通常通り演奏する部分が多かったのかも知れません。その点、フルート、オーボエ、クラリネットは弦楽器が演奏する(メロディー)パートも演奏しなければならないので、超多忙で演奏困難だと思います。それを考えれば、5人の奏者は熱演を繰り広げたと言えると思います

 

          

 

演奏後、ホワイエで開かれたワン・コイン・パーティーに500円を払って参加しました ここでも篠原さんが進行役を務め、この日の出演者にインタビューしました

最初にこの日の「プレ・トーク」で解説したミシェル・シュヴァルべ氏のエピソードを紹介、

「私が新日本フィルの入団したての時、シュヴァルべさん来日して新日本フィルと共演する機会があったのですが、その時の指揮者が井上道義さんでした。演奏が終わって誰かが通訳を通して、指揮者について感想を聞くと、彼は『ぶっ殺してやる』と言っていたそうです

「私もそう思います」とは篠原さん、口が裂けてもおっしゃいませんでした が、何となくシュヴァルべさんの気持ちは分かるような気がします 演奏に①指揮者が燃えてオケが醒めている演奏、②指揮者は醒めていてオケが燃えている演奏、③指揮者もオケも燃えている演奏があるとすれば、井上氏の場合は①のケースか・・・・・・なんて勝手に思ったりします 演奏前、演奏中、演奏後のパフォーマンスを見ると何となくそう思ってしまうのですね、これが

ロシアのピアノの巨匠、チェルカスキーが来日した際、井上氏の指揮で誰かのピアノ協奏曲を演奏した後、井上氏が「また共演しましょう」と持ちかけると、巨匠は「だれと?」と訊き返した、というエピソードを聞いたことがあります いえ、私は決して井上さんのこと嫌いではありません。

さて、インタビューの最初は「プレ・トーク」の後任に決まっている村松裕子さんです

「後任に村松さんに白羽の矢を立てて説得したのですが、最初のうちはなかなか首を縦に振ってくれませんでした。最終的には引き受けてくれましたが 村松さん、次期のプレ・トークに向けてどのようにしようという考えや抱負はありますか?」

と尋ねると、村松さんは、

「な~んにも考えていないんです 皆さん、こうした方がいいとか、こういう話をしたらとか、アイディアがあったら教えてください 篠原さんのプレ・トークはいつも15分ぴったりで終わるんですよね。こういうことは普通の人には出来ません こういうところは引き継いでいきたいですね

と答えていました。篠原さんは、

「自分自身のスタイルを出来るだけ早く身につけて頑張ってほしいと思います

と暖かい言葉をかけていました。モーツアルトを演奏したオーボエの浅間信慶さんに

「木管による40番は、演奏していてどうでしたか?」

と尋ねると、浅間さんは、

「この曲はやっぱりオーケストラで演奏する曲だと思いましたね 弦楽器にはかないません 木管だけで、こんなことしてていいのかな、って思いながら演奏してましたよ

と答えていました。この人は正直な人だと思いました。クラリネットの鈴木高道さんに

「鈴木さんはバス・クラリネットを演奏する機会が多いと思いますが、バス・クラが活躍する曲にはどんな曲がありますか?」

と尋ねると、

「今度、6月にハーディングの指揮でマーラーの第6番を演奏しますが、バス・クラのソロが長く続くところがあります 是非聴きに来てください

とPRしていました。チューバの佐藤和彦さんにインタビューしたときも、チューバが活躍する曲としてマーラーの第6交響曲を挙げていました。チューバにとってこの曲は”トライアスロン”だそうです

こうして、演奏者の皆さんの声を直接聞くと本当に楽しく、参考になります ワインも2杯は飲んでいるので500円は安いです。そう言えば、ワインをお代わりしたら、缶入りの赤ワインをグラスに注いでくれました。「ワインは瓶でなければ」などとビンカンなことは言わないことにします

 

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ヒラリー・ハーンのヴァイオリン・リサイタルを聴く~彼女はホットか?クールか?

2013年05月15日 07時00分12秒 | 日記

15日(水)。昨夕、東京オペラシティコンサートホールで、ヒラリー・ハーンのヴァイオリン・リサイタルを聴きました 当初、発表されていたプログラムは①コレッリ「ヴァイオリン・ソナタ第4番」、②フォーレ「ヴァイオリン・ソナタ第1番」、③バッハ「シャコンヌ」、④ヒラリー・ハーンのための委嘱作品となっていましたが、コレッリがモーツアルトに代わりました。大歓迎です

ヒラリー・ハーンのための委嘱作品というのは、彼女が世界の27人の作曲家に5分程度のアンコール・ピースの作曲を委嘱したもので、この日演奏する9曲のうち6曲がアンコール・ピースです したがって、会場のほとんどの聴衆がこの日初めて聴く曲ばかり、のはずです

自席は1階19列1番とやや後方の左端、会場は3階まで満席、開演前から会場の熱気を感じます 照明が落とされ、ピアノのコリー・スマイスとともにヒラリー・ハーンが黒のコスチュームで登場します 上半身だけ見るとまるでビキニです。ヒラリー、大胆素敵 誰かがどこかに書いていたように、ヒラリーは「どこかに少女のような面影を残した美しい凛とした女性」です

 

          

 

1曲目のアントン・ガルシア・アプリル(スペイン)の”First Sigh” from "Three Sighs"は、印象で言えば「たゆたうような音楽」です

2曲目のデイヴィッド・ラング(アメリカ)の"Light Moving"を印象で言えば「反復する煌めく音楽」ですスティーヴ・ライヒの影響が聴かれます。この演奏後、彼女がメガネを外すのを見ました。それまで気が付きませんでした さすがに、楽譜を見ないと演奏できない難曲だったのでしょう。それにしても彼女のメガネ姿は初めて見ました

3曲目は、出ました モーツアルト「ヴァイオリン・ソナタ変ホ長調K.302」です。この曲はモーツアルトが1778年ごろに作曲した6つのヴァイオリン・ソナタ(K.301~306)の2番目の曲で、第1楽章「アレグロ」、第2楽章「ロンド」の2楽章から成ります 現在、われわれは”ヴァイオリン・ソナタ”と呼んでいますが、当時は”ヴァイオリン伴奏付のピアノ・ソナタ”でした。そういう意味で、ヒラリーがなぜヴァイオリン・ソナタの中でもヴァイオリンの活躍が控えめなこの曲をあえて選んだのか分かりませんが、彼女には必然性があったのでしょう 彼女は肩の力を抜いて軽やかに演奏します。私はこの曲を初めて聴いたような錯覚に捕らわれました。新鮮でした

彼女はナタリー・シューとモーツアルトのヴァイオリン・ソナタ集(K.376、K.301、K.304、K.526)をドイツ・グラモフォンからリリースしていますが、明るく伸びやかな素晴らしい演奏です

 

          

 

 4曲目は大島ミチルの”Memories"です。過去を振り返って懐かしむようなメロディーに溢れた曲です

プログラム前半の最後は、J.S.バッハ「無伴奏パルティータ第2番」より”シャコンヌ”です。ヒラリーはこの大曲に自然体で臨みます バッハの深い世界を軽やかに鮮やかに描いていきます。この演奏を聴いて、彼女のデビュー・アルバム(無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第2番、第3番、無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第3番)の新鮮で輝くような演奏を思い出しました

 

          

 

休憩後の最初はリチャード・バレットの”Shade"です。これぞ現代音楽の典型のような曲で、高音部の擦るような音が特徴です しかし、ヒラリーが演奏すると不快感がありません

再びメガネを着用してエリオット・シャープの”Storm of the Eye”を演奏します。印象を言葉で言えば「今そこにある危機」です

そして後半のメイン・プログラム、フォーレ「ヴァイオリン・ソナタ第1番イ長調」です。これは譜面台なしで演奏します 彼女の演奏を聴いていて、アスリートが目前の障害を楽々とクリアしていく様子を思い浮かべました。実に軽く、力が抜けているのに表現したいことは十分に表現しています つい9日前にラ・フォル・ジュルネ音楽祭でパスキエ(vn)とケフェレック(P)の演奏でこの曲を聴いたばかりですが、まったく異なった印象を受けました パスキエの演奏はある意味、情熱的、別の言葉で言えばホットな演奏です。一方、ヒラリー・ハーンの演奏はどこか理知的な、別の言葉で言えばクールな演奏です。彼女の演奏を聴いていて、もう一つ感じたのは、弱音がよくコントロールされていて、しかも非常に美しいことです

第1楽章が終了した時点で、会場のそこかしこから拍手が湧きました。この時は、あまりの拍手の大きさに、いつの間にかつられて拍手している自分がいました ヒラリーはにこやかに応えていました

最後の曲はヴァレンティン・シルヴェストロフの”Two Pieces”(Waltz,Christmas Serenade)です。これはまさにワルツで踊るような楽しげな曲です

満場の拍手 とブラボーに応えてアンコールに、ジェームス・ニュートン・ハサードの「133 at least」を鮮やかに演奏 それでも帰らない聴衆のためにデヴィッド・デル・トレヴィッチの美しい曲「Farewell」をあくまでも美しく弾いてくれました 全般を通じてピアノのコリー・スマイスもよくヒラリーをサポートしました

鳴り止まない拍手の中、二人のアーティストが舞台袖に消え、会場の照明が点いたので帰途に着きましたが、ロビーにはヒラリーのサインを求める長蛇の列ができたことでしょう

 

          

 

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爆笑問題の太田光著「マボロシの鳥」を読む~芸人としての本音が出てくる小説

2013年05月14日 07時00分07秒 | 日記

14日(火)。爆笑問題の太田光が書いた「マボロシの鳥」(新潮文庫)を読み終わりました 太田光は1965年埼玉県生まれ。日大芸術学部中退後、88年に爆笑問題を結成。寄席にテレビにと活躍しています。この本は2010年10月に新潮社から刊行された作品を文庫化したものです。太田光の初めての小説ということで、長編小説だと思って手に取ると9つの小説から成る短編小説集でした

「荊の姫」「タイムカプセル」「人類諸君!」「ネズミ」「魔女」「マボロシの鳥」「冬の人形」「奇跡の雪」「地球発」の9編です

著者は「文庫版あとがき」の中で、「今回の小説は自分の気配を消すということに一番気を使った」と書いています。9つの作品の中では「人類諸君!」と表題作の「マボロシの鳥」の2作以外は、それに成功していると思います

「人類諸君!」は「見せ物小屋の呼び込み」の語り口で、ギャグの連発なのですが、結局何を言っているのか分かりません

「マボロシの鳥」は舞台芸人チカブーによる今世紀最大の出し物の鳥のことです チカブーは、誰もが夢中になり、見る者によって全く印象が異なる美しく輝く鳥を、興業主の約束違反によって失ってしまいます 再び彼はマボロシの鳥と再会することができるのか・・・・

物語の中で、芸人としての太田光の主張が前面に出てくる場面があります。それはチカブーと中年男との間の対話です

チカブー「芸人が、なぜ、自分の芸をお客に見せたいと思うか。わかるかい?」

中年男「その・・・・お、お客を・・・・・」

チカブー「お客を喜ばせたいとか、楽しませたい、なんて言うのは、後から付けた理屈だよ。一番の理由は、この客には、今、自分が必要なんだって、確認したいからだ 自分の芸を見て、一人でもお客が笑ったら、その客に自分は必要とされているって信じられるんだよ 芸人は、いつもその確認をするために舞台に上がるんだ。客を幸福にする為じゃない。自分が幸福になる為に舞台に上がるんだ。・・・・俺のあの鳥は、本当にたくさんのお客に必要とされていた そしてあの鳥は、まさしく、俺の鳥だった。だからこそ、この世界は俺を必要としたんだ

この主張はよく分かります 人はある行動を起こす時に「人のためにやる」と言いますが、その理屈は長続きしません。「自分のためにやる」と思えばこそ長続きするのだと思います。例えば、ボランティア活動がそうでしょう。彼らは人のためにやっているように見えて、実は自分のためにやっているのだと思います

また、この小説のところどころに現実の漫才界あるいは芸能界への批判や皮肉が”脱線話”として、実は本音で、出てきます

「この世界。いかにレッスンプロが多いことか。自分は一度もお客をクスリとも笑わせたこともないヤツに限って、元・芸人という自己申告の肩書で、まあ、適当なことを語ること語ること!何が育成だ。何が芸の伝承だ 演芸の世界に教科書などない。たかが、見せ物、出し物だ。追求したいヤツは勝手にする。育ちたいヤツは人に教わらなくても勝手に育つ。教えるなどと言い出すヤツが教えるほど芸を持っているわけがない。あったら自分でやっている。他人に教えているヒマなんかあるもんか 本当にマヤカシだらけでロクなもんじゃない」

こういうのを読むと、実際の芸人の世界はそうなんだろうな、と思います。もっともこうした現象は芸人の世界に限らないと思いますが

太田光は「文庫版あとがき」でこうも書いています

「寂しかったことと言えば、直木賞、芥川賞、本屋大賞などの文学賞から全く相手にされなかったことだ。これは正直言って悔しかったし悲しかった 自分では文壇に殴り込みをかけたつもりだったが、洟もひっかけられなかったという印象だ

それはそうでしょう。ムリです。小説と呼ぶのも微妙なことろがあると思います

私は普段テレビを観ないので最近、太田光がどんな番組でどんな活躍をしてどんな発言をしているのか、まったく分かりませんが、超多忙なスケジュールの中をこうした小説を書いたことは驚きです 常に現状に飽き足らない太田光の前向きで意欲的な姿勢は、見習わなければならないと思います

 

           

 

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中町信著「模倣の殺意」を読む~「解説」を先に読まないように!

2013年05月13日 07時00分03秒 | 日記

13日(月)。昨日も風邪のため体調が良くなかったので、音楽を聴いて、新聞や本を読んで一日中家で過ごしました CDはパリの香りたっぷりのケフェレックの「サティほか」、今の季節にぴったりのアバド+ロンドン響によるメンデルスゾーンの「交響曲全集」、休日に聴くのにふさわしいクナッパーツブッシュの「ウィーンの休日」などです

 

          

 

          

 

               

 

中町信著「模倣の殺意」(創元推理文庫)を読み終わりました 中町信は1935年1月群馬県生まれ。早稲田大学文学部卒業後、出版社勤務のかたわら67年から雑誌に作品を発表、2009年6月に死去しています。

「7月7日午後7時、新進作家の坂井正夫が青酸カリによる服毒死を遂げた。遺書はなかったが、作品制作に行き詰って世を儚んでの自殺とされた 坂井に編集雑務を依頼していた医学書系出版社に勤める中田秋子は、坂井の部屋で偶然出会った遠賀野律子の存在が気になり調査を進める 一方、ルポライターの津久見伸助は、同人誌仲間だった坂井の死を記事にするよう雑誌社から依頼され、調査を進める。その結果、坂井がやっとの思いで発表にこぎつけた受賞第1作が、さる有名な作家の短編の盗作である疑いを持ち、編集者、柳沢邦夫を追及する。さて、事件の真相はいかに・・・・

この本は、もともと1971年に「そして死が訪れる」として第17回江戸川乱歩賞に応募した作品が元になっていますが、その後、ストーリーに変更が加えられ、72年に「模倣の殺意」(雑誌『推理』連載)、73年に「新人賞殺人事件」(双葉社)、87年に「新人文学賞殺人事件」(徳間文庫)、そして2004年に「模倣の殺意」(創元推理文庫)とタイトルが変わってきた経緯があります もちろん著者には他の作品もあるのですが、1つの作品を、手を変え品を変えて発表するほど著者にとっては自信と愛着があるのだと思います

読者の多くは巻末の「解説」を先に読んでから本文を読み始めると思いますが、本書に限っては、ネタバレが明確に書かれているので、絶対に止めた方がいいと思います 本書を読んで唖然とした後で、ゆっくりと「解説」を読むことをお薦めします

 

          

 

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ロマノフスキー+ヴェデル二コフ+東響でラフマニノフ「ピアノ協奏曲第2番」を聴く

2013年05月12日 08時00分13秒 | 日記

12日(日)。昨日は風邪の影響で体調が悪く朝から気分がすぐれなかったので、ベッドに横になってラ・フォル・ジュルネ音楽祭で買ってきたCDを聴きながら新聞や本を読んで過ごしました とはいうものの、午後6時から川崎でコンサートがあるので、雨の中、4時には家を出ました

ミューザ川崎で東京交響楽団の第86回名曲コンサートを聴きました プログラムは①グリンカ「ルスランとリュドミラ」序曲、②ラフマニノフ「ピアノ協奏曲第2番ハ短調」、③ムソルグスキー(ラヴェル編)「組曲:展覧会の絵」です。②のピアノ独奏はアレクサンドル・ロマノフスキー、指揮はアレクサンドル・ヴェデル二コフです。同じロシアのアレクサンドル同士でロシアものを演奏します

ミューザ川崎は2年ぶり以上です。耐震構造への補強工事が終わって新装オープンとなったものです

 

          

 

以前、名曲コンサートの定期会員だったとき2階席だったので、当たり前のようにエスカレーターに乗って2階席に向かいました。上について、あれっ?と思ってチケットを確かめると1階センターの席でした 習慣というのは恐ろしいものです。風邪薬のせいで頭がボーっとしていることもあったと思います。会場はほぼ満席です。前から10列目なのでオケの面々の顔がよく見えます。よく見ると木管がクラリネットとコントラ・ファゴットの2人以外は全員女性です オーボエの荒絵里子、フルートの甲藤さち、ファゴットの福士マリ子ほかいずれも女性奏者です。コンマスはグレブ・ニキティン

1曲目のグリンカ「ルスランとリュドミラ」序曲は短いながらもオケの技量が試される曲です。一言でいえば指揮者の指示するスピードにどれだけ着いて行けるか、という恐ろしい曲です ヴェデル二コフも他の指揮者と同様、高速テンポを求めます オケの面々は難なく要求に応えます。まあ、名刺代わりの演奏と言ってもいいでしょう

ピアノが右サイドからセンターに移動、オケが態勢を整えます。ソリストのロマノフスキーがヴェデル二コフとともに登場します。ちょっと見アラン・ドロン似の”やさ男”です

2曲目のラフマニノフ「ピアノ協奏曲第2番ハ短調」は、ピアノの和音で始まります。オケの厚みのある演奏がピアノを支えます 第2楽章は抒情的なメロディーが続きます。ロマノフスキーの演奏は”男のロマンティシズム”そのもの 彼はロマン好きーなのかも。第3楽章は躍動感に満ちたメロディーが展開します

会場一杯の拍手に気を良くしたロマノフスキーは、アンコールにスクリャービンの「エチュード第12番」を情熱的に演奏 さらに鳴り止まない拍手に応えてショパンの「ノクターン第20番」を抒情的に演奏しました

休憩後のムソルグスキーの組曲「展覧会の絵」はもともとピアノ曲ですが、1920年にラヴェルが指揮者のクーセヴィツキ―の依頼で管弦楽曲に編曲されたものです

ヴェデル二コフはオケから色彩感豊かな響きを引き出します イカツイ顔で指揮をしていますが、終わって会場に振り返ると破顔一笑、あの顔が何となく愛すべきロシアの大指揮者・スヴェトラーノフを思い起こさせます

満面の笑みでアンコールにプロコフィエフの歌劇「三つのオレンジへの恋」から行進曲を演奏しました

久しぶりのミューザ川崎でしたが、音響は以前と変わらず、よく響くホールで安心しました

 

          

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