土曜の朝、「チコちゃんに叱られる!」を観ていました。
「なぜ苦いのにピーマンを食べる!?」という問題が出された時、
私はこう考えました。
「苦み」は毒のサイン。だから、子供は本能的に食べようとしない。
でも、食の体験を積むにつれて、この苦みが毒ではないことを知る。
やがて、その独特のおいしさがわかるようになる・・・。
しかし、答えは違っていました。
戦後の日本を救った偉い野菜だから~~!!
解説は、お茶の水女子大学 森光康次郎教授。
「チコちゃん、5才なのに
野菜ソムリエも知らないことを知っていて偉いね。」
と、冒頭から叱られてしまいました。
ここは、もう二度と叱られないためにも、
しっかりまとめておかなくては!!
●戦後、ピーマンが普及した背景
第二次世界大戦後の日本は物不足。
闇市では、戦前に比べると物価は10倍以上に跳ね上がりました。
そこで政府は、物価統制令で野菜、魚、生活用品の価格が
不当に高騰することを予防しました。
このため、価格は半額から1/3まで下げられました。
値段が下がれば、買う人が増加し、さらに物不足に。
当然、野菜も不足します。
当時の野菜は、国策で自由に売買できませんでしたが、
無名に近かったピーマンは国の規制対象から外されていました。
ここに、ピーマンが普及した理由があるのです。
●戦後にピーマンが広まった理由
〇自由に流通できた。
規制外なので、勝手に作って勝手に売ることができた。
〇大量生産可能
・苗を植えてから2週間で実が生る。
・1本の苗から約40個の実が収穫可能
・収穫しても、また実が生り、1本の苗から年間100個ほど生産可能
〇青物信仰
人には青い野菜、葉物を食べたいという「青物信仰」にがある。
これらの理由から、ピーマンは戦後、爆発的に普及し、
戦後の食卓を救った偉い野菜となりました。
いつも、チコちゃんのおもしろい表情ばかりが印象に残って、
肝心の内容を忘れてしまうことが多いのですが、
今回は、しっかり覚えましたよ。
チコちゃん、森光先生、ありがとうございました!!