”農”と言える!?

元・食推おばさんのソムリエ日記

朝からチコちゃんと森光先生に叱られた!

2019-03-23 22:16:47 | 野菜

土曜の朝、「チコちゃんに叱られる!」を観ていました。

 

「なぜ苦いのにピーマンを食べる!?」という問題が出された時、

私はこう考えました。

 

「苦み」は毒のサイン。だから、子供は本能的に食べようとしない。

でも、食の体験を積むにつれて、この苦みが毒ではないことを知る。

やがて、その独特のおいしさがわかるようになる・・・。

   

しかし、答えは違っていました。

戦後の日本を救った偉い野菜だから~~!!

    

解説は、お茶の水女子大学 森光康次郎教授。

「チコちゃん、5才なのに

 野菜ソムリエも知らないことを知っていて偉いね。」

と、冒頭から叱られてしまいました。

 

   

ここは、もう二度と叱られないためにも、

しっかりまとめておかなくては!!

  

●戦後、ピーマンが普及した背景

 第二次世界大戦後の日本は物不足。

 闇市では、戦前に比べると物価は10倍以上に跳ね上がりました。

 そこで政府は、物価統制令で野菜、魚、生活用品の価格が

 不当に高騰することを予防しました。

 このため、価格は半額から1/3まで下げられました。

 値段が下がれば、買う人が増加し、さらに物不足に。

 当然、野菜も不足します。

 当時の野菜は、国策で自由に売買できませんでしたが、

 無名に近かったピーマンは国の規制対象から外されていました。

 ここに、ピーマンが普及した理由があるのです。

  

●戦後にピーマンが広まった理由

 〇自由に流通できた。

  規制外なので、勝手に作って勝手に売ることができた。

 

 〇大量生産可能

  ・苗を植えてから2週間で実が生る。

  ・1本の苗から約40個の実が収穫可能

  ・収穫しても、また実が生り、1本の苗から年間100個ほど生産可能

 

 〇青物信仰

  人には青い野菜、葉物を食べたいという「青物信仰」にがある。

  

これらの理由から、ピーマンは戦後、爆発的に普及し、

戦後の食卓を救った偉い野菜となりました。

  

いつも、チコちゃんのおもしろい表情ばかりが印象に残って、

肝心の内容を忘れてしまうことが多いのですが、

今回は、しっかり覚えましたよ。

  

チコちゃん、森光先生、ありがとうございました!!

 

コメント (4)
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