認知科学者が「職場ではできるだけ孤立していたほうがいい」と説く理由

2020年08月13日 14時44分07秒 | 社会・文化・政治・経済

8/13(木) 11:16配信
プレジデントオンライン

「気の合う仲間がいない」は転職の理由になるだろうか。明治大学の石川幹人教授は、「『職場に仲間がいるべきだ』という考えは間違いだ。職場に仲間は必要ない。職場以外の場所で居場所があればいい」という――。

 ※本稿は、石川幹人『その悩み「9割が勘違い」 科学的に不安は消せる』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。

■「協力的」「利己的」という相反する仕組み

 狩猟採集時代の協力集団では、「助け合わねばならない」という掟(おきて)があったにちがいありません。と言うのも、人間にはサルの時代までに身につけた利己的な行動をとる「心のモジュール」も残っているからです。それが強いと、獲物をひとり占めしようとしたり、助けられても助け返さないタダ乗りをしようとしたりします。そのような行動をとる個体は「掟違反」と見なし、集団から排除する仕組みもあったはずです。

 この事実は、私たちの心の内をのぞいてみると納得できます。仲間の誰かがルール違反をしたらどんな気持ちがするでしょうか。きっと誰もが強い憤りを感じるでしょう。憤りから来る怒りをその裏切り者にぶつけて反省を促し、心を入れ替えて掟に従うようになれば、また仲間として迎え入れます。

 このように私たちには、「裏切り者検知」「憤り」「許し」「仲間意識」など、一連の仕組みが備わっています。前述の公平感、恩義、義理人情のみならず、ルールを守る道徳観もこの時代に形成されました。狩猟採集時代は、助け合いを成立させるために、人間に多くの機能が一気に進化した特別な時代だったのです。

■人間は助け合うことで生き残ってきた

 チンパンジーの階層集団では、食糧が減ってきたら下位の個体から割を食ってきました。一方、人類の協力集団では公平感が強く、食糧が減ってきたときに強い者だけが生き残るとはなりにくく、少ない食糧を分け合い、共倒れになる危険性が高まります。この点から人類の協力集団は危機に弱いと指摘できます。

 実際のところ、現代に生きる私たちは皆、数十万年前にアフリカに生きていたある一つの集団の末裔であることが、遺伝情報の解析からわかっています。

 ほかの集団は、十分な協力ができなかったり知恵が生み出せなかったりと、食糧難に対応できず、すべて滅びてしまったというわけです。私たちは、その唯一の祖先集団が培った貴重な「心のモジュール群」を備えて生まれてきているのです。

 協力する心の働きは、よいことばかりではありません。現代社会に特有の悩みももたらします。

■「気の合う仲間がいない」は転職の理由になるか

 「職場に気の合う仲間がいない。転職したほうがいいのかな? 」。

 職場での昼休み、休憩室に集まった社員は皆でお弁当を広げ、社内の噂話で盛り上がっている。でも、それに私はなじめない。話を合わせるのも面倒だし、そんな昼休みだからリフレッシュもできない。

 一人で昼食をとるのは悲しいのかもしれませんが、利点もあります。職場の同僚にわずらわされない点や、社内の噂に惑わされない点です。人類が長年の遺伝から学んだホットハートから生じるネガティブな気持ちを整理してみましょう。それには理性的に判断するクールマインドを発揮して、あなたにとって「職場とはどのような意味を持つ場所か」をかえりみる必要があります。
■日本の会社はもはや「協力集団」ではない

 日本の企業経営では古くから協力集団を演出してきました。職場は家族のような付き合いを理想として、宴会や運動会を催してはコミュニケーションを密にとり、皆の価値観や問題意識の共有を図ってきました。社員それぞれは、皆の状況を把握したうえで、自分が可能な限り仲間のために働くという具合です。不祥事を起こした企業の経営者が、いまだに「社員一丸となって改革に取り組む」と言いますが、過去の理想を追った姿と言えます。

 現在の企業の職場では、昔ながらの仲間意識は失われています。実態は、協力集団というよりは契約集団になっています。割り当てられた仕事をこなせば、それに対して報酬が与えられるといった構図です。率先して仕事をこなしても、契約に謳われていなければ報酬もないという現実です。それこそ「仲間づくり」が契約になければ、仲間をつくらなくとも問題はないのです。

 つまり、「気の合う仲間がいない」という気持ちは、「職場に仲間がいるべきだ」という前提から生じている可能性があります。職場が協力集団のように見えてしまうので、「仲間づくりモジュール」が発動されるのですが、実際は必要ないのです。

■「どこにも仲間がいない」は問題だ

 家族や地域、同好の士の集まりなど、どこかに仲間がいれば、前述のように職場で仲間をつくる必然性はないのですが、「どこにも仲間がいない」のならば別の問題があります。狩猟採集時代の仲間は生きる支えであったので、私たちは仲間がいないとすぐ、「生きていけない、大変だ」と思いやすいのです。

 そうした不安に駆られぬように、最低限どこかに仲間をつくっておくことは重要です。どこかに仲間ができていれば、職場については生活費を得る場として、軽く考えることができます。

 それに、職場での仲間づくりは「職場ならではの大変さ」もあります。仲がいいからと秘密を打ち明け合った人同士がこじれ、絶交状態なのに過去の経緯から抜き差しならない関係は解消できず、おまけに一緒に仕事をしなければならないという窮地に追い込まれることがあります。「職場に仲間がいていいな」と見える陰には、どろどろとした現実も多いのです。


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