この時期、妙に日の短くなるのが気になる。昼と夜の長さなんて、1年中変わり続けているのだが。
この時間、一月前ならまだ明るくて、夜が来るのが待ち遠しかった?のだが。
終戦の日、なので、少し「終戦の詔勅」をネットで探して読んでみた。
いろいろ考えさせられたけど、今はとにかく、平和な街に夕暮れがおとずれているということで・・。
あれですね。子供の時や、若い頃はとかく観念的になって、白なら白、黒なら黒という考え方しかできないけど、大人になるとそういうものの考え方はできなくなってくる。歴史の見方も変わってくる。
それは臆病になるとか、考えが鈍るというのではなく、過去の自分の経験(たとえそれが豆腐作りとかマンション組合との交渉といった経験であったとしても)を通じて、歴史上の人物の行動や思考をより的確に(?自分なりに)理解できるようになってくるのだろうね。
だから、僕が言うのもなんだが、大人こそ歴史を勉強した方が良いと思う。別にそれで論文書かなくてもいいんだし。
僕の方は相変わらず、肩の痛みと闘っている。
整体師さんから、この戦いは少なくとも3ヶ月、もしかしたら1年ぐらいは続くだろうと言われた。
だから、焦らずに、長い目で見てほしいと。少しずつ努力していけば必ず治りますから、という。
寝ているときや、朝、痛いのと、オフィスにいて、夕方頃になってからの痛みが特にしんどい。
ずっと机に向かっているとだるくなってくるので、時折休憩して、運動(アイロンなんとかという、手を振る運動-鉄アレイの代わりにペットボトルを使う)をしたりする。動かせばすこし楽になる。PCをつかったり、じっとしていたりすると、だんだんと痛みがこみ上げてきて、頭の芯にそれが伝わり、考え事がしんどくなってくる。
なんだか自分がガタのきた機械のように思えてきた。グリスを塗っても潤滑が悪いので、動かさずにしばらくするとまた動きが渋くなる、みたいな。
整骨院に通い、いろいろな人から助言を受け、あれこれ試したり、毎日運動したりする。それでもなかなか事態は好転しない。
やれることはやっているのだが、必ず治るという自負が揺らいでいないかといえば、嘘になる。気弱になるというより、手があがらないのはしょうがないから、その範囲で何とかやっていこうという気分。まあ、一種いじけた考えともいえなくはない。
その気分って、考えてみると、人生全体へのとらえ方とも通じるものがあるのかもしれない。いつかはうまくいくと思いながら幾歳月・・。