日本学術会議社会学委員会社会福祉学分科会
1 社会的つながりが弱い人たちになぜ支援が必要か
(1) 社会的つながりが弱い人とは
私たちは、家族、職場、地域社会に帰属し、相互に承認し、承認されるつながりを形
成することで、生活を安定させてきた。しかし以下のようなことから、安定的な帰属の
場が得られず、社会的つながりが弱い人が増加している。
家族では、そもそも家族を形成しない生涯未婚者が増加しており、また高齢者の単身
世帯も増加している。従来の男性稼ぎ手の標準世帯を前提にした社会保障制度とのミスマッチを起こし、ひとり親世帯など公的な支援が十分に受けられない人がいる。また家
庭内暴力(DV)や虐待などを受けて社会的に孤立している人がいる。
職場では、雇用の流動化・非正規化が、雇用を通じた社会とのつながりを弱くしてい
る5。特に、これまで新卒一括採用システムにより課題となっていなかった学校から職場
への接続に支援を必要としている人が増加している6。また中高年齢層においても、求職活動や通学・家事もしていない無就業・無就学者が増加している[1]。これらの結果、若年から中高年に渡るひきこもりが大きな社会問題になっている。
地域社会では、高齢化・過疎化が進み、コミュニティそのものが消滅する可能性が指
摘されている。また都市部においても、コミュニティにおける関係性の希薄化が指摘
されている。
こうした社会的つながりが弱い人は、家族、職場、地域社会の変化によって、今後も
増加していくことが予想されている。そこで本提言は、これまで社会福祉の支援対象と
して明確に位置付けられてこなかった社会的つながりが弱い人に着目して、その支援の
あり方を提言するものである。
本提言で言う社会的つながりが弱い人とは、自らそうした生き方を選択した訳ではな
いのに、①家族・職場・地域における人間関係が希薄になっているため、②家族の成員
間の関係性があったとしても家族の外部に対しては閉鎖的なため、自ら社会的な相互承
認欲求を持ちながらも、その場を十分に持てない人をいい、これらの人への社会福祉を
1 国立社会保障・人口問題研究所の「人口統計資料集 2018」によると、50 歳時の未婚率である生涯未婚率は、男性で23.37%、女性で 14.08%であり、ここ 20 年で急増している。
2 高齢者社会白書(平成 30 年版)によると、65 歳以上の高齢者の単身世帯は増加しており、高齢者人口の男性で 13.3%
が、女性で 21.1%が単身であり、今後も増加が予想されている。
3 こども・若者白書(平成 26 年版)によると、子どもがいる現役世帯の内、大人が一人の世帯の貧困率は 50.8%であり、大人が二人以上の世帯の 4 倍以上となっている。
4 警察庁の「平成 28 年度におけるストーカー事案及び配偶者からの暴力事案等への対応状況について」によると、配偶者からの身体に対する暴力又は生命等に対する脅迫を受けた被害者の相談等を受理した件数は 69,908 件と配偶者暴力防止法施行以降最多となっている。
5 厚生労働省労働力調査によると非正規雇用者の比率は、1990 年の 20%であったが、2017 年は 37%に増加している。
6こども・若者白書(平成 30 年版)によると、15 歳から 34 歳のうち、家事も通学もしていない者は 71 万人(2.1%)、引きこもりは 54.1 万人と推計している。
中心とした支援の必要性を提言するものである。なお関連する用語として、「孤立」や「孤
独」の状態があげられる。社会的つながりが弱い人とは、現在「孤立」や「孤独」の状態とは言えなくても、その状態に至るリスクが高い人を含む広義の概念である。
(2) 社会的つながりが弱い人が抱える問題
社会的つながりが弱くても、自ら積極的につながりを求めない生き方を選択している
人に対しては、社会福祉による支援が必要でない場合もあろう。
問題なのは、自らそうした生き方を選択した訳ではなく、社会からの承認欲求を持ち
ながら、社会的つながりが弱いため、相互承認する場に帰属できない人である。社会的
な承認が得られない状態が長く続くと、孤立感が増し、自己肯定観や自尊感情が低下し、自らの力で社会的つながりを回復する意欲を奪ってしまう。その結果、自殺やホームレスになるなど、社会から排除され、ドロップアウトしてしまう危険性すらある。
こうした社会的つながりの弱さがもたらす問題を、本人の自助努力で解決することは
困難であり、家族、職場、地域社会の変化が増加させていることを考えれば、社会問題
として、社会の責任において取り組むべき課題なのである。例えばイギリスでは、平成
30 年 1 月に孤独担当相を設置し、900 万人以上(イギリスの人口の 13%以上)の孤独を感じている人への政策を検討している。OECD の平成 17 年の報告書[4]によれば、家族以外の人との交流がいない人の割合は、日本が最も多い(イギリスの3倍で 15.3%であり)との結果が出ており、イギリス以上に深刻な社会問題となる可能性が高いのである。
(3) 社会的つながりが弱い人への支援体制の課題
社会福祉の専門的な技術であるソーシャルワークは、まさに当事者と、その人を取り
巻く社会環境とのつながりに着目して支援するものであり、社会とのつながりが弱い人
への支援に有効と考えられる。
しかし社会的つながりが弱い人に対して、ソーシャルワークによる支援を行う上では、
いくつかの課題がある。
第一に、援助対象者の属性ごとに縦割りで作られた支援体制がもたらす問題である。
これまでの社会福祉制度は、高齢者・児童・障害者・ひとり親家庭・低所得者など、生活問題を抱える人の属性に応じて、それぞれへの支援法や支援制度を構築してきた。
こうした支援体系は、安定的な家族・職場・地域社会を前提として、それらで支えきれ
ない生活問題を抱えている人を支援の側から類型化したものと言える。しかし家族・職
場・地域社会そのものの不安定化が生み出している社会的つながりが弱い人々は、こう
した属性による類型化ではとらえきれないのである。類型化された制度を乗り越えて、
社会的つながりが弱い人に柔軟に寄り添える援助者が必要であり、支援体系そのものの見直しを含めて考えなければならない。
また社会的つながりが弱い人への支援は、社会福祉制度や社会福祉実践だけで解決することはできない。特に社会的つながりが弱い人への支援ニーズを発見するためには、保健医療、教育、住宅、雇用、司法などとの横断的かつ包括的な支援体制の構築が必要だが、現状では、相互の連携は一部で進んでいるものの、全体を通してみるとほとんどとれていない。
第二に、福祉サービスの契約化がもたらす問題である。
1990 年代の社会福祉基礎構造改革により、福祉サービスの提供は、措置制度から利用契約制度に多くが変更された。このことは、福祉サービスの利用者に、サービスの選択を可能にするなどの利点をもたらした。その一方で、行政の責任は、福祉サービスの提供基盤の整備に留まり、実際にどのように福祉サービスを利用して生活問題を解決するのかは、当事者の責任に委ねられかねない。しかし、もしこのように社会福祉行政の役割を限定すれば、自ら支援ニーズを主張できない社会的つながりが弱い人への支援はなされないままになってしまう。単に、基盤整備だけでは、社会的つながりが弱い人のつながりを回復することはできないのである。
こうした状況に対して、政府は平成 27 年に生活困窮者自立支援制度を創設した。この
制度では、地域社会との関係性を含めて「最低限度の生活を維持することができなくな
るおそれのある者」を対象に含め、個々の生活困窮者の事情、状況等に合わせ、包括的継続的に支えていく伴走型の個別的な支援のための体制を整備することを求めている。
しかし各自治体によって任意事業の実施率等にばらつきがあり[6]、制度を検討す
る段階では社会的つながりが弱い人への支援も対象としているが[7]、生活困窮者を実
際上経済的困窮に限定して運用しているなどの問題が浮上している。
さらに政府は、平成 28 年には「我が事・丸ごと」地域共生社会実現本部を立ち上げ、
「地域共生社会」にむけて、地域住民を主体にしたつながりの再構築と行政や相談支援
機関による包括的支援体制の整備を謳っている。
高齢者・障害者・児童などの福祉サ
ービスの対象者ごとの縦割りの弊害を指摘し、「社会的孤立」や「制度の狭間」に対応で
きないがゆえに、「丸ごと」支援の対象にするように転換を求めている。さらに、公的サ
ービスがサービスの「支え手」と「受け手」という関係に固定化しているため、すべての住民が「我が事」として相互に支えあう関係性への転換を求めている。また平成 29 年
には、こうした一連の地域共生社会の実現にむけた社会福祉法等の改正、それに基づく厚生労働大臣の指針[9]が告示された。
このような転換がなされれば、社会的つながりが弱い人への支援に関する問題点も解
決できるであろうか。一定の前進を期待したいがいくつかの課題も残されている。
第一に、政府や自治体の責任が不明確である。社会福祉法第 6 条に国及び地方公共団体の責務として地域福祉の推進が位置付けられたが、その財源や専門職配置などの面は明確にされていない。
社会的つながりが弱い人が増加している背景の一つには、「子ども/若者の貧困」のよ
うに、政府による再分配政策がうまく機能していないことがある。まさに本来、人々の
社会への参加を促すための社会保障政策が、逆に分断を助長している。また育児や高齢者・障害者へのケアにおいて、家族-特に女性-に多大な負担を強いており、これらに従事している人の社会的つながりを弱くしている。また家庭内暴力(DV)や虐待、様々
な差別など、強制力をもつ政府や自治体の一定の介入がなければ解決できない問題がある。こうした問題への対処を行わなければ、ますます社会的つながりが弱い人が増加するであろう。
第二に、地域の助け合いには限界があるという点である。
「我が事・丸ごと」地域共生社会実現本部の「『地域共生社会』の実現に向けて(当面
の改革工程)」[10]では、わが国の過去の地域社会における地域の助け合いへの言及がなされているが、このような同質性を基盤にした地域の互助と、一方で言及している「多様性を尊重し包摂する地域」とは全く異なるものである。社会的つながりが弱いが故に、異質な存在として排除されやすい者を包摂するためには、住民の自主的な活動では困難な場合もある。地域社会と社会的つながりが弱い人をつなげる役割を持つ専門職(コミュニティ・ソーシャルワーカー)が必要なのである。
よって本提言は、今後ますます深刻化することが予想される社会的つながりが弱い人
が抱える問題を、社会が解決すべき問題としてとらえ、政府や自治体がなすべきこと、
そしてこうした人が抱える問題への支援に焦点化した相談支援体制のあり方や社会的
に包摂するための政策のあり方について社会福祉学の視点から提言するものである。
まず2章では、支援を必要としていながら社会的つながりが弱いため相談支援に結び
付きにくい人への支援体制のあり方を述べる。次に3章では、要支援者が社会的つなが
りを再構築するための方法を述べる。4章では、こうした社会的つながりが弱い人の増
加を防ぎ、包摂するための社会福祉関連政策について述べ、最後に提言としてまとめる。
2 社会的つながりが弱い人への支援体制のあり方
(1) 社会的つながりが弱い人のニーズ特性
社会的つながりが弱い人への支援体制を構築するには、行政や相談機関などが個人や
世帯のニーズを敏感にキャッチするとともに、継続的な相談支援につなげることが必要
である。社会的つながりが弱い人のニーズは潜在化しやすく、ニーズをキャッチするこ
と自体に困難が伴う。また、仮にニーズがキャッチされたとしても、継続的な相談支援
につながりにくい。それらの要因は、①本人らのニーズ特性と、②それらのニーズに対
応できない支援体制の両面から検討する必要があるが、まずはニーズ特性としては以下の三点が挙げられる。
① 声を奪われ(VOICELESS)支援ニーズが表明できない
社会的つながりの弱い人が支援につながるためには、自らが支援ニーズを認知し、
ニーズを表明できる環境が必要である。しかしながら、他者や制度に依存しない状況
を「自立」とみなし、社会福祉の制度利用を、個人の意欲の欠如や怠惰など道徳的な
問題とみなす社会的な風潮がある中では、当事者は声をあげにくい状況に置かれやす
い。ボイスレスな状態に長く置かれていけばいくほど、社会的つながりがより一層奪
われていくという負のスパイラルに陥る傾向にあり、ニーズが潜在化していく。
また、かつて相談・支援を求めたことがある場合にも、正当なニーズとみなされな
かったり、尊厳を侵害されるような対応を経験したりしている場合も少なくない。「暴
力を振るわれるのは、あなたにも原因があるのではないか」「選ばなければ仕事はいく
らでもあるではないか」など、相談の場で投げかけられる言葉は、当事者にとっては
日常の中での「裁き」とも受け取れ、二次被害となって相談・支援から遠ざかったり、
支援を受けること自体を拒絶する場合もある。
② 支援ニーズの多様化、深刻化、複合化による支援の困難さ
社会的つながりが弱い人々の状況は、短期間で生み出されたというよりは、長期に
渡る生活の積み重ねの上に形成される場合が多く、その抱える支援ニーズは時間とと
もに多様化、深刻化しがちである。また、家族がいる場合でも、世帯員がそれぞれ抱
える課題とも関わって、ニーズが複合化する傾向にある。
このように多様化、深刻化、複合化した支援ニーズは単一あるいは短期間の支援や
サービスでは解決しないことが想定され、多様な制度や機関にまたがる、より長期的、
専門的な支援を要することが少なくない。また、こうしたニーズの中には、いわゆる
「制度の狭間」に陥り、いずれの制度の支援対象にもならない課題も含まれ、包括的、
早期的、継続的な支援を一層困難にしている。
③ 受援力の脆弱性による継続的支援の困難さ
支援の継続的利用には、多様な判断や行動が関わる複雑なプロセスが介在している。
本人の身体的、精神的、心理的、経済的、社会的な機能に脆弱さがある場合、社会的
つながりによる助言や支援が得られなければ、支援に関わる情報を取捨選択しながら
支援を自分のニーズに対応させて利用することが難しい。また社会的つながりが弱い
人々にあっては、そもそも生きる意欲が低下していたり、自暴自棄になっていること
も多い。そのため支援者と信頼関係を形成し、継続的な関係性を確立・維持していく
ことが容易ではない。またひとたび支援機関とつながったとしても、継続的な支援の
利用を可能にする、いわゆる「受援力」7が十分に機能しない可能性がある。
(2) 社会的つながりが弱い人に対する支援体制の課題
このように社会的つながりが弱い人は、長期に渡って生活困難を抱えているほど、複
合的・重層的なニーズを有しているが、現行の行政システムでは、分野別や縦割りの組
織機構から表面上のニーズに対応するに留まることも少なくない。例えば、子ども期の
性暴力被害によって、成人期以降にも就労困難が持続して生計が営めない場合、生活保護相談として対応がなされても、性暴力被害への支援ニーズはキャッチされないままに、就労困難ケースとして対処されていくこともある。つまり行政や民間の相談機関の連携や、ワンストップでの包括的な支援体制が十分に構築できていないことがまず問題である。
こうした状況に対して、生活困窮者自立支援制度や、「我が事・丸ごと」地域共生社会
実現本部は、谷間のない包括的な相談支援体制の構築を目指しているが、現行の法体系や国の行政組織が、高齢者、児童、障害者などの縦割りのままであり、それぞれの領域ごとに包括的な相談支援体制の構築が求められている。また平成 29 年 6 月には社会福祉法が改正され、第 106 条の3において市町村により包括的な相談体制を構築する努力義務が明記されたが、その具体的な体制は市町村に任されており、地域格差が懸念される。
(3) 社会的つながりが弱い人に対する支援体制の構築
では、社会的つながりが弱い人の支援ニーズの特性を踏まえた、相談支援体制はど
のように構築すればよいのだろうか。二つの視点から支援体制を考える必要がある。
第一に、日常生活圏域を基盤とした包括的な相談支援体制であり、第二に、基礎自治
体行政によるリスク・アセスメントによる緊急支援体制である。
① 日常生活圏域を基盤とした包括的な相談支援体制の構築
生活困窮者自立支援制度では、生活困窮者を「現に経済的に困窮し、最低限度の生
活を維持することができなくなるおそれのある者」と定義し、対象を状況的、予防的
にとらえた点が特徴であった。しかしながら、その運用において対象を自治体が狭義
にとらえたり、支援を外部の民間団体に丸投げし、制度が目指す包括的、個別的、早
7 受援力とは、個人や団体からの援助に全面的に依存することでもなく、逆に援助を拒否してすべて自己責任で解決することでもなく、援助を上手に利用しながら自らの生活を再建し維持する力のことをいう。
定期的、継続的支援につながらない状況も認められている。
その一方で、複雑かつ多岐に渡る生活課題への包括的な相談支援にむけて、相談支
援をワンストップで提供する体制を積極的に整備する自治体も出てきている。例えば、
東京都世田谷区では、平成 28 年 7 月から区内全地区で区のまちづくりセンター、あん
しんすこやかセンター(地域包括支援センター)、社会福祉協議会の一体整備を進め、
身近な地区で高齢者、障害者、子育て家庭等の相談を幅広く受け、適切な支援に結び
付ける「福祉の相談窓口」を開設し、複合的な相談にも三者が連携して相談対応を行
っている。また、東京都中野区では、平成 23 年に「地域支え合い活動の推進に関する
条例」を制定し、「見守り対象者名簿」による地域での見守り活動を推進するとともに、
地域支えあい推進室(平成 28 年から地域包括ケア推進室に改組)のもとに区内 4 か所
の「すこやか福祉センター」(対象統合型地域支え合い拠点)を創設し、一元的な情報
集約と 24 時間 365 日のバックアップ体制を確立している。さらに平成 29 年 3 月には
「中野区地域包括ケアシステム推進プラン」を作成し、日常区民活動圏域に事務職及
び医療・福祉の専門職からなるアウトリーチチームを設置し、潜在的な要支援者の発
見や支援が難しい人々への対応に取り組んでいる。また地方都市の長野県茅野市では、2000 年に「保健福祉サービスセンター」を市内 4 か所に設置し、医療・保健・福祉の
総合相談支援の拠点とシステムを地域福祉計画に基づいて構築してきた。
しかしながら、こうした展開ができている自治体は一部であり、多くの自治体では従来通りの縦割り組織であり、社会福祉に関して専門性の高い職員が少なく、改革の方向性を明確化できていない。
このように、日常生活圏域を基盤としながら対象領域を横断する包括的な支援体制を、自治体に努力義務を課すだけで全国に展開することが困難であることは、生活困窮者自立支援制度の実施状況を見ても明らかである。地方分権による自治体の選択を尊重することは重要な側面もあるが、このような国民の生活の質を左右するような事柄については、積極的に国が必要な財源を用意し、制度化することが必要である。
さらに、社会的つながりが弱い人のニーズ特性を踏まえると、以下のような措置をとることが必要である。
ア コミュニティ・ソーシャルワーカーの配置
社会的つながりが弱い人とは、地域のインフォーマルな関係も弱く、「我が事・丸ごと」地域共生社会実現本部が提唱するようなすべての住民が相互に支え合う関係性の中に入ることが難しい。場合によっては、そうした関係性を築くことを拒絶することもある。こうした人々に対して支援を行うためには、関係を媒介する専門的な支援を行える人材が不可欠である。
また社会的つながりが弱い人々は、多様化、深刻化、複合化するニーズのもとで、十分な受援力を保持しない場合もあり、あるいは支援に対して消極的あるいは拒否的な態度を形成することもある。このような状況においては、専門職が民生委員や地域住民と連携しながら、積極的に本人のもとに出向き、情報を提供しながら必要な相談支援を提供する、アウトリーチ型の相談支援を展開する必要がある。
さらに、このような訪問型の支援を継続的に行い、地域生活の継続を支援する、個別の生活に寄り添った伴走型の支援が求められる。
これらの課題に対応するには、コミュニティ・ソーシャルワーカーの配置が有効
である。大阪府では、平成 16 年度よりコミュニティ・ソーシャルワーカーを中学校
区等の単位で設置している。平成 29 年度では、府内 37 市町村(政令市・中核市を
除く)において 160 名が配置されている。コミュニティ・ソーシャルワーカーは、
制度の狭間や複数の福祉課題を抱えるなど、既存の福祉サービスだけでは対応困難
な事案の解決に取り組むことを期待されている。そのために、地域において、支援
を必要とする人々の生活圏や人間関係等環境面を重視した援助を行うとともに、地
域を基盤とする支援活動を発見して支援を必要とする人に結びつけたり、新たなサ
ービスを開発したり、公的制度との関係を調整したりすることを行っている。
大阪府以外でも、コミュニティ・ソーシャルワーカーを配置している自治体が増えてきているが8、全国の自治体での展開が必要である。住民に身近な圏域、とりわ
け「日常生活圏域」として想定されている中学校区に 1 名程度、全国で約 1 万人の
コミュニティ・ソーシャルワーカーを配置していくことが望ましい。
イ 行政組織の分野領域ごとの縦割りの弊害の解消
「我が事・丸ごと」地域共生社会実現本部は、対象者の属性ごとの縦割りの弊害
を指摘し、分野を問わない包括的な相談支援体制の実施を提唱しているが、多くの
法律、制度、事業は、分野ごとの縦割りのままである。それに伴い、多くの自治体
においても、高齢者、障害者、児童、生活困窮などの属性ごとに所管部署を分けて
いる。これらすべてをすぐに東京都の世田谷区や中野区、あるいは長野県茅野市の
ように行政組織を再編することはできないにしても、それぞれの行政部署がキャッ
チした複数分野に係るニーズ情報を共有化したり、専門的対応が必要な場合に適切
な機関へ確実につなげるため仕組みの構築が急務である。社会福祉法の第 106 条第
3項が求めている市町村による包括的な相談体制を構築するためには、福祉行政の
在り方を見直し、必要に応じて組織の再編が不可欠である。
またサービス給付においても、多くの市町村の福祉予算は、高齢者福祉、障害者
福祉、子ども福祉など対象属性ごとの法体系のもと組まれている。そのため、社会
的つながりが弱い人に対する事業を実施する際、既存の事業の対象になっておらず、
財源に裏づけがない場合が多い。分野別の資源を相互に利用し、地域の特性に応じ
8 コミュニティ・ソーシャルワーカーの配置状況に関する全国調査としては、野村総合研究所[12]が行ったものがある。
この調査では、コミュニティ・ソーシャルワーカーを「名称・呼称は問わず、①小地域単位で担当し、②制度の狭間の課
題も含めて、個別支援と地域の社会資源をつなぎ、③地域特性に応じた社会資源やサービスの開発を含めた地域支援を行う役割を担っている人」と定義して行われた。市町村、市町村社協、地域包括支援セター等を対象に行ったアンケート調査では、2012 年の調査時において、636 の機関・団体でコミュニティ・ソーシャルワーカーが配置されていた(調査対象
2,255 件、有効回答数 1,061 件)。ただしこれらの中でも、専任のコミュニティ・ソーシャルワーカーを配置しているの
は、約 4 割にとどまっていた。また都道府県・政令市の 37.3%でコミュニティ・ソーシャルワーカー研修が実施されて
いた。
た弾力的な運用を行うためには、国からの補助金を再編成する権限を市町村に持た
せなければならない。従来の「再分配」の機能とは別に、限られた財源を有効に活
用する「再構築」の機能が求められているのである。その際には国からの補助金だ
けではなく、それ以外の財源確保もあわせて市町村が関係者とともに計画的に進め
ていく必要がある。さらに地域で支え合う福祉の推進のための費用を市町村の実情
に応じて集約化するなど、福祉関連予算の運用を市町村が柔軟に行えるような仕組
みづくりが必要である。
さらに将来的には、現行の属性ごとの法体系から、サービスニーズごとの法体系
に移行する必要がある。社会的つながりの弱さは、特定の人だけが抱える問題では
なく、すべての人に関わる問題である。社会的つながりが弱い人が、生活上の困難
を抱えた場合、必要に応じて、適切な社会福祉サービスを利用することが、問題を
深刻化・複雑化させないために必要なことである。そのためには、特定の属性ごと
に対象を限定した現在の社会福法体系から、属性に関わらずサービスニーズを持つ
すべての人を対象にした法体系(例えばスウェーデンの「社会サービス法」[13]な
どを参照)に移行する必要がある。
② 自治体による専門的緊急支援体制の構築
社会的つながりが弱い人のニーズは、日常生活圏域の住民やコミュニティ・ソーシ
ャルワーカーの気づきや発見で顕在化する場合もある。しかし支援ニーズの表明のし
にくさを考えると、それだけではなく行政が利用可能な様々な情報を、社会的つなが
りが弱く孤立している人々にアプローチする有効な資源として、個人情報の保護に配
慮しつつ、活用することが望まれる。また、状態によっては専門的な緊急支援が必要
な場合もあり、それが可能な施設や人的体制が必要である。
ア 生活困難リスクに関する情報の集約化
現在、乳児から学齢期にかけては、様々なデータの活用が可能でありながら、支
援ニーズの把握のためには十分な活用ができていない。例えば「出生前」から発生
する困難については、妊産婦検診を受診しないまま、いわゆる「飛び込み出産」と
なっている人々の実態調査を大阪府が行っており、妊娠・出産包括支援事業の推進
に役立てている9。乳幼児期にリスクを抱えている親子にアプローチするには、新生
児全戸訪問や乳幼児健診において、妊産婦や小児保健の観点からの栄養や発達の把
握に加えて、経済的困窮状況などを把握できれば、福祉的支援につなげることが可
大阪府では、平成 21 年度より大阪産婦人科医会に委託して、「未受診や飛込みによる出産」の実態調査を毎年実施して
いる。妊娠経過を通じてほとんど医療機関を受診しなかったり、分娩直前になり救急搬送要請を行う「未受診や飛込みに
よる出産」は、ハイリスク妊娠である上に、母体や胎児の健康確保が困難で医療機関がリスクの高い分娩を強いられるこ
と、虐待死亡事例におけるリスク要因になっていること等、重要な課題があるとの認識のもとに実施されている調査である。