
「大方等大集経(だいほうとうだいしゅうきょう)」の経名を
受持するのみで 功徳が得られるとされますが、
その一部を読経したり 書写したり 他者に教える事で
その一字一句が失われる事なく
速やかに阿耨多羅三藐三菩提に至り
寿徳や福徳の増長 外見が端正になる事が得られ
業障が除かれ 死後は善処に至れるなどの功徳が得られるとされます。
長文の経文ですので 一部を掲載させて頂きます。
「爾時(じじ)
世尊故在欲色二界(せそんこざいよくしきにがい)
中間大宝坊中(ちゅうげんだいほうぼうちゅう)
与無量比丘僧諸大菩薩(よむりょうびくそうしょだいぼさつ)
囲遶説法(いじょうせっぽう)
時舎利弗(じしゃりほつ)
目揵連等(もくけんれんとう)
出家未久(しゅっけみきゅう)
以舎利弗(いしゃりほつ)
目連因縁(もくれんいんねん)
説声聞法雑四眞諦(せつしょうもんほうぞうししんてい)
爾時(じじ)
衆中有諸人輩(しゅうちゅううしょじんはい)
本是外道(ほんぜげどう)
諸根闇鈍自謂有智(しょこんあんどんじいうち)
起大驕慢(きだいきょうまん)
増長色慢(ぞうちょうしきまん)
欲慢(よくまん)
無明慢(むみょうまん)
勝慢(しょうまん)
非法慢(ひほうまん)
未得第二第三第四沙門果証(みとくだいにだいさんだいししゃもんかしょう)
是故如来為如是等(ぜこにょらいいにょぜとう)
宣説中道(せんせつちゅうどう)
為離如是悪煩悩故(いりにょぜあくぼんのうこ)
如来説是中道義時(にょらいせつぜちゅうどうぎじ)
如是諸人各各論説断見我見(にょぜしょじんかくかくろんせつだんけんがけん)
爾時(じじ)
世尊即作是念(せそんさくぜねん)
「哀哉(あいさい)
諸人本外道故(しょじんほんげどうこ)
雖入仏法猶生大慢(すいにょぶっぽうゆうしょうたいまん)
於未得中而生得想(じんみとくちゅうじしょうとくそう)
於未知中而生知想(じんみちちゅうじしょうちそう)
於如来法中而不修行(じんにょらいほうちゅうじふしゅぎょう)
雖順四諦(すいじゅんしてい)
而不能得四無礙智(じふのうとくしむげち)
乃至不得第四果証(だいしふとくだいしかしょう)。」
爾時(じじ)
世尊二手挙捉瞻婆華鬘(せそんににゅきょうそくせんばけまん)
発大誓願(ほつだいせんがん)
以願力故(じがんりきこ)
於華鬘中出生四宝(ほうけまんちゅうしゅっしょうしほう)
一(いち)帝釈宝(たいしゃくほう)
二(に) 天光宝(てんこうほう)
三(さん)金剛光宝(こんごうこうほう)
四(し)勝諸光宝(しょうしょこうほう)
一一宝中出大光明(いちいちほうちゅうしゅつだいこうみょう)
遍照此間娑婆世界(へんしょうしげんしゃばせがい)
光明出已擲之虚空(こうみょうしゅついていきしこくう)
時華鬘中説是偈言(じけまんちゅうせつぜげごん)
「雖除鬚髪不去結(すいじょしょうはつふきょけつ)
被服染衣不離染(ひふくせんいふりせん)
示仏為師不随教(じぶついしふずいきょう)
如是之人汚大衆(にょぜしじんおたいしゅう)
如来宣説正法時(にょらいせんせつしょうほうじ)
而復不能至心聴(じふくふのうししんちょう)
是人不得眞実義(ぜじんふとくしんじつぎ)
亦不能離諸煩悩(えきふのうりしょぼんのう)
若能覩見実法性(じゃくのうとけんじつほうしょう)
是能破壊無明慢(ぜのうはかいむみょうまん)
若有親近善知識(じゃくうしんきんぜんちしき)
是人速得甘露味(ぜじんそくとくかんろみ)
若能呵責於生死(じゃくのうかしゃくじんしょうじ)
是則能得到彼岸(ぜそくのうとくとうひがん)
是人具足戒多聞(ぜじんぐどくかいたもん)
亦具禅定智慧聚(えきぐぜんじょうちえじゅ)
若人欲壊煩悩魔(じゃくじんよくかいぼんのうま)
遠離陰魔及死魔(おんりいんまきゅうしま)
摧伏天魔諸眷属(さいぶくてんましょけんぞく)
常当親近無上尊(じょうとうしんきんむじょうそん)。」
説是偈已(せつぜげい)
声聞弟子有驕慢者(しょうもんでしうきょうまんじゃ)
咸作是念(かんさくぜねん)
「如来知我並有汚心(にょらいちがへいうおしん)
是故為我説如是偈(ぜこいがせつにょぜげ)。」
即時心中生大慚愧(そくじしんちゅうしょうだいざんき)
及四天下仏諸弟子(きゅうしてんかぶっしょでし)
亦復如是生慚愧心(えきふくにょぜしょうざんきしん)
於一念頃悉来集会(じんいちねんけいしつらいしゅうえ)。」